音楽

ペンギン・カフェ『Rain Before Seven…』トロピカルな無国籍音楽で楽観的になろう!

ペンギン・カフェ(Penguin Cafe)の5thアルバム『Rain Before Seven…』は明るく楽しい気分になりたいときにおすすめ!
暗く沈みがちな停滞ムードを吹き飛ばすような楽観主義に満ちあふれています。
現代音楽、ポストクラシカル、民俗音楽といったジャンルも気にせず、前衛的な歓喜に浸りましょう。

はじめに


ペンギン・カフェ・オーケストラPenguin Cafe Orchestra、1972年~1997年)のサイモン・ジェフスSimon Jeffes)の息子アーサー・ジェフス(Arthur Jeffes)が率いるペンギン・カフェ(Penguin Cafe)。

Rain Before Seven…


5thアルバム『Rain Before Seven…』(レイン・ビフォアー・セブン…、2023年7月7日、Erased Tapes)は、先行シングル5曲を含む、全10曲・約49分。
国内流通盤CD・LP(Inpartmaint)は、ボーナストラック2曲「In Re Budd (Strings Version)」と「Perpetuum Mobile (ft. The City of Prague Philharmonic Orchestra)」のDLコード付きです。
イギリスの天気をあらわしたことわざ「Rain before seven, fine before eleven」(7時前の雨は、11時前に止む)、および1stアルバム『A Matter of Life…』(2011年1月31日、Editions Penguin Cafe)に由来するアルバムタイトルどおり、「悪いことは続かず、そのうち良くなる」という楽観主義や原点回帰に彩られたサウンドに癒されましょう。

クレジット

  • アーサー・ジェフス:ピアノ、バラフォン(M1~4・8・10)、メロディカ(M1・2・4)、グレッチギター(M1)、ウクレレ(M3・8・10)、プリペアドピアノ(M7・8・10)、パーカッション(M3・8~10)、クアトロ(M8・10)、グラニュラーシンセシス&プログラミング(M2)、ベース(M3)、ダルシトーン(M2)
  • オリ・ランフォード(Oli Langford):バイオリン(M1・2・5~10)、ビオラ(M1・5~10)
  • クレメンタイン・ブラウン(Clementine Browne):バイオリン(M1・2・5~10)
  • レベッカ・ウォーターワース(Rebecca Waterworth):チェロ(M1・5~10)
  • アンディ・ウォーターワース(Andy Waterworth):コントラバス(M1~3・5~10)
  • エイヴォン・チェンバース(Avvon Chambers):パーカッション(M1~3・5~10)
  • アレッサンドロ・ステファナ(Alessandro “Asso” Stefana):ラップスチールギターサウンドスケープ(M4)

【1】Welcome to London

  • アーサー・ジェフス:ピアノ、バラフォン、メロディカ、グレッチギター
  • オリ・ランフォード:バイオリン、ビオラ
  • クレメンタイン・ブラウン:バイオリン
  • レベッカ・ウォーターワース:チェロ
  • アンディ・ウォーターワース:コントラバス
  • エイヴォン・チェンバース:パーカッション

第5弾シングル「Welcome to London」(2023年7月5日)。
レーベルErased Taps(イレーズド・テープス)の主宰者ロバート・ラスRobert Raths)が共同プロデューサーとして参加したアルバム『Rain Before Seven…』は、新型コロナのパンデミック中に制作されました。
アーサー・ジェフスは幼い娘とともにロンドンからイタリア・トスカーナの家に疎開したところ、ロックダウンによる足止めを経験したそうです。
規制が緩和されてロンドンに戻ったとき、映画『007』シリーズなどの作曲家ジョン・バリー(John Barry)風の衝撃を受けたとのこと。
こうした背景が反映され、5/4拍子のピアノリフに、ジョン・バリー風のギターやストリングスアレンジなどが加わり、映画音楽のようなサウンドになりました。
父サイモン ジェフスが抱いたペンギン・カフェのビジョンが視覚化されたMVも見応えがあります。

