音楽

後藤正文『Recent Report I』アジカンGotch本名名義のドローン~アンビエント作は坂本龍一宛ての近況報告

J-POPや邦ロックの代表的なバンドのひとつASIAN KUNG-FU GENERATION(アジカン)のフロントマン後藤正文さんがドローン~アンビエント作をリリースする時代になりました。
それほど後藤正文さんにとって坂本龍一さんの存在や喪失感は大きかったという個人的な出来事でもあり、「音楽の聴き方が変わる(受け手側の新たな扉が開かれる)、立体音響イマーシブオーディオ)や立体展示をキーワードに音楽とアート(芸術全般)、アカデミック(学問全般)、ビジネス(経済全般)の融合が拡大し、地球環境(宇宙環境)を見据えた社会活動となる」などの可能性を秘めた、歴史的な一歩ともいえそうです。

はじめに


1976年12月2日、静岡・島田生まれ、関東学院大学・経済学部卒業、同大学在学中の1996年に軽音楽部内で結成された4人組バンド、アジカン(AKG)ことASIAN KUNG-FU GENERATION(アジアン・カンフー・ジェネレーション)のボーカル&ギター後藤正文(Masafumi Gotoh)さん。
Gotch(ゴッチ)さん名義のソロ活動のほか、Spectrum Management(スペクトラム・マネージメント)傘下のインディーズレーベルonly in dreams主宰(2014年~)、未来を考える新聞『The Future Times』編集長(2011年~)、音楽賞「APPLE VINEGAR -Music Award-」(アップルビネガー ミュージックアワード)主催(2018年~)、脱原発フェス「NO NUKES」(2012年~2019年)の後継ムーブメント「D2021」主催(2021年~)など、多岐にわたり活動しています。

Recent Report I


本名、後藤正文さん名義の1stアルバム『Recent Report I』(配信:2024年3月27日、only in dreams・Spectrum Management)は、全5曲・46分あまり。
2011年の震災前に社会活動を始め、NO NUKESに呼ばれて以来、交流を深めた坂本龍一さん、Gotchさん名義の2ndソロアルバムGood New Times』(2016年6月8日only in dreams)のプロデューサーを務めた、元デス・キャブ・フォー・キューティーDeath Cab for Cutie、1997年~2014年)のクリス・ウォラChris Walla)の影響を受けたというドローンアンビエント作です。

Gotch『無謬 / Infallibility』


昔からアジカンのSE(ライブ前後に流す入場曲や退場曲)などで、ミュージックコンクレート(具体音楽)は作っていたとのこと。
さらに後藤正文さん自身が執筆した小説『YOROZU~妄想の民俗史~』(ロッキング・オン、2017年7月31日)の付録CD『無謬 / Infallibility』(読み:むびゅう、意味:間違いがなく絶対に正しいこと、1曲:約46分、only in dreams)、三東瑠璃さん率いるダンスカンパニーCo. Ruri Mitoのコンテンポラリーダンス公演『MeMe』(読み:ミーム、2019年2月@東京・三鷹市芸術文化センター 星のホール)の音楽『MeMe』(1曲:1時間、2021年7月30日、only in dreams)でGotchさん名義のアンビエント作はリリースされていましたが、後藤正文さん名義としては初の試みです。

Gotch『MeMe』


2023年3月28日に亡くなった坂本龍一さんの一周忌(命日の前日)にあたるタイミングでの配信リリース。
この1年に考えたことが昇華されています。
Apple MusicではDolby Atmos、そのほかのSpotifyなどではバイノーラル音源という立体音響になっているので、なるべくスピーカーではなく、ヘッドホンやイヤホンで聴いてみましょう。

クレジット

【1】Lost in Time


約12分半の「Lost in Time」。
まず、アジカンは形式や再現性のあるJ-POP、邦ロック、今回の『Recent Report I』はボーカルなしのインスト、再現性のない即興音楽という点が大きな違いでしょう。
環境音が入っているのでアンビエントですが、そのなかでもノイズと親和性が高いドローンを軸にしているためエクスペリメンタル(実験音楽的)でもあります。
将来、音楽史を振り返ったときに2020年代のアンビエントは再評価されるに違いないと確信しながらリアルタイムで追いかけている状況ですが、とうとうJ-POPや邦ロック界からも本格的にアンビエントに取り組むアーティストが出現したと驚きました。

