音楽

H TO O『Cycle』H.TakahashiとKohei Oyamadaのアンビエントデュオによるデビュー名盤

「やはり2020年代のアンビエントシーンは最高!」と震撼させられる大傑作が爆誕しました。
とはいえ、こうした大騒ぎは似つかわしくない、控えめな静謐さが魅力です。
Kankyō RecordsのH.TakahashiさんとAtorisのメンバーでもあるKohei OyamadaさんによるアンビエントデュオH TO Oのデビューアルバム『Cycle』は、アンビエントリスナーのみならず、テクノなどのクラブミュージックフリーク、あるいは電子音楽マニア以外にも響くに違いない名作といえるでしょう。
つまり、全音楽ファン必聴です!

はじめに


H TO Oはアンビエント作家H.Takahashi(Hiroki Takahashi、高橋博輝)さん(1986年、東京・三軒茶屋生まれ)とKohei Oyamada(小山田耕平)さん(ADAM Audio輸入代理店SONIC Agency代表)によるアンビエントデュオ。
https://twitter.com/OsawaYudai/status/1780174902496223568

  • 左→右:H.Takahashiさん、Kohei Oyamadaさん

Atoris『Sea & Forest』


アンビエント作家のほか建築家でもあるH.Takahashiさんは、アンビエントレコード店&レーベルKankyō Recordsも主宰(東京・三軒茶屋、2021年11月~)。
2020年代アンビエントシーンを代表するひとりとして、当サイトではこれまでに下記の3記事で紹介してきました(参加作を含む)。

上記の記事でも触れましたが、H.TakahashiさんとKohei Oyamada さんの2人は、Yudai Osawa(大澤悠大)さん、kengoshimizケンゴシミズ)さん(ADAM Audio)との電子音楽カルテット(トリオ+1)Atoris(アトリス)のメンバーでもあります。
https://twitter.com/AtorisSound/status/1783715960505123254

  • 左→右:kengoshimizさん、Yudai Osawa(大澤悠大)さん、Kohei Oyamadaさん、H.Takahashiさん

H.Takahashi『Paleozoic』


また、Kohei OyamadaさんはH.Takahashiさんのアルバム『Paleozoic』(読み:パレオゾイック、意味:古生代2022年4月29日Dauw)のアレンジ、ミックス、デジタルのマスタリングも手がけました。
こちらも美しすぎる大傑作!
ちなみに、LP(フィジカル)のマスタリングを手がけたのは、坂本龍一さんとのコラボでも知られる、米NYの電子音楽家&12kレーベル主宰者テイラー・デュプリーTaylor Deupree)です。

Cycle


H.TakahashiさんとKohei Oyamada さんの2人によるアンビエントユニットH TO O の1stアルバム『Cycle』(読み:サイクル、意味:循環・周期、2024年5月10日、Wisdom Teeth)は、先行シングル2曲を含む、全6曲・約36分。

H.Takahashi『Escapism』


当初はH.Takahashiさん自身で曲作りを完結したアルバム『Escapism』(カセットテープ・デジタル:2018年9月28日、リマスタリングLP:2023年11月3日、Not Not Fun)の流れを汲むソロ作の予定だったものの、初期段階でKohei Oyamada さんとスケッチを共有したことにより、『Paleozoic』のようなアレンジが加わるなど、結果的に共同作業へと発展したそうです。

VA『Club Moss』


さらに、H TO O のデビューアルバム『Cycle』が、UKロンドンのテクノレーベルWisdom Teethからリリースされた点も特筆すべきです。
レーベル主宰者&テクノプロデューサーFactaOscar Henson)とK-LoneJosiah Gladwell)率いるコンピレーションアルバム『Club Moss』(2024年3月8日、Wisdom Teeth)を聴くと、BPM(テンポ)の速い4つ打ち、ダブ、ダウンテンポ、ドラムンベースなど、ビートのあるクラブミュージックのスタイルをとりつつ、音色などの音響そのものはアンビエントやエクスペリメンタル(実験音楽)に接近していることがわかります。
レーベルはクラブミュージック側からアンビエントに、アーティストはアンビエント側からクラブミュージックに、それぞれアプローチすることによって生まれた大傑作がH TO O の『Cycle』といえるでしょう。
https://twitter.com/wisdomteethuk/status/1788846554939326862

クレジット

【1】Inflation


『Cycle』は「宇宙の始まりから終わりまでを物語的に辿るコンセプトアルバム」とのことなので、おそらくサイクリック宇宙論などによる「宇宙の始まりビッグバン宇宙の終わりビッグクランチビッグバウンスビッグリップ」が表現されているでしょう。
厳密には「宇宙誕生(極小)→インフレーション(急膨張)→ビッグバン(超高温・超高密度のエネルギーの塊、火の玉)」という流れの理論なので、オープニングを飾る第1弾シングル「Inflation」(2024年4月16日)は約138億年前の宇宙誕生の瞬間の物語と考えられます。
そもそもH.Takahashiさんは「エレクトロニカ~フォークトロニカ~トイトロニカ」の流れを彷彿とさせる、美しくかわいい音色が特徴的。
その音色で音楽的におもしろく穏やかなアンビエントに仕上げるスタイルが現行シーンを牽引する由縁と思われます。
そこにKohei Oyamada さんが加わり(H TO O=H.TakahashiさんからKohei Oyamada さんへ)、宇宙のサイクル(循環、周期)というコンセプトが設定され、ビートレスながらもミニマルなフレーズの繰り返しにより、アンビエントのみならずクラブミュージックとしても楽しめる展開になっているところは、テクノレーベルWisdom Teethからのリリースを意識した結果かもしれません。
それでも控えめな静謐さを醸し出している点が、ビッグバンを引き起こすきっかけとなったインフレーションに匹敵する革新であり、2020年代らしい魅力といえそうです。
https://twitter.com/wisdomteethuk/status/1780927301762388341

