音楽

Roy Werner『Imagine My Surprise』モジュラーシンセの魔術師G.S. Sultanが本名でMoon Glyphデビュー

エクスペリメンタルなG.S. Sultanが本名のRoy Werner名義で穏やかなアンビエントジャズ作品『Imagine My Surprise』をMoon Glyphレーベルからリリース?という驚きを想像してみましょう。
そこにはトリックが隠されているかもしれません。

はじめに


米オハイオのOrange MilkレーベルなどからG.S. Sultan名義で実験的な作品をリリースしてきた、米LAのアンビエント作家Roy Werner。
カリフォルニア大学デービス校に在学中、電子音楽を制作するために(MIDI規格のシーケンサーDAWソフトではないビジュアルプログラミングソフトCycling ’74 Max/MS(現:Max)の使い方を学び、インドネシアの民族音楽ガムランのアンサンブルで演奏活動をしていたそうです。

Imagine My Surprise


本名のRoy Werner名義の1stアルバム『Imagine My Surprise』(2023年11月17日、Moon Glyph)は、全10曲・39分あまり。
米オレゴンのアンビエント作家Omni GardensことSteve Rosboroughが主宰するMoon Glyphレーベルからのデビュー作です。
トリックスターノワール(いたずら好きの妖精のようなトリックスターが登場する、暗黒小説フィルム・ノワールネオ・ノワールなどの暗黒物語)」をコンセプトに、「夢の風景を音響的にレンダリング(生成)する試み=日焼けしたティキポリネシア神像)の霞(かすみ)のシーケンス反復進行)」が表現されているとのこと。
サックス奏者などのゲストを迎えることによりジャズ的なアプローチも取り入れられていて、G.S. Sultan時代の実験的でシュールな世界観も多少残りつつ、穏やかで温もりのあるアンビエント作品に仕上がっています。

クレジット

【1】Rainbow Metal Chime in the Sun


木琴のようなトーンを軸に、かわいらしい「Metal Chime」(金属のチャイム)や奇妙なボーカルサンプルなどがおもちゃ箱をひっくり返したように展開される「Rainbow Metal Chime in the Sun」。
最終的にブループ(海中の低周波音波)のようなサウンドと「Metal Chime」のアルペジオが残る流れになっています。

【2】Transit


ウッドブロックのようなビートが印象的な「Transit」(読み:トランジット、意味:乗り継ぎ、通過)。
鉄琴みたいなフレーズが繰り返されるほか、鳥のさえずりや妖精のあくびなどを想像させられる不思議なサウンドになっています。

【3】Guardian Angel Chime (with Andy Applegate)


米ニュージャージーのインディーロックバンド、フェアモントFairmont)のドラマーAndy Applegateがビブラフォンで参加した「Guardian Angel Chime」(意味:守護天使のチャイム)。
ジャンベのようなパーカッション・サウンドが大地をあらわし、ヒューヒューとモジュラーシンセの風がうなるなか、守護天使が飛び跳ねるイメージかもしれません。
学生時代のガムランアンサンブルでの演奏活動が活かされたコラボになっています。

【4】Nightwalk (with Patrick Shiroishi)


即興アンビエントジャズ・カルテットFuubutsushi風物詩)のメンバーでもある、米LAのサックス奏者(マルチ奏者)&作曲家パトリック・シロイシを迎えた「Nightwalk」(読み:ナイトウォーク、意味:夜の散歩)。
ジャジーな夜に、アルバムジャケットに描かれたトリックスターがとぼけたフリして散歩するノワールを思い描きたくなります。
あるいはデヴィッド・リンチDavid Lynch)監督のカルトドラマ&映画『ツイン・ピークスTwin Peaks)』のアンジェロ・バダラメンティAngelo Badalamenti)による音楽も連想できそうです。

Fuubutsushi『Fuubutsushi』

アンジェロ・バダラメンティ『Twin Peaks (Limited Event Series Soundtrack)』

【5】Late Chime


タブラのような太鼓サウンドが心地いい「Late Chime」。
maya ongakuCHO CO PA CO CHO CO QUIN QUINハンバーグ師匠でもおなじみのカーッというビブラスラップFM音源を搭載したシンセでピアノの音色を鳴らすFMピアノ、ベルなどが重なります。

