音楽

tohma『dream』ルーツはクラシック、音楽制作アプリを活用したDTMによるアンビエント

アンビエント専門のレコード店Kankyō Records(東京・三軒茶屋、H.Takahashiさん、2021年11月~)や春の雨(東京・中延、中澤敬さん、2022年11月~)がオープンするなど、ひそかな盛り上がりを見せている2020年代のアンビエントシーン。
アンビエント周辺のレコード店となるとTobira Records(兵庫・加西、Hakobuneさん、2020年9月~)を筆頭にさまざまあり、Bandcampを軸としたフィジカル作品(LP、カセットテープ、CD)のリリース、アーティスト、レーベルの多さや進化&深化ぶりに圧倒されながらも、アンビエント沼にハマる現象が起きていると考えられます。
ただ、このコアかつ膨大な情報を取り上げるメディアは限られているため、たとえば「現代音楽~電子音楽~実験音楽~環境音楽」、あるいは「クラブミュージック~IDM~エレクトロニカ~アンビエント」といった流れで環境音楽、アンビエントを聴き続けている人でも、なかなか追い切れないと嬉しい悲鳴をあげているのではないでしょうか。
このような状況のなか、日本の2020年代アンビエントシーンを象徴するコンピレーションアルバム第2弾『Medium Ambient Collection 2023』(2023年12月20日medium)が第1弾に続いてリリースされたことは歴史的快挙にほかなりません。
しかしながら激アツの2020年代アンビエントシーンに注目するメディアはまだ限られているようなので、なるべくわかりやすく繰り返しお伝えすると共に、今回はそのmediumのコンピレーションに参加したtohma(トウマ、トーマ)さんの6thアルバム『dream』を紹介しましょう。


勝手に悶々としているうちに、老舗音楽雑誌『MUSIC MAGAZINE(ミュージック・マガジン)』(2024年7月号)が特集を組み、リアルタイムで「アンビエントの時代」と明言してくれました。
やはり2020年代は「アンビエントの時代」でした。
「良かった、もう大丈夫!」と歓喜の涙を流しながら、このまま突き進みましょう。

はじめに


1992年5月20日生まれ、神奈川在住の作編曲家tohma(トウマ、トーマ)さん(女性)。
音楽大学クラシックを学び、学生時代に「PC+DAW」のDTM挫折しつつ、2017年頃から作曲、2021年3月から「iPadMedlyメドリーiOS向け音楽制作アプリ)」のDTMを始めたそうです。
2022年12月に長野・松本在住の電子音楽家kasai takaraカサイタカラ)さんとのデュオtohkも始動し、その際に教えてもらったelf audio Koala Samplerコアラサンプラー:iOS/Android向けサンプラーアプリ)も活用するようになったとのこと。
描画アプリTayasui Sketchesによる抽象画も手がけています(2022年10月~)。

dream


6thアルバム『dream』(2024年5月6日、tohma)は、全7曲・24分あまり。
Satoshi Araiさん『街の窓』の記事で、電子音楽の機材&ソフトによる4分類「電子楽器、DTM、モジュラーシンセMax」について触れた際、DTMは「PC+ソフト:DAW/シーケンサー」としましたが、一般的なPC(パソコン)ではなくタブレット(スマホも可)、DAWまたはシーケンサーのソフトではなくアプリによる作曲がtohmaさんの特徴です。
また、4th AL『microcosmos』(2023年9月15日、tohma)から取り入れるようになったというサンプラーも電子楽器ではなく、アプリ。
シンセのサンプリングによる「音の質感テクスチャー)」が主体となったアンビエント作品です。

