音楽

Chihei Hatakeyama(畠山地平)『Hachirogata Lake』八郎潟のフィールドレコーディング主体のアンビエント・ドローン

Chihei Hatakeyama(畠山地平)さんのアルバム『Hachirogata Lake』は、心地よく作業を進めたいときや眠れない夜、あるいは音楽の歴史やアンビエント・ドローンの造詣を深めたい人におすすめです。

はじめに


1978年生まれ、神奈川・藤沢出身、東京を拠点とする電子音楽家(アンビエントドローン作家)&マスタリング・レコーディングエンジニア&レーベルWhite Paddy Mountain主宰者(2010年~)Chihei Hatakeyama(畠山地平)さん。

Minima Moralia


高校時代にスラッシュメタルのコピーバンドを始め(ギター)、大学時代にテクノやドラムンベース(クラブミュージック)を聴くようになり、メインフロアのダンスミュージックより、サブフロアのチルアウト(アンビエント)に魅かれ、チルアウトDJのミックスマスター・モリスMixmaster Morris)に衝撃を受け、アンビエント&ポストロッククラウトロック(ジャーマンロック)のジャム(即興演奏)バンドで活動するようになったそうです。

Sakana Hosomi + Chihei Hatakeyama『Frozen Silence』

Forgotten Hill


クラウトロック、ポストロックにつながるインプロ(即興)、アバンギャルド(前衛音楽)、エクスペリメンタル(実験音楽)、シューゲイザー系では、デレク・ベイリー(Derek Bailey)、ヴェルヴェッツことヴェルヴェット・アンダーグラウンド(The Velvet Underground)、カン(Can)、アシュ・ラ・テンペル(Ash Ra Tempel)、ノイ!(NEU!)、ローレン・コナーズ(Loren Connors)、オーレン・アンバーチOren Ambarchi)、マイブラことマイ・ブラッディ・ヴァレンタインMy Bloody Valentine)、ケヴィン・シールズKevin Shields)、トータスTortoise)、ジム・オルークJim O’Rourke)など。

Late Spring


アンビエント、ドローンにつながるクラシック、現代音楽、ミニマル、エレクトロニカ、グリッチの文脈では、エリック・サティ(Erik Satie)、アルノルト・シェーンベルク(Arnold Schönberg)、ラ・モンテ・ヤング(La Monte Young)、フィル・ニブロック(Phill Niblock)、ブライアン・イーノBrian Eno)、坂本龍一さん、ウィリアム・バシンスキーWilliam Basinski)、ラファエル・トラルRafael Toral)、スターズ・オブ・ザ・リッドStars of the Lid)、フェネスFennesz)、ボーズ・オブ・カナダBoards of Canada)、オヴァルOval)、ステファン・マシューStephan Mathieu)、ティム・ヘッカーTim Hecker)、グルーパー(Grouper)などの影響も受けたとのこと。

Void XXV


結局バンドではなくソロ(即興演奏&編集)、ボーカルなし&ビートなしのインストがしっくりきたので追求していたら、それがアンビエントやドローンと呼ばれる音楽だったという流れだそうです。
80作を超えるリリースがあり、医師&電子音楽家Tomoyoshi Date伊達伯欣)さんとのデュオOpitopeオピトープ)、SSW佐立努Tsutomu Satachi)さんとのデュオLuis Nanookルイス・ナヌーク)、アンビエント作家、安河内秀太Shuta Yasukochi)さんとのデュオCorner Kickersとしても活動しています。

Life Is Climbing


中原想吉監督によるドキュメンタリー映画『ライフ・イズ・クライミング!』(2023年5月12日シンカ)の劇伴(OST:Gearbox Records)も手がけました。

Hachirogata Lake


アルバム『Hachirogata Lake』(八郎潟、2023年9月1日、Field Records)は、全9曲・42分あまり。


水の都オランダ・アムステルダムのレーベルField Records(2008年~)からのリリースということもあり、オランダ人技師の協力により干拓事業1957年~1997年)が行われた秋田・八郎潟でのフィールドレコーディング素材が使われたコンセプチュアルなアンビエント・ドローン作品に仕上がっています。

【1】By The Pond


八郎潟は干拓により湖の面積が国内2位から18位に変化し、湖の約8割が陸地になりました(大潟村+八郎潟調整池+東部承水路、西部承水路)。
オープニングを飾る「By The Pond(池のほとり)」は、八郎潟(八郎潟調整池)のほとりを歩く足音から始まります。
鳥、虫、カエルの鳴き声、害獣対策の空砲、草を踏む音が2分あまり展開され、空気感まで伝わってくるというか、どのような環境にいても一気に「池のほとり」に導かれるサウンドです。