【2】Temporary Shelter from the Storm

  • アーサー・ジェフス:ピアノ、バラフォン、メロディカ、グラニュラーシンセシス&プログラミング、ダルシトーン
  • オリ・ランフォード:バイオリン
  • クレメンタイン・ブラウン:バイオリン
  • アンディ・ウォーターワース:コントラバス
  • エイヴォン・チェンバース:パーカッション

西アフリカの木琴バラフォン、メロディカこと鍵盤ハーモニカ、鍵盤グロッケンシュピールチェレスタのような鍵盤楽器ダルシトーンの音色が印象的な「Temporary Shelter from the Storm」。
コロナ禍のみならず、嵐のようにネガティブな出来事は多発していますが、たとえ一時的だとしても避難所となるペンギン・カフェの存在に安心感を覚えます。

【3】In Re Budd

  • アーサー・ジェフス:ピアノ、バラフォン、ウクレレ、パーカッション、ベース
  • アンディ・ウォーターワース:コントラバス
  • エイヴォン・チェンバース:パーカッション

第2弾シングル「In Re Budd」(2023年4月20日)。
アンビエント作家ハロルド・バッドHarold Budd)が新型コロナの合併症により亡くなったことをアーサー・ジェフスが知ったときに制作中だったため、アレンジを加えて追悼曲にしたそうです。
にもかかわらず、ハロルド・バッドの作風とは異なるアフロキューバンジャズっぽいサウンド、追悼曲らしからぬ陽気な曲調というアバンギャルドさにしびれます。

In Re Budd (Strings Version)

【4】Second Variety

  • アーサー・ジェフス:ピアノ、バラフォン、メロディカ
  • アレッサンドロ・ステファナ:ラップスチールギター&サウンドスケープ

第1弾シングル「Second Variety」(2023年3月27日)。
ペンギン・カフェのメンバーは流動的な面もあり、『Rain Before Seven…』にはこれまで名を連ねていたスウェード(Suede)のニール・コドリング(Neil Codling)やゴリラズ(Gorillaz)のキャス・ブラウン(Cass Browne)は参加していません。
今回はアーサー・ジェフスを含む6人が中心となり、4曲目「Second Variety」のみ参加しているのがイタリアのギタリスト&作曲家&プロデューサー、アッソことアレッサンドロ・ステファナです。
こうした哀愁の漂う曲も入っていることで、向こう見ずな能天気とは異なる、深みのある楽観主義が浮き彫りになります。

【5】Galahad

  • アーサー・ジェフス:ピアノ
  • オリ・ランフォード:バイオリン、ビオラ
  • クレメンタイン・ブラウン:バイオリン
  • レベッカ・ウォーターワース:チェロ
  • アンディ・ウォーターワース:コントラバス
  • エイヴォン・チェンバース:パーカッション

第3弾シングル「Galahad」(2023年5月23日)。


アーサー・ジェフスの亡くなった愛犬に捧げられた曲ですが、悲しみに暮れるのではなく、むしろ存命中の充実した生活を祝う楽観主義に貫かれています。

【6】Might Be Something

  • アーサー・ジェフス:ピアノ
  • オリ・ランフォード:バイオリン、ビオラ
  • クレメンタイン・ブラウン:バイオリン
  • レベッカ・ウォーターワース:チェロ
  • アンディ・ウォーターワース:コントラバス
  • エイヴォン・チェンバース:パーカッション

速やかなピアノリフと伸びやかなストリングスのレイヤーが美しい「Might Be Something」。
相反するものが調和して共存するような穏やかな心境になります。

【7】No One Really Leaves…

  • アーサー・ジェフス:ピアノ、プリペアドピアノ
  • オリ・ランフォード:バイオリン、ビオラ
  • クレメンタイン・ブラウン:バイオリン
  • レベッカ・ウォーターワース:チェロ
  • アンディ・ウォーターワース:コントラバス
  • エイヴォン・チェンバース:パーカッション

