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maya ongaku『Approach to Anima』マヤ音楽とは何か?いきなり世界デビューの謎に迫る

maya ongaku(マヤ音楽)という謎めいたバンド名が気になりつつ、1stアルバム『Approach to Anima』をまだ聴いたことがない人もいるかもしれません。
恐れず、「接近」してみましょう。

はじめに


1997年生まれの幼なじみによる3人組バンドmaya ongaku(マヤ音楽)。
Suchmosサチモス)のメンバーも訪れるという古着屋Ace General Storeエースジェネラルストア店長伊藤陽大/ヒロキさん)など、神奈川県藤沢市江の島(湘南・鎌倉エリア)を拠点として、2020年に結成されました。

  • 中央・園田努(Tsutomu Sonoda):ギター、ボーカル
  • 左・高野諒大(Ryota Takano):ベース
  • 右・池田抄英(Shoei Ikeda):サックス、フルート、キーボード

バンド名のmaya(マヤ)はマヤ文明ではなく、サンスクリット語のマーヤー(幻影)に由来する造語で、「視野(シヤ)の逆、外視野、視野の外にある見えない景色を無意識に創作する感覚」といった意味。
フルクサスへの参加やタージ・マハル旅行団を率いたことでも知られる作曲家&演奏家・小杉武久さんらによる日本初の即興演奏集団「グループ・音楽」(Group Ongaku)へのリスペクトも込められたmaya ongaku(マヤ音楽)は、即興演奏やジャムセッションのような「自然発生(無生物から生物が生まれたとする説)の集大成」を原点としているそうです。

Approach to Anima


1stアルバム『Approach to Anima』(アニマへの接近、2023年5月26日、Guruguru Brain / Bayon Production)は、先行シングル2曲を含む、全8曲・42分あまり。

幾何学模様『クモヨ島』


無期限活動休止中の5人組バンド幾何学模様Kikagaku Moyo2012年~2022年)のGo KurosawaさんとTomo Katsuradaさんが2014年に設立したオランダ・アムステルダムのレーベルGuruguru Brain、日本のレーベルBayon Production(所属:Yogee New Wavesnever young beachD.A.N.他)からリリースされ、世界同時デビューを果たしました。
フジロック2023にも出演し、海外からも注目を集めるmaya ongakuの謎に迫りましょう。

【1】Approach

サイケデリックロックファンにとって幾何学模様の活動休止は衝撃的な出来事で、ラストライブ(2022年12月3日)のオープニングアクトを務めた、当時ほぼ無名のmaya ongakuにも注目が集まりました。
生まれ育った江の島周辺で、サイケロックやブルースを軸としたジャムセッションをしていたmaya ongakuのメンバーは、「6~7人→4人→3人(ドラム=Ace店長ヒロキさんが脱退)」と編成を変え、たまにイベントに出演しつつ、SoundCloudにジャム音源をアップ。
Instagramを通じてその動向を知った幾何学模様のGo Kurosawaさんが連絡し(2020年)、アルバムリリースに至ったという流れです。
その1曲目「Approach」(接近)。
アルバムタイトルを踏まえると、「接近」する対象は「アニマ(生命、魂)」なのでしょう。
トライバルなバスドラムとジャンベ、フォーキーかつブルージーなギターとベース、ジャジーなサックス、サイケデリックかつクラシカルなフルートに、雨の音が鳴るレインスティック、時代劇や北島三郎さんの「与作」(1978年)でおなじみの「カーッ」という効果音のようなビブラスラップ、銅鑼のようなチャイナシンバル、『機動戦士ガンダム』のニュータイプやお化け登場の「ヒュー」という効果音みたいなフレクサトーン、マラカスのようなシェイカーといったパーカッションが重ねられ、妖しげかつコメディタッチの不思議な世界に誘われます。

【2】Nuska

  • 園田努:ボーカル、コーラス、アコギ、エレキギター、シェイカー、セイウォーター
  • 池田抄英:シンセ(Nord Stage 2)、バスドラム、セイウォーター
  • 高野諒大:ベース、バグシェイカー、セイウォーター

ノスタルジックな5拍子のリズムが心地いい、第1弾シングル「Nuska」(ナスカの森、2023年4月5日)。
高野諒大さんの知人の鉄彫刻家、飯田誠二Seiji Iida)さんがウォーターフォンWaterphone)を開発したという独自楽器セイウォーター(Sei Water)が使われています。
ウォーターフォンはホラーやサスペンス作品の不穏な効果音でおなじみですが、セイウォーターは奥深い森を彷彿とさせる静謐な響きのようです。
曲名のみならず、アルバムジャケットもナスカの地上絵みたいな幾何学模様になっていますが、バンド名がマヤ文明とは関係ないように、おそらくアンデス文明ナスカ文化そのものではなく、歌詞に登場する「かぎろい」(陽炎)的な「想像の景色」が表現されているのでしょう。