【2】Nowhere


ミニマル、アンビエント、テクノのほか、ポストクラシカル的なおもしろさも感じられる「Nowhere」(読み:ノーウェア、意味:どこにもない)。
宇宙サイクルの物語に照らし合わせると、「宇宙誕生~宇宙の晴れ上がり宇宙の暗黒時代宇宙の夜明け~」という流れになるので、まだ光を放つ天体が存在しない「暗黒時代」に相当するでしょう。

【3】Awake


続く「Awake」(読み:アウェイク、意味:覚醒)は、星や銀河が生まれた「宇宙の夜明け」の物語と考えられます。
神秘的な最初の星の誕生から、次々と形成された星々が集まって銀河となるまでの壮大な展開のようですが、「バース~ブレイク~ビルドアップ~ドロップ~アウトロ」といったクラブミュージック的な構成とも捉えられるおもしろさ!
いかにもSF的というより、むしろ遺伝子レベルでノスタルジックと感じるような音色に、細胞がじんわりと刺激され、リスナー自身の何かも目覚めるかもしれません。

【4】Earth


いよいよ地球が誕生したと思われる「Earth」(読み:アース、意味:地球)。
空気や水(H TO O=H2O)の振動や波動がそのまま音に変換されたような美しさです。

【5】Play


「Play」(読み:プレイ)には「遊ぶ、音楽を再生する、演奏する」などさまざまな意味がありますが、総じて活発な「生命活動」が表現されているでしょう。
とくにアルバムジャケットに描かれた咲き誇る花々の息吹が想像できるかもしれません。
無から生まれたと考えられている宇宙のインフレーション、ビッグバン、星や銀河の営みが、壮大かつ静謐なミニマルサウンドによって、人間を含む動植物の生命活動とつながるようなカタルシスを感じます。
https://twitter.com/facta_music/status/1787796279453532239

【6】Ever


第2弾シングル「Ever」(読み:エバー、意味:いつか、2024年4月30日)は「宇宙の終わり」の物語。
宇宙に終わりはあるのか、あるとすればいつなのか、どのような終わり方なのか、終わりの後に始まりはあるのかなどの疑問は解明されておらず、どれほど理論が重ねられてもおそらく現存する人間が体験することはないでしょう。
遠い未来に終わりを迎えたとしても、人間が意識できる体験なのかどうかもわかりません。
そのため理論上の物語を想像したサウンドと考えられますが、これほど美しくミニマルに生命活動を続けた果ての結果であれば、森羅万象すべてに「お疲れさま」と感謝の気持ちが込み上げてくるのではないでしょうか。

おわりに


「宇宙環境のサイクル」が「ミニマルな音楽のサイクル」で表現された、すばらしいアルバムでした。
さて、音楽の三大要素「メロディー、ハーモニー(コード進行)、リズム」をざっくりとロック系のバンド演奏に当てはめると「ボーカル、ギター/シンセ、ベース/ドラム」の編成が考えられます。
対して「ボーカルなし、メロディーなし、リズムなし」のアンビエントは「歌わない、踊らない、音の響きそのものを楽しむ音楽」。
ただ、歌と踊りは刺激の強い要素なので、多かれ少なかれ通ってから音響の世界にたどり着く流れのはず(歌→踊り→音響)。
2022年、H.Takahashiさんがオーナーを務めるレコード店Kankyō Recordsでは、元SUPERCAR(スーパーカー)のナカコーKoji Nakamura、中村弘二)さんと福岡のアンビエント&ドローン作家duennダエン)さん主催のイベントHARDCORE AMBIENCE #10が開催されました。
4人組ロックバンドSUPERCAR(1995年~2005年)のボーカル&ギター&シンセ&作曲担当だったナカコーさんはアンビエント&ドローン作家となり、ギター&作詞担当だったいしわたり淳治さんは音楽バラエティ番組『EIGHT-JAM』(旧:関ジャム 完全燃SHOW)に数多く出演し、とくに歌詞について解説しています。
J-POPや邦ロックで注目を集めがちな歌詞の考察とハードコアなアンビエントの二択になると極端な差異があるかもしれませんが、歌と音響をつなぐ役割を果たすのが踊りだとすると、H TO Oの『Cycle』はクラブミュージックに接近したアンビエントで物語性もあり、うっすらとボイスも入っている点が歌や踊りを好むリスナーにも優しいといえるでしょう。
実はその優しい音色こそが逆にハードコアな音響そのものという考え方も成立するところがおもしろくてたまりません。


また、レーベルとしてのKankyō Recordsから、地球環境保全のためのチャリティー・コンピレーション『Music for Resorts』(2024年5月25日)がリリースされました。
H.Takahashiさんのほか、当サイトで紹介してきたOmni GardensYama Yukiさん、Masahiro Takahashiさん、Joseph Shabasonも参加し、マスタリングはChihei Hatakeyamaさんが手がけています。
地球に感謝しつつ、アンビエンス(空気、空間、環境、臨場感、雰囲気、音の広がり、音場の響き)を意識したアンビエント、環境音楽で甘美な時間をお楽しみくださいませ。

ディスコグラフィ:Atoris

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渡辺和歌
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