音楽

J Foerster / N Kramer『Habitat II』環境音楽の概念を革新する実験的なアンビエント

Leaving Records主宰者マシューデイヴィッド(Matthewdavid)がマスタリングを手がけた、J Foerster / N Kramerの『Habitat II』。
ウィズコロナ時代に望まれるアンビエントが展開されています。

はじめに


ドイツ・ベルリンを拠点とするドラム&パーカッション奏者(実験音楽家)J Foerster(Joda Foerster/ヨーダ・フェルスター)。
同じくベルリンを拠点とする作曲家(実験音楽家)N Kramer(Niklas Kramer/ニクラス・クレイマー)は、ソロプロジェクト、スティル・パレード(Still Parade)としても活動しているほか、N Kramer名義のソロ作品もリリースしています。

Habitat


エクスペリメンタルデュオJ Foerster / N Kramer名義の1stアルバム『Habitat』(2021年4月9日、Leaving Records)は、先行シングル3曲を含む、全8曲・41分あまり。
アルバム名の「ハビタット」は「生息地、生息環境、住居」といった意味です。
イタリアの建築家&インダストリアルデザイナー、エットレ・ソットサスEttore Sottsass、1917年9月14日~2007年12月31日)の建築ドローイング作品集『Architettura Attenuata』にインスパイアされ、8曲それぞれが架空の建物の異なる空間に相当する(入り口、回廊、部屋など)というコンセプトで制作されました。

Habitat II


『Habitat』シリーズの2作目となるアルバム『Habitat II』(2023年9月15日、Leaving Records)は、先行シングル2曲を含む、全8曲・39分あまり。
エリック・サティ(Erik Satie)の『家具の音楽』やブライアン・イーノ(Brian Eno)の『Ambient 1: Music For Airports』(空港のための音楽)の流れを汲む環境音楽でありながら、実際の環境に溶け込む音楽というより、音楽そのもので架空の環境を生み出す実験的なアンビエントになっています。

クレジット

【1】Seating (Welcome)


オープニングを飾る「Seating (Welcome)」には、「ようこそ。お座りください」といった「歓迎」の意味が込められているでしょうか。
再び架空の「ハビタット・ハウス」を訪れたリスナーに対し、椅子やソファでくつろぐようにすすめている雰囲気です。
バウハウス的なモダニズムコラージュが散りばめられた、テリー・ライリーTerry Riley)を彷彿とさせるミニマルミュージック
1960年代から1970年代にかけてのミニマリズム環境アートランドアートアースアート)、あるいはランドスケープ(景色、景観、風景)に対するサウンドスケープ(音風景)、ランドスケープデザインランドスケープアーキテクチャー造園)に思いを馳せたくなります。

【2】Souvenirs


第1弾シングル「Souvenirs」(2023年7月18日)。
アルバムジャケットのアートワークには、米LAを拠点とするアーティスト&デザイナー、リリー・クラークのセラミックエポキシ樹脂流紋岩顔料による噴水あるいは人工滝カスケード)「Farallon I」(スペイン語、読み:ファラリョン、意味:岩、崖)が使われています。
そのアート作品の大きさは「高さ29インチ(73.66cm)×幅14インチ(35.56cm)×奥行26インチ(66.04cm)」なので、「Souvenirs=お土産」サイズとも考えられるでしょう。
映像では、崖や滝の上の岩の部分が「Souvenirs=思い出となる記念品」みたいにキラキラ輝いています。
「ハビタット・ハウス」でくつろぎ始めたリスナーに、旅の思い出話のようなきらめくサウンドを披露し、アート作品の場所へと誘う趣向なのかもしれません。

【3】Catalog


ピタゴラ装置ルーブ・ゴールドバーグ・マシン、からくり装置)をイメージしたくなる実験的なサウンドがミニマルに繰り返される「Catalog」。
エリック・サティ『家具の音楽』の「家具のように生活に溶け込む音楽」、ブライアン・イーノ『Ambient 1: Music For Airports』の「空港の環境に溶け込む音楽」という概念を踏まえ、1曲目「Seating (Welcome)」では家具(椅子)、2曲目「Souvenirs」では空港(お土産店)を「カタログ」的に提示したというからくりでしょうか。
エットレ・ソットサスやバウハウスの「建築カタログ」も目に浮かびます。