坂本龍一「thousand knives」


坂本龍一さんとの交流は社会活動だけでなく、音楽そのものにも影響を及ぼしていたようです。
サンプリングされているのは、坂本龍一さん「thousand knives」のピアノ。
もともと1stソロアルバム『千のナイフ / Thousand Knives』(1978年10月25日日本コロムビア / Better Days)の表題曲ですが、8thライブアルバム『playing the piano usa 2010 / korea 2011 – ustream viewers selection –』(2011年12月14日、commmons)収録のピアノ演奏バージョンが使われています。
「大好きなこの一瞬を一生聴くためにはどうすればいいか?」と考え、パソコン上で坂本龍一さんのCDからイントロのピアノのフレーズ(ステレオで聴いたときのLとR、左手と右手の一発ずつ)を取り込み、キャプチャー(取り込み)可能なギターのエフェクター向けの音量に変換してギターの回路に出し、再びパソコンに戻してドローン化したものを録ったそうです。

TENORI-ON Demo Performance


DAWソフトはAvidPro Tools、メディアアーティスト岩井俊雄Toshio Iwai)さんとYAMAHAヤマハ)が共同開発(デザイン)した音楽インターフェース(音楽ツール、電子楽器)TENORI-ONテノリオン)を使用。
ピアノのフレーズで始まり、その一瞬が左右それぞれドローンで引き伸ばされ、即興演奏が重ねられ、ミュージックコンクレート的に環境音がミックスされ、再びピアノのフレーズに戻る構成になっています。
イタリアの理論物理学者カルロ・ロヴェッリCarlo Rovelli)『時間は存在しない』(訳:冨永星さん、NHK出版、2019年8月29日)の「時間は円錐形」という理論はよくわからないけれども、坂本龍一さんはずっと「時間とは何か?」と問い続けていたので「Lost in Time」。
坂本龍一さんのラジオ番組で『無謬』が紹介されるなど、晩年は作品を聴いてもらっていたものの、実際に共演したのはNO NUKES 2019の最後のセッションでローリング・ストーンズThe Rolling Stones)の「サティスファクション / (I Can’t Get No) Satisfaction」(1965年London / Decca)をカバーしたときのみだったため、時空を超えたセッション、果たせなかった共作のつもりで取り組んだそうです。

立体音響ワークショップ#3 音楽制作におけるバイノーラル – 基礎編:久保二朗


『Recent Report I』のジャケットは坂本龍一さんの18thアルバム『async』(読み:アシンク、意味:同期しない、2017年3月29日、commmons)のジャケット(アートディレクション&写真:高谷史郎さん / ダムタイプ)へのオマージュにもなっていて、一瞬が永遠に引き延ばされたような処理の仕方が印象的です。
撮影場所は東京・晴海ふ頭、この世とあの世の境のような雰囲気が漂います。
シアターピースTIME』でも坂本龍一さんとコラボした高谷史郎さんは、AMBIENT KYOTO(2023年10月6日~12月31日)でも『async』を立体展示。
その立体展示にあたり、音響ディレクションを務めたZAKザック)さんが試行錯誤したのは、今回『Recent Report I』のミックスを後藤正文さんと共に担当した古賀健一さんのスタジオでした。
こうした流れがあったので、最初から立体音響でのミックスを想定してアンビソニックマイク(アンビソニックス / Ambisonics方式のVRマイクZOOM H3-VR)を使って録音したそうです。

坂本龍一「walker」


その『async』収録曲「walker」に枯葉を踏む足音が入っているため、AMBIENT KYOTOのときに坂本龍一さんが実際に歩いた気がした森(兵庫・豊岡にある洞窟、玄武洞の外側)で、たまたま坂本龍一さんの誕生日1月17日にフィールドレコーディングを行い、枯葉や砂利、水の音を入れたとのこと。
石を転がす音が三途の川をイメージさせるなど、映像的な想像が膨らみます。

【2】More Than Words


約4分の「More Than Words」。
AI(人工知能)のフリーソースにさまざまな言語で「More Than Words」と打ち込んだ結果がサンプリングされていて、「音楽は言葉以上の何かだろうとAIに言われる時代が来る。しかも言葉で」という皮肉が込められています。

【3】Sine Waves


10分足らずの「Sine Waves」。
曲名はアナログシンセオシレーターOSC発振器発振回路)で選ぶ波形のうち、倍音のない「正弦波(サイン波)」をあらわしているでしょう。
ファスナーを開け閉めする音、足音、缶飲料のフタやお菓子の袋を開けるような環境音のほか、無機質ながらも丸く柔らかい音色のオルガンのようなドローン、モールス信号みたいな高音、立体音響を存分に堪能できるグルグル音が駆け巡ります。

