音楽

笹久保伸&ジョアナ・ケイロス『Picture』秩父のギタリストとブラジルのクラリネット奏者が奏でる民俗の記録

ペルー在住歴のある埼玉・秩父のギタリスト笹久保伸(Shin Sasakubo)さんの36作目『Picture』は、ブラジルのクラリネット奏者ジョアナ・ケイロス(Joana Queiroz)とのデュオ。
https://twitter.com/shinsasakubo/status/1675389627589611520
「これがフォルクローレか」と納得したくなるものの、生楽器による環境音楽(アンビエント)のようなアプローチは現代音楽(実験音楽)的でもあり、ブラジル・ミナス新世代のジャズっぽさもそこはかとなく漂うなど、明確なジャンル分けは不可能です。
ともあれ神がかり的に心地いい「民俗の記録」を紐解きましょう。
https://twitter.com/shinsasakubo/status/1674631362412965888

はじめに

笹久保伸(Shin Sasakubo)


1983年11月7日、埼玉・秩父生まれ、ペルー在住(0歳~1歳、2004年~2008年)を経て、秩父を拠点に活動するギタリスト。
https://twitter.com/baroom_tokyo/status/1668412061158899712

Shin Sasakubo笹久保伸 guest : marucoporoporo : velvetsun village


イルマ・オスノIrma Osno)、サム・ゲンデルSam Gendel)、marucoporoporoマルコポロポロ)さん、ガブリエル・ブルースGabriel Bruce)など、多数コラボしています。

ジョアナ・ケイロス(Joana Queiroz)


1981年6月5日生まれ、ブラジル・リオデジャネイロ出身、リオのほか、サンパウロやベロオリゾンチ(ブラジル南東部:ミナスジェライス州)を拠点とするクラリネット奏者(マルチ奏者)&作曲家(SSW)、本名はジョアナ・ケイロス・ヴィヴェイロス・デ・カストロ(Joana Queiroz Viveiros De Castro)。

Work in Progress: Rafael Martini & Joana Queiroz – Savassi Festival 2020


イチベレ・ズヴァルギ(Itibere Zwarg)のバンドメンバーを約10年務め、エルメート・パスコアール(Hermeto Pascoal)、ジルベルト・ジル(Gilberto Gil)、エグベルト・ジスモンチ(Egberto Gismonti)、アントニオ・ロウレイロ(Antonio Loureiro)、ハファエル・マルチニ(Rafael Martini)、キケ・シネシQuique Sinesi)、カルロス・アギーレCarlos Aguirre)、アカ・セカ・トリオAca Seca Trio)らとコラボし、クアルタベー(Quartabê)、ガイア・ウィルマー・ラージ・アンサンブル(Gaia Wilmer Large Ensemble)のメンバーとしても活動しています。

Picture


笹久保伸さんにとって36作目となる、ジョアナ・ケイロスとのデュオアルバム『Picture』(2023年2月7日、Chichibu Label)は、全10曲・37分あまり。
「自己表現を超え、民俗などを記録する」というテーマで、秩父とブラジル、それぞれの拠点にてオンラインでやりとりし、制作されたそうです。
アンデス音楽(フォルクローレ)、現代音楽、ジャズの要素が混在する、幻想的な美しさに浸りましょう。

【1】Picture I


ひとくちにラテンアメリカ中南米)のラテン音楽といっても「(唯一ポルトガル語圏の)ブラジル音楽は含まない」という考え方もあり、同じスペイン語圏でもアルゼンチン音楽、ペルーなどのアンデス音楽といった違いがあり、さらに細分化されています。
笹久保伸さんが幼少期から親しみ、実際に在住して学んだのはアンデス音楽(フォルクローレ)、ジョアナ・ケイロスのルーツはブラジル音楽になるでしょう。
ところが笹久保伸さんは「フォルクローレのギタリスト」とカテゴライズされることを嫌い、ジョアナ・ケイロスはアルゼンチン音楽、アンデス音楽、ミナス新世代のジャズも踏まえつつ、それぞれに留まらない印象を受けます。
2人に共通しているのは、常に前衛的(アバンギャルド)な姿勢でしょうか。
秩父のお祭りを体験したことが『Picture』の着想になったそうですが、「Picture I」には太鼓などのお祭りらしい音は入っていません。
まるで生楽器によるアンビエントのように、ギター とクラリネットの1音1音が静かに響きます。
どうやらこのアルバムは「お祭りの音楽と重ねて聴くように作られた」ようです。
お祭りにインスパイアされても、お祭りらしい音を再現するのではなく(むしろお祭りらしい音を一切省き)、寄り添う音楽を生み出したという話でしょう。
何とも前衛的な「民俗の記録」です。

