音楽

こだま和文&Undefined『2 Years / 2 Years in Silence』ダブトランぺッターとダブユニットが紡ぐアンビエント

Kazufumi Kodama & Undefinedの『2 Years / 2 Years in Silence』では、パンデミックの2年間の静寂が表現されています。
ざわついた心を静めたいときにおすすめのアルバムです。

はじめに


こだま和文(Kazufumi Kodama、小玉和文)さんは1955年1月29日生まれ、福井市出身のダブトランぺッター。
日本初のダブバンドMUTE BEAT(ミュート・ビート、1982年~1989年)、ソロ活動(1990年~)、KODAMA AND THE DUB STATION BAND(2005年~2006年、2015年~)のほか、プロデューサー、アーティスト(水彩画、版画など)としても活動しています。
Undefined(アンディファインド)はキーボード&プログラミングのサハラ(Sahara、Kazuhiro Sahara)さん、ドラムのオオクマ(Ohkuma、Yasuyuki Ohkuma)さんによる2人組エクスペリメンタル・ダブユニット。
Kazufumi Kodama & Undefined名義の10インチシングル「New Culture Days」(2018年4月30日、newdubhall)をきっかけに、3人のコラボは始まりました。

2 Years / 2 Years in Silence

  • 作曲:こだま和文、Undefined
  • 編曲:こだま和文、Undefined(M1~M4)、こだま和文、サハラ(M5~M8)
  • プロデュース:Undefined(M1~M4)、こだま和文、サハラ(M5~M8)

Kazufumi Kodama & Undefined名義の1stアルバム『2 Years / 2 Years in Silence』(デジタル・CD:2022年9月21日、LP:2022年12月3日、rings)は、全8曲・36分。
コロナ禍の2年間に横たわった静けさに耳を傾けましょう。

【1】New Culture Days


10インチシングル「New Culture Days」には、オリジナルとダブバージョンの2曲が収録されています。
その流れもあり、当初は「オリジナル、ダブ」と交互に並ぶショーケース・スタイルのアルバムが想定されていたそうです。
ところが制作過程で「オリジナル、アンビエント」の案が浮上し、結果的に「アナログ盤のA面はオリジナル、B面はアンビエント」という構成になりました。
曲順は制作された時系列に沿っているとのことで、オリジナルサイドの1曲目から4曲目まで、それに呼応するアンビエントサイトの5曲目から8曲目までの流れで、パンデミックが深まっていく様子が感じられます。
冒頭の「New Culture Days」から一貫して、レゲエ、スカ、ロックステディを踏まえてダンスホール、ダンスミュージックへと受け継がれたダブの「マーク・エルネストゥスMark Ernestus)とモーリッツ・フォン・オズワルドMoritz von Oswald)による2人組ユニット、リズム&サウンドRhythm & Sound)以降の生演奏」というUndefinedが掲げるテーマが明確に表現されているといえるでしょう。
こだま和文さんの孤高のトランペットも相まって、残響や間を慈しむ引き算の美学が突き詰められています。

【2】Pale Purple Flower


「淡い紫の花」という意味の「Pale Purple Flower」。
こだま和文さんが撮影した「夢の庭」というタイトルの写真が用いられたアルバムジャケットのイメージでしょうか。
コロナ禍でソーシャルディスタンスの確保が必要となり、孤立した生活が日常的になりました。
トランペット、キーボード&プログラミング、ドラムによって紡がれる禅的な音の掛け合いには、物悲しさがつきまとう日々に、庭で咲く花のようなささやかな美しさや希望を見出す心持ちが感じられます。

【3】Puddle


「水たまり」という意味の「Puddle」は6分半の長尺。
苔むす岩肌に雨粒がしたたり落ちて、地面に水たまりができ、しぶきが跳ね上がる風景を想像したり、水滴と同化してゆらゆら揺れてみたり、新型コロナで止まった時間が再び動き出すような悠久の流れに誘われます。
あるいは水たまりができるほど涙を流したい虚しい気分にそっと寄り添ってくれつつ、ほどよいタイミングで活を入れてくれる優しさとキレキレのかっこよさに酔いしれるのも一興です。

