音楽

カーク・バーレイ(Kirk Barley)『Marionette』Odda Recordings2作目の第四世界的ミニマルアンビエント

エイフェックス・ツイン(Aphex Twin)も注目するUKヨークシャーの電子音楽家カーク・バーレイ(Kirk Barley)の『Marionette』は、新たなサウンドデザインやサウンドスケープにフォーカスする新興レーベルOdda Recordingsからリリースされました。
ジョン・ハッセル(Jon Hassell)が掲げた「第四世界」を受け継ぐ音響理想郷の扉を開いてみましょう。

はじめに


UKヨークシャーの作曲家&サウンドアーティスト(プロデューサー、電子音楽家、マルチ奏者)&Healthレーベル主宰者カーク・バーレイ(Kirk Barley)。
Bambooman、King KashmereLord Rao / Strange U)とのデュオSUPERGOD、Segilola、Grouphums、Church Andrews(チャーチ・アンドリュース)など、さまざまな名義、プロジェクトで活動しています。

Church Andrews & Matt Davies「Romanesque」


エイフェックス・ツインAphex Twin)ことリチャード・D・ジェームス(Richard David James)がDJを務める2023年のライブでは、Church Andrews & Matt Daviesの「Romanesque」(アルバム『Axis2022年7月8日、Health)がカバーされました。

Marionette


本名のKirk Barley名義の2ndアルバム『Marionette』(読み:マリオネット、2023年11月24日)は、先行シングル2曲を含む、全8曲・35分あまり。
テクノプロデューサー、ススム・ヨコタSusumu Yokota)さんの作品発売でも知られるヨークシャー・リーズ(Leeds)を拠点とするThe Leaf LabelのA&R(アーティスト&レパートリー)のほか、2011年4月にフェミ・アデイェミFemi Adeyemi)によりロンドン・ハックニーで開設されたネットラジオ局NTS Radioのリーズ・スタジオでホスト(レジデントDJ)を務めるThea HDが2023年に立ち上げたOdda Recordingsレーベルからの2作目としてリリースされました。

クレジット

【1】Nectar


ミニマルなマリンバ風の音色が印象的な「Nectar」(読み:ネクター、意味:花蜜)。
ミツバチが花から蜜を巣に持ち帰る様子が表現されているのかもしれませんが、アコースティックな楽器演奏と電子音が絶妙に織り交ぜられているためか、どこか人工的な自然というか、おとぎの国に迷い込んだような不思議な感覚に陥ります。
Oliver Pittがアートワークを手がけたアルバムジャケットの門扉越しの庭は、イギリスの田園風景やヴィクトリア朝の建築とつながり、同じく親しみやすさと不気味さの両面があるサウンドも示唆されているとのこと。
自然豊かなヨークシャーを拠点とするカーク・バーレイは、コーンウォールのエイフェックス・ツインと通じるところもあるようです。
あるいは、米メンフィス出身のトランペット奏者&作曲家ジョン・ハッセルJon Hassell)が提唱した、想像上の音響理想郷「第四世界」とも共鳴するでしょう。
さらに、米カンザス出身の作曲家ムーンドッグMoondog)、米バーミンガム出身、アトランタを拠点とするビジュアルアーティスト&音楽家ロニー・ホーリーLonnie Holley)、ギリシャ・アテネの打楽器奏者&プロデューサーChristos ChondropoulosXYSM)、仏サントルの電子音楽家アンソニー・マニング(Anthony Manning)、UKの電子音楽家Moon Wiring Club、UKスコットランドの電子音楽デュオ、ボーズ・オブ・カナダBoards of Canada)も引き合いに出されています。

【2】Courtyard


ミニマルな室内楽「Courtyard」(読み:コートヤード、意味:中庭)。
楽器演奏と電子音に、フィールドレコーディングとファウンドサウンド(サンプリング)が重ねられているようです。
室内からぽつぽつ雨の降り始めた中庭を眺めていると本降りになり、ごろごろ雷が鳴り出した状況でしょうか。
あるいは中庭に面した部屋でいびきをかきながら居眠りしているのかもしれません。
厳選されたと思われる、的確かつおもしろい音色のみで、不穏かつ穏やかな夢と現実の狭間のような雰囲気が醸し出されています。

【3】Seafarer


第2弾シングル「Seafarer」(読み:シーファーラー、意味:船乗り、2023年11月9日)。
シンセのうねりで荒波を進む船が表現されているようです。
雷の音が引き金となり、部屋で居眠りするうちに荒波を航海する夢を見たのでしょうか。
ミニマルなサウンドは寄せては返す波や揺れながら進む船のほか、雨や寝息の周期的なリズムとも呼応しているように感じられます。