【2】Picture II


「ジョアナ・ケイロスのスキャットは、独自の祭囃子なのかもしれない」と想像が膨らむ「Picture II」。
異世界の呪術的、魔術的なお祭りを連想したくなるミニマルミュージックのようです。

【3】Picture III


「Picture III」に漂うサウダージ(哀愁)は、ブラジル南東部リオで成立した、即興ジャズのようなショーロChoro)やボサノバ、あるいはブラジル北東部のノルデスチなどの影響もあるでしょうか。

【4】Picture IV


現代音楽、前衛音楽のニュアンスが色濃くにじむ「Picture IV」。
浮遊感あふれる幽玄の境地に誘われます。
笹久保伸さんのSNSの投稿を踏まえると、このアルバムの「重ねて聴くことを想定する」という試みは、お祭りの音はもちろん、日常的な環境音にも当てはまるようです。

【5】Picture V


「Picture V」は包容力満点の子守歌のような響きです。

【6】Picture VI


ジョアナ・ケイロスのボーカルも加わり、より子守歌らしさが増し、地球や宇宙に包まれるほどの安心感すら覚える「Picture VI」。
人間の愚かさを洗い流すような慈愛に満ちています。
ヌエバ・カンシオン(スペイン語:Nueva canción、意味:新しい歌)という音楽運動に通じるところもあるでしょうか。

【7】Picture VII


笹久保伸さんのギターとジョアナ・ケイロスのクラリネットの掛け合いによる「異次元のマジカルな音世界」に感嘆させられる「Picture VII」。


ドライブしながら「波や風の音と重ねて聴く」のも極上でしょう。

【8】Picture VIII


「Picture VIII」に至る頃には、すっかり心が浄化されているのではないでしょうか。

【9】Picture IX


高音のギターと低音のクラリネットによるミニマルミュージックのような「Picture IX」。
残された余白にさまざまな想像をふくらませながら、心地いい揺らぎに身を委ねたくなります。

【10】Picture X


「Picture X」の余韻を残した終わり方も、染みるものがあります。
呪術的、魔術的な展開も垣間見えつつ、ぎりぎり穏やかなまま幕を閉じるところにも、「自己表現を超える」というテーマが潜んでいたように感じられました。
自我のぶつかり合いによって愚かな行為を繰り返すのが、人間の性かもしれません。
お祭りなどの民俗的な儀式には、邪念を払う願いが込められているでしょう。
アルバム『Picture』にも、長年培われてきた浄化作用が記録されていたのではないでしょうか。

おわりに


笹久保伸さんは36作目『Picture』に続き、37作目としてブラジル・ミナス(ベロオリゾンチ)のドラマー、ガブリエル・ブルースGabriel Bruce)とのデュオアルバム『Catharsis』(2023年6月7日、Chichibu Label)もリリースしました。
https://twitter.com/shinsasakubo/status/1675080048616038400
三味線奏者サンポーニャ奏者ともコラボしているほか、2023年はアルゼンチン出身のジャズ歌手ガブリエラ・ベルトラミーノGabriela Beltramino)、新世代ジャズピアニスト、ジャメル・ディーンJamael Dean)とのコラボ作もリリース。


精力的に活動されています。

ジョアナ・ケイロス「Memórias」


ルーパーなどのエフェクターも駆使するフルート奏者ジョアナ・ケイロスも然り。
リーダー作はもちろん、笹久保伸さんの30作目『CHICHIBU』(2021年6月7日、Chichibu Label)にも参加しているほか、多方面で活躍しています。
「自己表現の手段として音楽がある」タイプではなく、「音楽そのものを追求した結果、自分が見えてくる」同志が各所で折々に邂逅し、静かなる音楽運動を展開していると捉えることもできるかもしれません。
個人レベルでも、社会規模でも、争いはなかなか絶えませんが、『Picture』を繰り返し聴いたり、笹久保伸さんとジョアナ・ケイロスの関連作を深めたりすると、心を穏やかに保ちやすくなりそうです。
とくに『Picture』は折に触れて「さまざまな音と重ねて聴く」ことによって、リスナーそれぞれの「情景の記録」にもなり得るのではないでしょうか。

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渡辺和歌
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