ピアノ、ストリングス、パーカッションによる優雅なアンサンブルに、悠久の時の流れを感じる「No One Really Leaves…」。
コロナ禍による孤立、あるいは尊敬する音楽家や愛犬の死といった悲しみを経験しても、音楽でつながることはできると体現しているような気がします。

【8】Find Your Feet

  • アーサー・ジェフス:ピアノ、バラフォン、ウクレレ、プリペアドピアノ、パーカッション、クアトロ
  • オリ・ランフォード:バイオリン、ビオラ
  • クレメンタイン・ブラウン:バイオリン
  • レベッカ・ウォーターワース:チェロ
  • アンディ・ウォーターワース:コントラバス
  • エイヴォン・チェンバース:パーカッション

ウクレレやラテンアメリカの弦楽器クアトロが用いられ、ほのかにラテン音楽の雰囲気も漂う「Find Your Feet」。
ミニマルなエレクトロニカを生楽器で演奏するような楽しさも伝わってきます。

【9】Lamborghini 754

  • アーサー・ジェフス:ピアノ、パーカッション
  • オリ・ランフォード:バイオリン、ビオラ
  • クレメンタイン・ブラウン:バイオリン
  • レベッカ・ウォーターワース:チェロ
  • アンディ・ウォーターワース:コントラバス
  • エイヴォン・チェンバース:パーカッション

第4弾シングル「Lamborghini 754」(2023年6月19日)。
アーサー・ジェフスが疎開し、今回のアルバムを制作することにもなったトスカーナの家は、石像彫刻家の母エミリー・ヤングEmily Young)と購入していた、元・修道院の建物でした。
そのスタジオから、オリーブ畑でエミリー・ヤングの運転するトラクター「ランボルギーニ 754」が見えたことから名づけられたそうです。
旧式のトラクターが現役で活躍するノスタルジックな風景が目に浮かぶのではないでしょうか。
穏やかなピアノリフがミニマルに紡がれ、ストリングスが躍動していく展開に安心感がみなぎります。

【10】Goldfinch Yodel

  • アーサー・ジェフス:ピアノ、バラフォン、ウクレレ、プリペアドピアノ、パーカッション、クアトロ
  • オリ・ランフォード:バイオリン、ビオラ
  • クレメンタイン・ブラウン:バイオリン
  • レベッカ・ウォーターワース:チェロ
  • アンディ・ウォーターワース:コントラバス
  • エイヴォン・チェンバース:パーカッション

ラストを飾るのは「ゴシキヒワヨーデル」という意味の「Goldfinch Yodel」。
鳥がさえずり、陽気にカントリーダンスを踊るような雰囲気のまま幕を閉じます。

おわりに

アーサー・ジェフスにとって、西アフリカの木琴バラフォンは今回が初挑戦。
コントラバスのアンディ・ウォーターワースの紹介でバラフォンを購入したことがきっかけとなり、Erased Tapsのロバート・ラスとも相談して、トイ楽器的なウクレレや鍵盤ハーモニカなどを用いた初期のペンギン・カフェ・オーケストラのような方向性に回帰したそうです。
さらにラテンアメリカの弦楽器クアトロが使われていたり、アフロキューバンジャズ風の曲もあったり、ポストクラシカルの雰囲気も漂うトロピカルな無国籍音楽に仕上がっていました。
暗いニュースが多い時代に悲観的な気分になりがちなのは自然な話で、科学的な根拠がなくても「何とかなる」と楽観的に構えるほうがアバンギャルドとも考えられるでしょう。
むしろ「何とかなる」と思い込まなければやりきれないほど困窮した時代なのかもしれません。
こうした時代性を踏まえた明るいアルバム『Rain Before Seven…』に救われる人も多いはず。
落ち込んだときはペンギン・カフェというシェルターに避難しつつ、楽観的に生きていきましょう。

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