【3】Description of a Certain Sound

「Description of a Certain Sound」(ある音についての口述)は、サックス、ギター、オルガン、ジャンベ、トライアングル、口笛のほか、遠くのほうでボソボソつぶやくようなポエトリーリーディングが衝撃的。
「視野(シヤ)と外視野(マヤ)」という考え方と同じく、「聞こえる音(大きい音)と聞こえない音(小さい音)」から色即是空のような哲学を連想したくなります。

【4】Melting

  • 園田努:ボーカル、コーラス、アコギ、エレキギター、シェイカー、ギロ
  • 池田抄英:サックス、シンセ(Nord Stage 2)、バスドラム、スネアドラム
  • 高野諒大:ベース

高野諒大さんが出演する不思議なMVも印象的な、アナログ盤のA面ラスト「Melting」(溶けている)。
鳥のさえずりはサンプリングとのことですが、アルバム全般で園田努さんによるフィールドレコーディング素材が使われていて、カエルの鳴き声のようなギロ、スネアドラムのリムショット、シェイカーなどによるリズムがとぼけた脱力感を演出しています。
ボーカルとシンセ、ギター、ベース、サックスのアンサンブルも絶妙です。

【5】Something in Morning Rain

  • 園田努:ボーカル、アコギ、エレキギター、ギロ、シェイカー、ボンゴ、トライアングル
  • 池田抄英:ローズピアノ MK2、シンセ(Nord Stage 2)、フルート、バスドラム
  • 高野諒大:ベース、ジャンベ

第2弾シングル「Something in Morning Rain」(朝の雨、2023年5月10日)。
ギター、トライアングル、ボンゴ、シンセなどで雨の音、ギロでカエルの鳴き声が表現され、まったりとした朝の時間が流れるようです。
雨の日でも憂鬱な気分にならず、チルアウトできるのではないでしょうか。

【6】Rakusui

  • 園田努:アコギ

インタールード的なインスト「Rakusui」(落水)。
江の島の森で想像上の「ナスカの森」に「接近」し、「ある音」に「溶けている」と、「朝の雨」に降られて自分自身が「落水」したような感覚に陥り、次の「水の夢」につながるといった展開でしょうか。

【7】Water Dream

  • 園田努:ボーカル、アコギ、エレキギター、バスドラム、スネアドラム
  • 池田抄英:シンセ(Nord Stage 2)、サックス
  • 高野諒大:セイウォーター

11分におよぶ長尺「Water Dream」(水の夢)は、フィールドレコーディングによる川の音が印象的なアンビエント。
2曲目「Nuska」でも使われていた独自楽器セイウォーターが神秘的なドローンの効果を発揮し、ボーカル、シンセ、ギター、ドラムの「こだま」のようにミニマルなフレーズ、対照的にフリーなサックスが耳に残ります。

【8】Pillow Song

  • 園田努:ボーカル、アコギ、エレキギター、ギロ、トライアングル、サンプリング(レコードから)
  • 池田抄英:エレピウーリッツァー)、シンセ(Nord Stage 2)
  • 高野諒大:ベース

穏やかに着地する「Pillow Song」(枕歌)。
夢から覚めたようでもあり、まだ「夢の中」なのかもしれないという浮遊感も漂っています。
ラストにレコードの針飛びのようなグリッチ、重厚なドローン、電車の走行音が入り、突然カットアウトするので、アルバムを聴き終えたら現実に戻るという趣向なのかもしれません。

おわりに


アルバムとしての完成度の高さに驚いた人も多いでしょう。
ブルースのジャムバンドからスタートし、即興的な「自然発生」を軸にしているにもかかわらず、同時演奏の一発録りではなく、パートごとのバラ録りで、ミックスも園田努さんが手がけたとのこと。
逆に、しっかり作り込まれた曲を、ライブで自在に変化できる強みがあります。
ロックやブルースだけではなく、ジャズ、フォーク、エキゾチカ、ニューエイジ、アンビエント、ドローン、フルクサスやネオダダといった芸術運動など、さまざまな文脈からたどり着いても楽しめるはず。
ゆらゆら帝国および坂本慎太郎さん、はっぴいえんどおよび細野晴臣さんを連想する人もいれば、メンバーが好むファラオ・サンダースPharoah Sanders)やアリエル・カルマAriel Kalma)の匂いを嗅ぎ取ったリスナーもいるかもしれません。
一般的にも聴きやすく、音楽通も唸るニューカマーの今後にも注目していきましょう。

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渡辺和歌
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