音楽

MINGUSS(ミンガス)『The Farthest Desert』マニュエル・ゲッチング(Manuel Göttsching)ら参加の奇跡の名盤

アシュ・ラ・テンペル(Ash Ra Tempel)のマニュエル・ゲッチング(Manuel Göttsching)が参加するなど伝説的な歴史が詰まった、MINGUSS(ミンガス)こと作曲家&ピアニストMami Konishi(小西麻美)さんのアルバム『The Farthest Desert』は、リリースから5年あまり経っても斬新に響くミニマル民族音楽の傑作です。

はじめに


1982年7月19日、東京生まれの作曲家&ピアニスト&自主レーベルIZIDOA(イジドア)主宰者 Mami Konishi(小西麻美)さんによるソロプロジェクトMINGUSS(ミンガス)。
幼少期からクラシックピアノを学び、桐朋学園大学音楽学部(ピアノ専攻)卒業後、ポップミュージック、ジャズ、クラブミュージック、アンビエントなど幅広いジャンルを探求しています。
なかでも2ndアルバム『Super Sonic Sound』(2008年3月12日Tokiola)リリース後に聴いたデトロイトテクノに衝撃を受け、クラブミュージックに傾倒したそうです。
さらにKaito(カイト)など多数の名義で活動する電子音楽家&DJ&写真家Hiroshi Watanabe(ヒロシ・ワタナベ)さんのアルバム『Sync Positive』(2011年4月4日Klik Records、2016年2月5日:Music In The Deep Cosmos)にボーカルで参加し、自身の3rdアルバム『Night of the Vision』(2011年10月12日、IZIDOA)はHiroshi Watanabeさんがプロデューサーを務めました。

The Farthest Desert


4thアルバム『The Farthest Desert』(ザ・ファーゼスト・デザート、意味:最果ての砂漠、2018年12月12日、IZIDOA、デジタル:2023年、Rescue + Return Records)は、全10曲・1時間15分あまり。

田原桂一『Egypte』


京都出身、フランスで活躍した写真家、田原桂一Keiichi Tahara)さん(1951年8月20日~2017年6月6日)の写真集『L’Egypte』(Egypt、エジプト:ASSOULINE、1997年)に触発され、「2本のサックスによって砂の質感や砂漠の陰影を表現した音楽を作りたい」というテーマが生まれたそうです。
さらに地学的な「砂漠」そのものと精神的、宗教的な「砂漠の修道院」を掘り下げることになり、実際に「砂漠の修道院」を訪れたことのある旅行作家&翻訳家&サイエンスライターの田中真知(Machi Tanaka)さんがジャケット写真とライナーノーツ(書き下ろしエッセイ)を手がけました。

Latcho Drom (trailer)


アルバム制作中は、アルジェリア出身、フランスを拠点とするトニー・ガトリフTony Gatlif)監督による、ロマをテーマとした音楽映画『Latcho Drom』(ラッチョ・ドローム、意味:良い旅を、1993年)を夢中で観ていたそうです。

マニュエル・ゲッチング『E2-E4』


ドイツのクラウトロックバンド、アシュ・ラ・テンペル(Ash Ra Tempel)やアシュラ(Ashra)のギター&シンセサイザー奏者マニュエル・ゲッチング(Manuel Göttsching、1952年9月9日~2022年12月4日)、ドイツ・ベルリンを拠点とする1972年生まれのピアニスト&プロデューサー&マスタリングエンジニア、アルノルト・カサー(Arnold Kasar)がゲスト参加。
安全バンドAnzen Band、1974年~1977年)、スペクトラムSPECTRUM)の前身ホーン・スペクトラム(HORN SPECTRUM、1977年~1979年)、プリズムPRISM、1981年~1984年)などのほかソロやプレイヤーとしても活動する1954年生まれ、埼玉出身のサックス&キーボード奏者&作編曲家&プロデューサー中村哲(Satoshi Nakamura)さん、スカバンドWhat’s Love?(ワッツラブ、2012年~)とトリオバンドUn Son(アンソン、2020年~)に所属するサックス奏者、新井一徳(Kazunori Arai)さんがサックスを奏でています。

