音楽

アバセ『Laroyê』ハンガリーのプロデューサーが旅した、アフロブラジル音楽の現在地

ハファエル・マルチニ(Rafael Martini)の『Martelo』に続いておすすめしたいブラジル音楽がこちら、アバセ(Àbáse)の『Laroyê』(ラロイ)。
といっても、本人はブラジル人ではありません。
それでもブラジル音楽、とくにアフロブラジル音楽の現状と歴史を堪能できる傑作なので、しっかり押さえておきましょう。

はじめに


ハンガリー・ブダペスト出身、ドイツ・ベルリンを拠点に活動するプロデューサー、キーボード奏者(マルチ奏者)、DJのサボルチ・ボグナール(Szabolcs Bognár)率いるコラボレーション・プロジェクト、アバセ(Àbáse:西アフリカのヨルバ語で「コラボレーション」という意味)。

Laroyê


デビューアルバム『Laroyê』(2021年11月5日、Oshu Records)は先行シングル6曲を含む、全13曲・55分あまり。
国内盤CD(2022年10月19日、Think! Records)は、ボーナストラック「DosselIjexá de Fevereiro (feat Kallee) (Àbáse Remix)」を含む、全14曲です。
2017年、サボルチ・ボグナールは5か月かけてブラジルに旅行し、南東部のリオデジャネイロと北東部のサルヴァドール(バイーア)で出会った音楽家たちとコラボ。
ズームZOOM)のレコーダーを用いて録音し、アルバムに仕上げました。

ÀBÁSE @ Festsaal Kreuzberg | LIVE IN BERLIN

2022年11月9日にベルリンで開催された、JAW Family主催のフェスティバル・クロイツベルク(Festsaal Kreuzberg)は、マカヤ・マクレイヴン(Makaya McCraven)とアバセのライブ、クートマKutmah)のDJというラインナップでした。

  1. 00:10 INTRO
  2. 01:17 SHINING
  3. 05:47 Greeting Mother Sea
  4. 08:05 Orbit Sirius
  5. 17:15 Shango
  6. 22:39 Destruction Everywhere

2023年リリース予定の新譜に収録される新曲「Orbit Sirius (Sunmo Mi Ee)」「Shango」「Destruction Everywhere」が披露されています。
その新譜を待ったほうがいいような周回遅れのタイミングですが、『Laroyê』はアフロビート、ブラジル音楽、ヒップホップ、ジャズ、ネオソウル、クラブミュージックなどの要素が混然一体となった楽しすぎる名盤!
アフロブラジル音楽の現状と歴史を知るうえでも外せないので、地道に追いかけていきましょう。

【1】Exu (Intro)

2分あまりのイントロ「Exu」から、早くもサンバに用いられる金属製のアゴゴなどのパーカッション、ボーカル、電子音楽、ビートミュージックが絶妙に絡み合い、太古と近未来が混在するような不思議な世界観に誘われます。

【2】Oya (feat Luciane Dom)

サンバのリズムとネオソウルっぽいボーカルの掛け合わせが楽しい「Oya」。
ギターとベースも心地いい存在感を放ち、風に導かれて舞い踊ることで解放感が得られるようなにぎやかなアンサンブルになっています。

【3】Ile Ye (feat Jadson Xabla, Gabriel Santana)

  • Jadson Xabla:ボーカル、パーカッション
  • Gabriel Santana:コーラス、パーカッション
  • Karol Freitas:コーラス
  • サボルチ・ボグナール:キーボード(ローズピアノ、Prophet、Roland SH-2000)、ドラム・プログラミング、コーラス

1曲目「Exu」と2曲目「Oya」が録音されたのはリオデジャネイロ州リオデジャネイロ市(以下、リオ)南部のボタフォゴ地区でしたが、3曲目「Ile Ye」はバイーア州サルヴァドール・ダ・バイーア市(以下、バイーア)南部のリオ・ヴェルメーリョ地区
バイーアにはアフリカ系ブラジル人(アフロブラジレイロ)が多いこともあり、アフロブラジル音楽のリズムがクラブミュージックのスタイルに昇華されています。

