音楽

バーラ・デゼージョ『SIM SIM SIM』ブラジル新世代による現代版トロピカリア&MPB

新型コロナ緊急事態(2020年1月30日~2023年5月5日)は終了し、そろそろ踊りや旅の楽しさを普通に思い出してもいいのかもしれないという気分にさせてくれる、バーラ・デゼージョ(Bala Desejo)の『SIM SIM SIM』。
ブラジル音楽の歴史が詰まりつつ、若さあふれる新世代バンドに称賛の声が寄せられています。

はじめに


新型コロナの影響で、2020年6月から一時的に5人で共同生活したことがきっかけとなり、ブラジル・リオデジャネイロで結成された4人組バンド(男性2人、女性2人)バーラ・デゼージョ(Bala Desejo)。

  • 前列:左→右、後列:左→右:ドラ・モレレンバウム、ジュリア・メストリ、ルーカス・ヌネス、ゼ・イバーハ

4人ともSSW&マルチ奏者で、男性陣ルーカス・ヌネス(Lucas Nunes)とゼ・イバーハ(Zé Ibarra)は5人組バンド、ドニカDônica)のメンバー。
60年代後半のブラジル版ヒッピームーブメント(芸術運動)トロピカリア(トロピカリズモ)を牽引したSSW&ギタリスト、カエターノ・ヴェローゾCaetano Veloso)の息子トム・ヴェローゾTom Veloso)もドニカのメンバーです。
ルーカス・ヌネスはカエターノ・ヴェローゾのプロデュースを手がけ、ゼ・イバーハはガル・コスタGal Costa)とコラボしています。


ドラ・モレレンバウム(Dora Morelenbaum)は、チェロ奏者ジャキス・モレレンバウムJaques Morelenbaum)&ボサノバ歌手パウラ・モレレンバウムPaula Morelenbaum)夫妻の娘。
共同生活を呼びかけたのはジュリア・メストリ(Julia Mestre)でした。
彼女の恋人は、ジルベルト・ジル(Gilberto Gil)の孫ジョアン・ジルJoão Gil)。
3人組バンド、ジルソンズGilsons)のメンバーだからなのか、1人だけバーラ・デゼージョのメンバーにはなりませんでした。


「魂のふるえる音楽体験」がコンセプトのFESTIVAL FRUEZINHO 2023(フェスティバル・フルージーニョ・2023、2023年7月8~10・12日)での初来日も注目を集めています。

SIM SIM SIM


デビューアルバム『SIM SIM SIM』(シン・シン・シン、2022年4月13日、国内盤CD:2022年12月7日、国内盤LP:2022年12月21日、Coala Records・NOIZE Record Club / Think! Records / Mr Bongo)は、全14曲・約55分(ブラジル盤LP・国内盤LP:全10曲、UK盤LP:全12曲)。
A面に相当する全7曲のEP『Lado A』(2022年1月27日、Coala Records)、B面に相当する全6曲のEP『Lado B』(2022年2月16日)の2回に分けてデジタルリリースされた後、1枚にまとめられました。
『SIM SIM SIM』は第23回ラテン・グラミー賞2022年)の最優秀ポルトガル語コンテンポラリー・ポップ・アルバム賞受賞
「60年代トロピカリア~70年代MPB(エミペーベー、ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ)の現代版」と評判になっています。

クレジット

  • ドラ・モレレンバウム:ボーカル、メタロフォン立奏鉄琴)、アコギ
  • ジュリア・メストリ:ボーカル
  • ルーカス・ヌネス:ボーカル、アコギ、エレキギター、ラップスティールギター、オルガン、ローズピアノ、テルミン
  • ゼ・イバーハ:ボーカル、アコギ、エレキギター、ウーリッツァー、ローズピアノ、ピアノ、テルミン、フルート

