音楽

フェルボム(Felbm)『cycli infini』全1曲・38分の一人多重録音&室内楽アンビエント作

フェルボム(Felbm)の『cycli infini』は繰り返し聴くことを目的として作られたアルバム。
ミニマルに繰り返されるフレーズもありつつ、刻々と変化するサウンドは、ポジティブな「諸行無常の響き」といえるかもしれません。

はじめに


オランダ・ズヴォレ生まれ、ユトレヒトを拠点とするマルチ奏者&作曲家&プロデューサーのエールコ・トッパー(Eelco Topper)によるソロプロジェクト、フェルボム(フェルブム、Felbm)。
幼少期にマーチングバンドでスネアドラムを演奏したことから、ドラム演奏やヒップホップのビートおよび電子音楽の作曲を始め、ユトレヒト音楽院でジャズピアノを学びました。
フェルボムというアーティスト名は、携帯電話ノキア(Nokia)のオートコレクト(自動修正)機能で、本名のエールコが変換されたことに由来します(Eelco→Felbm)。
オランダのSSW&プロデューサー、ベニー・シングスBenny Sings)のバンドで8年間キーボード奏者を務めたほか、ノブスティッカー(Knobsticker)というデュオ、ファルコ・ベンツ(Falco Benz)名義のソロ活動(シンセベースによる4つ打ち寄りのポップなハウス)を経て、タスカムTASCAM)やマランツMarantz)の4トラックレコーダーテープレコーダー、カセットMTR)録音を中心としたフェルボムに至りました。

ディスコグラフィ

Tape 1

フェルボム名義の1st EP『Tape 1』(2018年9月21日、Soundway)と2nd EP『Tape 2』(2018年10月26日、Soundway)をまとめて、1stアルバム『Tape 1 / Tape 2』(2018年10月26日、Soundway)としてリリースされました。
そのうち1st EP『Tape 1』は、全7曲・16分あまり。
4トラック録音という制限を設け、「メロディー、コード、ベース、リズム」を軸として、ピアノ、アコギ、ベース、ドラムのほか、シンセ(キーボード)、ビブラフォン、リズムマシンドラムマシン)などを駆使して制作されました。
カナダ出身のSSW&マルチ奏者&作曲家&プロデューサー、モッキーMocky)のアルバム『Saskamodie』(2009年4月7日Crammed Discs2012年Heavy Sheet Music)、米メイン州出身、UKマーゲイトを拠点とする作曲家&マルチ奏者ロバート・スティルマンRobert Stillman)のアルバム『Rainbow』(2016年1月15日Orindal Records)の「一人ですべての楽器を自由に演奏する方法に衝撃を受けた」という背景を感じることができます。
フランス出身のSSWマチュー・ボガートMathieu Boogaerts)、カナダ出身のSSWアンディ・シャウフAndy Shauf)、米シカゴの電子音楽家サム・プレコップSam Prekop)、スウェーデンのカルテット、トンブルケットTonbruket)、スウェーデンの音響トリオ、テープTape)、米LAのハープ奏者メアリー・ラティモアMary Lattimore)の影響も受けたそうですが、ラウンジミュージックエキゾチカの雰囲気も漂う独自のローファイなジャズが展開されています。

【Live】Birkelunden

モッキー『Saskamodie (Deluxe Edition)』

ロバート・スティルマン『Rainbow』

サム・プレコップ『The Sparrow』

メアリー・ラティモア『Goodbye, Hotel Arkada』

Tape 2


2nd EP『Tape 2』は、全8曲・21分あまり。
オリジナル曲を中心に構成されていますが、6曲目「When It Rains」のみ、ブラッド・メルドーBrad Mehldau)のアルバム『Largoラーゴ)』(2002年8月13日:Warner Bros.、2023年6月16日Nonesuch)収録曲のカバーです。
『Tape 1』の7曲目は「Sakura」、『Tape 2』の8曲目は「Takumi」とラストの曲名が日本語になっていたり、アルバムジャケットやサイトなどにも日本語表記が交ざっていたり(フェルボム、フェルブムと表記ゆれはありますが)、謎めきながらも親近感がわくのではないでしょうか。

