音楽

サム・ゲンデル『COOKUP』R&Bのヒット曲が前衛的なアンビエントジャズに!独自解釈のカバーアルバム

サム・ゲンデル(Sam Gendel)が『COOKUP』で素材として「料理」したのは、90年代からゼロ年代前半にかけての黄金期のR&Bやソウルのヒット曲。
唯一無二のご馳走を堪能しましょう!

はじめに


前衛的なアンビエントジャズを繰り出すLAのサックス奏者&プロデューサー、サム・ゲンデル

COOKUP


R&Bとソウルのヒット曲(1992年~2004年)が独自に再考(解体&再構築)されたカバーアルバム『COOKUP』(2023年2月24日、Nonesuch)は、先行シングル1曲を含む、全12曲・約40分。
ジャズ・スタンダードが独自に解釈された、レーベルNonsuchのデビュー作『Satin Doll』(2020年3月13日)と同じく、友人でもあるトリオによって、カバーの概念すらも刷新するカバーアルバムが生み出されました。

クレジット

【1】Differences

  • サム・ゲンデル:サックス
  • ゲイブ・ノエル:エレキベース
  • フィリップ・メランソン:電子パーカッション

「Differences」は、ジニュワイン(Ginuwine)の3rdアルバム『The Life』(2001年4月3日、Epic)収録曲かつシングル(2001年4月8日)のカバー。
原曲はジニュワインがしっとり歌い上げるR&Bのラブバラードですが、そのメロディーラインはサム・ゲンデルのサックスによって哀愁を帯びた別物に生まれ変わっています。
フィンガースナップなどで刻まれていたオーソドックスなリズムが、ゲイブ・ノエルのエレキベースとフィリップ・メランソンの電子パーカッションによって、前衛的なミニマルミュージックと化しているのも聴きどころです。

ジニュワイン「Differences」

【2】Anywhere (feat. Meshell Ndegeocello)

  • サム・ゲンデル:サックス、ウィンドシンセ
  • ゲイブ・ノエル:エレキベース
  • フィリップ・メランソン:ドラムキット
  • ミシェル・ンデゲオチェロ:ボーカル

ミシェル・ンデゲオチェロをゲストボーカルに迎えた、先行シングル「Anywhere」(2023年1月19日)は、112の2ndアルバム『Room 112』(1998年10月27日、Bad Boy・Arista)収録曲かつシングル「Anywhere (feat. Lil’ Zane)」(1999年1月28日)のカバー。
ヒットにつながりやすい艶っぽさという要素が排除され、純粋に音の響きのおもしろさに没入できるアンビエントジャズに仕上がっています。

112「Anywhere (feat. Lil’ Zane)」

【3】Are You That Somebody

  • サム・ゲンデル:ウィンドシンセ
  • ゲイブ・ノエル:エレキベース、ビブラフォン
  • フィリップ・メランソン:電子パーカッション
  • Sander:ボイス

アリーヤ(Aaliyah)のシングル(1998年5月26日、Blackground・Atlantic)かつ映画『ドクター・ドリトル』(1998年)のOST『Dr. Dolittle: The Album』(1998年6月16日、Atlantic)収録曲のカバー「Are You That Somebody」。
ネオタンゴのリズムとファンキーなベースリフ、赤ちゃんの泣き声&笑い声のサンプルが特徴的な原曲とはまるで別世界のような、語りの入った奇妙な音風景が痛快です。

アリーヤ「Are You That Somebody」

【4】I Swear

  • サム・ゲンデル:シンセ、ピアノ
  • ゲイブ・ノエル:エレキベース、ラップスチールギター
  • フィリップ・メランソン:電子パーカッション

「I Swear」は、オール・フォー・ワン(All-4-One)の1stアルバム『All-4-One』(1994年4月12日、Atlantic・WEA)収録曲かつシングル(1994年4月28日)のカバー。
デイヴィッド・リンチ(David Lynch)監督によるテレビドラマ『ツイン・ピークス』(1990年~1991年)のアンジェロ・バダラメンティ(Angelo Badalamenti)によるテーマOST1990年9月11日、Warner Bros.)のようにも聴こえるところに不気味な美しさが潜んでいます。

オール・フォー・ワン「I Swear」

アンジェロ・バダラメンティ「Twin Peaks Theme (Instrumental)」

【5】Candy Rain

  • サム・ゲンデル:サックス
  • ゲイブ・ノエル:エレキベース
  • フィリップ・メランソン:電子パーカッション

ソウル・フォー・リアル(Soul 4 Real、Soul for Real)のシングル(1994年11月15日、Uptown)かつ1stアルバム『Candy Rain』(1995年3月28日、Uptown/MCA)表題曲のカバー「Candy Rain」。
原曲はミニー・リパートン(Minnie Riperton)「Baby, This Love I Have」(3rdアルバム『Adventures In Paradise1975年5月22日、Epic)のベースラインをサンプリングしているので、多層的なオマージュと捉えるとかなり刺激的です。

ソウル・フォー・リアル「Candy Rain」

ミニー・リパートン「Baby, This Love I Have」

【6】In Those Jeans

  • サム・ゲンデル:ピアノ、グレートバスリコーダー
  • ゲイブ・ノエル:ビブラフォン
  • フィリップ・メランソン:電子パーカッション

「In Those Jeans」は、ジニュワインの4thアルバム『The Senior』(2003年4月8日、Epic)収録曲かつシングル(2003年5月3日)のカバー。
原曲の艶っぽさが神社仏閣並みの静謐さに昇華されています。

