音楽

ブルー・レイク『Sun Arcs』一人多重録音で光り輝く北欧アメリカーナ&ジャズアンビエント

青い湖は遠くから眺めると太陽の光を受けた水面がキラキラ輝き、退屈なほど心地いいだけかもしれませんが、ひとたび飛び込むと思いのほか底が深い可能性も秘めています。
ブルー・レイク(Blue Lake)のアルバム『Sun Arcs』はさらっと聴き流しても心地よく、レフトフィールドな音楽ファンにとってはツボにハマるポイントだらけの名盤といえるでしょう。

はじめに


米テキサス出身、スウェーデン南西部ハッランド地方ウンナリド(Unnaryd)郊外の山小屋&主催レジデンシー(滞在)プロジェクト、アンデルサボAndersabo、2016年~)を経て、デンマーク・コペンハーゲンを拠点とするマルチ奏者&楽器製作者ジェイソン・ダンガン(Jason Dungan)によるソロプロジェクト、ブルー・レイク(Blue Lake)。

Sun Arcs


4thアルバム『Sun Arcs』(2023年6月23日、Tonal Union)は、先行シングル3曲を含む、全8曲・40分あまり。
「ヒップホップ(ビート)とジャズの融合」に続いて進化の目覚ましい「フォークとジャズが融合したアンビエント」のようでもあり、音響派ポストロック的な実験性、前衛性も感じられる傑作です。

クレジット

【1】Dallas


ブルー・レイクことジェイソン・ダンガンの故郷テキサス州第3の都市ダラスの地名がつけられた「Dallas」。
アメリカの古き良き時代のフォークソング、アメリカーナのようにノスタルジックに爪弾かれるアコギのほか、パーカッションのアレンジ、クラリネットやオルガン、チェロのドローンも印象的です。
北欧デンマークに住むアメリカ人として、2016年からフェスなどを開催してきたスウェーデンの山小屋アンデルサボへ1週間一人で旅行した際に、今回のアルバム制作が始まったとのこと。
アメリカ、デンマーク、スウェーデンの3か国、およびフォーク、ジャズ、アンビエントが独自に融合した不思議なサウンドに仕上がっています。

【2】Green-Yellow Field


第1弾シングル「Green-Yellow Field」(2023年3月29日)。
ジェイソン・ダンガンが自作した48弦ツィターを奏でる様子は、UKロンドン&ブライトンを拠点とする作曲家&ビジュアルアーティストのアレックス・コゾボリスAlex Kozobolis)、アルバム『Sun Arcs』をリリースしたロンドンのレーベルTonal Union主宰者かつジャケットのデザインも手がけたアダム・ヘロンが監督したMVで観ることができます。
ツィターといえばララージ(Laraaji)を連想する人も多いかと思われますが、実際にララージの作品も手がけ、メアリー・ラティモアMary Lattimore)やスティーヴ・ガンSteve Gunn)とのコラボでも知られる米フィラデルフィア出身の音楽家&プロデューサー&エンジニアのジェフ・ジーグラーがミックスを担当。
この辺りから、ジョン・フェイフィーJohn Fahey)をリスペクトするジム・オルークJim O’Rourke)的な「エクスペリメンタル(実験音楽)&アバンギャルド(前衛音楽)~アンビエント(環境音楽)~ポストロック」の系譜を読み取ることも可能でしょう。
さらに、コアなアンビエントファンが歓喜するステファン・マシューがマスタリングを手がけている点にも注目です。

【3】Bloom


第2弾シングル「Bloom」(2023年4月28日)。
発祥した時代の流れとしては「実験音楽~環境音楽」の間に位置するクラウトロックが取り入れられていて、ミニマルなギターリフが実験的なロック魂をあらわしています。
さらにスライドギター、ツィター、タンバリンのようなパーカッション、チェロのドローン、木管楽器などが多層的に重なり、北欧の開花の季節が目に浮かぶようです。
一人で多重録音する実験性に引き込まれるだけでなく、没入型のアンビエントとしても堪能できるでしょう。

【4】Rain Cycle


第3弾シングル「Rain Cycle」(2023年5月26日)。
ドラムマシンによる規則的なハイハットのリズムは、地面に滴る雨音でしょうか。
オルガンのドローン、チェロやツィター、ギターの即興的な響きは、雨風に揺れる風景そのものを描写しているかのようです。
突然の夕立に雨宿りを余儀なくされているのかもしれませんし、嵐のような土砂降りのなかでも雨粒のきらめきを見出すような繊細な美しさが感じられます。

