音楽

ジョニー・ナッシュ『Point Of Entry』フォークとアンビエントが溶け合う日本デビュー作

オランダのアンビエント作家ジョニー・ナッシュ(Jonny Nash)による、穏やかなギターが心地いいアルバム『Point Of Entry』。
カナダのアンビエントジャズ・サックス奏者ジョゼフ・シャバソン(Joseph Shabason)も参加していて、ギターミュージック、フォーク、アンビエント、電子音楽、ジャズのどの文脈からたどり着いてもリラックスできる名盤です。

はじめに


UKスコットランド生まれ、ロンドンの大学やファッション業界、日本滞在中に開始したDiscossessionのメンバーとしての音楽活動(2000年代)などを経て、オランダ・アムステルダムを拠点とする(2016年~)アンビエント作家&レーベルMelody As Truth主宰者(2014年~)ジョニー・ナッシュ(Jonny Nash)。

Gaussian Curve『Clouds』


イタリアのラジオDJ&アンビエント作家ジジ・マシンGigi Masin)、オランダのDJ&プロデューサーのヤング・マルコYoung MarcoMarco Sterk)と共に、アンビエントトリオGaussian Curveとしても活動しています。

Point Of Entry


日本デビュー(通算6th)アルバム『Point Of Entry』(2023年7月21日、Melody As Truth / PLANCHA)は、先行シングル3曲を含む、全11曲・約44分。
「ギターミュージック→電子音楽、クラブミュージック→ギターミュージック」と遍歴したジョニー・ナッシュによる、「個人の想像力=パーソナルフォーク」にアプローチしたフューチャーアンビエントが展開されています。

クレジット

【1】Eternal Life


オープニングを飾る「Eternal Life」。
今回のアルバムは、レーベル主宰者として考慮すべきビジネス面をいったん保留し、「音楽制作のクリエイティブ面に喜びや楽しみを見出す」という基本に立ち返ることができたそうです。
こうした背景を反映するかのように、1stアルバム『Exit Strategies』(2015年4月10日、Melody As Truth)以来となるジョニー・ナッシュのボーカルも聴きどころ。
とはいえ、当初からいわゆる「歌ものギターロック」とは一線を画していて、ボーカルもひとつの音響機材として機能しているかのようです。
「Eternal Life」では、ギターにもボーカルにもディレイやリバーブといったエフェクトがかかっていて、「もし桃源郷やユートピアが存在するなら、このような音が響いているに違いない」と想像をふくらませたくなるサウンドが展開されています。

【2】Theories


実験的(エクスペリメンタル)なアンビエントの雰囲気が強い「Eternal Life」と比較すると、幾分フォークミュージックの音楽理論(セオリー)に則ったようにも感じられる「Theories」。
ジョニー・ナッシュのパートナーでもあるDenise Gonsがアートワークを手がけたアルバムジャケットの小道をのんびり散歩しているような気分になります。
「現実と夢」の境のような音楽を表現しつつ、前衛的(アバンギャルド)に偏りすぎないよう心がけているのでしょうか。

ガレス・ディクソン『Orwell Court』

【3】October Song


「October Song」ではボーカルがなくなり、ギター(アコギ&エレキ)とエレピによって歌が紡がれているようです。
スロウダイヴSlowdive)のようなシューゲイザーも彷彿とさせつつ、穏やかでシンプルな音響の世界。
さまざまな音楽的な実験を重ねた果てに、この境地にたどり着いたと考えると感慨深いものがあります。

スロウダイヴ『Everything Is Alive』

【4】All I Ever Needed


第2弾シングル「All I Ever Needed」(2023年6月2日)のディレイの効いたギターは、アシュ・ラ・テンペル(Ash Ra Tempel)のマニュエル・ゲッチング(Manuel Göttsching)の影響。
重ねられたアコギの音色とひっそり添えられたボーカルによって、幻想的な世界に誘われます。
この世界観はアルバム全体に貫かれていて、シングルとそれ以外の収録曲に極端な強度の差はありません。
この辺りがビジネス戦略に翻弄されない、純粋な音楽の喜びといえるでしょう。