【4】Caminhos (for Catoni)

  • Catoni:ボーカル、ギター
  • サボルチ・ボグナール:キーボード(ローズピアノ、シンセベース)、パーカッション、ドラム・プログラミング

第4弾シングル「Caminhos」(2021年9月1日)は、リオを拠点に活動したサンバのSSW&アコーディオン奏者(マルチ奏者)Catoni(1930年5月13日~1999年8月8日)へのオマージュ。
マッドリブMadlib)やJ・ディラJ Dilla)をリスペクトするサボルチ・ボグナールらしいヒップホップトラックに彩られたサンバを堪能できます。

【5】Agangatolú (feat Jadson Xabla, Gabriel Santana, Dr. Drumah, Fanni Zahár)

  • Jadson Xabla:ボーカル、パーカッション
  • Gabriel Santana:コーラス、パーカッション
  • Karol Freitas:コーラス
  • Dr. DrumahJorge DubmanIFÁ Afrobeat):ドラム
  • ファニ・ザハール:フルート
  • アントニオ・ロウレイロAntonio Loureiro):ビブラフォン
  • サボルチ・ボグナール:キーボード(ローズピアノ、シンセベース)、パーカッション、コーラス

第1弾シングル「Agangatolú」(2021年6月23日)では、ヒカルド・ヘルツRicardo Herz)&アントニオ・ロウレイロの「Baião de Lacan」(アルバム『Herz & Loureiro』2014年5月26日、Borandá)より、ブラジル音楽ミナス新世代を代表するSSW&マルチ奏者アントニオ・ロウレイロ(出身と2013年頃以降の拠点はサンパウロ)のビブラフォン演奏がループでサンプリングされています。
サンプリング元の「Baião de Lacan」は、ブラジル北東部バイーアで1940年代後半に普及したダンス音楽&リズム、バイヨン (Baião)の人気曲。
そこにブーンバップBoom Bap)系ビートメイカーDr. Drumahのドラム、ハンガリー出身のフルート&サックス奏者ファニ・ザハールのフルートなどが加わりました。

ヒカルド・ヘルツ&アントニオ・ロウレイロ「Baião de Lacan」

【6】O Fim (feat Tais Feijão)

  • Tais Feijão:ボーカル
  • ファニ・ザハール:フルート
  • Roque Miguel:パーカッション(シェイカー)
  • サボルチ・ボグナール:キーボード(ローズピアノ、モーグ)、パーカッション、ドラム・プログラミング

リオで録音された「O Fim」。
アフロブラジル系のビートやパーカッションに、威勢のいい掛け声、ネオソウル系のボーカル、鳥の鳴き声、ハンドクラップ、鍵盤、フルートが重なり、ミニマルミュージックのようにも聴こえます。

【7】Avenida 7 (feat Lulera)

  • Lucio de Paz:ボーカル、ギター
  • Leco Lima:パーカッション
  • Mátyás Tóth:ギター
  • Ernő Hock:ベース、コーラス
  • ファニ・ザハール:フルート、コーラス
  • サボルチ・ボグナール:ドラム・プログラミング、コーラス

バイーアで録音された「Avenida 7」は、ブルージーなボーカルとアンサンブルの妙が印象的。

【8】Ela (feat Jesuton)

  • ジェストンJesuton):ボーカル
  • サボルチ・ボグナール:キーボード(ローズピアノ)、ギター、パーカッション

第2弾シングル「Ela」(2021年7月21日)。
UKロンドン生まれ、リオを拠点に活動するSSWジェストンがフィーチャーされ、録音時に窓から聴こえたというリオの街の音も入っています。

【9】Awo Ossanyin (feat Dofono de Omulu, Afrojazz)

