音楽

ゴーゴー・ペンギン『Between Two Waves』美しいアコースティック演奏に癒される

「癒し系音楽を聴きたいけれど、機械的な音は苦手」という人には、ゴーゴー・ペンギン(GoGo Penguin)の『Between Two Waves』がおすすめです。

はじめに


UKマンチェスター発のアコースティック・エレクトロニカ・トリオ、ゴーゴー・ペンギン。

  • 右・クリス・アイリングワース(Chris Illingworth):ピアノ
  • 中・ニック・ブラッカ(Nick Blacka):ダブルベース
  • 左・ジョン・スコット(Jon Scott):ドラム

ピアノ、ダブルベース、ドラムという「生音」のジャズトリオ編成で、ジャズやニュージャズのほか、エレクトロニカアンビエントミニマルミュージックブレイクビーツトリップホップなどの電子音楽実験音楽、ロック、クラシックの要素を盛り込んだサウンドを演奏するスタイルです。

Between Two Waves


2021年12月6日、前ドラマーのロブ・ターナーRob Turner)の脱退と新ドラマーのジョン・スコットの加入が発表されました。
新体制後、初の作品となったデジタルEP『Between Two Waves』(ビトゥイーン・トゥ・ウェイヴス:波と波の間で、2022年7月1日、XXIM Recordsトゥエンティワンエム・レコーズ)は4曲のシングルを含む、全5曲・約25分。
レコーディングは2021年末、UK南西部のウィルトシャー州ボックス村にある、プログレバンド、ジェネシスGenesis)の初代ボーカル、ピーター・ガブリエルPeter Gabriel)のリアル・ワールド・スタジオReal World Studios)で行われました。
リスナーがそれぞれ想像を膨らませやすいように抽象的な作品名がつけられていますが、ゴーゴー・ペンギンとしては新型コロナのパンデミックによる「分断と一体化」、身近な存在の「誕生と死」といった「大きな出来事の二面性」が作品制作のきっかけになったそうです。

パーム・ミュート・ペダル


また、音楽には「生音と打ち込み」や「アコースティックとエレクトリック」といった二面性もありますが、「生音、アコースティック」にこだわるゴーゴー・ペンギンは、今回の作品でピアノにデンマークのオットー・サミーOtto Sammy)が開発したパーム・ミュート・ペダル(Palm Mute Pedal)を採用。
ピアノの弦の響きをミュートしたり、エコーなどのエフェクトをかけたりすることによって、「打ち込み、エレクトリック」的なサウンドを「生音、アコースティック」で表現しているのも聴きどころです。

【1】Badeep


EPの冒頭を飾るのは、約6分におよぶ第2弾シングル「Badeep」(バディープ、2022年4月22日)。
曲名は「Bad」+「deep」の造語と考えられます。
新型コロナのパンデミックによって全世界的に「悪い」状況に陥っていても、個人がそれぞれ自分の内面に「深く」潜る時間を与えられたと捉えることもできるでしょう。
その結果、ピアノ、ダブルベース、ドラムのアンサンブルによってこれほど美しい音楽が生まれたのであれば、「悪い状況のなか深く潜る」のも悪くないかもしれません。

【2】Ascent


第1弾シングル「Ascent」(アセント、意味:上昇・上に向かうこと、2022年2月11日)では、「大きな出来事の二面性」という作品テーマのなかでも「恐れではなく、希望を抱きながら前進すること」が表現されています。
約4分半の楽曲に込められているのは「人生を生き抜くうちに体験する大きな出来事は、恐れではなく、常に未知なるものへとたどり着くことであり、新たな発見だ」といったメッセージです。
不透明な先行きに不安を覚え、うつむき加減になっている人も、「愛と孤独」や「安心と恐怖」や「謙虚と傲慢」などの二面性を内包するような美しいピアノの旋律に心が洗われ、「上に向かう感覚」を堪能することができるのではないでしょうか。

【3】Wave Decay


第3弾シングル「Wave Decay」(ウェイヴ・ディケイ、意味:崩れる波、2022年5月20日)は、ピアノがミュートされることにより、ダブルベースがメロディーのように前面に押し出されるイントロとアウトロが特徴的。

エンベロープ・ジェネレーター


シンセサイザーやサンプラーには、エンベロープ・ジェネレーター(Envelope Generator、EG)という音量・音色・音程(ピッチ)の時間的変化をコントロールするモジュール(機能、セクション)があり、その波形を構成する要素がADSR(Attack、Decay、Sustain、Release)というパラメータ(引数、つまみ)です。
アタックタイム(立ち上がり時間)、ディケイタイム(減衰時間)、サステインレベル(持続レベル)、リリースタイム(余韻時間)のうち、ディケイは最大音から持続音へと音の波形(音量など)が減る時間に相当するので、曲名および楽曲としてはパーム・ミュート・ペダルによるピアノでのミュート(音量の減衰)が表現されていると考えられます。
アコースティックにこだわりながら電子音楽的なサウンドを展開するゴーゴー・ペンギンの醍醐味が凝縮されていて、まるでディケイタイムのような時代的な時間経過にも思いを馳せることができるかもしれません。

【4】Lost in Thought


「Lost in Thought」(ロスト・イン・ソート、意味:考え込む)は3分あまりの現代音楽的なミニマルチューン。
音数が少なく、究極の引き算の美学に魅了されます。
研ぎ澄まされた音と音の狭間、「波と波の間」にさまざまな思考や想像が膨らむのではないでしょうか。

【5】The Antidote Is in the Poison


第4弾シングル「The Antidote Is in the Poison」(解毒剤は毒のなかに、2022年6月10日)。
3つのアコースティック楽器(生楽器)によって、ミニマルなフレーズやリズムが微妙に変化しながら紡がれていく、スリリングでドラマチックな展開になっています。
「これほど美しい音楽は、混沌とした時代に心を癒す必要にかられて生まれたのかもしれない」と想像すると、曲名の意味が腑に落ちるようです。

おわりに

「生音と打ち込み」や「アコースティックとエレクトリック」という二面性のうち、「生音とアコースティック」には身体性や温もり、ニュアンスを表現しやすいというメリットがあり、「打ち込みとエレクトリック」には変化をつけやすいため音楽的な進化が著しいという特徴があります。
それぞれ好みは分かれるところですが、ゴーゴー・ペンギンは「生音とアコースティック」にこだわりながら「打ち込みとエレクトリック」の良さも取り入れているところが評価されています。
不安定な世情がなかなか好転しないどころか、むしろ暗いニュースばかり続くような状況になっているので、『Between Two Waves』の洗練された温もりのあるサウンドが心に染みるのではないでしょうか。

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渡辺和歌
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