音楽

ピノ・パラディーノ&ブレイク・ミルズ『Notes With Attachments』歴史的な名ベーシストの初リード作

King Gnuの新井和輝さんも影響を受けたというベーシストのピノ・パラディーノ(Pino Palladino)と注目のギタリスト&プロデューサー、ブレイク・ミルズ(Blake Mills)による『Notes With Attachments』。
多彩なゲストを交えた「神々の戯れ」と称される極上のサウンドを堪能しましょう!

はじめに

ピノ・パラディーノ


ピノ・パラディーノ(1957年10月17日、UKウェールズ出身)は、歴史的な名盤や名曲に軒並み名を連ねるセッションベーシストです。


ディアンジェロD’Angelo)の2ndアルバム『Voodoo(ヴードゥー)』(2000年1月25日、Virgin Records)や3rdアルバム『Black Messiah(ブラック・メサイア)』(2014年12月15日、RCA Records)。
さらに、ドン・ヘンリー、エルトン・ジョン、ジョン・メイヤー、ジェフ・ベック、ザ・フー、ポール・ヤング、ゲイリー・ニューマン、デヴィッド・ギルモア、ティアーズ・フォー・フィアーズ、フィル・コリンズ、エリック・クラプトン、ピーター・セテラ、デヴィッド・クロスビー、マイケル・マクドナルド、ブライアン・フェリー、B.B.キング、ティナ・ターナー、エリカ・バドゥ、ロッド・スチュワート、ポール・サイモン、ロビー・ロバートソン、アデル、ナイン・インチ・ネイルズ、キース・リチャーズ、ジョン・レジェンド、エド・シーラン、ジェイコブ・コリアーなどの作品にも参加しています。

ブレイク・ミルズ


ブレイク・ミルズ(1986 年9月21日、米カリフォルニア出身)は、バンド「サイモン・ドーズ(Simon Dawes)→ドーズ(Dawes)」、セッションギタリストを経て、ソロ活動しているギタリスト(マルチ奏者)&プロデューサーです。

Notes With Attachments


『Notes With Attachments』(2021年3月12日、Impulse! Records / New Deal Records)は、先行シングル2曲を含む、全8曲・31分あまり。
歴史的な名ベーシストと若手ながら音楽の歴史に造詣が深いと注目を集めている鬼才ギタリスト&プロデューサーによるコラボ作で、手練れのゲストが多数集結しています。

【1】Just Wrong

デューク・エリントンDuke Ellington)のスウィングジャズJ・ディラJ Dilla)のディラビートブラジル音楽ボサノバインド音楽が融合したような不思議な感覚に包まれる、第1弾シングル「Just Wrong」(2021年1月27日)。
ピノ・パラディーノはまるでコントラバスのように聴こえるフレットレスベースなど、ブレイク・ミルズはアコギやエレクトリックシタール、ブラジルの民族楽器(打弦楽器)ビリンバウなどを奏でています。
ドラムは、J・ディラのレイドバックした打ち込みビートを生演奏で体現しているようだと評されるクリス・デイヴ

上記のアルバム以外でも多数活躍している名ドラマーです。
ハモンドオルガンの名手として知られるジャズ鍵盤奏者ラリー・ゴールディングスはメロトロン、サム・ゲンデルはポリサックス、ボン・イヴェールBon Iver)の2ndアルバム『Bon Iver』(2011年6月21日、Jagjaguwar / 4AD)などの編曲&演奏でも知られるマルチ奏者&編曲家&指揮者のロブ・ムースはバイオリンとビオラで参加。
さらっと聞き流すこともできてしまう地味で穏やかな楽曲ですが、楽器ひとつひとつやアンサンブルの妙を意識すると、途端にあまりの贅沢ぶりに耳が喜ぶのではないでしょうか。

