1980年代の日本の環境音楽、アンビエントがコンパイルされたVA『Kankyo Ongaku』(2019年2月15日、Light in the Attic)の現代版と位置づけられる、栃木のmediumレーベル(電子音楽家Masanori Nozawaさん主宰)によるコンピレーションアルバム第1弾『Medium Ambient Collection 2022』(CD:2022年12月21日、LP:2024年3月20日、medium / astrollage・diskunion)と第2弾『Medium Ambient Collection 2023』(2023年12月20日)。
また30~40年後に海外から再評価されるまえに、なるべくリアルタイムで日本の環境音楽、アンビエントシーンに注目していきたいということで、当サイトでは第1弾『2022』に参加しているKankyo RecordsのH.Takahashiさん(『Flow | 流れ』、Masahiro Takahashiさんの『Humid Sun』、『Escapism』)、Chihei Hatakeyamaさん、Muzan EditionsのEnduranceさん、Mingussさん、第2弾『2023』に参加しているYAMAANさん、Kaitoさん(Mingussさんの記事内)、そして両方で楽曲も披露しているMasanori Nozawaさん(Mingussさんの記事内)の作品を紹介してきました。
今回は第2弾『2023』に参加しているSatoshi AraiさんのEP『街の窓』に注目です。
はじめに
Bermuda Hay(読み:バミューダ・ヘイ、意味:イネ科の牧草)名義でも活動している電子音楽家Satoshi Araiさん。
音楽制作についてはメロディやビート感、展開などがある曲はBermuda Hay名義、それらの要素のうすいピュア・アンビエント的なものを本名のほうでと一応分けて出していこうと思っている、厳密に分けられるものでもないだろうけど
— 食パン (@imaokitamouneru) November 15, 2023
街の窓
EP『街の窓』(2023年11月4日、Satoshi Arai)は、全5曲・22分30秒(4分30秒×5曲)。
https://twitter.com/imaokitamouneru/status/1725170187584872898
ひびきののりと 瑜伽神社電子音楽奉納コンサート vol.3
マスタリングを手がけたPush it! Studioの大塚勇樹(Yuki Ohtsuka)さんは1986年生まれ、京都出身、大阪芸術大学・芸術学部・音楽学科・音楽制作コース卒業、同大学院・芸術研究科・博士前期課程・芸術制作専攻・作曲研究領域修了。
Molecule Plane(モレキュル・プレーン)やRoute09(ルートゼロナイン)名義のほか、ima(片岡イマ)さんとのユニットA.N.R.i.(アンリ)、909state(AcidGelge)さんとの非公式ユニットなどでも活動する電子音楽家、アクースモニウム(Acousmonium)&モジュラーシンセ奏者、サウンドエンジニア、文筆家。
ミュージックコンクレート(Musique concrète)、電子音響音楽ことアクースマティック(仏:Acousmatique、英:Acousmatic music、略称:アクスマ / Acousma)、テープ音楽などのコンサートやワークショップを開催する電子音楽カンパニーhirvi(ヒルヴィ、始動:2014年、代表:檜垣智也 / Tomonari Higakiさん)のメンバー、日本電子音楽協会(JSEM、Japanese Society for Electronic Music、設立:1992年)の会員です。
大塚勇樹さんはMolecule Plane名義、909stateさんはAcidGelge名義でそれぞれVA『Medium Ambient Collection 2022』に参加しているというつながりもあります。
さて、現代音楽のサブジャンル、ミュージックコンクレート(略称:コンクレート、具体音楽:フィールドレコーディング素材を再構築、サウンドコラージュ)の創始者(1940年代)は、フランスの現代音楽家ピエール・シェフェール(Pierre Schaeffer、1910年8月14日~1995年8月19日)。
ピエール・アンリ(Pierre Henry、1927年12月9日~2017年7月5日)も先駆者のひとりです。
そのミュージックコンクレートの詳細は岡田拓郎さんのインタビューなどを参照いただくとして、「アクースモニウムとは何か?」も気になるかもしれません。
ざっくり説明すると、電子音楽を上演するための音響拡散システム(多元立体音響装置)。
1974年、フランス(マダガスカル出身)の電子音楽家フランソワ・ベイル(François Bayle、1932年4月27日~)によって開発されました。
もともとアクースモニウムという音響拡散システムを使用していたのは、1958年にピエール・シェフェールが設立したフランス音楽研究グループ(略称:GRM / ジューエルエム、1951年~:フランス国営放送 / RTF内・ミュジークコンクレート研究グループ / GRMCの再結成、1964年~1974年:フランス国営放送 / ORTF内、1975年~:フランス国立視聴覚研究所 / INA内)。
考案者のフランソワ・ベイルは1960年にフランス国営放送に入社し、1966年から1974年までGRMの責任者、1975年から1997年までINA-GRMの所長を務めました。
