音楽

ファビアーノ・ド・ナシメント&サム・ゲンデル(Fabiano do Nascimento & Sam Gendel)『The Room』

現行の米LAブラジル音楽&アンビエントジャズシーンを盛り上げるギタリスト、ファビアーノ・ド・ナシメント(Fabiano do Nascimento)とサックス奏者サム・ゲンデル(Sam Gendel)の原点回帰ともいえる初コラボアルバム!
絆の深い2人の部屋を訪れてみましょう。

はじめに

ファビアーノ・ド・ナシメント

これまでに当サイトでソロアルバム『Mundo Solo』(2023年11月24日、Far Out Recordings / Unimusic・diskunion)、『Das Nuvens』(2023年7月21日、Leaving Records / PLANCHA)、イチベレ・ズヴァルギ・コレクティヴ(Itibere Zwarg Collective)とのコラボ企画盤『Rio Bonito』(2022年12月7日、rings)の3作品を紹介してきた、LAのブラジル出身ギタリスト、ファビアーノ・ド・ナシメント(Fabiano do Nascimento)。

サム・ゲンデル

同じくLAを拠点とするサックス奏者サム・ゲンデル(Sam Gendel)については、カバーアルバム『COOKUP』(2023年2月24日、Nonesuch)、サム・ウィルクス(Sam Wilkes)とのコラボアルバム『Music for Saxofone & Bass Guitar More Songs』(2021年7月21日、Leaving Records / astrollage)の2作品を紹介してきました。

The Room


ますます注目度の高まる2人による初のコラボアルバム『The Room』(ザ・ルーム、2024年1月26日:Real World Records、輸入盤・国内流通仕様CD:BIG NOTHING / ULTRA-VYBE)は、先行シングル2曲を含む、全10曲・34分あまり。

トリオルガニコ『Convivencia』


ファビアーノ・ド・ナシメントは活動初期に、米NYのサックス奏者(マルチ奏者)&作曲家パブロ・カロジェロPablo Calogero)、メキシコ系アメリカ人のドラマー&パーカッショニスト、ティキ・パシラスTiki Pasillas)と共に、ラテンジャズグループ、トリオルガニコ(Triorganico)としてアルバム『Convivencia』(2009年8月4日Now-Again Records)をリリースしました。
そのトリオルガニコが2011年、サム・ゲンデルのいとこの経営するレストランでライブをした際に引き合わされて以来、2人は断続的に共演や共作を重ねてきましたが、デュオのフルレングス作品としてリリースに至ったのは今回が初めてです。
カバー2曲とトラディショナル(伝統音楽民俗音楽フォルクローレ)8曲という構成で、LAの高級住宅街パシフィック・パリセーズにある地下スタジオにて2日間でレコーディングされました。
エフェクトなし、7弦ギターとソプラノサックスのみのアコースティックかつモダンクラシックなフォルクローレ&アンビエントジャズを堪能しましょう。

クレジット

  • ファビアーノ・ド・ナシメント:編曲、プロデュース、7弦ギター
  • サム・ゲンデル:編曲、プロデュース、ソプラノサックス
  • トーマス・ヤコビ(Tomas Jacobi):エンジニアリング
  • ジェイソン・ヒラー(Jason Hiller):ミックス、マスタリング

【1】Foi Boto


第1弾シングル「Foi Boto」(読み:フォイ・ボト、2023年11月15日)は、ポルトガル語で「イルカボト)がいた」という意味のフォルクローレのようです。
ジョアン・ジルベルトJoão Gilberto)を彷彿とさせるボサノヴァにブルースとフォークが交ざったようなミニマルなギターコードに乗せて、フルートの音色に聴こえるソプラノサックスのメロディーが浮遊し、ギターソロも展開される流れになっています。
茶目っ気たっぷりにイルカとたわむれるかのような阿吽の呼吸が渋いです。