Hiroshi Watanabe『Multiverse EP』


マスタリングおよび共同プロデュースを手がけたHiroshi Watanabeさんは1971年生まれ、東京音楽大学付属高校・コントラバス科、米ボストンのバークリー音楽院・ミュージックシンセシス科(シンセサイザー専攻、現EPD科)卒業後、KONAMI(コナミ)の音楽ゲームbeatmaniabeatmania IIDX(ビートマニアシリーズ)や鴻上尚史さん率いる劇団、第三舞台に楽曲提供し、マイケル・メイヤーMichael Mayer)率いるドイツの老舗テクノレーベルKompaktコンパクト)やデトロイトテクノの創始者のひとりデリック・メイDerrick May)率いるTransmatトランスマット)などから作品をリリースしてきました。
プロデュースやミックスも自身で行ったMINGUSSことMami Konishiさんによるサウンドはもちろん、ミニマルミュージックを極めた故マニュエル・ゲッチングが参加しているほか、クラシック、ロック、ジャズ、ブルース、スカ、アンビエント、ニューエイジ、エレクトロニカ、テクノ、民族音楽といった幅広いジャンルが背景にある点など、さまざまな意味で奇跡の名盤といえるでしょう。

クレジット

  • MINGUSS(Mami Konishi):作曲、ピアノ、シンセ、プロデュース、ミックス
  • 中村哲(Satoshi Nakamura):ソプラノサックス
  • 新井一徳(Kazunori Arai):テナーサックス
  • マニュエル・ゲッチング(Manuel Göttsching):エレキギター、ギターミックス(M8)
  • アルノルト・カサー(Arnold Kasar):ピアノ(M10)
  • Hiroshi Watanabe a.k.a. Kaito:マスタリング、共同プロデュース
  • 田中真知(Machi Tanaka):ジャケット写真、ライナーノーツ(エッセイ)
  • 石塚俊(Shun Ishizuka):パッケージデザイン

【1】l’Esprit


10分あまりのオープニング「l’Esprit」(読み:レスプリ、フランス語:精神)。
ドローン的なシンセとミニマルかつキックの効いたビートに、2本のサックスが重なります。
陽炎のゆらめく熱波のなか、意識朦朧としながら砂漠の大地を踏みしめ歩みを進める物語に引き込まれるようです。
ミニマルながらも刻々と変化しながらテーマが繰り返され、6分を過ぎたあたりから電子音が新たなフェーズへと移行し、クラブミュージックのブレイクに相当する展開になるのもクール!
あまりにもかっこよすぎるミニマル民族音楽です。

【2】Miroir


続く「Miroir」(読み:ミロワール、フランス語:鏡)は9分弱。
「ソプラノサックスとテナーサックスのオクターブのユニゾンによる微妙なズレで、砂漠の陰影を表現する試み」の効果が遺憾なく発揮されています。
2本のサックスは「くっきりとした影」や「ザラついた砂の質感」、対照的にきらめく電子音は「灼熱の光」をあらわしているようです。

【3】Cave Church


エキゾチックなサックス、渇いた電子音、重いビートによる緊張感のある展開が印象的な「Cave Church」(読み:ケーブ・チャーチ、意味:洞窟教会)。
地学的に「砂漠」を表現するだけでなく、精神的、宗教的に「砂漠の修道院」を掘り下げるきっかけとなったのは、田中真知さんのエッセイだそうです。
ある夜、ピラミッドで』の「隠者たちの沙漠で」(旅行人、2000年7月10日)、『旅立つには最高の日』の「砂漠の涸れ谷に眠る」(三省堂、2021年6月30日)に、エジプトの西の砂漠にあるコプト正教会の修道院での模様が描かれています。

【4】Paraselene


実際の月の左右に、月のような光が見える大気光学現象「幻月」という意味の「Paraselene」(読み:パラセレン)。
MINGUSSことMami Konishiさんの奏でる美しいピアノにより、本物の月と幻の月の両方が浮かぶ不思議な夜に誘われるようです。
米チャールストン出身の作曲家ジョージ・クラムGeorge Crumb、1929年10月24日 ~2022年2月6日)、オランダの作曲家シメオン・テン・ホルトSimeon ten Holt、1923年1月24日~2012年11月25日)の影響も感じられるでしょうか。

【5】Silence Sad


サックスと電子音の組み合わせに戻る「Silence Sad」(読み:サイレンス・サッド、意味:沈黙の悲しみ)。
「最果ての砂漠」でのさまざまな出来事が想像されます。

【6】Ulchurringa


「Ulchurringa」は、オーストラリアの先住民アボリジニの木や石の魔除けチュリンガ(Churinga)や神話ドリーミングの概念アルチェリンガ(Alcheringa)のエジプト版といったところでしょうか。
ミニマルな電子音楽に振り切っていて、ざわざわ盛り上がっていく展開に痺れます。

【7】Dreaming


再びサックスと電子音の組み合わせに戻る「Dreaming」(読み:ドリーミング、意味:夢想)。
始まりも終わりもない永遠を表現するかのようにビートレスな4分半で、鍵盤とサックスの呼応するメロディーがエモーショナルに響きます。