アクスマことアクースマティック(電子音響音楽)は、アクースモニウムという音響拡散システム(多数のスピーカーの配置、音量調節などの演奏による空間表現)を取り入れた音楽ジャンル。
具体的にはエクスペリメンタルかつアバンギャルドな物音コラージュ、実験音楽&ノイズ系のドローンやグリッチを想像すると近いでしょうか。
ただ、アクスマという音楽ジャンルを追求しているのは、マスタリングを手がけた大塚勇樹さん。
こうした背景を踏まえ、Satoshi AraiさんのEP『街の窓』を聴いていきましょう。
https://twitter.com/tonesnd/status/1430831763517968384
クレジット
- Satoshi Arai:作曲
- 大塚勇樹 / Yuki Ohtsuka(Molecule Plane、Route09 / A.N.R.i. / hirvi、日本電子音楽協会)@Push it! Studio:マスタリング
【1】模型
ドローン的なシンセ、ぽこぽこしたモジュール音、ジーというノイズ的な持続音に、なぜかノスタルジックなほっこりした温もりを感じさせられる「模型」。
その曲名の「模型」は一般的に「本物を模倣(真似)して形にしたもの」という意味ですが、レプリカ、プラモデル、フィギア、鉄道などの模型、3Dプリンターの印刷物、パソコン上の3Dデータなど、さまざまなものが考えられます。
ここでは、EPのタイトルや3曲目のタイトル曲「街の窓」、あるいはEP全曲の「模型=雛形、基準となる設計図」という意味かもしれません。
Satoshi Araiさん自身、あるいはリスナーそれぞれが自分の住む街の模型のような場所に迷い込み、窓にぽこぽこと光が灯る様子を眺めているような気分になります。
【2】11月
EP『街の窓』がリリースされたのは2023年11月4日。
そのため「11月」という曲名はぴったりでしたが、記事として紹介するのはすっかり遅くなってしまいました(ようやく紹介できて感無量です)。
また、この記事を読むタイミングも人それぞれかと思われますが、実際の11月以外に聴いても、秋と冬の狭間のような季節感(深読みすると人生の晩年や枯れた気分になる時期など)が想起させられるのではないでしょうか。
ドローン的なシンセ、プチプチしたグリッチという実験音楽&ノイズ由来の手法が用いられているにもかかわらず、静かで穏やか、エモーショナルなようで無機的でもある音色、残響、空間演出に魅せられます。
「迷い込んだ模型のような街」の窓の灯り、街灯、星や月が明滅する、宮沢賢治さんの童話やチャーリー・チャップリン(Charlie Chaplin、1889年4月16日~1977年12月25日)監督のコメディ映画『街の灯』(City Lights、1931年1月30日、United Artists)みたいな世界観のようです。
Charlie Chaplin – City Lights (Trailer)
【3】街の窓
タイトル曲「街の窓」はドローン的なシンセが織り交ざり、パルスみたいなモジュール音、消え入るようなフルートっぽいサウンドが重なります。
「街の窓」に光が灯るなか、時折吹きすさぶ風に揺れ、いまにも枯葉が木から落ちそうになっているのかもしれません。
なぜかハットを深めに被り、コートの襟を立て、猫背気味に家路を急ぐ男性の姿が目に浮かびます。
「家庭の温もりや家族の団らん」に対する「路頭の寒さや孤独」など、光と影が対比的に描かれているのでしょうか。
【4】きつね
パルスみたいなモジュール音が消え入るように明滅する「きつね」。
夜行性の「きつね」がエサを求めて市街地に紛れ込む様子が表現されているのでしょうか。
あるいは窓の灯りから狐の嫁入りのような鬼火や天気雨を連想した可能性もありそうです。
もしくは「模型の街」に迷い込むという想像そのものが、狐につままれた証なのかもしれません。
歌もの楽曲のように意味や物語を考察するより、温もりのあるシンセやかわいらしいモジュール音による音響、サウンドデザインそのものを堪能するほうが良さそうです。
Satoshi Arai – 光 from 「街の窓」https://t.co/fls4bmgC3u
— 食パン (@imaokitamouneru) November 18, 2023
【5】光
プチプチしたグリッチ的なモジュール音がかわいすぎる「光」。
やはりドローン的なシンセやジーという持続音との組み合わせになっていて、途切れずに続く「継続」と途切れながら続く「断続」によるミニマルミュージックとも考えられるでしょう。
この「光」は「街の窓」に灯る電灯、「模型の街」の街灯、星や月の輝き、人生や生命のようでもあり、モジュラーシンセそのものを表現している気もします。
Satoshi Araiさんが熱心に育てているメダカの生命や孵化も連想できそうです。
こうして想像をふくらませることも、実験音楽&ノイズ由来の機材や手法を使用しつつかわいい音色のアンビエント~エレクトロニカに仕上がっている点も、狐につままれた証といえるかもしれません。
https://twitter.com/imaokitamouneru/status/1769992518329155610
おわりに
電気回路(エレクトリック / Electric、エレクトリカル / Electrical)のなかでも、電子回路(エレクトロニック、Electronic / アナログ回路、デジタル回路)による電子楽器の始まりは、アメリカの発明家サディウス・ケイヒル(Thaddeus Cahill)が1897年に特許を取得したテルハーモニウム(Telharmonium、ダイナモフォン / Dynamophone)、ソ連の物理学者レフ・テルミン(Lev Sergeevich Termen、Leon Theremin)が1920年に発明したテルミン(Theremin)あたり。
