まだハチスノイト(Hatis Noit)さんを知らない人は、前情報なしで『Aura』を聴いてみてください。
「なんだ、これは!」という衝撃が待ち受けています。
Contents
はじめに
上記の動画で『Aura』の衝撃を体験してから、下記を読むことをおすすめします。
よろしいでしょうか。
北海道・知床出身、UKロンドンを拠点に活動する音楽家・ボーカリストのハチスノイトさんは、言葉ではなく(歌詞がない)、声で表現するボーカルパフォーマーです。
.@Hatis_Noit on ‘Jomon’, on which she channels the fierce, dynamic energy and power of prehistoric culture during Japan’s Jomon period:
"Jomon culture, including its dynamic style of art was one of the biggest inspirations of my favourite Japanese artist Taro Okamoto…" (1/3) pic.twitter.com/lqWa91yleL— Erased Tapes (@ErasedTapes) June 26, 2022
アーティスト名の由来
「蓮(ハチス:日本の古名)の糸」とも呼ばれる、蓮の茎の繊維から作られる糸「藕絲(ぐうし)」がアーティスト名の由来。
鴨長明さんの仏教説話集「発心集」(1216年頃)などにも記述が見られ、「極楽往生の縁(この世とあの世、現世と精神世界)を結ぶ」といういわれがあります。
バイオグラフィ
- 0~5歳:北海道・知床(ウトロ)
- 6歳~:大阪(母の実家)
- 16歳:ネパール・ルンビニに短期滞在→寺院の宿泊施設で尼僧のチャント(読経)に感銘を受ける
- 高校:箏曲(そうきょく)・箏(こと)を習う
- 大学:京都→雅楽・篳篥(ひちりき)を習う、メレディス・モンク(Meredith Monk)に衝撃を受ける
- 20歳:知床(ウトロ・羅臼)に短期滞在→羅臼の森で迷子になり「生と死のあいだの感覚(森との交感)」を体験
- 大学卒業後~:東京に拠点を移す→バンド活動(夢中夢、Magdala)、ソロ活動
- 2017年~:UKロンドンに拠点を移す
- 2018年:ポストクラシカルの名門レーベル<Erased Tapes>(イギリス英語:イレーズド・テープス、アメリカ英語:イレースト・テープス)と契約
- 2019年:ヨンシー&アレックス(Jonsi & Alex)のバックコーラス、ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラ(London Contemporary Orchestra)とコラボなど精力的に活動
- 2020年:UK「ガーディアン(The Guardian)」紙に「今見るべきアーティスト(One to watch)」として紹介される
ディスコグラフィ
- AL『Universal Quiet』2014年11月13日、PURRE GOOHN(日本のみ)
- EP『Illogical Dance』2015年12月10日、PURRE GOOHN(日本のみ)
- 世界デビューEP『Illogical Dance』2018年3月23日、Erased Tapes(再発)
歌唱法・楽曲スタイル
箏曲、雅楽のほか、バレエや演劇の経験もあり、奄美の民謡、インドのラーガを現地に習いに行ったこともあるそうですが、基本的には独学。
クラシック、オペラ、グレゴリオ聖歌、ワールドミュージック・民俗音楽(日本の古典音楽・民謡、ブルガリアの民謡)、ポエトリーリーディング、実験音楽、即興音楽など、さまざまな要素が独自に昇華されています。
Aura
世界デビューアルバム『Aura』(アウラ、2022年6月24日、輸入盤CD・LP:2022年7月29日、Erased Tapes)は、全8曲・約48分。
アルバム名は、ドイツの哲学者・思想家ヴァルター・ベンヤミン(Walter Benjamin、1892年~1940年)が評論『写真小史』(1931年)や『複製技術時代の芸術作品』(1936年)で提唱した概念「アウラ(崇高な芸術体験やその際の畏怖の念)」に由来します。
一部のフィールドレコーディングを除き、ハチスノイトさんの声のみでオーガニックに制作された『Aura』。
