音楽

ハナキフ『Goodbyes』アラバスター・デプルームも参加!ポストクラシカルのピアニストのデビュー作

ジョン・ケージ(John Cage)とエイフェックス・ツイン(Aphex Twin)が穏やかに邂逅したようなハナキフ(Hanakiv)。
デビューアルバム『Goodbyes』は、クラシックと音響学を学んだ作曲家がUKジャズとも結びついた傑作です。

はじめに


1992年、エストニア生まれ、エストニア音楽アカデミーアイスランド芸術アカデミーIceland Arts Academy)出身、アイスランド・レイキャビク、スペイン・マルメでのインターンシップを経て、2020年からUKロンドンを拠点としているサウンドアーティスト(作編曲家&プロデューサー)&ピアニストのハナキフ(本名:Johanna Kivimägi)。

Goodbyes


デビューアルバム『Goodbyes』(グッドバイズ、2023年3月10日、Gondwana Records / Inpartmaint)は、先行シングル3曲を含む、全8曲・41分あまり。
エストニアやアイスランドの大自然と大都会ロンドンの両方にインスパイアされ、クラシック、現代音楽、電子音楽(エレクトロニカ)、ニュージャズの要素が取り入れられた、ピアノ中心のアンビエント、ポストクラシカルになっています。

クレジット

【1】Goodbye

  • ハナキフ:ピアノ、シンセ、作編曲、プロデュース
  • クリスティーナ・ロペス:ドラム
  • フィ・ロバーツ:共同プロデュース

デビューアルバムのタイトルが『Goodbyes』で、そのオープニングを飾るのが第2弾シングル「Goodbye」(2023年1月13日)。
ハナキフは「自分にとって役に立たなくなったものに別れを告げることは必要であり、癒しになる」とポジティブに捉えています。
リスナーとの「出会い」の場面で「別れ」から始めるところに、ハナキフの実験的な精神があらわれているのかもしれません。
約5分の「Goodbye」のうち、3分50秒を過ぎたあたりから始まる「Meditation I」がアルバムのなかで最初に作曲し、他のすべての曲に派生する元になったとのこと。
プリペアドピアノのミニマルなフレーズが、ポリリズムや協和音と不協和音の混合によっていつのまにか変化する不思議な展開になっています。

【2】Meditation III

  • ハナキフ:ピアノ、シンセ、作編曲、プロデュース
  • フィ・ロバーツ:共同プロデュース

プリペアドピアノは、休符のみで演奏しない「4分33秒」(1952年)で知られる実験音楽家ジョン・ケージ(John Cage)が1940年に開発しました。
そうしたクラシックの流れを汲む現代音楽、実験音楽、前衛音楽と、エイフェックス・ツインAphex Twin)のような電子音楽(エレクトロニカ)、環境音楽(アンビエント)が、「Meditation III」でも奇妙に交ざり合っています。
残響と消音を含む澄んだ音と異物音、それぞれの高低や強弱の差により、自然と人工物、美しさと違和感などの相反するものが共存するような不思議な感覚に導かれるのではないでしょうか。
瞑想と非瞑想がなぜか両立するようなアバンギャルドな静謐さが漂います。

【3】And It Felt So Nice

  • ハナキフ:ピアノ、作編曲、プロデュース
  • アラバスター・デプルーム:サックス

アルバム全8曲のうち2曲でサックスを奏でているのが、ロンドンを拠点とするアラバスター・デプルーム
クレジット表記はないものの、「And It Felt So Nice」には「Saturday Nights」などのハナキフと思われるボイスも入っていて、アンビエントなポストクラシカルにニュージャズの雰囲気が加わります。
音楽一家に生まれ、祖母は合唱団の指揮者&音楽教師だったというハナキフ。
9歳頃にハンドベルとピアノを始め、クラシックと電気音響の作曲を学び、ロンドンへの移住によって、ジャンルレスという短所が長所に変わるなどの自分らしさを確立したというハナキフの経歴が活かされています。

【4】Lies

  • ハナキフ:ピアノ、シンセ、作編曲、プロデュース
  • フィ・ロバーツ:共同プロデュース

硬質なメトロノームっぽいカチカチ音と重低音の残響の対比が印象的な「Lies」。
ハナキフは、エストニアの作曲家アルヴォ・ペルト(Arvo Pärt)のほか、カナダの電子音楽家ティム・ヘッカー(Tim Hecker)、ロシア出身、米ニューヨークを拠点とするSSW&ピアニスト、レジーナ・スペクター(Regina Spektor)など、さまざまな音楽家の影響を受けたそうです。
そのためか、ピアノとシンセのみで室内楽、ミニマルミュージック、ドローン、ノイズなど、多様な雰囲気が醸し出されていて、なおかつ美しく昇華されています。