電子音楽の始まりは1940年代のミュージックコンクレート、1950年代のドイツの現代音楽家カールハインツ・シュトックハウゼン(Karlheinz Stockhausen、1928年8月22日~2007年12月5日)および西ドイツ放送(略称:WDR)ケルン電子音楽スタジオ(英:Studio for Electronic Music)のケルンWDR交響楽団(独:WDR Sinfonieorchester Köln)によるテープ音楽。
「クラシック~現代音楽」の系譜から発展した電子音楽を現在の機材やソフトによる制作方法の違いで大まかに分類すると、下記の4種類になるでしょう。
- 電子楽器:シンセサイザー、シーケンサー、ドラムマシン(リズムマシン)、サンプラー、ガジェット/ガジェット系シンセ
- DTM:PC+ソフト:DAW/シーケンサー+入力:MIDIキーボード/MIDIコントローラー+出力:オーディオインターフェース
- モジュラーシンセサイザー
- Max:Cycling ’74 Max(Max/MSP)、Ableton Max for Live(M4L)
複数種類の併用や周辺機材&ソフトも多く、それぞれ細分化や進化が目覚ましい奥の深い世界ですが、気がつくと不思議な音色のモジュラー(モジュラーシンセ)を操るモジュリストに魅せられています。
Four Tetの新譜よいね、あと最近だとParallelというアルバムも好きです
— 食パン (@imaokitamouneru) March 19, 2024
フォー・テット『Parallel』
とくにSatoshi Araiさんの『街の窓』はアカデミックなイメージの現代音楽よりカジュアル、実験音楽(エクスペリメンタル)ほどの難解さや過激さ、ダークさはなく優しく穏やか、踊らないクラブミュージックのエレクトロニカといってもクラブカルチャーとは程よい距離を保っている印象のアンビエント。
ざっくり分類すると電子音楽、アンビエント、エレクトロニカ、細分化するとUKロンドンのプロデューサー、フォー・テット(Four Tet)により2001年に普及したフォークトロニカ(Folktronica)、さらにUKロンドンの実験的エレクトロニカデュオ、サップ(Psapp)が2004年に開拓したトイトロニカ(Toytronica)のアンビエントバージョン(トイビエント?)になるでしょう。
こうした音楽の進化を踏まえると、むしろ過激なほどの穏やかさ、静かなる実験性を秘めているともいえそうです。
下記のディスコグラフィを参考に、Satoshi AraiさんのSNSアカウント名「食パン」の由来と思われる『Music for Plain Bread』(Bermuda Hay名義)、Molecule Plane名義の大塚勇樹さんによるアクスマ作品などもお楽しみください。
https://twitter.com/imaokitamouneru/status/1764925025562304601
ディスコグラフィ:Satoshi Arai、Bermuda Hay
- Bermuda Hay『The Sky I Saw Yesterday』2020年4月14日、Bermuda Hay
- Bermuda Hay『Clover Field』2020年4月14日、Bermuda Hay
- Bermuda Hay『Kasumigaura』2020年7月22日、Bermuda Hay
- Bermuda Hay「On The Way Home」2020年9月11日、Bermuda Hay
- Bermuda Hay「Chinese Cold Noodle」2020年10月2日、Bermuda Hay
- Bermuda Hay『Music for Plain Bread』2020年10月9日、Bermuda Hay
- Bermuda Hay『Ushiku Daibutsu』2020年10月23日、Bermuda Hay
- Bermuda Hay『Afterglow』2020年12月18日、Bermuda Hay
- Bermuda Hay『Music for Plain Bread, Vol. 2』2021年3月19日、Bermuda Hay
- Bermuda Hay『fig.』2021年5月3日、Bermuda Hay
- Bermuda Hay「予感」2021年7月2日、Bermuda Hay
- Bermuda Hay『Music for Plain Bread, Vol. 3』2021年7月30日、Bermuda Hay
- Bermuda Hay「Sakuragawa」2021年10月1日、Bermuda Hay
- Bermuda Hay『遠景』2021年12月2日、Bermuda Hay
- Bermuda Hay『Music for Plain Bread, Vol. 4』2022年5月20日、Bermuda Hay
- Satoshi Arai「海市」2023年2月3日、Satoshi Arai
- Bermuda Hay「nocturne」2023年8月4日、Bermuda Hay
- Satoshi Arai「Diffused Light」2023年10月16日、Satoshi Arai
ディスコグラフィ:大塚勇樹 / Yuki Ohtsuka、Route09、A.N.R.i.
