音楽

【24/10】Floating Points、Jon Hopkins、Nubya Garcia、INOYAMALAND、鈴木昭男、Balmat作品など16選

今月は気になった作品を厳選して、リリース順に紹介します!

【1】Hirotoshi Hamakawa『Singularity』

  • 2023/12/30、Mathematician Records

大阪の電子音楽家Hirotoshi Hamakawaさん。

電子音楽イベントS/N主催、ジャワガムラングループのダルマ・ブダヤ所属、テクノポップバンドCP3/4ドラマーのほか、ジャズドラマーやテクノDJとしても活動し、休止を経て、2016年に音楽活動を再開したそうです。

米フロリダのMathematician Recordsからリリースされた3rdアルバムのタイトルは、AI が人間の知能を超える技術的特異点(転換点)シンギュラリティ

未来学者Ray Kurzweil(レイ・カーツワイル)は「シンギュラリティが起きるのは2045年」と予測しましたが、アルバムを聴くと「もう起きたのでは?」と錯覚しそうになります。

ドラムやビートのリズム、鍵盤やストリングスのメロディーにかろうじて安心感を覚えつつ、AIが話し始めたかのようなグリッチ、モールス信号のようなミニマルフレーズ、インダストリアルにも響くガムランなどが散りばめられ、カットアップが多用されたエレクトロニカで異次元に誘われます

【2】Bartosz Kruczynski『Dreams & Whispers』

  • 2024/06/28、Balmat

2021年に設立されたスペイン・バルセロナのレーベルBalmat。IDM~エレクトロニカ周辺の名門レーベルLapsus(ラプサス)主宰者Albert Salinasと、Pitchforkの名物ライターPhilip Sherburneの2人によるラジオ番組から生まれました。

ジャケ買い必至の少し変で抜け感のあるアルバムデザインはサウンドも体現していて、まさに「現行アンビエントの聖地」と化しているレーベルです。美しすぎる音色に惚れ込む人も多いでしょう。

その聖地からリリースされた、Bartosz Kruczynski(バルトシュ・クルチンスキー)の新譜。Earth Trax名義などでも活動する、ポーランド・ワルシャワのバレアリック(チルアウト)&アンビエント作家です。

シンセ、ビブラフォン、マリンバ、ハープなどのアルペジオに、パーカッション、ストリングス、シンセドローン、ボイスなど多様なサウンドが重なり、誰かのささやきのようなリバーブの波で航海する夢を見ている気分になります

【3】Shin Sasakubo feat. Carlos Niño『Energy Path』

  • 2024/07/15、CHICHIBU LABEL / Shin Sasakubo

Carlos Niño(カルロス・ニーニョ)を迎えた、Shin Sasakubo(笹久保伸)さんの40作目。アルバムジャケットにも写し出された、埼玉・秩父の湧水にインスパイアされたそうです。魔法の水、不思議な水と呼ばれ、光の反射によって炎や鉱石のように変容するとのこと。

全7曲中、1・3・5曲目の計3曲でカルロス・ニーニョがパーカッションやボイスを披露。そのためニューエイジに寄ったというてらいもなく、ひたすら美しいギターの音色はカルロス・ニーニョのパーカッションやボイス、水の音とも見事に溶け合っています。

これまでは笹久保伸さんのルーツともいえるクラシックギター、現代音楽、南米音楽の奏法や理論、あるいは秩父の民俗学や環境問題といったテーマ性を意識しながら聴いていましたが、40作目は確かに新境地。

音楽であることすら忘れて水に浸ったり、ハーモニクスが奏法であることを意識する前に頭蓋骨を内側からマッサージされるように感じたり、残響や音と音の間にくらくらしたり、背筋がすーっと軽くなってこれがエナジー・パスかと勝手に納得したり、もはや音楽を超越した音楽体験といっても過言ではありません。

【4】Passepartout Duo & INOYAMALAND『Radio Yugawara』

  • 2024/07/26、CD:2024/09/06、LP:2024/09/27
  • Tonal Union / p*dis

イタリアの実験音楽デュオPassepartout Duo(パスパルトゥー・デュオ)と、元ヒカシューの山下康さん&井上誠さんによるアンビエントデュオINOYAMALAND(イノヤマランド)のコラボ作。