【4】2 Years


表題曲「2 Years」。
政府が「新型コロナウイルス感染症」と定め、WHOが「COVID-19」と命名したのは2020年2月、ロシアのウクライナ侵攻が始まったのは2022年2月でした。
この2年間、世界全体がおおわれた絶望的な空気感を冷静に表現しているのが「2 Years」といえるでしょう。
長い歴史を振り返るとパンデミックも紛争も繰り返し起きていて、世界全体が平和なときは一瞬たりともないのかもしれません。
それにしても人間同士が距離を取らなければいけないという孤立を強いられた異様な2年間でした。
さまざまな試練に耐え忍んでいる状況で、さらに軍事侵攻のニュースが飛び込んでくるというやるせなさ。
その後は異様な日常に慣れるしかない日々が続いていますが、「2 Years」を聴いて平和を願いたいものです。

【5】New Silent Days


ここからB面です。
1曲目「New Culture Days」のアンビエントバージョン「New Silent Days」。
オオクマさんのドラムがなくなり、こだま和文さんのトランペットとサハラさんのキーボード&プログラミングも極限まで音数が少なくなっています。
まさに静けさの境地。
音が鳴り始めてから消えた後の余韻まで含めて、音響そのものを堪能することができます。
情報過多の混乱した時代に求められるのは、こうした「抑制」の効いた先鋭さのようです。

【6】Flowers


「Flowers」は2曲目「Pale Purple Flower」を含む花の複数形でしょうか。
アルバムジャケットの写真「夢の庭」の全体像はこちらのアンビエントなのかもしれません。
脈打つ鼓動なのか、水分や養分が根から茎を通って葉や花へと循環する音なのか、ミクロの瑞々しい息吹がマクロに迫ってくる気配を感じます。

【7】A Puddle


3曲目の「Puddle」は動詞(水たまりを作る、混乱させるなど)、「A Puddle」は名詞(水たまり、こね土)という対比でしょうか。
こだま和文さんのトランペットの生々しさが際立つトラックになっていて、残響や間合いの妙に魅せられます。

【8】2 Years in Silence


もうひとつの表題曲「2 Years in Silence」。
残響や間もさることながら、鳴っている音を聴きながら鳴っていない音を想像させられるところも究極の静けさの美学かもしれません。
暗い時代に明るさを求めるのは反動のような危うさも漂いますが、それでも闇のなかに光を見出す方向へ進みたいものです。
激しい時代には穏やかさ、騒がしい時代には静けさが安心材料になるような気がします。
その辺りの機微を端的にあらわす言葉が「抑制」だと教えてくれる先導者、その美しいたたずまいに魅せられた開拓者によって紡がれた至極のひとときでした。

おわりに


ひとくちにダブといっても、ホレス・アンディ(Horace Andy)のエイドリアン・シャーウッド(Adrian Sherwood)プロデュースによるアルバム『Midnight Rocker』(2022年4月8日、On-U Sound)は相変わらず過去が蘇るというか、不変の美学を貫いているように思われました。
『2 Years / 2 Years in Silence』には、実験音楽(エクスペリメンタル)やアンビエントの方向に舵を切る時代性が詰め込まれていたのではないでしょうか。
絶対無ZETTAI-MU)やドラヘヴィDRY&HEAVY)の進化系。
懐かしさと新しさの両立は、何が起ころうとも淡々と時代の音に耳を傾け続ける姿勢があってこそ成立すると感じ入りました。
あの2年間のテーマ曲のようなこのアルバムは、今後も混乱と共に生き続ける私たちに「抑制」の境地を示唆し続けてくれるのではないでしょうか。
こだま和文さんがダブステーションで「2 Years, 2 Years in Silence」とつぶやく声も聴こえそうな気がします。

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渡辺和歌
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