【6】Auri


「Auri」はクラシカルなシンセとクリック感のあるチャープ音の組み合わせ。
トリックスターの「夜の散歩」が続いているような雰囲気が漂います。

【7】Muzzy Doppler Chime


「Muzzy Doppler Chime」はドップラー効果のように高音と低音を行き来するチャイムの音色が印象的。
軽快なビート、もやもやとした(Muzzy)シンセのメロディー、トリックスターの足音を彷彿とさせる不思議なサウンドが交錯します。

【8】Whistling on the Roses (with Les Halles)


フランス・リヨンからベルギー・ブリュッセルに拠点を移したBaptiste Martinによるパンフルート・アンビエントプロジェクトLes Hallesが参加した「Whistling on the Roses」。
「バラの上で口笛を吹く」という意味のタイトルなので、「バラ」に相当する部分はエクスペリメンタル(実験的)かつドローン的なモジュラーシンセで表現されているでしょう。
G.S. Sultan時代の実験性とゲストを迎えるという新規性が見事に調和しています。

【9】Boogie Woogie Wandering Moon (with Andy Applegate)


3曲目「Guardian Angel Chime」に続き、Andy Applegateのビブラフォンがフィーチャーされた「Boogie Woogie Wandering Moon」(意味:月をさまようブギウギ)。
ビブラフォンを「月」に見立てると、アフリカの打楽器シェケレ由来の南米の打楽器カバサのようなシャカシャカしたサウンドが「ブギウギ」に相当するでしょうか。
さらにG.S. Sultanらしい奇妙なボーカルサンプル、ウッドブロックっぽいパーカッション・サウンド、モジュラーシンセのドローンなどが重なり、宇宙規模の民族音楽が展開されているようです。

【10】Music for Five Dreams (with Cole Pulice)


米オークランドのサックス奏者コール・ピュリスのアルトサックスがエモーショナルに響く「Music for Five Dreams」。
鉄琴、カバサ、ウッドブロック、口琴チェンバロのような奇妙なサウンドも多層的に散りばめられていますが、すべては夜に見た不思議な夢だったのかもしれないと思わせてくれるジャジーな終わり方でした。

おわりに

G.S. Sultanから本名の Roy Wernerへと名義を変更したことで、一人ではなくコラボゲストを迎えた点、レーベル、作風が変わりました。
じっくり耳を澄ますと実験的な面も多々あり、実は『ツイン・ピークス』的なノワール(暗黒物語)がコンセプトとのことですが、穏やかなアンビエントジャズを聴いたような余韻に浸ってしまうところがトリックスター的といえるかもしれません。
Omni Gardens主宰のMoon Glyphというレーベルカラーに合ったアルバムでした。

M. Sage & Zander Raymond『Parayellowgram』


同じくMoon Glyphからリリースされた、パトリック・シロイシと共にFuubutsushi(風物詩)のメンバーでもある米コロラドのアンビエント作家&教師&インターメディアアーティストM. SageMatthew J. Sage)と米シカゴのアンビエント作家(シンセサイザー奏者)&映像作家Zander Raymondのコラボアルバム『Parayellowgram』(2023年9月15日)も素敵です。

Gregg Kowalsky『Eso Es』


Omni Gardensのアルバム『Golden Pear』と同じ日にリリースされた、米LAのアンビエント・ドローン作家Gregg Kowalskyグレッグ・コワルスキー、グレッグ・コウォルスキー)のアルバム『Eso Es』(2023年10月27日、Mexican Summer)は冬に合うかもしれません。

Anenon『Moons Melt Milk Light』


アルバム『Moons Melt Milk Light』(2023年11月17日Tonal Union)は、米LAのAnenon(Brian Allen Simon)が一人でテナーサックス、バスクラリネット、ピアノを演奏し、フィールドレコーディングも交えた、アコースティックなアンビエントジャズ&ポストクラシカル作品。
吐息となって消え入るまで吹きまくるサックスが印象的ですが、ブルー・レイク(Blue Lake)の『Sun Arcs』(2023年6月23日)と同じレーベル、UKロンドン&独ベルリンのTonal Unionからの4作目ということもあり、ECM的な透明感や静謐感の漂うサウンドを堪能できるでしょう。

ディスコグラフィ:G.S. Sultan

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渡辺和歌
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