全11曲のエクスペリメンタルなアンビエントアルバムですが、音そのものとその重なり方がおもしろくてたまりません

高い・低い、長い・短い、厚い・薄い、太い・細い、明るい・暗い、澄んだ・濁った、なめらか・ざらざら、水っぽい・木っぽい・金属っぽい……といった音色。

外向き・内向き、縦・上下、横・左右、斜め、点・線、直線・曲線、円・球・三角・四角……などの空間的な広がり(アンビエンス)。

それぞれにグラデーションがある抽象画のようですが、無垢な子どもと知的な大人が心から楽しいと感じるところで遊んでいるみたいで、ああ、これが音楽かとワクワクさせられます。

CHO CO PA CO CHO CO QUIN QUIN(チョコパコチョコキンキン)が2025年1月26日に大阪・心斎橋のCONPASSで、INOYAMALANDと2マンライブを行うそうです。

その告知でPassepartout Duo & INOYAMALANDがEACH STORYに出演し、あのBlue Lake(ブルー・レイク)と同じTonal Union(トーナル・ユニオン)およびp*disからアルバムをリリースしていたことに気づきました。後手に回りながらも、どうにか肝心なことを見落とさないようにしたいものです。

【5】Yui Onodera『1982』

  • 2024/08/23、Room40

1982年生まれ、岩手出身、東京在住の作曲家&サウンドアーティストYui Onodera(小野寺唯)さん。坂本龍一さんの追悼トリビュートアルバム『Micro Ambient Music』にも参加されています。

Lawrence English(ローレンス・イングリッシュ)率いるRoom40からリリースされた新譜は、ローファイの概念を根底から覆される深淵さに満ちています。

電子音楽が機材やソフトの進化とともに発展するなか、あえて古いテープレコーダーで録音するなど「音の劣化と再構築」をテーマとしたのは、2011年の東日本大震災の影響もあるようです。

リアルなグリッチ、シンセドローン、エフェクトが多用されたギター、フィールドレコーディング、ファウンドオブジェクト(物音)など、現行アンビエントの醍醐味が詰まりつつ、チルアウトやノスタルジーに浸るだけではない感覚に導かれます

【6】Jon Hopkins『RITUAL』

  • 2024/08/30、Domino / Beat Records

Beatink(ビートインク)、Beat Records案件は基本的に卒業と思いながらも、聴いてみると「いいんだなこれが。そりゃ売れるわ。うまい」と唸らされたのがJon Hopkins(ジョン・ホプキンス)の新譜。

見事にアンビエントをポップに昇華していて、暗すぎず明るすぎず、ビートとウワモノのミニマル1本攻めでわかりやすく聴きやすいのに適度な緊張感も持続しているため退屈しない、アンビエント入門に最適な1枚です。

【7】Fabiano do Nascimento & Daniel Santiago『Olhos D’água』

  • 2024/08/30、bar buenos aires

当サイトで紹介数が最も多くなっているFabiano do Nascimento(ファビアーノ・ド・ナシメント)とDaniel Santiago(ダニエル・サンチアゴ)のコラボ作。

ブラジル出身の2人のギタリストのほか、MoonsとTransmissorのメンバーとしても活動するミナス出身のSSW&マルチ奏者Jennifer Souza(ジェニフェル・ソウザ)のボーカル、岡村さくらさんの笙も加わります。

どこかで聴いた曲やフレーズもあるなと懐かしさを覚えつつ、Fabiano do NascimentoのハーモニクスとDaniel Santiagoのアルペジオの組み合わせ、幽玄なボーカルと笙の重なり具合など、タイムレスな現行フォークロアに心が落ち着きます。

【8】maya ongaku『Electronic Phantoms』

  • 2024/08/30、Bayon Production / Guruguru Brain

全6曲のうち、歌もの3曲、インスト3曲(あるいは3曲で1曲、語りあり)で構成されたmaya ongakuのEP。

ボーカル&ギター、ベース、キーボード&サックスの3人組バンドがリズムマシンとコラボしたようなエレクトロポップの前半から、アンビエントの後半へとなだれ込む展開です。

歌ものが好きな人にとってはインストは退屈かもしれませんが、テクノ耳やアンビエント耳になると強度のあるボーカル、意味のある歌詞はうるさく感じてしまいがち。maya ongakuは歌ものとインストを違和感なくつなぐ稀有な存在といえるでしょう。

Felbm(フェルボム)やH.Takahashiさんとライブを行うなど、邦バンドとアンビエントの融合も果てしており、今後の展開も楽しみです。

【9】Isik Kural『Moon in Gemini』

  • 2024/09/06、RVNG Intl. / PLANCHA

トルコ・イスタンブール出身、米マイアミ、NYなどを経て、UKグラスゴー 在住のアンビエントポップSSW、Isik Kural(イシク・クラル)の3rdアルバム。RVNG Intl.(リべンジ・インターナショナル)&PLANCHA(プランチャ)案件。