レコーディングは2019年8月~9月に独ベルリンのスタジオで行われましたが、ロンドンのロックダウン(2020年3月~2021年7月:断続的に3回)によりベルリンではミックスできなくなり、改めて2021年6月にイーストロンドン・ハックニーの教会でレコーディング済みの音源をスピーカーから流し、再び録音するリアンプ(リアンピング)という手法が取られました。
その結果、エフェクターではない、教会という建築物ならではのエコー(反響)やリバーブ(残響)が効果的に作用し、ベンヤミンが「アウラ」に込めた「時間的・空間的な一回性」が実現されています。
それでは改めて1曲ずつ、神秘的なボーカルパフォーマンスを体験していきましょう。
【1】Aura
アルバムの表題曲「Aura」は、モンゴルの民謡オルティンドーやオペラなどを彷彿とさせる歌唱法ですが、歌詞がなく、言葉ではない声のみのパフォーマンススタイルにより、言語化・理論化されるまえの原初の感覚そのものがダイレクトに伝わってくるのではないでしょうか。
ハチスノイトさんが知床の森で迷子になったときに体感したであろう「死に近づくような恐怖」と「自然の一部になるような崇高さ」が混在しています。
人間の泣き声、鳥の鳴き声、草木が放つ清浄な空気、森の香りや湿気、シダ類・コケ類・菌類の胞子が飛ぶ様子、巨木や岩の圧倒的な存在感などが想像できるかもしれません。
【2】Thor
「Thor」(トール、またはソー)という曲名は、北欧神話の雷神・農耕神「トール」のことでしょうか。
あるいは「ポリネシア人のルーツは南米」という仮説を実証するため、古代ペルーのイカダ「コンティキ号」で太平洋を横断し(1947年)、『コン・ティキ号探検記』(1948年)にまとめたノルウェーの人類学者トール・ヘイエルダール(Thor Heyerdahl、1914年~2002年)も重なるかもしれません。
【3】Himbrimi
「Himbrimi」(ヒンブリミ)とは、アイスランド語で渡り鳥「ハシグロアビ」のこと。
アイスランドのSSWビョーク(Björk)のリミックスやプロデュースも手がけた、米ボルチモアの電子音楽デュオ、マトモス(Matmos)が、EP『Illogical Dance』収録曲「Illogical Lullaby (Matmos Edit)」にリミックスで参加していたり、バックコーラスを務めたヨンシー&アレックスのヨンシーはアイスランドを代表するポストロックバンド、シガー・ロス(Sigur Rós)のボーカル&ギターだったりするので、ハチスノイトさんはアイスランドの音楽とも縁があるのかもしれません。
【4】A Caso
曲名の「A Caso」は、イタリア語では「ランダム、たまたま、行き当たりばったり」といった意味です。
1600年頃にイタリアで発祥したオペラと即興の融合が感じられます。
【5】Jomon
ハチスノイトさんは芸術家の岡本太郎さん(1911年~1966年)が好きだそうです。
その岡本太郎さんは東京国立博物館で縄文土器を見て「なんだ、これは!」と驚き(1951年)、評論・エッセイ「四次元との対話 縄文土器論」(美術雑誌『みずゑ』1952年→『日本の伝統』>「二 縄文土器」光文社・知恵の森文庫、2005年)を発表するなど、縄文文化に多大な影響を受けました。
「Jomon」(縄文)では、稲作が始まった弥生時代よりまえの、狩猟採集による激しく躍動感あふれる自然のエネルギーとパワー、人々による祝祭と祈りが表現されています。
【6】Angelus Novus
EP『Illogical Dance』収録曲「Angelus Novus」の再録。
曲名はラテン語で「新しい天使」という意味で、ベンヤミンの遺稿『歴史の概念について(歴史哲学テーゼ)』(未來社、2015年)の第9テーゼ(命題)「歴史の天使」(Angel of History)で取り上げられている、スイスの画家パウル・クレー(Paul Klee、1879年~1940年)の絵画「新しい天使」(1920年)に由来します。
その「歴史に抗って飛ぶ天使」のイメージと、ハチスノイトさんの個人的、あるいは社会的な葛藤(イギリスで暮らす日本人としての疎外感など)が共鳴し、最終的に内面の癒しにたどり着く展開です。
渋谷の街頭スクリーン9面でMVが放映中。制作から3年越しの公開。素晴らしいチームに恵まれた思い入れ深い作品なので本当に嬉しい!
