音楽

ファビアーノ・ド・ナシメント(Fabiano do Nascimento)『Mundo Solo』極上のソロ作

多弦ギタリスト、ファビアーノ・ド・ナシメント(Fabiano do Nascimento)の静かなる傑作!
ブラジル音楽、ジャズ、フュージョン、クラシック、フォーク、アンビエント(環境音楽)、ニューエイジ、エクスペリメンタル(実験音楽)などの要素を内包する、レトロフューチャーユニバーサル・ミュージック『Mundo Solo』を堪能しましょう。

はじめに


当サイトでもおなじみ、ブラジル・リオ出身、米LAの多弦ギタリスト&作曲家&プロデューサー、ファビアーノ・ド・ナシメント(Fabiano do Nascimento)。

Mundo Solo


これまでに紹介した日本オリジナル企画盤『Rio Bonito』(2022年12月7日、rings)や7thアルバム『Das Nuvens』(2023年7月21日、Leaving Records / PLANCHA)に続く、8thアルバム『Mundo Solo』(2023年11月24日:Far Out Recordings、輸入盤・国内流通仕様CD、2023年12月13日:Unimusic・diskunion)は、先行シングル2曲を含む、全15曲・47分あまり。
コロナ時代に突入した2020年に、LAの自宅スタジオで録音されました。
「ソロ(一人)の世界」という意味のアルバムタイトルどおり、3人のゲストを迎え、多少のオーバーダブ(重ね録り)もありつつ、基本的には一人で複数の楽器を演奏しながらの一発録り。
「孤独な隔離生活」というニュアンスも重ねられているでしょう。
静謐なひとときが似合う控えめな作品ですが、ファビアーノ・ド・ナシメントの多才ぶりが遺憾なく発揮されています。

  • 左→右:10弦ギター、ソプラノギター、7弦ギター

クレジット

https://twitter.com/musicletter/status/1725247772402516329

【1】Abertura


ナイロン弦のクラシックギターとミニマルなシンセが絶妙に交錯し、幻想的なきらめきを生み出している「Abertura」(意味:オープニング)。
実音の1オクターブ上などの倍音を響かせるハーモニクス奏法倍音奏法)は、大まかに自然ハーモニクス(ナチュラルハーモニクス)と人工ハーモニクス(アーティフィシャルハーモニクス)の2種類があり、人工ハーモニクスのなかでもピッチハーモニクス(ピッキングハーモニクス)やタッピングハーモニクス(タッチハーモニクス)などがあります。
さらにファビアーノ・ド・ナシメントはElectro-Harmonix Pitch Forkなどのペダルも駆使してハーモニクス(倍音)を響かせています。

【2】Curumim 2


4thアルバム『Ykytu』(2021年9月24日、Now-Again Records)収録曲「Curumim」(意味:子供、シングル:2021年8月26日)の新たなバージョン「Curumim 2」。
LAの音楽家ゲイブ・ノエルが低音ベースを響かせ、リバーブの効いたギターや遊び心のある電子パーカッションなどのエレクトロニクスを引き立てています。

Curumim

【3】Paperstrings


「Paperstrings」はギターの弦に紙を挟んでブリッジミュートする奏法をあらわしているでしょうか。
「Curumim 2」のリバーブ(残響)とは対照的に、ブンブンとミュート(消音)する響きを堪能できます。

【4】Agua de Estrellas


「シェイカーっぽいパーカッションサウンド、穏やかなシンセドローン、メロディアスなギター」の3本立てから始まる「Agua de Estrellas」(意味:星の水、輝く水)。
そのうちパーションが止み、シンセドローンがレコードの針飛びのようなループになり、ギターが荒ぶるというエクスペリメンタル(実験的)な展開ですが、心地いい違和感の範疇を超えないところにファビアーノ・ド・ナシメントらしさを感じます。
ちなみに、2023年の来日公演ではHologram Electronics MicrocosmElectro-Harmonix 720 Stereo Looperなどのペダルやルーパーを使用していた模様です。

【5】Bari


「Bari」は途切れないシンセドローンとギターの組み合わせ。
消え入るまで高みに達するギターが印象的です。

【6】Etude 1


第1弾シングル「Etude 1」(意味:エチュード・練習曲、2023年10月13日)は、キューバの作曲家&指揮者&クラシックギタリスト、レオ・ブローウェルLeo Brouwer)「Estudios Sencillos (Nos. 1)」(1972年)のカバー。
米サンディエゴのドラマー、ジュリアン・カンテルムが参加しています。

