音楽

北航平(kita kouhei)『Beautiful Strange』テーマはSF、アレイムビラやガラス楽器で彩られたアンビエント

ピアノ少年から打楽器奏者、結果的にアンビエント作家に……。
猫好きのサウンドアーティスト北航平(kita kouhei)さんの12thアルバム『Beautiful Strange』は、少し不思議で美しいSFの世界観が表現されています。
アフリカの民族楽器カリンバの進化版ともいえる現代楽器アレイムビラ、オリジナルのガラス楽器(非楽器)、猫の鳴き声などのサウンドがひたすら美しく、穏やかながらも少し奇妙な雰囲気を堪能したい人におすすめです。

はじめに


1976年5月25日生まれ、京都市出身・在住の音楽家(サウンドアーティスト)、打楽器奏者、アレイムビラ(Array Mbira)奏者、自主レーベルneuf(ヌフ)共同主宰者、著作権フリー音楽素材・BGMサイトstudio guzli(スタジオグズリ)運営者、北航平(kita kouhei)さん。

Fonogenico「Reason」


メジャーデビューシングル「Reason」(2006年5月31日BMG JAPAN・現:Sony Music Labels)がTBS系テレビアニメ『xxxHOLiC』のEDテーマ(2006年4月~6月)に起用された、高山奈帆子(Naoko Takayama)さんと川口潤(Masaru Kawaguchi)さんによるデュオFonogenico(フォノジェニコ、2002年~2008年8月:川口潤さん脱退)に参加するなど、打楽器奏者(ドラマー、パーカッショニスト)として活躍した後、サウンドアーティストに転向(2015年~)。

coconoe「HARUMACHI」


兵庫・神戸在住のサウンドアーティスト、作編曲家、マルチ奏者、neufレーベル共同主宰者、著作権フリー音楽素材・BGMサイトAkari Recordsアカリレコード)運営者のミムラシンゴ(Shingo Mimura)さん、およびFonogenicoのボーカルを務めた後、ソロユニットのカルネイロ(Carneiro)名義でも活動する高山奈帆子さんとのアンビエントトリオcoconoe (ココノエ)も展開。
ごまのはえさんが代表を務める京都の劇団ニットキャップシアターなど、小劇場演劇の舞台音楽も手がけています。

Beautiful Strange


12thアルバム『Beautiful Strange』(2024年5月10日、neuf)は、先行シングル2曲を含む、全10曲・31分あまり。
テーマは「少し不思議で美しいSF」、手塚治虫さんや藤子不二雄さんなどの影響を受けたそうです。
1960年代、米カリフォルニア州サンディエゴのArray Instruments社が、アフリカの民族楽器カリンバを元に開発した現代楽器アレイムビラ、ガラス作家オカベマキコさんが制作したオリジナルのガラス楽器(非楽器)などの演奏、アナログシンセMoog)などによる電子音楽、猫の鳴き声などのフィールドレコーディングが多層的に織り交ぜられた、少し奇妙で心地いいアンビエントに仕上がっています。

クレジット

  • 北航平:作編曲、打楽器全般、アレイムビラ、カリンバ、ピアノ、アナログシンセ、ガラス楽器、フィールドレコーディング、プログラミング、レコーディング@studio guzli、ミックス、マスタリング、アートワーク(デザイン、プロデュース)
  • 猫(名前:チェロ):鳴き声、ゴロゴロ音(M7・10)

【1】The Former Planet


オープニングを飾る「The Former Planet」(意味:かつての惑星)の曲名は、手塚治虫さんのSF漫画『ロストワールド』(不二書房、1948年12月20日)のリメイク版『前世紀星』(月刊少年漫画雑誌『冒険王秋田書店、連載:1955年1月~6月)に由来するのでしょうか。
ガラス楽器やアレイムビラの音色、残響がひたすら美しく、ドローン(持続音)も重ねられているのでエクスペリメンタル(実験音楽)やノイズミュージック的なおもしろさも漂いつつ、少し不思議で心地いい範疇に留められているところが魅力です。