So thrilled that Angelus Novus by @obake_ai starring @TaigenKawabe and @ishizukayu is now showing on nine big screens across Shibuya, Tokyo! #neoshibuyatv pic.twitter.com/pOUgFllQAn— Hatis Noit ハチスノイト (@hatis_noit) June 23, 2022
MVは、AI(人工知能)アーティストの岸裕真(Yuma Kishi)さんがAIを用いて監督。
撮影は写真家のYunosuke Nakayama(中山祐之介)さん、プロデューサーはPERIMETRON(ペリメトロン)の西岡将太郎(Shotaro Nishioka)さんが務めました。
出演はモデルのイシヅカユウ(Yu Ishizuka)さん、UKロンドンを拠点に活動する4人組サイケロックバンドBo Ningen(棒人間)のボーカル&ベースTaigen Kawabe(川辺大元)さん、ハチスノイトさん。
3人の境界線は流動的で、最終的に溶け合う様子が描かれています。
『Illogical Dance』Version
A Take Away Show
New Sounds In-Studio
Hatis Noit & NYX
【7】Inori
<Erased Tapes>10周年記念のコンピアルバム『1+1=X』(2018年6月29日)収録曲「Inori」の再録。
ハチスノイトさんの声のみで制作されたアルバム『Aura』のなかで、唯一フィールドレコーディングで録音された音源が使われています。
それは2017年3月、原発事故による避難指示解除の式典でパフォーマンスするために、ハチスノイトさんが福島県の飯舘村や富岡町を訪れた際、福島第一原発から1kmの海辺で録音したという海の音(波の音、鳥の鳴き声、護岸工事の音を含む)。
政治的なメッセージは地元の人々の心情にそぐわないと判断し、「故郷や故人への愛情や記憶」あるいは「海の記憶」といった「人間的・根源的な部分」を大切にしながら「祈り」が捧げられています。
『1+1=X』Version
ハチスノイト×浅井信道「INORI」
【8】Sir Etok
ラストを飾る「Sir Etok」(シリエトク)の曲名はアイヌ語で「大地の突端」という意味で、「知床」の語源です。
圧倒的な「天と地の狭間」で道に迷った果てに、動物として生きる本能が呼び覚まされたような気がします。
. @hatis_noit magic tonight launching her new album Aura on @ErasedTapes pic.twitter.com/fNBqNovlqT
— Baba Yaga's Hut (@byhut) August 25, 2022
Danke shön, @HaldernPop Festival, Germany!! See you next time!
ドイツ、ハルダンポップ・フェスティバル、最高でした!また会う日まで!@ErasedTapes pic.twitter.com/stBD1AheyY— Hatis Noit ハチスノイト (@hatis_noit) August 13, 2022
おわりに
言葉の意味や物事の仕組み、歴史、背景などを知るとわかった気分になりがちですが、根源的な事象は科学的、論理的には解明されにくいものかもしれません。
とくに精神的な愛や祈りについてはデリケートな側面もあるものの、ハチスノイトさんのボーカルパフォーマンスには音楽理論が積み重ねられる以前の「根源的な音楽体験」が感じられます。
原始の森や海に導かれ、「生と死のあいだ」をさまよいながら、圧倒的な「生きる喜び」に感謝することができたのではないでしょうか。
イタリア公演からインタビューが公開。マックイーン等でデザイナーを務めたマウリッツォによるドレスとのコラボ。
8/25ロンドンの教会でのレコ発ワンマンでも彼の新作を衣装提供して頂くことに。お近くの方はぜひ!
インタビュー全編は https://t.co/d8oJyILrF7
チケットは https://t.co/FeRgBXm0PQ pic.twitter.com/KD5dcJCHCT
— Hatis Noit ハチスノイト (@hatis_noit) August 11, 2022
リンク
- AllMusic:Hatis Noit
- Discogs:Hatis Noit、Aura
- Website:Hatis Noit、Erased Tapes/Hatis Noit、Aura
- Linktree、Twitter、Instagram、Facebook
- Link:Aura
- YouTube:Erased Tapes、Hatis Noit、Topic、Aura
- Tower Records:Hatis Noit、Aura、輸入盤(国内流通仕様)CD、輸入盤CD、輸入限定盤(Colored Vinyl)LP、輸入盤LP
- Spotify:Hatis Noit、Aura
- Apple Music:Hatis Noit、Aura
- SoundCloud:Erased Tapes、Aura、Hatis Noit
- Bandcamp:Hatis Noit、Aura