音楽

Tomotsugu Nakamura(中村友胤)『Moon Under Current』アート&アンビエントレーベルTEINEI(丁寧)始動作

DOMMUNE(ドミューン)、Ucuuuウクー)、春の雨MIMINOIMIなど、各所で話題のTomotsugu Nakamura(中村友胤)さん主宰のTEINEI (丁寧)レーベル、および第2弾アルバム『Moon Under Current』。
2020年代のいま、穏やかなアンビエントに注目が集まる理由が詰まった作品です。

はじめに


東京在住のサウンドアーティスト&グラフィックデザイナー、ウェブデザイナー&TEINEI (丁寧)レーベル主宰者Tomotsugu Nakamura(中村友胤)さん。
坂本龍一さんの追悼コンピレーションアルバム『Micro Ambient Music』(Bandcamp:2023年7月13日~2024年3月28日、LP:2024年5月29日7月31日9月25日11月27日2025年1月29日3月26日commmons)にも参加しています。

Suisen『Just Below The Surface』


北アイルランド出身、長野・松本在住のドローン作家Darren McClureダレン・マクルーア)とのデュオSuisen(スイセン)の2014年作はChihei Hatakeyama畠山地平)さん主宰のWhite Paddy Mountainレーベルから、ソロ作はUKシェフィールドAudiobulb Recordsや仏ブルターニュのlaapsレーベル(IIKKI傘下)などからリリースされてきましたが、2024年4月に自身が主宰するアート&アンビエントレーベルTEINEIを始動しました。

Moon Under Current


TEINEI第2弾の8thアルバム『Moon Under Current』(読み:ムーン・アンダー・カレント、意味:水面下の月、2024年4月7日、流通:p*dis・Inpartmaint)は、全8曲・33分あまり。
ジャケットのアートワークはロシア出身の水墨画家Aleksandra Bezmenovaアレクサンドラ・ベズメノワ)が手がけました。

ビル・エヴァンス&ジム・ホール『Undercurrent』


アルバム名『Moon Under Current』は禅語「水急不月流」(水急にして月を流さず、意味:どれほど急な流れでも、川に映る月は流されない=何事にも流されない存在)の意訳。
モダンジャズのピアニスト、ビル・エヴァンスBill Evans)とギタリスト、ジム・ホールJim Hall)のコラボアルバム『Undercurrent』(1962年8月18日United Artists)も意識しているそうです。

クレジット

【1】Rain Boundaries


日本の大正琴(たいしょうごと)や中国の古琴(こきん)のコード進行が参照されている「Rain Boundaries」(読み:レイン・バウンダリーズ、意味:雨の境界線)。
Tomotsugu Nakamuraさん自身が子どもの頃に見たという夕立の境目(晴れと雨の境界)がイメージされていて、穏やかな気分と憂鬱な気分を行き来するようなサウンドに仕上がっています。

【2】Dust


兵庫・神戸在住のジャズサックス奏者Makoto Sawai澤井誠)さんが参加している「Dust」(読み:ダスト、意味:ちり、ほこり、粉末、結晶)。
Tomotsugu Nakamuraさんのギターとアナログシンセ、Makoto Sawaiさんのアルトサックス、その粒立ちのいい音によって紡がれる静寂や間合いは、禅の心を表現する水墨画と重なるようです。

【3】Mahogany


「Mahogany」(マホガニー)はギターの木材をあらわしているのでしょうか。
チェロもしくは穏やかないびきに聴こえる響き、美しいドローン(持続音)、かわいらしい音色の電子音、フィールドレコーディングと思われる環境音などが織り交ぜられ、ゆったり年輪を刻むような安心感に包まれます。

【4】Moderate


「Moderate」は英語の「モデレート」だと「適度、穏やかな」、イタリア語の音楽用語「モデラート」だと「中くらいの速さで」という意味です。
ビートがないのでモデラートか否かは判別できませんが、ドローンやリバース(逆再生)といったエクスペリメンタル(実験的)な手法が用いられているにもかかわらず、ビブラフォンっぽい透明感のある響きも相まって、適度に穏やかな時間が流れます。

【5】Temple / Cathedral


「Temple / Cathedral」(読み:テンプル / カテドラル、意味:寺 / 大聖堂)も少ない音数によって生み出される静寂や間合いが秀逸です。

【6】Blue Lake


ギターの残響が美しい「Blue Lake」(読み:ブルー・レイク、意味:青い湖)。
TEINEIは音楽レーベルとしてアンビエントを軸に据えるだけでなく、アートを包括的に提案するレーベルとして機能するそうです。
「アンビエントにたどり着いている人は、アート全般に関心があるはず」という思いが込められていて、今回は水墨画をモチーフとしたアートワークのレコードを絵画のように飾ることもできる仕様になっています。
木が描かれたジャケットの世界観を想像しながらアルバムを聴くと、青い湖も脳裏に浮かぶのではないでしょうか。

【7】Starfish


かわいらしい音色の電子音が印象的な「Starfish」(読み:スターフィッシュ、意味:ヒトデ)。
ヒトデは淡水には生息しないので、湖から離れて海に移ったイメージでしょうか。
深海に潜ったのか、夜に星を眺めているのか、不思議な感覚になるサウンドです。

