音楽

ブランディー・ヤンガー『Brand New Life』ハープ奏者とマカヤ・マクレイヴンが導く穏やかな新生活

何となく気分がすぐれない、悩みや心配を抱え、なかなか寝つけないといったときに、ブランディー・ヤンガー(Brandee Younger)の『Brand New Life』はいかがでしょうか。

はじめに


1983年7月1日、米ニューヨーク州ヘムステッド生まれ、ユニオンデール育ち、ハートフォード大学、ニューヨーク大学・大学院出身のハープ奏者&作曲家ブランディー・ヤンガー。

Beautiful Is Black


ジャズハープ奏者ドロシー・アシュビー(Dorothy Ashby)やアリス・コルトレーン(Alice Coltrane)の影響を受け、コモン(Common)、ドレイク(Drake)、ラヴィ・コルトレーン(Ravi Coltrane)、ジョン・レジェンド(John Legend)、ロバート・グラスパー(Robert Glasper)、マカヤ・マクレイヴン(Makaya McCraven)、バッドバッドノットグッド(BadBadNotGood)などコラボも多く、メジャーデビュー(通算6th)アルバム『Somewhere Different』(2021年8月13日、Impulse! Records / Verve Records)の収録曲「Beautiful Is Black」は第64回グラミー賞(2022年開催)最優秀インストゥルメンタル作曲賞にノミネートされました。

Brand New Life


メジャー2nd(通算7th)アルバム『Brand New Life』(2023年4月7日、Impulse! Records)は、先行シングル3曲を含む、全10曲・約37分。
マカヤ・マクレイヴンがプロデュースを手がけ、ブランディー・ヤンガー自身のオリジナル曲のほか、ドロシー・アシュビーの未発表曲やカバーも含むインスパイア作品になっています。

【1】You’re A Girl For One Man Only

第1弾シングル「You’re A Girl For One Man Only」(2023年2月23日)は、ドロシー・アシュビーが60年代に作曲した未発表曲。
今回初めて発掘され、ブランディー・ヤンガーがリワークしました。
らせん状にきらめくようなブランディー・ヤンガーのハープに、スネアの効いたマカヤ・マクレイヴンのドラムとラシャーン・カーターの低音ダブルベースが重なり、中盤ではジョエル・ロスのビブラフォンがメロディーを奏でるという構成です。
もともとクラシックの楽器だったハープやビブラフォンがジャズでも脚光を浴びるようになったのはドロシー・アシュビーやライオネル・ハンプトン(Lionel Hampton)らの活躍によりますが、ジャズとポストクラシカルやアンビエントの融合が盛り上がる現行シーンともリンクするようなおもしろさが感じられるでしょう。

【2】Brand New Life (feat. Mumu Fresh)

  • ムム・フレッシュ:ボーカル
  • ブランディー・ヤンガー:ハープ
  • ラシャーン・カーター:ベース
  • マカヤ・マクレイヴン:ドラム、パーカッション

表題曲かつ第3弾シングルの「Brand New Life」(2023年3月23日)。
米ボルチモア生まれ、フィラデルフィア育ちのSSW&ラッパー、ムム・フレッシュとブランディー・ヤンガーによるオリジナル曲です。
「永遠の愛」をしっとり歌い上げる、ムム・フレッシュ。
クラシックの楽器ハープをジャズやR&Bなどのブラックミュージックと融合させることが、ブランディー・ヤンガーの追求し続ける「新しい生活、新しい人生」なのかもしれません。

【3】Come Live With Me (Interlude)

  • ブランディー・ヤンガー:ハープ

「Come Live With Me」は、ドロシー・アシュビーのアルバム『Afro-Harping』(1968年、Cadet)収録曲のカバー。
ブランディー・ヤンガーがソロでハープを奏でる、ぜいたくなインタールードです。

ドロシー・アシュビー「Come Live With Me」

【4】Livin’ And Lovin’ In My Own Way (feat. Pete Rock)

  • ピート・ロック:ドラムプログラミング
  • ブランディー・ヤンガー:ハープ
  • ラシャーン・カーター:ベース
  • マカヤ・マクレイヴン:ドラム、パーカッション
  • デショーン・ジョーンズDe’Sean Jones):フルート
  • ジョエル・ロス:ビブラフォン

ドロシー・アシュビー作曲のリワーク「Livin’ And Lovin’ In My Own Way」。
米ブロンクス出身のヒップホップDJ&プロデューサー&ラッパーのピート・ロックがドラムプログラミング、米デトロイトを拠点とするサックス奏者(マルチ奏者)&作曲家デショーン・ジョーンズがフルートで参加しています。

【5】Running Game (Intro)

アナログ盤では6曲目「Running Game (Intro)」からB面です。
7曲目「Running Game」のイントロで、ブランディー・ヤンガーが母親らと語らう声が入っています。