【4】Bedding (Four Layers)


「Bedding (Four Layers)」は「マットレス、敷き布団、シーツ、掛け布団」などの「4層の寝具」という意味なのか、アート作品「Farallon I」の「3つの岩と崖下の4層」をベッドに見立てているのか、4曲目なので「4層」なのか、1stアルバム『Habitat』の5曲目「Four Glass Steps」に呼応しているのか、音楽やデザインや大地(地層)の「レイヤー」をあらわしているのか、はっきりしません。
いずれにしても1曲目「Seating (Welcome)」とは家具つながり(「Farallon I」を椅子に見立てていた?)で、これまでは座っていた(起きていた)けれども、これから先は眠りに就いて夢を見ましょうと促されるようなアンビエントです。

【5】New Sway


「New Sway」で「新たな揺らぎ」に突入したようです。
リズミカルなシンセ、浮遊感の漂うビブラフォン、低音のベースサウンドなどが心地よく響きます。

【6】Blue Terrace


第2弾シングル「Blue Terrace」(2023年8月22日)。
シングルのジャケットや映像では、リリー・クラーク「Farallon I」の櫛状の滝口から水が滴り落ちた崖下の水面まで、あるいは滝上の岩に水が浸透する様子がクローズアップされているので、曲名の「青いテラス」はおそらく「滝の段丘」をあらわしているでしょう。
公式には「日陰の隠れ家のサウンドコラージュ」と表現されています。
架空の「ハビタット・ハウス」の「日陰のテラス」でうとうとするうちに、夢の中で「Farallon I」の「滝の段丘」とリンクするイメージかもしれません。

Blue Terrace (excerpt)

【7】Wasserspiel


Wasserspiel」(ドイツ語、読み:ヴァッサーシュピール)は噴水や人工滝(カスケード)などの「水景施設」のことなので、リリー・クラークの「Farallon I」そのものと考えられます。
実際の滝のような広大な自然も、庭や部屋などにアート作品が置かれた禅的な美学も、同時に感じることができるサウンドです。

【8】Windspiel


ラストの「Windspiel」(ドイツ語、読み:ヴィントシュピール)は風鈴ウィンドチャイム風車などの「風で動く装飾や音響装置」という意味ですが、風向計の役割を果たす風見鶏とも異なる「風で動くオブジェ」をあらわしているでしょうか。
『Habitat』の建物、リリー・クラークの水というテーマが風に流れ着いたような結末でした。

おわりに


リリー・クラークのアート作品「Farallon I」を椅子やベッドなどの家具に見立てて禅的なミニマルな世界を楽しむことも、広大な架空の滝へ旅することもできるアルバムでした。
実験音楽は革新的な挑戦に主眼が置かれると奇をてらうことにもなりかねませんが、環境音楽を対象とした『Habitat』シリーズのサウンドそのものは心地よく控えめです。
ただ、「環境に溶け込む音楽」という概念を「環境を生み出す音楽」に変換しているところは、実は革新的といえるでしょう。
マスタリングも担当した、Leaving Records主宰者のマシューデイヴィッドは、ウィズコロナ時代のアンビエントの重要性を自覚し、模索しているように感じます。
J FoersterとN Kramerによる控えめな革新も、じんわり浸透するのではないでしょうか。

グリーン・ハウス『A Host for All Kinds of Life』


マシューデイヴィッドと共に来日した、グリーン・ハウス(Green-House)の2ndアルバム『A Host for All Kinds of Life』(2023年10月13日、Leaving Records / PLANCHA)もどうぞ。

ロビン・サヴィル『Lore』


(少々強引な気もしますが)ドイツつながりということで、ベルリンの老舗テクノレーベルMorr Musicからリリースされた、UK&デンマークのエレクトロニカ・デュオアイサンISAN)のロビン・サヴィルRobin Saville)の4thソロアルバム『Lore』(2023年6月23日、Morr Music)もおすすめです。

吉村弘『Surround』


再発された吉村弘(Hiroshi Yoshimura)さんの『Surround』(1986年1月17日Misawa HomeTemporal Drift / Light In The Attic)はPitchforkで9.0など、海外でも再評価が高まっています。

ディスコグラフィ:J Foerster / N Kramer

ディスコグラフィ:N Kramer

ディスコグラフィ:Still Parade

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渡辺和歌
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