マニュエル・ゲッチング『E2-E4』

【5】Light From Three Sides


アンビエントジャズっぽい雰囲気も漂う「Light From Three Sides」。
Masahiro Takahashiさんの5thアルバム『Humid Sun』(2023年3月31日、Telephone Explosion)にも参加している、カナダ・トロント在住のマルチ奏者&作曲家ジョゼフ・シャバソンがサックスを奏でています。
ドゥルッティ・コラムThe Durutti Column)のヴィニ・ライリーVini Reilly)を彷彿とさせる、ギターのディレイ&リバーブも印象的。
細分化された音楽ジャンルやアコースティックと電子音楽の両方を熟知した果てに、言葉で語ることのできる範囲を超え、音そのものが光と化したような神々しさが感じられます。

ドゥルッティ・コラム『The Return Of The Durutti Column』

【6】Silver Sand


アナログ盤のB面1曲目「Silver Sand」は、ギターやボーカルのほか、ベースサウンドやビートも心地いい、ドリーミーなトロピカルアンビエント。
冗談かと思うほどシンプルな穏やかさが続いているのは、先鋭的な音楽を追求した結果だけでなく、混乱した時代に求められる安心感を表現しているからなのかもしれません。

【7】Ditto


第3弾シングル「Ditto」(2023年6月30日)にも、サックス奏者ジョゼフ・シャバソンが参加。
ギター、シンセ、サックスによる瞑想的かつ心躍るアンビエントジャズが展開されています。
曲名の「Ditto」は「同上、同じく」といった意味ですが、4曲目の第2弾シングル「All I Ever Needed」と同じくなのか、6曲目「Silver Sand」に引き続きという話なのか、いずれにしても音楽そのものの喜びに浸ることを継続しているように感じられるのではないでしょうか。

【8】Face Of Another


第1弾シングル「Face Of Another」(2023年5月5日)。
ミニマルなピアノのフレーズとベースサウンド、ギター、シンセの掛け合いが哀愁を誘います。
「穏やかな境地に達するまでには紆余曲折があったのではないか」と推察される、幽遠な趣です。

【9】Low Tide


「干潮」を意味する「Low Tide」。
ミニマルなギターフレーズに、ブルージーなギターのうねり、淡いシンセ、ビブラフォンのようなサウンドなどが重なります。
アルバムのなかで、もっとも内省的な曲といえるかもしれません。

【10】Golden Hour


「Golden Hour」という曲名は、マジックアワー(日の出&日没前後の約40分)のうち、ブルーアワー(日の出前&日没後)に対する「ゴールデンアワー」(日の出後&日没前)をあらわしているでしょう。
ジョゼフ・シャバソンのサックスも相まって、呼び覚まされるのは日の出後というより、日没前つまり夕暮れ時の不思議な感覚。
「昼と夜、現実と夢、この世とあの世、光と闇」などの狭間で、どうにか明るく輝く奇跡を見失いたくないものです。

【11】Future Friends


ラストを彩る「Future Friends」。
ロードムービーのエンディングのような哀愁たっぷりのギターと、近未来的な始まりを予感させるシンセが美しく交錯します。
ジョニー・ナッシュ「個人の想像力=パーソナルフォーク」は、リスナーそれぞれの癒しや活力にもつながったのではないでしょうか。

おわりに


アルバムタイトルの『Point Of Entry』は「入国地点」という意味ですが、現実的な海外旅行ではなく、幻想的な異世界に誘われる感覚に満ちあふれていました。
もはやユーモラスと感じるほど、徹底してシンプルかつ穏やかな曲ばかりでしたが、過去のソロ作、コラボ作にはかなり実験的かつ前衛的なものもあります。
つまり、日本デビュー作となった今回のアルバムは、「ジョニー・ナッシュや関連作、レーベルMelody As Truthの入口」として聴きやすいという話にもなるでしょう。
また、世の中が混沌とするにつれ、癒しとなる音楽に関心を抱く人が増えている時代でもあるので、「アンビエントの入口」としても最適です。
ただし、ユーモア交じりのシンプルな穏やかさに達するまでの過程も垣間見える奥深い世界でもあるので、慎重に足を踏み入れましょう。

ディスコグラフィ:ジョニー・ナッシュ

ディスコグラフィ:Gaussian Curve

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渡辺和歌
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