音楽

ビュシュラ・カイクチャ(Büşra Kayıkçı)『Places』トルコのピアニストによるポストクラシカル

レディオヘッド(Radiohead)のトリビュートも含む、トルコのピアニスト&作曲家&インテリアアーキテクト、ビュシュラ・カイクチャ(Büşra Kayıkçı)の2ndソロアルバム『Places』は、「音楽と建築」が融合した「人生の避難場所」のような作品。
大変な状況が続いて、心が落ち着かないときなどにおすすめです。

はじめに


1990年、トルコ・イスタンブール生まれのピアニスト&作曲家&インテリアアーキテクト(インテリアデザイナー空間デザイナー)&イラストレーター、ビュシュラ・カイクチャ(Büşra Kayıkçı)。

Places


2ndソロアルバム『Places』(意味:場所・空間、2023年11月24日、Warner Classics / Parlophone)は、先行シングル4曲を含む、全12曲・42分あまり。
1stソロアルバム『Eskizler』(トルコ語:スケッチ・素描、2019年11月29日、busraplayskeys)の続編として「音楽と建築」が組み合わされ、新型コロナのパンデミック中に行きたいと憧れた場所、懐かしい場所、作曲のインスピレーションを得た場所などが描かれています。

アヌアル・ブラヒム「Blue Maqams」


チュニジアのウード奏者&作曲家アヌアル・ブラヒムAnouar BrahemEnver Ibrahim)、アストル・ピアソラAstor Piazzolla)、モーリス・ラヴェルMaurice Ravel)、デヴィッド・ダーリングDavid Darling)、ジョン・ケージJohn Cage)、マイケル・ナイマンMichael Nyman)、ニルス・フラームNils Frahm)らの影響を受けたというミニマルかつエクスペリメンタルポストクラシカル
「時間的に存在する音楽空間」と「物理的に存在する建築空間」の融合による「人生の避難場所」で心の平穏を守りましょう。

クレジット

https://twitter.com/PremierClassica/status/1749409075111334191

【1】The Middle Of…


クラシックから現代音楽の環境音楽、ミニマルミュージックへの進化のきっかけとなったフランスの作曲家エリック・サティ(Erik Satie)を彷彿とさせる「The Middle Of…」。
パンデミックの最中の不穏な静けさが表現されているのかもしれません。
ピアノのタッチ以外の音も入っているところが実験音楽的です。

【2】Fernweh


ドイツ語の「Fernweh」(読み:フェルンヴェー)は「ホームシック」の対義語にあたる「ワンダーラスト、旅行願望」のことで、「どこか遠くへ行きたい」という強い思いをあらわしています。
閉塞感の漂うロックダウン中、ビュシュラ・カイクチャは自身の娘と隔離生活を送り、遠く離れた海辺の夢を見たそうです。
そこで実際には地平線を眺めながら水平線や波の動きを感じるという「矛盾の調和や共存、永遠の感覚」が作曲のインスピレーションになったとのこと。
どのような場所にいても、自然に敬意を払う大切さが呼び覚まされるのではないでしょうか。

【Live】Fernweh

【3】Unrooted


ビュシュラ・カイクチャ自身、お気に入りの曲という「Unrooted」では「根無し草」のような浮遊感が表現されているでしょうか。
ピアノのタッチ以外の音のほか、ボーカルも加わり、クラシック、ミニマル、エクスペリメンタルが融合したような不思議なサウンドが展開されています。

【4】Deep Seated Arrogance


第4弾シングル「Deep Seated Arrogance」(2023年11月10日、意味:根深い傲慢さ)。
ビュシュラ・カイクチャの娘が無邪気に遊ぶおもちゃの音がパーカッションのように組み込まれていて、さらに実験性が高まっています。
「根無し草のような浮遊感」と「根深い傲慢さ」のあいだに「無邪気な子ども」が存在することで、調和が保たれているのかもしれません。

【5】Olive Tree


第2弾シングル「Olive Tree」(2023年10月6日)。
ビュシュラ・カイクチャは幼い頃から夏を過ごしてきたエーゲ海沿岸に生い茂る「オリーブの木」を500年から1000年生きる賢者のように敬っていて、その安らぎをもたらしてくれる場所への憧れが伝わってくるようです。

【6】Quba


第1弾シングル「Quba」(2023年9月15日、読み:クバ、アラビア語:イスラム建築のドーム)は、建築物のファサード(正面の外観)デザインの幾何学的なループパターンを想起させるミニマルサウンド。
「丸屋根の下での平和的な集まりや団結」が示唆されていて、団結の欠如による混沌とした世界に対する悲しみと共に、音楽による団結への希望も表現されています。
イスラム教のスーフィズムやパキスタンのカッワーリー歌手ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンNusrat Fateh Ali Khan)も連想できるかもしれません。