【4】Marionette


タイトル曲「Marionette」はパチパチはぜる焚き火のようなグリッチ、不穏なマリンバ風のミニマルサウンド、オルゴールを彷彿とさせるおもちゃ楽器(トイ楽器)的なメロディーが印象的。
風が吹いて暖炉のある部屋の窓が開き、カーテンがはためき、オルゴールのついたマリオネット(操り人形)が動き出したのかもしれません。

【5】Lake Of Gold


第1弾シングル「Lake Of Gold」(意味:黄金の湖、2023年9月27日)は、音階と速度の異なる撥弦楽器の演奏が重ねられ、雨のような質感のリズムが表現されているそうです。
4曲目「Marionette」の不気味な火の雰囲気とは対照的に、清々しい水のイメージ。
MVの映像はUKレスターシャーのマルチ奏者&画家FlaerことRealf Heygate、その編集はカーク・バーレイ自身が手がけました。
湖に降り注ぐのは雨のようでもあり、逆に太陽の光のようにも感じられます。

【6】The Night


ジャズ的なアプローチの「The Night」(意味:夜)。
即興演奏のようなドラムと虫の羽音みたいなざわざわしたサウンドが重なるためか、極限まで音数の抑えられたビブラフォンっぽいミニマルなフレーズにも緊張感があります。
ただし、ゆったりとしたテンポなので、たまに大きくなったり小さくなったりする寝息かいびきを連想することもできそうです。
とにかくレトロフューチャーな音色が妖しくも美しく、機械仕掛けのオルゴールのような寝息を立てるマリオネットは実は何かに操られている人間なのかもしれないといった想像が膨らみます。

【7】Kites


「Kites」は「凧」をあらわしますが、イギリスでは鳥の「トビ(トンビ)」も「カイト」と呼ぶとのこと。
そう考えると、トビの「ピーヒョロロ」という鳴き声や円を描くように上空を舞ったり、急降下して獲物を捕らえたりする様子が表現されているようにも感じられます。
かわいらしさと妖しさが共存するサウンドで、穏やかな田園風景にひそむ一触即発の瞬間が描かれているようです。

【8】Gate


ラストの「Gate」はアルバムジャケットに象徴される庭園の「ゲート、門、門扉」と思われますが、これは入り口でしょうか、それとも出口でしょうか。
やはり楽器演奏、電子音、フィールドレコーディング、ファウンドサウンドが絶妙に織り交ぜられていて、イギリスのミステリアスな田園地方を訪れた後、各々の現在地に戻るようでもあり、さらなる奇妙な音響理想郷へのスタート地点のようにも感じられます。

おわりに


カーク・バーレイは主にBamboomanとChurch Andrews名義でヒップホップやジャズトロニカ(ジャズ&エレクトロニカ、ニュージャズ)のプロデューサーとして活躍してきました。
さらにエクスペリメンタルなサウンドにも挑戦し続けた果てにOdda Recordingsへとたどり着いたところでしょう。
研ぎ澄まされた一音一音が不気味なほど美しく、「オーガニックな楽器演奏やフィールドレコーディング」と「機械的な電子音やファウンドサウンド」の折衷も絶妙な塩梅で、ノスタルジックかつ未来的な時間感覚、田園地方と幻想世界が交錯する空間デザインにも魅せられます。
人間なのかマリオネットなのか、入り口なのか出口なのか、深く考えさせられるメッセージが込められているようでもあり、逆に何も考えず極上の音色に浸ることもできるところがおもしろいでしょう。

Flaer『Preludes』


注目すべき新レーベルOdda Recordingsの1作目は、『Marionette』の5曲目「Lake Of Gold」のMV映像を手がけたRealf HeygateによるソロプロジェクトFlaerのデビューアルバム『Preludes』(2023年8月4日)でした。
チェロ、ピアノ、アコギによるアコースティック演奏を軸にフィールドレコーディングも織り交ぜられた、牧歌的ながらもそこはかとなく緊張感の漂うポストクラシカル&アンビエント作品です。

J and the woolen stars『Personal Problems』


穏やかにもかかわらず不穏な雰囲気の漂うアンビエントの名盤といえば、オーストラリア・メルボルンの電子音楽家&ビジュアルアーティスト&Daisartレーベル主宰者J率いるJ and the woolen starsのアルバム『Personal Problems』(2023年9月18日、Daisart)も挙げられるでしょう。

picnic『Creaky Little Branch』


そのJとmdoのデュオpicnicのアルバム『Creaky Little Branch』(2022年9月16日、Daisart)も必聴です。

ディスコグラフィ:Kirk Barley

ディスコグラフィ:Bambooman、SUPERGOD、Segilola、Grouphums

ディスコグラフィ:Church Andrews

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渡辺和歌
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