ナイロン弦ギターとボーカルなどによる伝統的なフォーク&カントリーに、シンセやフィールドレコーディング、サンプリングなどによる実験的なアンビエント、ゲストのハープ、フルート、クラリネットなどの室内楽が加わります。

マイアミやグラスゴー大学で学んだという音響工学やサウンドデザインのテクニックが穏やかに昇華され、フォーク&カントリー好きもアンビエント&室内楽好きも優しく包み込む、夢見る子守歌に仕上がっています。

【10】Nala Sinephro『Endlessness』

  • 2024/09/06、Warp Records / Beat Records

もともとテクノレーベルのWarpが新世代ジャズにも触手を伸ばしているので、なかなかBeat案件を卒業できません。その最たる例がUKロンドン在住、カリブ系ベルギー人の作曲家Nala Sinephro(ナラ・シネフロ)の新譜です。

本人は「ハープ奏者によるアンビエントジャズ」といった表現を避けたがっているとのことで、ハープ奏者&作曲家Brandee Younger(ブランディー・ヤンガー)が物語っていた「クラシックの楽器ハープをジャズに取り入れることへの反感の歴史」を思い出しました。

複雑な心境は計り知れませんが、前作よりハープは減り、全10曲中、クレジットは2曲目と3曲目の計2曲のみ。そのほか、モジュラーシンセ、シンセ、ピアノを演奏し、ストリングスを指揮、レコーディングとミックスも手がけています。

ゲストはEzra Collective(エズラ・コレクティヴ)のサックス奏者James Mollison(ジェームス・ モリソン)、サックス奏者Nubya Garcia(ヌバイア・ガルシア)、Black Midi(ブラック・ミディ)のドラマーMorgan Simpson(モーガン・シンプソン)など。

ジャズ耳にもアンビエント耳にもテクノ耳にも響くおもしろさが詰まっています

【11】Masayoshi Fujita『Migratory』

  • 2024/09/06、Erased Tapes / Inpartmaint

ドイツ・ベルリンから帰国し、兵庫在住となったビブラフォン&マリンバ奏者Masayoshi Fujitaさん。Erased TapesおよびInpartmaint(インパートメント)からリリースされた新譜がアンビエントで統一されたのは、時代の流れと自然の摂理なのかもしれません。

シンセ、笙、サックスなども重なり、レーベルメイトのHatis Noit(ハチスノイト)さんは9曲目で美声を披露。「国境を越えて飛び回る渡り鳥」をテーマに、ミニマルとドローンが飛び交い、絶景が目に浮かぶ美しい作品に仕上がっています。

【12】Luke Sanger『Dew Point Harmonics』

  • 2024/09/06、Balmat

Balmatレーベルからのリリース第1弾を担ったUKノーフォーク出身のLuke Sanger(ルーク・サンガー)が、今回の新譜でBalmat初の再登場を飾りました。

ノーフォークの海岸を散歩中に見かけた、朝日を浴びて蒸発する朝露にインスパイアされたため「露点ハーモニクス」という意味のアルバムタイトルがつけられたそうです。

フィールドレコーディングによるノーフォークの海岸の波の音から始まり、Max/MSPやモジュラーシンセによるノイズや物音が散りばめられつつ、ハーモニクス奏法的な倍音交じりで、液体が気体へと気化する様子が表現されています。

ビート(ダンスミュージック)、ミニマル、ドローン(持続音)、ノイズ、物音系など、それぞれのマニアに刺さる抽象的(アブストラクト)な手法も多めですが、柔らかい、かわいい、美しい、楽しいといった陽の音色も同時並行というか、一貫して光側が表現されているところに現行アンビエントらしさを感じます

これがあるからアンビエントの時代と言いたくなるという渾身作。なぜか日本語のフィールドレコーディングも交ざりますが、ネイティブが聴いても違和感ゼロ。卓越した技術があるがゆえに、闇を内包しつつ光へと導く精神性が伴っている感じがします。

【13】Akio Suzuki / 鈴木昭男『KA I KI / 回 帰』

サウンドアーティスト界の巨匠Akio Suzuki(鈴木昭男)さんが、残響40秒の異世界で、オブジェクトと身体のみを駆使して生み出した音響作品

具体的には、新潟・新発田の山奥にある内の倉ダムの堤体内で、自身の声のほか、「石、竹、スポンジ、手鏡、櫛、段ボール、ガラス瓶」を「叩く、転がす、擦る、回す、吹く、引っ張る」などしたそうです。