【Live】Maktene

【Live】When It Rains

ブラッド・メルドー「When It Rains」

Tape 3


引き続き、3rd EP『Tape 3』(2020年9月11日、Soundway)と4th EP『Tape 4』(2020年10月16日、Soundway)をまとめて、2ndアルバム『Tape 3 / Tape 4』(2020年10月16日、Soundway)としてリリースされました。
『Tape 1 / Tape 2』と同じ宅録ですが、『Tape 3 / Tape 4』ではCritter & Guitariクリッターアンドギターリ)のガジェット系シンセPocket Pianoポケットピアノ、生産終了)が多用されています。
3rd EP『Tape 3』は、全7曲・18分あまり。
ドゥルッティ・コラムThe Durutti Column)、アントニオ・カルロス・ジョビン(Antonio Carlos Jobim)、バーデン・パウエル(Baden Powell)、エチオジャズとしてNerses Nalbandianムラトゥ・アスタトゥケMulatu Astatke)がジャズと融合させたエチオピア音楽モード(旋法)テゼタTezeta)などにインスパイアされたインディーポップ、ミニマルアンビエント、ボサノバの雰囲気を堪能できます。

Tape 4


4th EP『Tape 4』は、全7曲・20分あまり。
ほぼ全曲で使われているビブラフォン、『Tape 3 / Tape 4』から新たに導入されたメロトロンフルートのほか、1曲目「Brunnengasse」では風鈴、4曲目「Beaufort」ではフィールドレコーディングによる鳥(ヤマヒバリ)のさえずりが印象的に響きます。
『Tape 3』の7曲目は「Heisei」、『Tape 4』の7曲目は「Midori」、やはりラストの曲名はなぜか日本語です。

Elements of Nature

  • エールコ・トッパー:作曲、演奏、プロデュース、レコーディング、ミックス
  • Mark Alban Lotz:フルート、バーンスリー
  • Koen Boeijinga:サックス、ドゥクラー
  • Dianne Verdonk:チェロ
  • Jeffrey de Gans@Da Goose Mastering:マスタリング、ミックス
  • ザ・カーヴェリー:ラッカー盤カッティング
  • Joost Stokhof:アートワーク、デザイン

3rdアルバム『Elements of Nature(自然の要素)』(2021年11月5日、Soundway)は、全20曲・48分あまり。
これまではフェルボムことエールコ・トッパーが一人ですべての楽器を演奏していましたが、今回は3人のゲスト(フルート、サックス、チェロ奏者)を迎え、ユトレヒト郊外の元修道院で制作されました。
使われたのは「自然の要素=アコースティック楽器」のみ。
フィールドレコーディングのほか、シンギングボウルなどの新たな楽器も取り入れられています。

Cycli


4曲目「Cycli」(オランダ語、意味:サイクル)は、次のアルバムで「infini=無限大」として昇華されたのかもしれません。

New Felbm release “Elements of Nature”

cycl infini (excerpt)


「cycl infini (excerpt)」(2023年6月2日、Soundway)は、4thアルバム『cycli infini』の「excerpt=抜粋」として先行リリースされた、4分弱のシングルです。

cycli infini

今回(遅めの)新譜紹介としてセレクトした4thアルバム『cycli infini』(2023年7月21日、Soundway)は、全1曲・約38分。
4人のゲスト(フルート、サックス、トランペット、スチールギター奏者)を迎え、全体がシームレスにつながった1曲というコンセプチュアルなアルバムです。
自然観察のほか、オランダの版画家M.C.エッシャー(Maurits Cornelis Escher)、エリック・サティ(Erik Satie)、スティーヴ・ライヒSteve Reich)、ララージLaraaji)、現代音楽シーンで注目を集めるフランスのピアニスト&作曲家メレーヌ・ダリベールMelaine Dalibert)にインスパイアされたとのこと。
アルバムのテーマは「終わりのない変容」、繰り返し再生されることを目的としています。
そのためアナログ盤はロックド・グルーヴ仕様。
ホーンセクションによるサウンドテーマやソロを軸としたパートがDJミックスのようにつながり、無限にループする感覚を堪能できます。

おわりに


『cycli infini』が全1曲のアルバムだったので、リリース順にディスコグラフィをたどるかたちで紹介しました。
ざっくりアンビエントという括りで良作の多い昨今ですが、それぞれに音楽遍歴があって到達しているため、さまざまな要素が含まれているところが醍醐味と考えられます。
エールコ・トッパーも、フェルボム名義に至りつつさらに進化を続けているようです。
一人多重録音の『Tape』シリーズはローファイならではの味があり、アンサンブルが加わった『Elements of Nature』と『cycli infini』はもちろん、いずれも繰り返し堪能できるのではないでしょうか。
Zag ErlatZagor)がホストを務めるUKのYouTubeチャンネルMy Analog Journalのアナログ盤ミックス動画「Subtle Sonic Landscapes & Cycles with Felbm」(2023年8月3日)、以下のおすすめアルバムも併せてどうぞ。

ジェイソン・コラー『Liquid Rhythm』

エルヴィウム『(Whirring Marvels In) Consensus Reality』

CV & JAB『Κλίμα (Klima)』

エリン・ピール『Ingrid Linnea』

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渡辺和歌
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