【2】Water And Birds


「Water And Birds(水に鳥)」では、まさに「水に鳥」のフィールドレコーディングとシンセのドローンが溶け合います。
リスナー自身が浅瀬を歩いたり、水に触れたり、鳥のさえずる空間に身を置いたりできそうなほど臨場感があり、湖面から立ち上る蒸気霧のような光を想像したくなる美しさです。

【3】Lakeside


フィールドレコーディングとシンセのドローンにギターも加わる「Lakeside(湖畔)」は、やはり「湖畔」を歩いている雰囲気です。
目を瞑ってリラックスするもよし、作業しながら聞き流すもよし。
日常に溶け込む環境音楽といえるでしょう。

【4】Distant View


シンセのドローンが無限の空間の広がりを醸し出す「Distant View(遠景)」。
リスナー自身が存在する環境と八郎潟がつながるだけでなく、異次元の宇宙に誘われるような想像がふくらみます。

【5】Pier


アナログ盤のA面ラスト「Pier(桟橋)」。
干拓前の八郎潟の南東部に調整池、北東部に東部承水路、北西部に西部承水路が残ったという構造になっていて、釣り場や漁港があるのは川状の東部承水路と西部承水路です。
恐らくそのどちらかの「桟橋」の水の音とシンセのドローンが神秘的に重なります。

【6】Twilight


「Twilight(夕暮れ)」では、縦笛パンパイプ(パンフルート)のシンセ音が幽玄に響きます。
アルバムをとおして、空間の移動と共に、時間の移り変わりも感じられるでしょう。

【7】Fish Flying In The River


約7分半におよぶ長尺の「Fish Flying In The River(川の魚)」。
「アンビエントはノイズの一種」と考えるChihei Hatakeyamaさんらしい荘厳なシンセドローンが展開されています。
「虫や鳥の鳴き声はミニマル、魚が水面を跳ねる音はグリッチ」と捉えることもできるかもしれません。
八郎潟の干拓による変化、あるいは魚、虫、鳥、人間といった生物の進化に思いを馳せたくなります。

【8】Lake Swaying In The Wind


「Lake Swaying In The Wind(風と水)」では水の音はもちろん、風の音までサンプリングおよびシンセやギターの残響で表現されています。
「風と水」による大気循環や浄化作用も感じられるのではないでしょうか。

【9】Insects Chirping At Night


ラストを締めくくる「Insects Chirping At Night(夜の虫)」。
6曲目「Twilight」が「夕暮れ」だったことを踏まえると、時系列的に八郎潟の朝、昼、夜が描かれていたのかもしれません。
「八郎潟への旅を終え、車に乗って帰路に就く」ように、「想像の世界から現実に戻る」ことも「うとうとした果てに眠りに就く」ことも可能でしょう。

おわりに


非常に多作で、重め・暗めのドローン作『Void』シリーズも展開するChihei Hatakeyamaさんとしては、フィールドレコーディングを軸としたコンセプトアルバム『Hachirogata Lake』は異色の部類に入るかもしれません。
ただ、時代の流れのみならず、音楽の進化・深化と共に注目を集めるアンビエント作品として親しみやすく、深淵なドローミュージックへの入り口としても適しているといえるでしょう。
音楽の歴史に精通し、コロナ前から長く深くアンビエント・ドローンを追求している音楽家が、一般的・日常的にも聴きやすく、かつコアな作品を生み出した意義は非常に大きいと考えられます。


コアなリスナーは、Chihei Hatakeyamaさんがインスパイアされた音楽家たちの片鱗を読み取りつつ、独自の道を歩んでいることに感銘を受けるはず。
水の浄化作用によって、安心して眠れますように!

Ambient Session with Chihei Hatakeyama

クリストファー・ウィリッツ『Gravity』

ウェイン・フェニックス『soaring wayne phoenix story the earth and sky』

Maria W Horn & Mats Erlandsson『Celestial Shores』


エクスペリメンタル・ドローンのこちらもどうぞ。

ローレル・ヘイロー『Atlas』


米LAの電子音楽家ローレル・ヘイローLaurel Halo)の5年ぶりのアルバム『Atlas』(2023年9月22日、Awe)も話題です。

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渡辺和歌
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