【8】White Screen


子守歌みたいに優しくミニマルな「White Screen」(読み:ホワイト・スクリーン、意味:白い画面)。
約6分のうち、1分半を過ぎた辺りでMakoto Sawaiさんのサックスが加わり、3分を過ぎた辺りで「終わった?」と錯覚する空白があり、終盤ではフィールドレコーディングと思われる環境音も交ざってきます。
音と音の間にある残響や余白を浮遊することによって、夢と現実を行き来しながら無の境地に達するような感覚を堪能できたのではないでしょうか。

おわりに


2024年4月8日、現在美術家の宇川直宏Ukawa Naohiro)さんが主催するライブストリーミングスタジオ&チャンネルDOMMUNEドミューン)で配信された番組は「TEINEI EXCLUSIVE SHOW CASE」。
Tomotsugu NakamuraさんとHaruhisa Tanaka田中晴久)さんが出演し、穏やかな音楽メディアUcuuuウクー)&音楽イベント企画orange plus musicオレンジプラスミュージック)運営者、石松豊さんが司会を務めるトークと2人それぞれのライブが開催されました。

ウィリアム・バシンスキー『Disintegration Loop 1.1』


ノイズ系のグラフィックデザインやVJから活動を始めた宇川直宏さんが、ウィリアム・バシンスキーWilliam Basinski)のDVD作品『Disintegration Loop 1.1』(2004年9月11日VectorsHEADZ、CD:2002年4月16日2062)を引き合いに出し、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件、2011年3月11日の東日本大震災、そして2020年代のコロナ禍など、物理的・心理的に厳しい状況のときに、穏やかなアンビエントへ向かうアーティストが増える現象について語っていたのが印象的でした。

Haruhisa Tanaka『Nayuta』


Tomotsugu Nakamuraさんの『Moon Under Current』と同時にリリースされたTEINEI第1弾アルバムは、アンビエント作家&サウンドエンジニア&PURRE GOOHNピューレグーン)レーベル主宰者Haruhisa Tanaka(田中晴久)さんの『Nayuta』。


幽玄な大自然をあらわすかのような「那由他」(読み:ナユタ、意味:極めて大きな数量)の世界観に引き込まれ、優しく穏やかな気分になります。
Haruhisa TanakaさんはTomotsugu Nakamuraさんとも宇川直宏さんともそれぞれ10年来の付き合いで、コロナ禍を機に作風がノイズからアンビエントへと変わったそうです。

ハチスノイト『Universal Quiet』


当サイトでもおなじみ、ハチスノイトHatis Noit)さんの1stソロアルバム『Universal Quiet』(2014年11月13日)は、Haruhisa Tanakaさん主宰のPURRE GOOHNレーベルからリリースされました。
その推薦文を書いたのが宇川直宏さん、ハチスノイトさんもDOMMUNEへの出演を重ねています。
「いまや世界的に活躍するようになったハチスノイトさんの黎明期を支えたのがHaruhisa TanakaさんおよびPURRE GOOHNだった」と紹介する宇川直宏さんの嬉しそうな様子も印象的でした。

Nobuhiro Okahashi『…and』


さらに大阪在住のアンビエント作家Nobuhiro Okahashiオカハシノブヒロ)さんのEP『…and』(2024年3月28日)もPURRE GOOHNからリリースされました。
そのNobuhiro Okahashiさんが主催するアンビエントイベント(地下音楽実験室)ナニワアンビエント(Naniwa Ambient)には、Haruhisa Tanakaさんも出演。
宇川直宏さんは「コロナ禍では物理的なソーシャルディスタンシング(社会距離拡大戦略)を行うことによって、全人類が心理的なソーシャルディスタンス(社会的距離)を意識する(会いたくても会えない)期間を経験し、会うという行為が再定義(会うという言葉がアップデート)されたことが有効だった。Zoom飲み会の流行り廃りでもわかったように、会うとは面と向かって会話することではなく、空間を共有し、無駄な時間を優雅に過ごすことだった。空間を共有する行為がアップデートされたコロナ禍以降に出てくるアンビエントの強度は半端ない」といった趣旨のことを語っていました。
大塚勇樹(Molecule Plane)さんのアクースモニウムMiyauchi Yuri(宮内優里)さん&KENJI KIHARA(木原健児)さんの空間BGM、後藤正文さんの立体音響Katsuhiro Chiba(カツヒロ・チバ)さんのサウンドデザインにもつながる話ですが、そもそも環境という空間を捉える音楽であるアンビエントの目覚ましい進化の理由が、今回紹介した作品を聴くことによっても腑に落ちるのではないでしょうか。

Chihei Hatakeyama & Shun Ishiwaka『Magnificent Little Dudes Vol.1』


当サイトではこれまでに『Hachirogata Lake』を紹介したアンビエント・ドローン作家Chihei Hatakeyama畠山地平)さん、King Gnu(キングヌー)の前身バンドSrv.Vinci(サーバ・ヴィンチ)の初期メンバーで、同名ジャズ漫画原作脚本のアニメ映画『BLUE GIANT』(ブルージャイアント2023年2月17日東宝映像事業部)の実演も話題になったジャズドラマーShun Ishiwaka石若駿)さんによるデュオアルバム『Magnificent Little Dudes Vol.1』(2024年5月24日Gearbox Records)にハチスノイトさんも参加という贅沢すぎるコラボ作品もどうぞ。

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