【2】Capricho


ブラジル・リオデジャネイロの作曲家&バンドリン奏者アミルトン・ヂ・オランダHamilton de Holanda)のアルバム『Caprichos』(2014年Brasilianos / Adventure Music)収録曲「Capricho de Raphael」のカバー「Capricho」(読み:カプリコ、ポルトガル語:気まぐれ)。
2013年に2人を含むカルテットでライブ演奏したこともある楽曲で、パーカッシブなギターと気ままに渦巻くサックスの掛け合いが圧巻です。

アミルトン・ヂ・オランダ「Capricho de Raphael」

【Live 2013】Cores~7 Anéis~Capricho de Raphael~Sarau Pra Radamés@Blue Whale

【3】Astral Flowers


トラディショナルの「Astral Flowers」(意味:星のような花)は、2013年のカルテットによるライブ曲「Pacha Mama」、ファビアーノ・ド・ナシメントの2ndアルバム『Tempo dos Mestres』(2017年2月17日Now-Again Records)に収録されている、バーデン・パウエルBaden Powell)とヴィニシウス・ヂ・モライスVinicius de Moraes)のカバー曲「Canto de Xangô」(原曲:Baden E Vinicius『Os Afro Sambas1966年Forma収録)とアレンジが似ています。
リズムを刻むギターとメロディーを奏でるサックスが、印象的な「チャララララ」というカスケード状のフレーズでぴったり合ったり、まれに外れたりして、大自然の営みや宇宙の神秘を読み取ることもできるかもしれません。

【Live 2013】Pacha Mama@Blue Whale

  • ファビアーノ・ド・ナシメント:7弦ギター
  • サム・ゲンデル:ソプラノサックス
  • ‎アルチョーム・マヌーキアン:チェロ
  • ティキ・パシラス:パーカッション

ファビアーノ・ド・ナシメント「Canto de Xangô」

【Live 2016】Xangô instrumental

  • ファビアーノ・ド・ナシメント:7弦ギター
  • サム・ゲンデル:ドラム
  • ティキ・パシラス:パーカッション

【4】Kewere


「Kewere」も2013年のライブで披露されていたトラディショナル。
さらりとハーモニクスを織り交ぜるなど、テクニカルながらも優雅に刻まれるギターのリズムが、柔らかい息づかいのサックスのメロディーと融合していく展開が幽玄です。

【Live 2013】Kewere@Blue Whale

  • ファビアーノ・ド・ナシメント:7弦ギター
  • サム・ゲンデル:ソプラノサックス
  • ‎アルチョーム・マヌーキアン:チェロ
  • ティキ・パシラス:パーカッション

【5】Cores


UKのラテンジャズ&電子音楽グループ、ダ・ラータDa Lata)のアルバム『Songs From The Tin』(2000年8月1日Palm Pictures / cutting edge)収録曲のカバー「Cores」。
作曲したのはUKロンドンを拠点とする、ブラジル出身のSSWリリアナ・チャチアン(Liliana Chachian)、イタリア出身のキーボード奏者&編曲家Ugo Delmirani、ポルトガル出身のパーカッション奏者オリ・サヴィルOli Savill)です。
パーカッシブなラテンジャズが日本のわびさびにも通じるフォークバラードに生まれ変わりました。

ダ・ラータ「Cores」

【Live 2014】Cores@The Virgil

  • ファビアーノ・ド・ナシメント:7弦ギター
  • サム・ゲンデル:ソプラノサックス
  • ‎ティキ・パシラス、サイモン・キャロルSimon Carroll):パーカッション

【6】Txera


「Txera」(読み:チェラ)は、アメリカの先住民族グアラニー族民謡Txera Txero」(読み:チェラ・チェロ、グアラニー語)のようです。
原曲で「チェラ・チェロ」と繰り返し歌うリズミカルなメロディーを、3曲目「Astral Flowers」の「チャララララ」以上に2人でぴったり息を合わせています。