【Live】Just Wrong

【2】Soundwalk

ディラビートに魅せられたディアンジェロによるネオソウルの名盤『Voodoo』のツアー中に作曲されたという「Soundwalk」。
ピノ・パラディーノと同じく、『Voodoo』のツアーバンド、ザ・ソウルトロニクスThe Soultronics)のメンバーだった、ジャズサックス奏者ジャック・シュワルツ・バルトも参加しています。
クエストラブQuestlove)もメンバーだったソウルトロニクスは、アフロビートの創始者フェラ・クティFela Kuti)のトリビュートアルバム『Red Hot + Riot』(2002年10月15日、MCA Records)で、ディアンジェロ、フェミ・クティFemi Kuti)、メイシー・グレイMacy Gray)、ナイル・ロジャースNile Rodgers)、ロイ・ハーグローヴRoy Hargrove)と共に「Water No Get Enemy」(1975年)をカバーしました。
あまりにもさりげなくアフリカの民族楽器(打楽器)カラバッシュが用いられるなど、アフロビートとディラビートが年月を経て豊潤なジャズに醸造されたような味わいです。

ソウルトロニクス「Water No Get Enemy」

スラム・ヴィレッジ(J・ディラ/ジェイ・ディー)「Tell Me (feat. D’Angelo)」

J・ディラ「So Far to Go (feat. Common & D’Angelo)」

【3】Ekuté

2曲目「Soundwalk」と同じくフェラ・クティに触発され、ピノ・パラディーノとクリス・デイヴによるワンコードのアフロビートから始まったという、第2弾シングル「Ekuté」(2021年2月19日、ヨルバ語でネズミのこと)。
さらにロバート・グラスパーともコラボし、ディラビートの探究者でもあるサックス奏者&プロデューサーのマーカス・ストリックランドがバスクラリネットとサックス、ブレイク・ミルズが西アフリカ・マリの民族楽器(弦楽器)ンゴニなど、アンドリュー・バードがバイオリンを重ねるなどして、まるでネズミがあちこち走り回るような複雑なポリリズムが展開されています。

【4】Notes With Attachments

  • ピノ・パラディーノ:フレットレスベース、作曲、レコーディング(アディショナル)
  • ブレイク・ミルズ:フルート(e-Flute With Direct String Synthesis)、ギターシンセ(ポリフォニック)、作曲、ミックス、プロデュース
  • サム・ゲンデル:ポリサックス(BOSS PS-5 Super Shifter
  • ラリー・ゴールディングス:シンセ(Prophet V)、チェレスタ(サンプル)、作曲

アルバムの表題曲でありながらむしろ穏やか、2分弱のインタールードのような「Notes With Attachments」。
ブレイク・ミルズは、ギターやベースの弦に近づけるとフルート、チェロ、ホーン、ハーモニカなどのようなサスティンを響かせることができるEBowE-Bow Plusのようなサスティナー、つまりアタッチメント(付属品)を用いて、ギターでフルートの音色を奏でています。
歌ものポップスの場合、ボーカル以外のサウンドを付属品と捉える聴き方もあるかもしれませんが、そうした我を張らない「付属品たちのメモまたは音」こそ極上のサウンドといえそうです。

【5】Djurkel

サハラ砂漠周辺の音楽スタイル、砂漠のブルースデザートブルースソンガイブルース)のパイオニアで、マリのSSW&マルチ奏者(ギタリスト)のアリ・ファルカ・トゥーレAli Farka Touré)が自作した弦楽器の名前がつけられた「Djurkel」。
さらに、マリのSSWウム・サンガレOumou Sangaré)のワスル音楽、マリ・ガオソンガイ)発のバンド、スーパー・オンゼSuper 11Takamba Super Onze)のタカンバトゥアレグやソンガイのグリオによる伝統音楽)へのオマージュも込められています。

【Live】Djurkel

【6】Chris Dave

  • ピノ・パラディーノ:ベース、ギター、作曲、レコーディング(アディショナル)
  • クリス・デイヴ:ドラムキット、パーカッション、作曲
  • ブレイク・ミルズ:エレキギター、作曲、ミックス、プロデュース
  • ベン・アイロンBen Aylon):セネガルのパーカッション
  • サム・ゲンデル:ポリサックス