- Dao De Noize / Route09『Onagare Sakura』2012年1月、Viva Tapes・USR Records
- VA『UNNOISELESS NOISE COMPILATION 001』2012年12月24日、UNNOISELESS
- Yuki Ohtsuka「Shelter」2013年2月26日、Push it! Studio
- VA『synk Compilation Vol.1』2013年3月24日、synk
- A.N.R.i.『All Noises Regenerates Interaction』2013年5月7日、shrine.jp・Studio Warp
- VA『UNNOISELESS NOISE COMPILATION 002 -NOISE CELLS-』2014年2月14日、UNNOISELESS
- VA『UNNOISELESS NOISE COMPILATION 003 -NOISE BODIES-』2015年4月1日、UNNOISELESS
- VA『ひびきののりと / Hibiki-no-norito』2015年4月3日、hirvi
- VA『Cyclical Return』2016年1月13日、Onmyōdō Cassette
- VA『ひびきののりと vol.2「シカトキイタ」 / Hibiki-no-norito vol.2 “Hearing Deer”』2016年10月8日、hirvi
- VA『Blinded Waves』2017年11月5日、hirvi
- VA『CERVICORN hirvi acousmatic works vol.1』2022年7月1日、hirvi
ディスコグラフィ:Molecule Plane
- 1st AL『Acousticophilia』2016年7月10日、299 MUSIC
- 2nd AL『SCHEMATIC』2017年7月16日、KYOU RECORDS・Studio Warp
- 「PHOTON」2017年7月30日
- 「Citrus」2019年9月16日
- 1st EX AL『Cluster/Dispersion』2020年9月4日
- 2nd EX AL『Corridor of vacancy』2021年5月7日
- 1st EP『Asylum』2021年11月5日
- 3rd EX AL『Cradle』2022年5月6日、shrine.jp・Studio Warp
- 4th WX AL『Gray Ghost』2022年6月18日
- 3rd AL『Apocrypha』2022年11月18日、shrine.jp
- 5th EX AL『Behind The Clouds』2023年2月3日
- 2nd EP『Fragmentary Passage I』2023年5月5日
- 6th EX AL『Anthesis』2023年8月4日
- 7th EX AL『From The Twilight』2023年9月1日
- 8th EX AL『Prominence』2023年12月2日
- 9th EX AL『Nymphaea』2024年2月2日
- 「Witch’s Broom」2024年3月1日
- 10th EX AL/ただし電気は尻から出る『Electric Fart』2024年4月5日
- 3rd EP『Fragmentary Passage II』2024年5月3日
今月のBandcamp Fridayに合わせて3rd EP『Fragmentary Passage II』をリリースしました!
このところライブ音源のリリースばかり続いていましたが、今作は久々のスタジオ音源となります。
ぜひお聴きください。よろしくお願いします!!!!!https://t.co/bNOaL4wYue pic.twitter.com/9XA8jFKRUu
— Push it! Studio (@push_it_studio) May 3, 2024
リンク
- Discogs:大塚勇樹、Push it! Studio、Molecule Plane、Route09、A.N.R.i.
- Satoshi Arai:Filmarks、note
- Push it! Studio:Tumblr、Shop、note
- hirvi:Tumblr
- Website:日本電子音楽協会
- Linktree:Satoshi Arai、Push it! Studio
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- Tower Records:Satoshi Arai、大塚勇樹、Molecule Plane、A.N.R.i.
- HMV:Molecule Plane/Yuki Ohtsuka、A.N.R.i.
- disk union:Molecule Plane/Yuki Ohtsuka、A.N.R.i.
- DIW PRODUCTS:Molecule Plane
- Spotify:Satoshi Arai、街の窓、Bermuda Hay
- Apple Music:Satoshi Arai、街の窓、Bermuda Hay
- Bandcamp:Satoshi Arai/Bermuda Hay、街の窓、Molecule Plane、hirvi
- SoundCloud:Satoshi Arai/Bermuda Hay、Satoshi Arai、街の窓、Push it! Studio、A.N.R.i.、日本電子音楽協会