【6】Running Game

「Running Game」も、ドロシー・アシュビー作曲のリワーク。
2015年からデトロイトを拠点としているバイオリン奏者ユーリ・パポヴィッツも参加し、幻想的な時間が流れます。

【7】Moving Target

  • ブランディー・ヤンガー:ハープ
  • ラシャーン・カーター:ベース
  • マカヤ・マクレイヴン:ドラム、パーカッション
  • デショーン・ジョーンズ:フルート
  • ユーリ・パポヴィッツ:ストリングス
  • ジョエル・ロス:ビブラフォン、シロフォン

ブランディー・ヤンガーのオリジナル曲「Moving Target」。
ハープ、ベース、ドラム、ストリングス、ビブラフォンが美しく織り交ざり、フルートやシロフォンも飛び跳ねる、心地いいジャズアンサンブルに仕上がっています。

【8】Dust (feat. Meshell Ndegeocello)

  • ミシェル・ンデゲオチェロ:ボーカル
  • ブランディー・ヤンガー:ハープ
  • ラシャーン・カーター:ベース
  • マカヤ・マクレイヴン:ドラム、パーカッション

「Dust」は、ドロシー・アシュビーのアルバム『The Rubáiyát Of Dorothy Ashby』(1970年、Cadet)収録曲のカバー。
原曲ではドロシー・アシュビーがハープを奏でながら歌っていますが、カバーでボーカルを担当したのは西ベルリン生まれ、米ワシントンD.C.育ちのSSW&ラッパー&ベーシスト(マルチ奏者)ミシェル・ンデゲオチェロです。
ドロシー・アシュビーは、原曲が収録されたアルバムで日本の箏の演奏も披露しました。
こうしたワールドワイドな視点が反映されたのか、カバーはなぜかレゲエのリズムになっているところがおもしろいでしょう。

ドロシー・アシュビー「Dust」

【9】The Windmills Of Your Mind (feat. 9th Wonder)

  • ナインス・ワンダー:ドラムプログラミング
  • ブランディー・ヤンガー:ハープ
  • ユニウス・ポールJunius Paul):ベース
  • マカヤ・マクレイヴン:ドラム、パーカッション
  • ユーリ・パポヴィッツ:ストリングス
  • ジョエル・ロス:シロフォン

ドロシー・アシュビーのアルバム『Dorothy’s Harp』(1969年、Cadet)収録曲のカバー「The Windmills Of Your Mind」。
そのドロシー・アシュビーのバージョンもカバーで、原曲を作曲したのはミシェル・ルグラン(Michel Legrand)、歌ったのはノエル・ハリソン(Noel Harrison)でした。
今回のカバーでフィーチャーされたのは、米ウィンストンセーラム出身のヒップホップDJ&プロデューサー、ナインス・ワンダーのドラムプログラミング。
米シカゴを拠点とするベース奏者&作曲家ユニウス・ポールのベースも、しっとりとしたジャズアンサンブルになじんでいます。

ドロシー・アシュビー「The Windmills Of Your Mind」

ノエル・ハリソン「The Windmills Of Your Mind」

【10】If It’s Magic

  • ブランディー・ヤンガー:ハープ

ラストを飾るのは、第2弾シングル「If It’s Magic」(2023年3月10日)。
スティービー・ワンダー(Stevie Wonder)の18thアルバム『Songs In The Key Of Life』(1976年9月28日、Tamla)収録曲のカバーで、その原曲ではドロシー・アシュビーがハープを演奏しています。
エレガントなブランディー・ヤンガーのハープソロで締めくくられると、穏やかな夢見心地のまま快適な眠りにつくことができそうです。

スティービー・ワンダー「If It’s Magic」

おわりに

ハープがメインのリーダー作でも押しつけがましさはなく、ジャズ、R&B、ヒップホップといったブラックミュージックからレゲエまで、華麗にジャンルを横断しているところがブランディー・ヤンガーおよびマカヤ・マクレイヴンらしいといえるでしょう。
ドロシー・アシュビーが活躍した60年代前後に、クラシックの楽器をジャズに取り入れる苦労があったことが昇華されるような穏やかさです。
ブランディー・ヤンガーもマカヤ・マクレイヴンも、ヒップホップが誕生したと考えられる1973年のちょうど10年後にあたる1983年生まれなので、いわゆるヒップホップ世代。
いかついビートを響かせ、リアルな葛藤を吐き出すことがクールとみなされる日常を過ごしたかもしれませんが、もろもろ踏まえたうえでの達観したサウンドが染みわたります。
心がざわついたときや疲れたタイミングで癒しになる一枚として重宝するのではないでしょうか。

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渡辺和歌
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