音楽

Endurance(エンデュランス)『Further』大阪アンビエントの総本山Muzan Editions主宰者が放つ快作

奈良を拠点とするカナダ出身のアンビエント作家Endurance(エンデュランス)のアルバム『Further』は、モジュラーシンセなどによるアルペジオとドローンがミニマルに繰り返され、フィールドレコーディングや物音コラージュも散りばめられています。
まるで「聴くSF小説」のような没入感の高い作品に浸りましょう。

はじめに


カナダ・オンタリオ出身、奈良在住のJoshua Stefane(ジョシュア・ステファン)によるアンビエントプロジェクトEndurance(エンデュランス、意味:耐久性、忍耐力、持続時間)。
アンビエント、ミニマル、ドローン(持続音)、エクスペリメンタル(実験音楽)、ノイズなどの大阪のカセットレーベルMuzan Editions(夢山)をStandard GreyChristopher Olson)と共同主宰するほか、バイオエシックス(生命倫理学)の研究者および翻訳者として働き、SF小説の執筆や翻訳も手がけているそうです。

Further


アルバム『Further』(2023年10月20日、Muzan Editions)は、全8曲・1時間6分。
アルペジオとドローンの同時進行が軸になっていて、同じところをぐるぐる回るミニマルな感覚に浸るうちに、いつのまにか遠くへ導かれる構成になっています。
ライブはもちろん、作業のお供や睡眠用BGMとしてもおすすめです。

クレジット

https://twitter.com/tobirarecords/status/1717702687473508804

【1】Crest


「頂上、山頂、最高峰」といった意味の「Crest」(読み:クレスト)。
EnduranceことJoshua Stefaneが拠点とする奈良には大峰山脈、大台ヶ原、金剛山、二上山などたくさんの山があり、レーベル名のMuzanが「無残」ではなく「夢山」と表記される点からも「山頂」を想像したくなりますが、アルバムジャケットの写真を見ると建物の「頂上」から階下を覗き込んでいるような印象です。
リバーブの効いたアルペジオが、アーティスト名Enduranceを彷彿とさせる持続音(ドローン)となる9分あまり。
足がすくんでクラクラするほど高いところに立ったときの緊張感が表現されているようでもあり、空気が澄んで光の粒が舞う「最高峰」のようでもあり、脳の活性化を促される静謐な時間が流れます。

【2】Novum


ドローンとリバーブの効いたミニマルなフレーズが共鳴する「Novum」(読み:ノウム、ラテン語:新しい)。
さらにキラキラしたアルペジオが交錯したり、ドローンの音量が上下したり、ドラマチックな13分あまりが展開されます。
ゆったり歩みを進める大きな動物とせわしなく飛び回る小さな虫が共存する世界、あるいは刻々と変化する時間の積み重ねによる悠久の歴史などを思い描くことができるでしょうか。
Joshua Stefaneが研究、執筆、翻訳しているという虫などの生物やSF小説の雰囲気も感じられるサウンドです。
こうした仕事の両立も反映されているのか、デスクワーク中のBGMとして邪魔にならないどころか、集中力が高まるような気もします。

【3】Perimeter


「Perimeter」(読み:ペリメーター)とは「周囲、円周などの平面を囲む曲線」のこと。
ジャケットの写真のような円形の場所の「周囲」をあらわしているのかもしれません。
やはりアルペジオとドローンの2本立てになっていて、宙を飛び跳ねるようなイメージと深海に潜るような感覚が共存しています。
人生や時間を「過去→現在→未来」の直線ではなく、「未来→過去」にも循環する円のように捉えると、平面が立体に感じられるといったSFや哲学に没入することもできそうです。
例えばミニマリズム(最小限主義)とマキシマリズム(過剰主義)の折衷について思いを馳せるうちに何も考えない無の状態になったなど、禅的な雰囲気も漂います。

【4】Crest v2


1曲目「Crest」の続編のような「Crest v2」。
アルペジオのテンポが速まり、キーが上がり、リバーブの透明度が高まった印象を受けます。
その美しいアルペジオの残響は持続しつつ、ストリングスっぽい響きが控えめなノイズのように後半で加わる展開です。
雪山の「頂上」のような、危険と隣り合わせの美学が表現されているのかもしれません。
あるいはSF的に宇宙の無重力状態を連想することもできそうです。
リラックスして心地いい浮遊感に身を委ねるというより、適度な緊張感と違和感を内包する美しさに没入するタイプのアンビエントといえるでしょう。