ジニュワイン「In Those Jeans」

【7】Crazy in Love

  • サム・ゲンデル:ウィンドシンセ、ナイロンギター
  • ゲイブ・ノエル:コントラバスギター
  • フィリップ・メランソン:電子パーカッション

「Crazy in Love」は、ビヨンセ(Beyoncé)のシングル(2003年5月14日、Columbia・Music World)かつ1stアルバム『Dangerously in Love』(2003年6月20日)収録曲「Crazy in Love (feat. Jay-Z)」のカバー。
原曲ではシャイライツ(The Chi-Lites)の「Are You My Woman? (Tell Me So)」(2ndアルバム『I Like Your Lovin’ (Do You Like Mine?)1970年12月、Brunswick)がサンプリングされていて、そのサンプル部分が強調されています。

ビヨンセ「Crazy in Love (feat. Jay-Z)」

シャイライツ「Are You My Woman? (Tell Me So)」

【8】I Wanna Know

  • サム・ゲンデル:サックス
  • ゲイブ・ノエル:エレキベース
  • フィリップ・メランソン:電子パーカッション

ジョー(Joe)による映画『The Wood』(1999年7月16日)のOST(1999年7月13日、Jive)収録曲、シングル(1999年11月7日)、3rdアルバム『My Name Is Joe』(2000年4月18日)収録曲のカバー「I Wanna Know」。
艶っぽいR&Bがポストパンク風に変貌を遂げています。

ジョー「I Wanna Know」

【9】Didn’t Cha Know

  • サム・ゲンデル:ピアノ
  • ゲイブ・ノエル:エレキベース、ビブラフォン
  • フィリップ・メランソン:ドラムキット

「Didn’t Cha Know」は、エリカ・バドゥ(Erykah Badu)の2ndアルバム『Mama’s Gun』(2000年11月21日、Motown/Puppy Love)収録曲かつシングル(2000年11月28日)のカバー。
原曲はJ・ディラ(J Dilla)のプロデュースにより、タリカ・ブルー(Tarika Blue)の「Dreamflower」(アルバム『Tarika Blue1977年Chiaroscuro Records)がサンプリングされていて、やはり多層的なオマージュになっています。

エリカ・バドゥ「Didn’t Cha Know」

タリカ・ブルー「Dreamflower」

【10】Let Me Love You

  • サム・ゲンデル:サックス
  • ゲイブ・ノエル:エレキベース、ラップスチールギター
  • フィリップ・メランソン:ドラムキット

マリオ(Mario)のシングル(2004年10月4日、J)かつ2ndアルバム『Turning Point』(2004年12月7日、3rd Street・J)収録曲のカバー「Let Me Love You」。
原曲のプロデューサー、スコット・ストーチ(Scott Storch)やニーヨ(Ne-Yo)らによるトラックに着目したのでしょう。
フクロウの鳴き声が響く森に誘われるようです。

マリオ「Let Me Love You」

【11】SWV Medley

  • サム・ゲンデル:サックス
  • ゲイブ・ノエル:エレキベース
  • フィリップ・メランソン:電子パーカッション

SWVのシングル「Rain」(1998年2月24日、3rdアルバム『Release Some Tension1997年7月29日、RCA)から、シングル「Weak」(1993年4月10日、1stアルバム『It’s About Time1992年10月27日)のリミックスへとメドレーでカバーされている「SWV Medley」。
原曲の「Rain」ではジャコ・パストリアス(Jaco Pastorius)の「Portrait of Tracy」(トレイシーの肖像、1stアルバム『Jaco Pastoriusジャコ・パストリアスの肖像1976年8月、Epic)、「Weak」のリミックスではザップ(Zapp)の「Computer Love」(4thアルバム『The New Zapp IV U1985年10月25日、Warner Bros.)がそれぞれサンプリングされています。
音楽の歴史が詰まりまくった濃すぎるオマージュなのに、さらっと「料理」しているところがさすがです。

COOKUP (Vinyl Unboxing)

SWV「Rain」

ジャコ・パストリアス「Portrait of Tracy」

SWV「Weak」

SWV「Weak (Bam Jam Jeep Mix)」

ザップ「Computer Love」

【12】Water Runs Dry

  • サム・ゲンデル:サックス
  • ゲイブ・ノエル:セロギター
  • フィリップ・メランソン:電子パーカッション

ラストを飾る「Water Runs Dry」は、ベイビーフェイス(Babyface)プロデュースによるボーイズIIメン(Boyz II Men)の2ndアルバム『II』(1994年8月30日、Motown)収録曲かつシングル(1995年4月11日)のカバー。
サックスでメロディーラインを奏でるなど、珍しく原曲に忠実かと思いきや、R&Bらしい吐息を音響的に盛り込むあたりに遊び心を感じます。

ボーイズIIメン「Water Runs Dry」

おわりに

『COOKUP』は原曲やサンプリング元と比較できることもあり、名盤を次から次へと生み出しているサム・ゲンデルのなかでは比較的聴きやすいのではないでしょうか。
コアなファンはにんまり含み笑いする感じかもしれませんが、ヒット曲へのアプローチはリスナーの間口を広げることにつながり、音楽そのもののおもしろさを追求するサム・ゲンデルの姿勢に圧倒されるはずです。
いま最も目が離せない音楽家のひとりとして今後も注目していきましょう。
https://twitter.com/FRUE_JP/status/1639190320293224449

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渡辺和歌
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