【8】Blue Veil feat. Manuel Göttsching


マニュエル・ゲッチングが参加した「Blue Veil」(読み:ブルー・ベール、意味:青いベール)。
前半はサックス、シンセ、ピアノでミニマルに紡がれ、後半はマニュエル・ゲッチングのギターがフィーチャーされています。
曲名のベールはイスラム教の女性が身に着けるヒジャブニカブブルカのことでしょうか。
あるいは「夜の砂漠」を「青いベール」になぞらえているのかもしれません。
いずれにしても隠れた部分が徐々に明らかになるようなミニマルミュージックの醍醐味が凝縮されています。
マニュエル・ゲッチングの貴重なライブ映像やインタビュー動画も併せてどうぞ。

【Live 2012】FREEDOMMUNE 0<ZERO> / DAX

【Interview 2013】180 Fact:his five classic records

【Interview 2013】180 Fact:making E2-E4

【Interview 2018】Red Bull Music Academy

【9】Qur’an of Sand and Wind


13分弱の長尺「Qur’an of Sand and Wind」(読み:クルアーン・オブ・サンド・アンド・ウインド、意味:砂と風のコーラン)。
エジプトの宗教はイスラム教が90%、コプト教(エジプトのキリスト教)が9%、その他のキリスト教が1%という割合だそうです。
そのためイスラム教の聖典コーランにも思いを馳せたのでしょう。
なかでも第46章「砂丘」を掘り下げたのかもしれません。
シンセ、サックス、ピアノが砂と風のように舞うなか、キーンというウッドブロックのような音が交ざるところで何やらハッとさせられます。

【10】Parhelion feat. Arnold Kasar


クラウトロックバンド、クラスターCluster)やハルモニアHarmonia)の創立メンバーでもあるドイツの電子音楽家ハンス・ヨアヒム・レデリウスHans-Joachim Roedelius)とのコラボでも知られる、アルノルト・カサーのピアノがフィーチャーされた「Parhelion」(読み:パルヘリオン、意味:幻日)。
「幻月」をあらわす4曲目「Paraselene」と対になるように、穏やかな日差しに包まれる印象で締めくくられます。

おわりに


吉村弘Hiroshi Yoshimura)さんなど、1980年代の日本の環境音楽、アンビエント、ニューエイジミュージックが再評価されるきっかけとなったコンピレーションアルバム『Kankyo Ongaku』(2019年2月15日Light in the Attic)の現代版ともいえる、VA『Medium Ambient Collection 2022』(CD:2022年12月21日、medium、LP:2024年3月20日、medium / astrollagediskunion)にMINGUSSことMami Konishiさん、VA『Medium Ambient Collection 2023』(2023年12月20日、medium)にKaitoこと Hiroshi Watanabeさんが参加しています。


そのmediumレーベル主宰者は、栃木・宇都宮の電子音楽家&プロデューサー&DJ&イチゴ農家のMasanori Nozawaさん。


自身のアルバム『くおんのあわい』(2023年9月23日、medium)を含め、フィジカルにこだわった良質な作品をリリースしています。


実はハウス・テクノが軸の電子音楽レーベルで、今はアンビエントという流れです。


背景を踏まえると、mediumのアンビエントコレクションにゴリゴリのテクノ(&ビートレス)を展開してきたKaitoさんが参加しているのも納得。
個人的には、ヘビロテしていたはずのKompaktのコンピは『Total 1』(1999年8月24日)だったのか?(懐かしく感じるのはHeiko VossDicht Dran」のみ)と迷子になりつつ、「medium→Kaitoさん→マニュエル・ゲッチングとコラボしているMINGUSSさん」という流れで『The Farthest Desert』にたどり着きました。
あるいはマニュエル・ゲッチング、アルノルト・カサー、中村哲さん、新井一徳さん、田中真知さん、石塚俊さんがきっかけという人もいるでしょう。
音楽的にも文化的にも濃密な歴史が詰まったアルバムなので、たどり着くまでもたどり着いてからも果てしない旅が続くのではないでしょうか。

ディスコグラフィ:MINGUSS

ディスコグラフィ:Manuel Göttsching、Ash Ra Tempel、Ashra

ディスコグラフィ:Arnold Kasar、Kasar

ディスコグラフィ:中村哲

ディスコグラフィ:新井一徳、What’s Love?、Un Son

ディスコグラフィ:Hiroshi Watanabe、Kaito、QUADRA a.k.a. Hiroshi Watanabe

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