  • 左→右:ジュリア・メストリ、ドラ・モレレンバウム、ルーカス・ヌネス、ゼ・イバーハ

【1】Embala Pra Viagem


街角のバーの会話が響くイントロ「エンバーラ・プラ・ヴィアージェン」。
笑い声をあげている女性は、共同生活中の面々に自身のインスタライブのリモート出演を依頼し、バンド結成を提案&バンド名の名付け親となった、サンバ歌手のテレーザ・クリスチーナ(Teresa Cristina)です。
ヒッピー文化の象徴ワーゲンバス(フォルクスワーゲン・タイプ2)のブラジル製コンビ(Kombi、2013年生産終了)に乗ったバーラ・デゼージョと、マルシャ(行進曲、マーチ)を演奏するカーニバルブロコ(サンバチーム)がやってきて、旅に出かけるというコンセプト。
最後に「コンビの中ではい(Sim=Yes)と言う」などと語っているのはカエターノ・ヴェローゾです。
演劇やドキュメンタリーの要素を含む総合芸術に昇華されているところもトロピカリア的。

【2】Baile de Máscaras (Recarnaval)


「仮面舞踏会 (またカーニバルを)」という意味の「バイリ・ヂ・マスカラス (ヘカルナヴァル)」。
ジャキス・モレレンバウムがストリングス&ホーンアレンジ、マルセロ・コスタMarcelo Costa)がパーカッションを手がけ、リオのSSWフーベルRubel)も参加しています。
コロナ前のようにマスクを外して踊る、歓喜の復活を願っているようです。

【Live】Museu de Arte do Rio (MAR):2022/4/29

【Live】Bona Casa de Música:2021/12/13~14、Ladeira das Artes:2022/1/19~20

【Remix】Baile de Máscaras (Diogo Strausz Remix)

フーベル「Toda Beleza feat. Bala Desejo」

【3】Lua Comanche


サンバホッキ(サンバロック、サンバファンキ、サンバソウル)のSSW&ギタリスト、ジョルジ・ベンジョールJorge Ben Jor)「Comanche」(8thアルバム『Negro É Lindo1971年、Philips)の曲名にインスパイアされたという「ルア・コマンシ / コマンチ族の満月」。
Diogo Gomesがホーンアレンジとトランペット&フリューゲルホルンの演奏で参加しています。

【Live】Coala Festival:2022/9/17

【Live】SESC Pompeia:2022/8/12

ジョルジ・ベンジョール「Comanche」

【4】Clama Floresta


ジュリア・メストリとゼ・イバーハの作・ボーカル曲「クラマ・フロレスタ / 森よ、叫べ」。
レゲエ調で森林保護の願いが込められています。

ジュリア・メストリ「Clama Floresta」

【5】Dourado Dourado


「ドウラード・ドウラード」の前半はアコースティックなラブソング、サルサっぽい後半はブラジルの公用語ポルトガル語ではないスペイン語の「El caballero de la tierra(大地の騎士)」という二部構成になっています。

【6】Nesse Sofá


「ネッシ・ソファ / このソファで」は、前半のゼ・イバーハによるブルージーなアコギと後半のチン・ベルナルデスTim Bernardes)によるサイケなエレキギターの盛り上がりが印象的です。
チン・ベルナルデスは、サンパウロのインディーロックバンド、オ・テルノO Terno)を率いるSSW&マルチ奏者&プロデューサー。
80年代にサンパウロで起きた文化運動ヴァングアルダ・パウリスタVanguarda Paulista、サンパウロ前衛派)の一端を担ったエクスペリメンタルロックデュオ、オス・ムリェーリス・ネグラスOs Mulheres Negras)のマウリシオ・ペレイラMaurício Pereira)の息子です。

【7】Nana Del Caballo Grande


「ナナ・デル・カバーロ・グランデ / 大きな馬の子守唄」は、スペインの詩人&劇作家フェデリコ・ガルシア・ロルカ(Federico García Lorca)の詩が引用された、アルゼンチンのフォークデュオLos JuglaresNana Del Caballo Grande」(アルバム『Lorca』1973年、CBS)のカバーです。

【8】Chupeta


インタールード「シュペッタ」からB面。
ワーゲンバス・コンビのバッテリーが上がったので、押しがけして復活させようとしています。

【9】Lambe Lambe


「ランビ・ランビ」はバーラ・デゼージョ&ジョアン・ジルの共作。
ジャキス・モレレンバウムがストリングスアレンジ、Diogo Gomesがホーンアレンジとトランペット&フリューゲルホルンの演奏、フーベルと女性デュオのアナヴィトーリア(Anavitória)がコーラスで参加しています。