  • Dofono de Omul:ボーカル、パーカッション(アタバキ:ラム)
  • Eduardo Santana:トランペット、コーラス
  • Oswaldo Lessa:テナーサックス
  • Thiago Queiroz:バリトンサックス
  • Felipe Chernicharo:ギター
  • Rodrigo Ferrera:ベース
  • Roque Miguel:パーカッション
  • Daniel Conceição:ドラム
  • サボルチ・ボグナール:キーボード(ローズピアノ)、パーカッション(シェイカー)、コーラス
  • Luciane Dom、Tais Feijão、Nana OrlandiDudu Lacerda、Pedro Rondon:アディショナル・コーラス

第5弾シングル「Awo Ossanyin」(2021年9月29日)は、西アフリカのヨルバに由来する、ブラジルの民間信仰カンドンブレのハーブのオリシャ(神)オサインOssanyin)に捧げられたアフロビート。
Dofono de Omuluはカンドンブレの儀式で用いられるハンドドラムのアタバキ(ラム)を叩き、6人編成のコンテンポラリージャズバンドAfrojazzのほか、ブラジル北東部の伝統芸能マラカトゥMaracatu)のグループGrupo Maracutaiaのメンバーがコーラスで参加しています。

【10】Ife L’ayo

  • Jadson Xabla:パーカッション
  • Gabriel Santana:パーカッション
  • サボルチ・ボグナール:パーカッション、キーボード(Prophet、Roland SH-2000)、ドラム・プログラミング

「Ife L’ayo」はクラブミュージック的なインストですが、パーカッションも心地よくなじんでいます。

【11】Onire

サボルチ・ボグナール:キーボード(ローズピアノ、モーグ、Roland SH-2000)、ドラム・プログラミング

「Ife L’ayo」では、ゴアトランスのDJをしている兄や一緒にクラブに通ったという姉の影響が感じられます。

【12】Guetto (Sou Favela) (feat Fashion Piva, Jadson Xabla)

  • Fashion Piva:ボーカル
  • Jadson Xabla:ボーカル、パーカッション
  • Gabriel Santana:コーラス
  • Roque Miguel:アディショナル・パーカッション
  • サボルチ・ボグナール:キーボード(ローズピアノ、モーグ、Prophet)、ドラム・プログラミング

第3弾シングル「Guetto」(2021年8月11日)。
2000年代に生まれたヒップホップのトラップ、80年代にブラジルのゲットー(スラム、貧民街)ことファヴェーラ(Favela)で生まれたバイレファンキ(ファンクカリオカ)といった歴史の浅い音楽が、サンバのブロコ(チーム)の演奏するバトゥカーダ、テヘイロ(教会)で行われるカンドンブレの儀式音楽といった伝統的なブラジル音楽とつながるところが圧巻です。

【13】Salasiano (feat Dani, Letieres Leite)

  • Daní:ボーカル
  • レチエレス・レイチLetieres Leite):フルート
  • Jadson Xabla:パーカッション(ティンバレス
  • Paulo Giron:パーカッション(コンガ)
  • Ernő Hock:ダブルベース
  • ファニ・ザハール:アディショナル・フルート
  • サボルチ・ボグナール:キーボード(ローズピアノ)、パーカッション(シェイカー)、ドラム・プログラミング

アフロブラジル音楽の巨匠レチエレス・レイチ1959年12月8日~2021年10月27日)のフルートがフィーチャーされた、第6弾シングル「Salasiano」(2021年10月29日)。
つんのめるリズムと洒脱なダブルベースの組み合わせも楽しいアフロジャズで締めくくられました。

おわりに

アルバムタイトルの『Laroyê』(ラロイ)は、カンドンブレの運命のオリシャ、エシュの真言。
あの世とこの世、神々と人間などをつなぐ案内役エシュへの呼びかけの言葉だそうです。
ドイツで暮らすハンガリー人のサボルチ・ボグナールがブラジルを旅したことで、さまざまな文化や新旧の音楽がつながりました。
文化的にも音楽的にも深く掘り下げられていますが、背景を気にせずに聴いてもひたすらおもしろいところが真骨頂といえそうです。
アバセの新譜を楽しみにしつつ、ブラジル音楽の旅も続けていきましょう。

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