The Former Planet (Rough Edit)


5曲目の第2弾シングル「Bottom of Dreams」(2024年4月26日)のカップリングとして「The Former Planet (Rough Edit)」が収録されています。

【2】Drifted Ashore


「漂着」を意味する「Drifted Ashore」は、H・G・ウェルズH. G. Wells)と共にSFの開祖と称されるジュール・ヴェルヌJules Verne)の冒険小説『十五少年漂流記』(1888年、J.Hetzel & Cie.)をモチーフにした、藤子不二雄さんコンビのひとり、藤子・F・不二雄(本名:藤本弘)さんによるSF短編漫画宇宙船製造法』(週刊少年漫画雑誌『週刊少年サンデー小学館、掲載:1979年2月)が連想されます。
美しい音響とスチームパンク的なサウンドの組み合わせにより、レトロフューチャーな世界に迷い込んだ感覚を堪能できるでしょう。

【3】Turquoise Green Hill


ターコイズグリーンの丘」という意味の「Turquoise Green Hill」は、ガラス楽器の色が反映されたのかもしれません。
独特のサウンドによって、「過去、現在、未来」といった時間軸や「日常、非日常」といった空間感覚から解放された不思議な丘に漂着した気分になります。

【4】Light Mauve Land


「Light Mauve Land」(意味:ライトモーブの島)も、ガラス楽器の色にインスパイアされたのでしょうか。
基本的にはダンスミュージックのビートから解放された、非ダンスミュージックのエレクトロニカやアンビエントでありながら、重低音のキックを巧みに織り交ぜているところが打楽器奏者&サウンドアーティストならではの醍醐味といえそうです。

【5】Bottom of Dreams


第2弾シングル「Bottom of Dreams」(2024年4月26日、意味:夢の底)。
こちらはSF長編小説『夢魔の標的』(早川書房1964年12月)のほか、「夢」を題材にしたショートショートを多数執筆したSF作家の星新一さん、水木しげるさんの長編漫画『地底の足音』(曙出版、1962年)、あるいは北航平さん自身の昼寝など、さまざまに想像が膨らみそうです。
ほぼアレイムビラ、アナログシンセのMoog、ガラス楽器で制作されたとのこと。
透明感あふれるサウンドと低音ドローンの組み合わせにより、夢見心地な感覚に誘われます。

【6】Vegetal Strange


諸星大二郎さんの漫画『妖怪ハンター』(週刊少年ジャンプ、1974年)シリーズの『生命の木』(週刊少年ジャンプ、1976年8月)、手塚治虫さんの『ロストワールド』に登場する「植物人間」などを彷彿とさせる「Vegetal Strange」(意味:植物の奇妙さ)。
美しさのなかに潜む奇妙さが表現されたような、もぞもぞとしたサウンドがクセになります。
https://twitter.com/CDJournal_staff/status/1788765966501060716

【7】The Cat and Its Star


北航平さん&高山奈帆子さん夫妻の飼い猫チェロ(名前)のゴロゴロ音が、最後にうっすら響く「The Cat and Its Star」(意味:猫とその星)。
猫といえば、『怪奇猫娘』(緑書房:1958年6月17日小学館クリエイティブ2008年11月27日)や『ゲゲゲの鬼太郎』(週刊少年マガジンほか、1965年~1998年・2013年)シリーズに登場する妖怪「猫娘」、もしくは『猫楠』(漫画雑誌『ミスターマガジン講談社、連載:1991年5月~1992年1月)など、水木しげる(東真一郎)さんの漫画の印象が強そうです。
ただ、フィールドレコーディングによる環境音や自然音が散りばめられているためか、もしかしたら妖怪や宇宙人かもしれない猫も人間も、穏やかな気分になるでしょう。