【10】Passarinha


スペイン語とポルトガル語の掛け合いになっている「パッサリーニャ / 小鳥」。
アウトロでマルセロ・コスタがかすかにビリンバウを奏でています。

【Live】MAR:2022/4/29

【Remix】Passarinha (Malifoo, DUAL CHANNELS Remix)

【11】Sim Sim Sim


インタールード的な表題曲「シン・シン・シン」。
4曲目「Clama Floresta」の一節も引用されたボイスコラージュになっています。

【12】Muito Só


「ムイト・ソ」では「もう禅を感じない。とても寂しい」と嘆いています。

【13】Cronofagia (O Peixe)


「クロノファジーア (オ・ペイシ)」では魚や時間をモチーフに哲学的な物語が綴られています。

【14】Faixa Técnica


ラジオのDJ風にスタッフらを紹介する、映画のエンドロールや舞台のカーテンコールみたいな「ファイシャ・テクニカ」で締めくくられます。

ライブ映像

【TV Cultura】Cultura Livre:2022/12/18

  • 0:37~【3】Lua Comanche
  • 8:45~【5】Dourado Dourado
  • 21:15~【6】Nesse Sofá
  • 28:38~【7】Nana Del Caballo Grande
  • 32:38~【10】Passarinha
  • 37:24~【9】Lambe Lambe
  • 45:13~【2】Baile de Máscaras (Recarnaval)

【Live】Coala Festival:2022/9/17

  • 0:30~【1】Embala Pra Viagem
  • 1:48~【3】Lua Comanche
  • 5:32~【5】Dourado Dourado
  • 12:18~【12】Muito Só
  • 18:16~【10】Passarinha
  • 22:22~ Love Love (Gilsons:Cover)
  • 26:27~【6】Nesse Sofá
  • 32:10~【7】Nana Del Caballo Grande
  • 34:38~35:15~【4】Clama Floresta
  • 41:20~【11】Sim Sim Sim
  • 41:33~42:36~【9】Lambe Lambe
  • 50:05~【2】Baile de Máscaras (Recarnaval)
  • 57:32~【5】Dourado Dourado

【Live】Festival Zona Mundi:2022/3/26

  • 0:20~【1】Embala Pra Viagem
  • 1:17~【3】Lua Comanche
  • 4:53~【5】Dourado Dourado
  • 10:44~【9】Lambe Lambe
  • 14:47~【1】Embala Pra Viagem
  • 16:01~【2】Baile de Máscaras (Recarnaval)
  • 20:55~ Meu Paraíso (Julia Mestre, Lux & Tróia)

おわりに


坂本龍一さんのライブアルバム『In the Lobby at G.E.H. in London』(2001年3月22日、Warner Music Japan)に収録されている、ボサノバの創始者トム・ジョビン(Tom Jobim)ことアントニオ・カルロス・ジョビンAntonio Carlos Jobim)「Falando de Amor」(11thアルバム『Terra Brasilisテラ・ブラジリス、1980年、Warner Bros.)のカバーでは、ジャキス・モレレンバウムのチェロ、パウラ・モレレンバウムと幼少期のドラ・モレレンバウムのボーカルを聴くことができます。
ブラジルのMPBは日本のJ-POPや韓国のK-POPに相当すると考えることもできるものの、音楽の歴史が濃密に刻まれていて、なおかつ現代的な感覚を持ち合わせているところがおもしろいですね。
コロナ禍の停滞ムードを打ち破る祝祭感さえ若気の至りではなく、本能的に「希望の光となる若さを音楽で表現することが宿命」と悟っている感じがします。
ポスト・トロピカリア第一世代のノヴォス・バイアーノスOs Novos Baianos)などを想起させられつつ、いつの時代のどこの音楽かわからなくなる楽しさが詰まっていて、今後の活躍も楽しみです。

リンク

ABOUT ME
渡辺和歌
ライター / X(Twitter)
RELATED POST