【5】No Words Left

  • ハナキフ:ピアノ、作編曲、プロデュース
  • アラバスター・デプルーム:サックス、作編曲

第1弾シングル「No Words Left」(2022年11月25日)は、アラバスター・デプルームがサックスの演奏だけでなく、作編曲でも参加しています。
このコラボ曲をデビューシングルにするよう勧めたのは、UKマンチェスターのトランペッター&作曲家&プロデューサー、かつアルバム『Goodbyes』をリリースしたレーベルGondwana Recordsの創設者マシュー・ハルソールMatthew Halsall)だったそうです。
実験的、前衛的なドイツのジャズレーベルECM Recordsと現代音楽、電子音楽が融合したようなサウンド、およびポストクラシカルを特徴とするGondwana Recordsの主宰者らしい選択といえるでしょう。
ミニマルに繰り返される美しいピアノの旋律の傍らで、スマホのバイブ音が鳴り続けるような違和感を覚えたり、アラバスター・デプルームのむせび泣くサックスがダンスミュージックのブレイクのように泣き止んだり、さまざまな想像がふくらむ7分あまりの超大作に仕上がっています。

No Words Left (Official Single Trailer)

【6】Meditation II

  • ハナキフ:ピアノ、シンセ、ボーカル、作編曲、プロデュース
  • フィ・ロバーツ:共同プロデュース

「Meditation II」では、弦楽器の弦を指ではじくピチカートのようなサウンド、重低音のドローン、高音のハナキフのボーカルが幻想的に重なります。
アクセントの妙により、リズム感覚が失われ、あの世とこの世の境を浮遊するような境地に誘われるのではないでしょうか。

【7】Home II

  • ハナキフ:ピアノ、作編曲、プロデュース
  • Rebekah Ried:バイオリン
  • フィ・ロバーツ:共同プロデュース

第3弾シングル「Home II」(2023年2月10日)。
アルバムのラスト2曲を作曲した場所は、ハナキフの祖母が音楽教師を務め、ハナキフ自身、幼少期に多くの時間を過ごした音楽学校とのことで、曲名の「Home」には原点回帰のような意味合いが込められていると考えられます。
ピアノとバイオリンによるクラシック寄りの楽曲で、映画音楽、舞台音楽、バレエ音楽のようにも聴こえるでしょう。

【8】Home I

  • ハナキフ:ピアノ、シンセ、作編曲、プロデュース

ピアノとシンセのみで、「クラシック+電子音楽=ポストクラシカル」の旨味が凝縮されたような「Home I」で締めくくられます。
軽やかに飛び跳ねる旋律とドローン的な低音の両立がおもしろく、劇的に盛り上がる展開でカタルシスに達するでしょう。

おわりに


ハナキフはアルヴォ・ペルト、ティム・ヘッカー、レジーナ・スペクター、エイフェックス・ツインのほか、ビョーク(Björk)、カラリス・カヴァデールKara-Lis Coverdale)、エリッキ=スヴェン・トゥールErkki-Sven Tüür)などの影響も受けているそうです。
調性の有無など、数学的な作曲を踏まえつつ、複雑になりすぎず、ポップに昇華されている背景が垣間見えるのではないでしょうか。
こうした傾向は2010年代から注目を集めるようになったポストクラシックの流れと合致するようです。
必ずしも「アコースティックな(生楽器の)クラシック+電子音楽(エレクトロニカ)」とも限らないほど多様性のある新ジャンルという点も、時代をあらわしているような気がします。
そのポストクラシカルの代表的なアーティストといえば、マックス・リヒター(Max Richter)、ヨハン・ヨハンソン(Jóhann Jóhannsson)、ルドヴィコ・エイナウディ(Ludovico Einaudi)、オーラヴル・アルナルズ(Ólafur Arnalds)、ニルス・フラーム(Nils Frahm)、ハニャ・ラニ(Hania Rani)あたりでしょうか。
とくにGondwana Recordsのレーベルメイト、ハニャ・ラニに続く逸材として、ハナキフの今後も楽しみです。

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渡辺和歌
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