【4】The Other World Drive


7分あまりの「The Other World Drive」。
3曲目「Sine Waves」とは対照的に倍音の響きが印象的なガラス製のシンギングボウルのほか、カリンバ、シンバル、和太鼓、ボイスなど、さまざまなサウンドが重なり、別世界へと誘われます。

【5】Rest in Peace


約12分半の「Rest in Peace」。
鳥の鳴き声、鳥の鳴き声のように聴こえるサウンド、ストリングスっぽい響きの即興演奏などに加えて、坂本龍一さんが晩年好んでいたという雨の音がランダムに響きます。
軒先から垂れてくる雨粒にシンバルを叩かせたり(コンデンサマイクRODE NT1Aを使用)、水槽に水中マイクを入れて落ちてくる雨音を録ったりしたそうです。
その水中マイクは以前、後藤正文さんが朗読劇の音楽を作ったときに、『フィールド・レコーディング入門 響きのなかで世界と出会う』(フィルムアート社、2022年4月26日)の著者、柳沢英輔Eisuke Yanagisawa)さんから教えてもらったとのこと。
山梨・甲府にある臨済宗・妙心寺派・能成寺(のうじょうじ)の樋口雄文(ひぐちゆうぶん)副住職が唱えた「般若心経の振動のみを取り出した音」は、バグパイプのような音色のドローンでしょうか。
終盤では実際の般若心経もミックスされています。

おわりに


個人的に、アジカンといえば3rdシングル「サイレン」(2004年4月14日Ki/oon Records)の印象が強く(ある意味ミニマル)、坂本龍一さんと後藤正文さんの共感ポイントは社会活動のみ(音楽性の違いは別問題)と思い込んでいたので、実際は音楽そのものにも多大な影響を受けていて、20年の歳月を経てアンビエントで再注目する流れになったことは衝撃的でした。
今回の『Recent Report I』では模倣(真似)にならないように気をつけたそうですが、Muzan Editions主宰者Endurance(エンデュランス)さんのドローン作『Further』を彷彿とさせ、大塚勇樹(Molecule Plane)さんらのアクースモニウム(多元立体音響装置)によるアクスマ(アクースマティック、電子音響音楽)、赤坂陽月さん&石川泰昭さん「祈り -般若心経-」のレイヴ感とも(同期しないアシンクではなく)シンクロする流れになりましたが、かえって狙いどおりの「コントロールできない展開」だったといえるかもしれません。
J-POPや邦ロックのリスナーにとっては異色作と思われますが、いったんテクノ耳になって電子音楽で踊り明かしたのち、踊り果てるとアンビエント耳、ドローン耳になる可能性もあるでしょう。
あるいは後藤正文さんがノイズ耳になったとき、坂本龍一さんはもう17thアルバムで『アウト・オブ・ノイズ / out of noise』(2009年3月4日、commmons)と言っていたという実例もあるので、いま取り残された気分になっている人もきっと大丈夫!
いずれにしてもアジカンのGotchさんがドローン&アンビエント作家の後藤正文さんとして始動したことは、もはや社会活動とも考えられるでしょう。
先が見えない時代(VUCA)を生き抜く羅針盤になったのではないでしょうか。
今後予定されている、カセットテープ&ポストカード(キャプション付き)の販売や立体展示(試聴体験ができるインスタレーション)も楽しみです。

クレア・ラウジー『sentiment』


米LAのアンビエント作家クレア・ラウジーclaire rousay)のアルバム『sentiment』(センチメント、2024年4月19日Thrill Jockey / HEADZ)もどうぞ。
日本盤CDは佐々木敦さん主宰のHEADZからリリースされ、TURN編集長の岡村詩野さん、APPLE VINEGARのPodcastにも出演しているつやちゃんさんがライナーノーツを手がけています。

カリ・マローン『All Life Long』


スウェーデン・ストックホルムを拠点とする米デンバー出身の作曲家&オルガン奏者カリ・マローンKali Malone)のアルバム『All Life Long』(2024年2月9日Ideologic Organ)は、オルガン、声、金管五重奏によるカノン~ドローンの展開が奥深い作品。
Pitchforkでも8.3点と高評価です。

ディスコグラフィ:Gotch

ディスコグラフィ:ASIAN KUNG-FU GENERATION

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