【5】Farther


「もっと遠く」という意味の「Farther」。
アルバム名や7曲目のタイトル曲「Further」も「もっと遠く」という意味ですが、「Farther」は「物理的な距離」、「Further」は「非物理的な時間や程度(アメリカ英語では物理的な距離も含む)」をあらわすという違いがあります。
建物の「頂上」だと思った場所には鍵のかかった重い扉があり、どうにかこじ開けるとさらに進むべき道が広がっていたといったところでしょうか。
あるいは「頂上」にたどり着くと得体の知れない獣が大きないびきをかきながら眠っていたので、気づかれないようにさらに遠くへ逃げたのかもしれません。
これまでのアルペジオ&ドローンに重厚なノイズ、金属的な物音コラージュ、グレゴリオ聖歌を彷彿とさせるリバーブの効いたボイスなどが加わり、異次元の世界に突入したような壮大さが感じられます。

【6】Transmission


「Transmission」(読み:トランスミッション)は「転送伝送」という意味。
エクスペリメンタルな物音コラージュと不穏なボイスによって構成された、1分半あまりのインタールードのような曲です。
5曲目「Farther=空間的に遠く」と7曲目「Further=時間的に遠く」をつなぐ役割を果たし、ワープタイムトラベルするようなSF的な雰囲気が漂います。
地球の大地をぐるぐる回り、「頂上」より高い場所にたどり着いた果てに、いったいどこへ、あるいはいつの時代に「転送」されるのでしょうか。

【7】Further


タイトル曲「Further」(意味:もっと遠く)。
フィールドレコーディングによる虫の羽音や水の滴る音などから始まり、リバーブの効いたアルペジオが遠くから近づいてくるかのようにボリュームが上がるものの、ディレイもかかっていてボワンボワンに反響しまくり、後半から重なってくるグレゴリオ聖歌みたいなボイスはどこで鳴っているのか、位置関係がわからない状況に陥ります。
「転送」された先は過去か未来の洞窟や鍾乳洞、もしくは想像もつかない別次元でしょうか。
後半のボイスに至る頃には、サウンドそのものが脳内で響くような不思議な感覚に誘われます。

【8】After


フィールドレコーディングによる水の音がアルペジオ&ドローンと溶け合う「After」。
時空を超越した先に「転送」された後は水に帰すという物語だったのでしょうか。
悠久の歴史と未来的なSF小説が循環するような余韻に浸ることもできるでしょう。

おわりに


結局、アルペジオを(1曲目「Crest」と4曲目「Crest v2」の曲名に象徴される)「縦軸」、ドローンを(3曲目「Perimeter」の曲名に象徴される)「横軸」に見立てると、その2つを組み合わせた(2曲目「Novum」の曲名に象徴される)「新しいこと」を縦横無尽に謳歌しているようでも、3次元の現実世界におけるミニマルなループにすぎないので、(5曲目「Farther」から7曲目「Further」の曲名に象徴される)SF的な時空の超越を試みたという物語だったのかもしれません。
その場合、8曲目「After」はSF小説の「あとがき」に相当しそうです。
さらに「音楽による想像の旅」を司るのは右耳と左耳を結ぶ円周(ペリメーター)と頭頂部(クレスト)の内部にある脳なので、「頭を夢見る山や建物に見立てて、両耳や頭頂部から脳内に響くサウンドが展開された」と解釈したくなるのは「もっと遠くへ転送された」からでしょうか。
正解はわかりませんが、こうした「音楽による想像の旅」を続けたい人は、ディスコグラフィを参考にEnduranceの他作品もお楽しみください。
個人的にお気に入りのアルバムは『Soft Biota』(2021年2月12日Mystery Circles)です。

bvdub『Asleep in Ultramarine』


Enduranceのリスナーであれば、米カリフォルニア出身、中国・紹興を拠点とするアンビエント作家bvdubビーブイダブ)ことBrock Van Wey(ブロック・ヴァン・ウェイ)にも共鳴するのではないでしょうか。
アルバム『Asleep in Ultramarine』(2023年12月15日Dronarivm)は全1曲・1時間19分あまり。
深海で見る夢のような壮大な世界観に引き込まれます。
https://twitter.com/tobirarecords/status/1746291558268485860

Biosphere『Inland Delta』


ノルウェーのアンビエント作家Biosphereバイオスフィア)ことGeir Jenssen(ゲイル・イェンセン)のアルバム『Inland Delta』(2023年11月24日Biophon Records)もどうぞ。

Jogging House『Because』


ドイツ・フランクフルトのアンビエント作家&Seil Recordsレーベル主宰者Jogging HouseBoris Potschubay)の穏やかなアルバム『Because』(2023年10月19日Seil Records)もおすすめです。
https://twitter.com/JoggingHouse/status/1744756976213463349

Ingri Høyland『Ode To Stone』


ノルウェー出身、デンマーク・コペンハーゲンを拠点とする作曲家&サウンド アーティストIngri HøylandHôy la)のアルバム『Ode To Stone』(2023年11月24日、Rhizome)は、デンマーク北西海岸の石の砂丘がテーマ。
長い目で見ると流動的な大地や石に思いを馳せ、悠久の時間感覚に没入することができます。

ディスコグラフィ

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渡辺和歌
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