リカルド・コボ「Estudios sencillos: First Series: I」

【7】Meianoite


米NY育ちのジャズピアニスト、ビバップの高僧ことセロニアス・モンクThelonious Monk)「‘Round Midnight」(ラウンド・ミッドナイト、アルバム『Genius of Modern Music: Volume 11951年Blue Noteなど)のカバー「Meianoite」(意味:夜中)。

セロニアス・モンク「’Round Midnight」

【8】Reflections


「Reflections」(意味:反射)はドローン的な持続音でありながらもどうにか音程を見出そうとするシンセと、共鳴し合うギターの音色が印象的。
「夜中」のように孤独な隔離生活でも、「練習曲」を奏でるうちにどうにか光が見えてくるかもしれないと祈る思いが反映されているのかもしれません。

【9】Coisa


アナログ盤のA面ラスト「Coisa」(意味:物、事)。
出口の見えない闇のなかでも見失いたくない光そのもののようなサウンドです。

【10】Coisa 2


B面の始まり「Coisa 2」。
ミニマルなギターを軸にした高音と低音の対比が美しいです。

【11】CPVM


ブラジル音楽のショーロ(ジャズより歴史が古い即興音楽)やフォホーとジャズが融合した「CPVM」。
イチベレ・ズヴァルギ(Itibere Zwarg)の息子アジュリナン・ズヴァルギがパーカッションで参加しています。

【12】Txaii


「Txaii」はミニマルなギターとドローン的なシンセの前面に押し出されたドラムサウンドが印象的。

【13】Tempo


ギターのハーモニクスが心地いい「Tempo」(意味:時間)。
穏やかに盛り上がるシンセとも相性がいいです。

【14】De Manhã


第2弾シングル「De Manhã」(意味:午前中に、2023年11月3日)。
ギターのハーモニクスとリバーブの応酬やシンセドローンで、きらめく太陽の光が表現されているかのようです。
https://twitter.com/FarOutRecs/status/1720414888386814048

【15】Dormenor


アルバムを締めくくる「Dormenor」(意味:睡眠状態の、眠っている)は8分超えの長尺。
低音、中音、高音、それぞれの展開が絶妙に絡み合い、幻想的な夢を見ているような瞑想状態に誘われます。
ギターを演奏する人やギターミュージックのファンも、ジャズやブラジル音楽を好むリスナーも、アンビエントやニューエイジなどの電子音楽ファンも、それぞれ深く心に刺さったのではないでしょうか。

おわりに


決して明るい音楽ではありませんが、暗闇のなかでどうにか光を見出そうとするような、静謐という言葉がよく似合うアルバムでした。
ファビアーノ・ド・ナシメントは豊かな音楽性や高い技術力を難解さに結びつけることがないので、聴くのに負荷がかからず、ストレスなく長時間聴いていられるというメリットがあります。
贅沢な話ですが、もしかしたら聴きながら眠ってしまうのが正解なのかもしれません。

Sam Gendel & Ugnė Uma『Tam tikri objektai erdvėje』


星野源さんの「Mad Hope – Short (feat. Louis Cole, Sam Gendel)」(EP『LIGHTHOUSE2023年9月8日SPEEDSTAR RECORDSVictor Entertainment)でJ-POPファンにも浸透しつつあるにもかかわらず、飄々と我が道を行くサム・ゲンデルSam Gendel、EP『Tam tikri objektai erdvėje2023年11月24日meakusma)とのコラボアルバム『The Room』(ザ・ルーム、2024年1月26日、Real World / BIG NOTHINGULTRA-VYBE)のほか、ダニエル・サンチアゴ(Daniel Santiago)やファビアーノ・ド・ナシメントのパートナーでもある音楽家、岡村さくらさんが雅楽の笙で参加したアルバムも完成しているとのこと。
大変なことが多発する世の中でも、ささやかな癒しとなる楽しみが続きます。

ダニエル・サンチアゴ&ペドロ・マルチンス『MOVEMENT』


そのダニエル・サンチアゴとペドロ・マルチンスPedro Martins)のギターデュオ作『MOVEMENT』(2023年10月18日、Heartcore Records / MOCLOUD)も必聴です。

小沼ようすけ『Your Smile』


ジャズギタリストのソロ作ということで、小沼ようすけさんのアルバム『Your Smile』(2023年9月20日、Flyway LABEL / MOCLOUD)もおすすめ!

Leo Takami『Next Door』


海外での評価も高い作曲家&ギタリスト、Leo Takami貴水玲央)さんのアルバム『Next Door』(2023年10月6日Unseen Worlds)もどうぞ。

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渡辺和歌
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