巨大なコンクリート空間による物理的リバーブがかかりまくったファウンドオブジェクト(物音)かつボイス。歌もの、楽器演奏、環境音楽、アンビエント、フィールドレコーディングなどの概念がすっ飛ばされる、とんでもない代物。音響そのものに回帰させられます

【14】Floating Points『Cascade』

  • 2024/09/13、Ninja Tune / Beat Records

フジロック出演に続いて2025年2月に来日公演が予定されるなど、大人気のフロポことFloating Points(フローティング・ポインツ)の新譜は、Ninja TuneおよびBeat案件、かつ全9曲中5曲目までバキバキの4つ打ちダンスミュージック。

アンビエント耳に傾いている筆者としては「気分じゃないの」と挫折しそうになりましたが、6曲目「Ocotillo」からアンビエントが交ざり始め、ここに繋げるための布石だったのかと胸をなでおろしました。


その「Ocotillo」では大叔母さんのクラビコードを使用したとのことで、美しいリバーブに魅せられます。6曲目の後半から7曲目「Afflecks Palace」までは再び4つ打ちに戻るものの、8曲目「Tilt Shift」ではブレイクビーツとアンビエントが交錯します。

8曲目のアンビエントパートおよび完全にアンビエント化したラスト9曲目「Ablaze」には宇多田ヒカルさんが参加していますが、「え?どこにいた?」となるほどさりげないボイス。Max/MSPやハープの音色と溶け合っています。

仮に宇多田ヒカルさんがごりごりのアンビエント作を打ち出したら、さすがに「アンビエントの時代」説や「昔の人どころか現行で最先端のJ-POP」説が立証されそうです。

しかし、今フロポがダンスミュージックを前面に押し出した事実を踏まえると、もうひと踊りする必要があるのかもしれません。個人的には「ダンスをすっ飛ばしてアンビエント」説を提唱したいところですが。

【15】Kohei Oyamada『Loam』

H.TakahashiさんとのアンビエントデュオH TO O、アンビエントユニットAtoris(アトリス)としても活動するKohei Oyamadaさんのソロデビュー作。

H.Takahashiさん率いるレコード店&レーベルKankyō Recordsからリリースされている、「音と香」のプロダクト、インセンスオイルとカセットテープのセット『Sound Incense & Incense Sound』シリーズの5作目です。

アルバムタイトルのLoam(ローム)はシルトと粘土を25%~40%程度含む土壌、ローム層はその地層。富士山や関東平野などに広がる関東ローム層は、火山灰からなる粘土質の土壌、酸化した鉄分を含む赤土(水中に堆積した土は灰色)だそうです。

曲名を踏まえると、火山の噴火によって堆積した土壌にコロニー(大地)が形成され、鉄分などのミネラル、洞窟、地下水、生命を育む物語を想像したくなります。

フィールドレコーディングと思われる水の音もありつつ、柔らかすぎず硬すぎない粘土っぽい音色で貫かれた骨太なアンビエントです。

【16】Nubya Garcia『Odyssey』

  • 2024/09/20、Concord Jazz / Universal Music

Nala Sinephroの新譜にも参加している、UK新世代ジャズを代表する女性サックス奏者Nubya Garcia(ヌバイア・ガルシア)の2ndアルバム。

Esperanza Spalding(エスペランサ・スポルディング)など多彩なゲストを迎え、「ジャズ、クラシック、R&B、ダブを横断」する快作が生み出されました。

初めて手がけたというストリングスのオーケストレーションによりポストクラシカル的な楽しみ方もできるほか、本編ラスト12曲目「Triumphance」が人力ダブ抜けで、Nubya Garcia自身がスポークンワードを披露しているところがかっこ良すぎます。

おわりに

今月はリリース順に紹介したので、かえってジャンルにとらわれないおもしろい並びになったかもしれません。

個人的には、Passepartout Duo & INOYAMALAND(パスパルトゥー・デュオ&イノヤマランド)とAkio Suzuki(鈴木昭男)さんに衝撃を受けました。日本にもまだまだ多様な音楽がありますね。

ようやく紹介できたBalmat作品については、この辺りが「マニアの聖地」だけでなく世界全体の注目の的に躍り出たらおもしろいのになあ(無謀かなあ)と期待しています。

ほかにもお気に入りが見つかりましたら幸いです。それではまた来月!

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渡辺和歌
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