【Live】Quba

【7】Old Friend


「Old Friend」には「旧友」を懐かしむ思いが込められているでしょうか。
アルペジオを奏でるピアノそのものが、ビュシュラ・カイクチャにとっての「旧友」のようにも響きます。

【8】Tribute To Egyptian Song


第3弾シングル「Tribute To Egyptian Song」(2023年10月27日)は、イギリスの5人組オルタナティブロックバンド、レディオヘッドRadiohead)の「Pyramid Songピラミッド・ソング)」(2001年5月16日、5thアルバム『Amnesiacアムニージアック)』2001年6月4日:Parlophone / Capitol、2001年5月30日:EMI)からインスピレーションを受けたそうです。
ジャズをモチーフにしたピアノのほか、抽象的なボーカル、金属と木でツールを作成したという電子音が組み合わされ、「砂漠とピラミッド」を「自然と建築」と捉えるような不思議なサウンドに仕上がっています。

【Live】Tribute To Egyptian Song

レディオヘッド「Pyramid Song」

【9】L’inno


イタリア語で「賛歌」という意味の「L’inno」。
トルコのイスラム教やイタリアのキリスト教といった宗教の違いに思いを馳せ、「矛盾の調和や共存」を祈るような厳かな時間が流れます。

【10】Into The Woods


木漏れ日がきらめく、空気の澄みきった森へと誘われるような「Into The Woods」。
エフェクトのかかったボーカルがこだまのように響きます。

【11】Vác


「Vác」(読み:ヴァーツ)はハンガリーの都市の名前でしょうか。
オスマン帝国の時代にさかのぼると大変な歴史もある場所ですが、それでも「音楽による団結」を祈るような旋律が奏でられています。

【12】…Nowhere


「音楽と建築」の融合により、さまざまな時空間をさまよった果てに、ラストの「…Nowhere」で「どこにもない場所」にたどり着きました。
「音楽による想像の旅」は「実在しない空間」をデザインすることもできるという意味かもしれません。
実験的な試みも取り入れられた美しいピアノの調べを聴いて、心の落ち着きを取り戻した人もいるのではないでしょうか。
想像できる限りの「平和な世の中」が「実在する空間」になりますように……と願うばかりです。

【Live】’Places’ album launch concert @ Istanbul

おわりに

新型コロナ感染拡大から3年が過ぎても、紛争、天災、凶悪な事件などが多発していて、悲しみに暮れている人、心を痛めている人も多いかと思われます。
音楽を聴く余裕もないときもあるものですが、逆に音楽に救われたと感じるときもあるはず。
ビュシュラ・カイクチャが「音楽と建築」や「ピアノ、プリペアドピアノ、ボーカル、エレクトロニクス(電子音)、エフェクト」を融合して描いた『Places』は、悲しみや心の痛みに寄り添いながら穏やかな気分へと導いてくれる「人生の避難場所」になったことでしょう。
想像力を働かせ、創造力を鍛えて、時間と空間をデザインするという発想は、音楽家&建築家によるポストクラシカル&アンビエントのみならず、混沌とした世の中を落ち着いて生き抜く方法としても役立つかもしれません。
音楽によって救われる人がひとりでも増えると、不安の連鎖を断つことにつながり、一歩ずつでも平和に近づくのではないでしょうか。

ハニャ・ラニ『Ghosts』


エクスペリメンタル要素を含むビュシュラ・カイクチャよりエレクトロニクス&歌ものポップス色が強めですが、ポストクラシカル&アンビエントつながりで、ポーランド・ワルシャワのピアニスト&SSWハニャ・ラニHania Rani)のアルバム『Ghosts』(2023年10月6日Gondwana Records)も併せてどうぞ。

セリア・ホランダー『2nd Draft』


米LAのピアニスト&作曲家セリア・ホランダーCelia Hollander)のピアノソロアルバム『2nd Draft』(2023年11月10日)は、オールジャンルかつアンビエントの名門レーベルLeaving Recordsからリリースされました。

スノッリ・ハルグリムソン『I Am Weary, Don’t Let Me Rest』


ニルス・フラームと共にポストクラシカルシーンを代表するオーラヴル・アルナルズÓlafur Arnalds)の作品にも数多く参加している、アイスランド・レイキャビクの作曲家&プロデューサー&マルチ奏者スノッリ・ハルグリムソンSnorri Hallgrímsson)の静謐なアルバム『I Am Weary, Don’t Let Me Rest』(2023年6月16日Moderna Records)も素敵です。

ニルス・フラーム『Day』


ニルス・フラームの新作『Day』(2024年3月1日LEITER)もリリースされました。

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渡辺和歌
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