【8】The Inner Sea


第1弾シングル「The Inner Sea」(2024年4月12日、意味:内海)は、ジュール・ヴェルヌの冒険小説『海底二万里』(P-J・エッツェル、1870年)、手塚治虫さんの漫画『海のトリトン』(青いトリトン、サンケイ新聞・現:産経新聞、1969年9月1日~1971年12月31日)が思い浮かぶでしょうか。
リバーブの効いたアレイムビラは深海、球状のガラス楽器は潜水艦や岩、ウィンドチャイム状のガラス楽器は希望や光をあらわしているのかもしれません。
深層心理になぞらえると、葛藤などのさまざまな悩み(球状のガラス楽器)が癒されるようです。

【9】Reunion 5 Billion Years Later


イギリスのSFテレビドラマシリーズ『ドクター・フー』(Doctor WhoBBC、1963年~)のシリーズ2・第1話「新地球」(New EarthBBC One、2006年4月15日)が連想される「Reunion 5 Billion Years Later」(意味:50億年後の再会)。
とはいえ、すべては筆者の想像なので、既出の日本のSF作家の他作品がイメージされた可能性もあります。
そもそも曲ごとに特定の作品がモチーフになっているとも限らず、先人の活躍そのものに触発され、オリジナルの物語がサウンドとして描かれたとも考えられるでしょう。
いずれにしても生楽器、非楽器、電子音、自然音などが混然一体となった、ノスタルジックかつ未知なるサウンドに魅了されます。

【10】But Beautiful


猫チェロの鳴き声がフィーチャーされた「But Beautiful」(意味:でも美しい)。
人間同士の争いは絶えず、自然災害も含め、地球環境については問題が山積み、宇宙の謎も科学的には解明されていませんが、それゆえ猫やSF、アートや音楽に癒されることも多いでしょう。
それでも美しいことに感謝しながら日々を過ごしたいものです。

But Beautiful (Rough Edit)


8曲目の第1弾シングル「The Inner Sea」(2024年4月12日)のカップリングとして「But Beautiful (Rough Edit)」が収録されています。

But Beautiful (Long Dream)


ロングバージョンのシングル「But Beautiful (Long Dream)」(2024年5月31日)もリリースされました。

おわりに


Satoshi Araiさん『街の窓』の記事で、電子音楽を機材やソフトによりざっくりと「電子楽器DTMモジュラーシンセMax」の4種類に分類しましたが、シンセ(電子楽器)やDTMなどの電子音楽と、楽器・非楽器の演奏、フィールドレコーディング音源、ボーカル(ボイス)などを融合させるスタイルもあります。
北航平さんの場合は電子音楽としては「電子楽器(アナログシンセ)、DTM(プログラミング)」の2種類になるものの、楽器、非楽器、フィールドレコーディングの割合が大きいといえるでしょう。
電子音楽を追求し続けるとふいに楽器や歌が恋しくなったり、バンドサウンドやダンスミュージックを経て非ダンスミュージックのエレクトロニカやアンビエントにたどり着いたとしてもリズムにも魅かれたり、揺り戻しのような現象もあるものです。


さまざまな音楽遍歴(下記のディスコグラフィ参照)を踏まえたうえでの落ち着いたサウンドを堪能できたのではないでしょうか。
また、北航平さんと同じでルーツはクラシック(ピアノ)というtohmaさん『dream』の記事で取り上げた「イメージ先行(歌もの楽曲の詞先に相当)、作曲先行(曲先に相当)」のどちらかというと、『Beautiful Strange』は「イメージ先行」と思われます。
インスパイアされた作家も挙げられていたので、なるべく寄り添って考察してみましたが、何も考えず音響に浸るのがアンビエントの醍醐味という考え方もあるでしょう。
お好みのスタイルで、猫も喜ぶサウンドをお楽しみくださいませ。

ディスコグラフィ:北航平

ディスコグラフィ:coconoe

ディスコグラフィ:ミムラシンゴ

ディスコグラフィ:カルネイロ

ディスコグラフィ:Fonogenico

ディスコグラフィ:ジルジャーニー

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渡辺和歌
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