名ドラマー、クリス・デイヴの名前がそのまま曲名になった「Chris Dave」。
さらに、セネガルのSSWユッスー・ンドゥールYoussou N’Dour)ともコラボしたことがあり、マリのンゴニに似たセネガルの民族楽器(弦楽器)ハラムXalam)や同じくセネガルの民族楽器(打楽器)サバールSabar)などを操る、イスラエル出身のパーカッショニスト(マルチ奏者)ベン・アイロンも参加しています。

【7】Man From Molise

  • サム・ゲンデル:バスサックス、サックス(リズム、ポリ)
  • ブレイク・ミルズ:ドラム、スライドギター、キューバントレス、プリペアドピアノ、マリンバ(Yamaha DX7)、フレットレスベース(ガムラン)、ボーカル(言葉なし)、ミックス、プロデュース
  • ラリー・ゴールディングス:ハモンドオルガン B3
  • ピノ・パラディーノ:フレットレスベース(ガムラン)、作曲、レコーディング(アディショナル)
  • ベン・アイロン:セネガルのパーカッション
  • マット・チェンバレンMatt Chamberlain):ティンバレス

ピノ・パラディーノの父の出身地イタリアのモリーゼにちなんだ曲名がつけられた「Man From Molise」。
マイルス・デイヴィスMiles Davis)作品への参加でも知られる、ブラジル音楽界の鬼才エルメート・パスコアールHermeto Pascoal)とそのバンドのベーシスト、イチベレ・ズヴァルギItibere Zwarg)の影響を受けて作られました。
さらに、ラテン音楽の一種マンボの生みの親のひとりで、甥のカチャイートCachaíto)がブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブBuena Vista Social Club)に参加したことでも知られる、キューバ音楽の歴史的なベーシスト、カチャオCachao)にもインスパイアされているとのこと。
ボブ・ディランやデヴィッド・ボウイなど、数多くの作品に参加しているセッションドラマー、マット・チェンバレンはラテン音楽の打楽器ティンバレス、ブレイク・ミルズはキューバの民族楽器(弦楽器)トレスを奏でています。

【Live】Man From Molise

【8】Off The Cuff

  • ブレイク・ミルズ:ベース、作曲、ミックス、プロデュース
  • ピノ・パラディーノ:ベース、作曲、レコーディング(アディショナル)
  • クリス・デイヴ:ドラム(ブラシ)、作曲
  • サム・ゲンデル:ポリサックス(サンプル)

ラストを飾る「Off The Cuff」の曲名は、「事前にセリフを書いたカフ(袖口)なしでスピーチをする」ことから「(準備なしの)即興」という意味で使われる言葉です。
実際にピノ・パラディーノとクリス・デイヴのジャムセッション(即興演奏)から始まり、ピノ・パラディーノとブレイク・ミルズのツインベースで再構築され、サム・ゲンデルのサックスのサンプルが重ねられたとのこと。
濃密な引き算の美学に貫かれています。

【Live】Off The Cuff

おわりに

  1. 【1】Just Wrong
  2. 【3】Ekuté
  3. 【5】Djurkel

メトロノームのカチカチというジャストのタイミングより、後ろに遅らせるビートを打ち込みで提示したJ・ディラ。
ディアンジェロの『Voodoo』が画期的な名盤として音楽の歴史に刻まれたのは、J・ディラの揺れるビートを楽器で生演奏したからでしょう。
ジャストのタイミングからドラムを遅らせ、さらにそのドラムからベースを遅らせる試みを体現したのが、ドラマーのクエストラブとベーシストのピノ・パラディーノのリズム隊でした。
こうしたネオソウルがリバイバルブームとなっている昨今でも、知る人ぞ知る存在であり続けるピノ・パラディーノ。
コラボ相手に抜擢された鬼才ブレイク・ミルズも含め、セッションミュージシャン(サイドマン)として脇を固めることが多い手練れたちと、世界中で紡がれてきた音楽の歴史の旨味のみが抽出された現状を堪能することができたのではないでしょうか。

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渡辺和歌
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