【5】Writing


「Writing」は、ポロロンと指を滑らすハープのグリッサンドのようなツィターの響きが印象的。
音と光が同化して、キラキラ輝く大自然を想像することもできそうです。
「曲を書く=音楽を作る」という行為は、個人的な自我や人間の欲望を超越するほど尊いことなのではないかと信じたくなります。

【6】Fur


ジェイソン・ダンガンはスウェーデン・アンデルサボに旅行中、曲作りに没頭し、愛犬との森への散歩と空の太陽の軌跡のみで時間感覚を得ていたそうです。
その愛犬が隣の床で眠る様子が表現されたという「Fur」。
そう言われてみると、クラリネットのソロ、ポンプオルガン、ギターのレイヤーは犬の寝息のように響き、ドラムのリズム、ツィターのソロは夢の中で犬が走り回るイメージが湧いてきます。
まるでじゅうたんみたいに寝そべる姿が「毛皮=ファー」っぽいという話なのかもしれません。
飼い主とペットの仲睦まじい雰囲気まで伝わってくるようです。

【7】Sun Arcs


タイトル曲「Sun Arcs」は、ツィターのソロと高音のスライドギターによって、太陽の輝きそのものが降り注ぐかのようです。
前衛音楽の前衛性や実験音楽の実験性、あるいは環境に溶け込むという意味での環境音楽さえも超越し、環境を生み出す音楽というか、いつどのような場所にいても自然と一体化する感覚に導かれるサウンドになっています。
もはや究極の音楽と呼びたくなる領域に達しているのではないでしょうか。

【8】Wavelength


ジェイソン・ダンガンのアーティスト名ブルー・レイクは、米オクラホマシティで生まれ、スウェーデンに移住したジャズトランペット&コルネット奏者(マルチ奏者)ドン・チェリーDon Cherry、1936年11月18日~1995年10月19日)のライブアルバム『Blue Lake』(1974年BYG)に由来します。
約9分と長尺のラスト曲「Wavelength」は、そのドン・チェリーのアルバム『Blue Lake』、およびカナダ出身のアーティスト、マイケル・スノウMichael Snow、1928年12月10日~2023年1月5日)監督による構造映画(実験映画、前衛映画)『Wavelength(波長)』(1967年)からインスピレーションを得たそうです。
ドン・チェリーの無駄を省いたパフォーマンス精神、マイケル・スノウの45分かけて部屋に飾られた写真にズームインするという境界のないミニマルな実験性にインスパイアされたのでしょう。
「ツィターのソロ~オルガンのドローン~アルトリコーダーのソロ~ツィター&アルトリコーダー~ツィターのソロ」と限られた楽器が多層的に連なる構成で、光り輝くような音の波長が表現されています。
フォーク(アメリカーナ)、ジャズ、アンビエントといったジャンル、あるいは北欧とアメリカという国の境界にとらわれないジェイソン・ダンガンらしい自画像が描かれていたのではないでしょうか。

ドン・チェリー「Blue Lake」

おわりに


ジェイソン・ダンガンは、ドイツのフリージャズ・サックス奏者ペーター・ブロッツマンPeter Brötzmann)とオランダのフリージャズ・ドラマー、ハン・ベニンクHan Bennink)のデュオアルバム『Schwarzwaldfahrt』(意味:シュヴァルツヴァルト断層、1977年FMP)、米メンフィス出身の実験音楽家(作曲家&楽器製作者&演奏家)エレン・フルマンEllen Fullman)が開発した長弦楽器Long String Instrument、LSI)の影響も受けているとのこと。

Ellen Fullman performs at MOCAD


ピッチフォークなどでも大絶賛された『Sun Arcs』はブルー・レイク名義の4枚目のアルバムで、それ以前の3作を聴くと、より実験的、前衛的なニュアンスが強いように感じます。
コアなアンビエントファンは、さかのぼって青い湖の底を目指したくなるのではないでしょうか。
ライブではカルテットなどのバンド編成とソロの両方でパフォーマンスするそうなので、一人多重録音の作品がどのように演奏されるのかを含め、今後の展開も楽しみです。

ディスコグラフィ

リンク

ABOUT ME
渡辺和歌
ライター / X(Twitter)
RELATED POST