【7】Até de Manhã


「Até de Manhã」(ポルトガル語:朝まで)もトラディショナル。
アバンギャルド(前衛音楽)やミュジック・コンクレート(具体音楽)的なサウンドも得意とするサム・ゲンデルが、サウダージ(哀愁)の漂うボサノヴァに合う、しっとりとしたアンビエントジャズに仕上げているところに2人の絆を感じます。

【8】Poeira


第2弾シングル「Poeira」(読み:ポエイラ、ポルトガル語:ほこり、2024年1月5日)。
まずファビアーノ・ド・ナシメントがギターでリズムを刻み、サム・ゲンデルのサックスが引っ張るかたちでテーマとなるメロディーが提示されますが、刻々と変化しながらギターソロもあり、2人がひらひらと舞うような展開に心躍ります。

【9】Tupi


ファビアーノ・ド・ナシメントの1stアルバム『Danca do Tempo』(2015年3月17日、Now-Again Records)に、自身のボーカルありバージョンが収録されている「Tupi」(読み:トゥピ、ポルトガル語:ブラジルの先住民族トゥピ族)。
こちらのサム・ゲンデルのサックスバージョンと聴き比べるのもおもしろいでしょう。

ファビアーノ・ド・ナシメント「Tupi」

【10】Daiana


ラストの「Daiana」もトラディショナル。
全体的にわびさびやサウダージといった内省的なトーンが散りばめられていたものの、最後はピンクと茶色のアルバムジャケットのような温かみのある優しい展開になりました。
部屋で聴くのに適したリスニング向けの作品と思われますが、明るい気分で出かけたくなったのではないでしょうか。

おわりに


ファビアーノ・ド・ナシメントもサム・ゲンデルも2012年3月に始まった魂のふるえるフェスFRUEフルー)などで来日公演を重ねているので、長年のファンにとっては聴きなじみのある曲がようやく作品になったという印象でしょう。
星野源さんや折坂悠太さんをきっかけにサム・ゲンデルを知った人にとっては、入門にふさわしい聴きやすいアルバムといえそうです。
ファビアーノ・ド・ナシメントと石若駿さんの初コラボ(フェス「FUJI & SUN’242024年5月11~12日)、細野晴臣さん『HOSONO HOUSE』(1973年5月25日Bellwood / KING RECORDS)のカバーアルバム『HOSONO HOUSE COVER』(Stones Throw Records / KAKUBARHYTHM / Bayon Production / medium)の「恋は桃色」サム・ゲンデルバージョンを楽しみにしている人も多いでしょう。
さらにファビアーノ・ド・ナシメントは来日公演2024年4月11日晴れたら空に豆まいて)もあり、Simples×FRUEshokutone -食と音-」(2024年5月5日)、フェス「森、道、市場」(2024年5月24~26日)にも出演します。
今後も目が離せません。

ファビアーノ・ド・ナシメント&マシューデイヴィッド「Ohayou」


ファビアーノ・ド・ナシメントとLeaving Records率いるマシューデイヴィッド(Matthewdavid)のコラボ曲「Ohayou」(2024年4月2日、Fabiano do Nascimento)もリリースされました。
フリージャズのように自在に駆け巡りながらも優しく穏やかに響くギターと口琴みたいな不思議な音色のシンセドローンによる朝の瞑想音楽といったところでしょうか。

アリエル・カルマ、ジェレミア・チウ&マルタ・ソフィア・ホナー『The Closest Thing to Silence』


フランス・パリ出身、オーストラリア・バイロンベイを拠点とするニューエイジの作曲家&電子音楽家アリエル・カルマAriel Kalma)、LAのビートメイカー&モジュラーシンセ奏者ジェレミア・チウJeremiah Chiu)、同じくLAのバイオリン奏者マルタ・ソフィア・ホナーMarta Sofia Honer)のコラボアルバム『The Closest Thing to Silence』(2024年2月2日、International Anthem)もおすすめです。

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渡辺和歌
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