クレジット

  • tohma:作曲
  • フジ・ミサキ(fuji misaki):アートワーク

【1】stream


歌もの楽曲を制作する際、作詞先行の「詞先」と作曲先行の「曲先」の2種類があります。
これをインストに照らし合わせ、作詞に相当する「イメージの構築」(コンセプトや曲名など)先行の「イメ先」か「曲先」の二択としてみましょう。
tohmaさんの場合、以前は「イメ先」、最近は「曲先」とのこと。
Bandcampnoteを参照すると、今回のアルバムでは「物の質感」と「感情の質感」を結びつける余白があると考えられる「音の質感」に焦点を当てたと解釈できそうです。
その「質感=テクスチャー」のうち、「物」の場合は例えば「とろみのある重めのテクスチャーの化粧水は保湿力が高い」など、おもに触覚、視覚によって感知します。
「物」によっては味覚、嗅覚、聴覚を働かせることもあるでしょう。
「感情の質感とは何か?」の解釈は難しいところですが、例えば「喜怒哀楽を色で表現する」とか、心理学、もしくは脳科学・神経科学のクオリア意識の質)に通じる話でしょうか。
あるいは「物→音→感情」の並びを「日常生活→音楽→イメージ」、つまり「感情=イメージ」に置き換えることもできそうなので、そうすると「イメ先」ではなく「曲先」という話につながります。
聴覚によって感知する「音の質感」についてですが、その構成要素は「音色音の強さダイナミクス)、倍音(ハーモニクス)、音の広がりアンビエンス)」が考えられるでしょう。
そのうち「アンビエンス」は「環境、空間」といった意味で、アンビエントミュージック(環境音楽)の軸となる概念でもありますが、「音の質感」のひとつの要素として捉える場合、具体的にはリバーブ(残響)によって表現されることが多いです。
こうした空間表現(リバーブや立体音響)に重点を置いているのが、MaxユーザーのKatsuhiro Chibaカツヒロ・チバ)さん。
その点、音楽制作アプリは空間表現が弱いことになるので、tohmaさんの今回のアルバムは「音色」重視と捉えるのが良さそうです。
まとめると、曲名の意味などの「イメージ」ありきではない「音色=音の響き」そのものを堪能するべき作品といえるでしょう。
実際に1曲目「stream」(読み:ストリーム、意味:流れ)を聴くと、かわいらしい音の粒がキラキラ輝いていて、おもちゃの国や夢の世界に紛れ込んだようなワクワク感に包まれます。
ビヨンビヨンと何かが飛び出してくるようなサンプリング音もあり、ローテクならではの空間表現もおもしろいです。

【2】doze


3分あまりの「doze」(読み:ドーズ、意味:うたた寝、居眠り)は、2分直前でいったんブレイクが挟まる二部構成になっているようです。
アルバム名が『dream』、曲名が「doze」なので、アルバムジャケットのイラストのように、読書でもしているうちに眠気が襲ってきて机に突っ伏す物語がイメージされます。
それでも「イメ先」ではなく「曲先」とのことなので、音色のおもしろさを追求した結果、うたた寝する物語を連想させるようなサウンドになったという流れでしょう。
そのイメージもリスナーによって異なるはずという前提に基づいているので、意味を考察する必要はなく、個人的にも大好きな音色に浸ればいいところが嬉しいです。

【3】precipitate


「precipitate」(読み:プレシピテート)は「落ちる、沈殿する、急に引き起こす、早める」といった意味です。
その意味に引っ張られているのか、流れに身を任すうちにうたた寝して眠りに落ちた物語が描かれているような気分になります。
こうした物語ありきではない「曲先」と知りつつ、テーマのようなシンセのフレーズがぐるぐる駆け巡り、ゆらゆらとかくはんされた意識の粒が溶けながら沈殿する感覚に陥るようです。

【4】nostalgia


ピョンピョンと跳ねるようなサンプリング音が印象的な「nostalgia」(読み:ノスタルジア、意味:郷愁、望郷、懐古、追憶)。
せっかく意味の考察から解放されているにもかかわらず、肝心の音色について言葉で表現しようとすると、「かわいらしく温もりのある懐かしい音色」と曲名に引っ張られてしまいます。
すべてはシンセとそのシンセをサンプリングした音のみで作られているとのことですが、例えばおもちゃの鉄琴のように聴こえるサウンドもあるので、トイトロニカといえば伝わるでしょうか。
物質の脳が音の波動でツンツンと刺激され、カラフルな意識が生み出されるような、何とも表現しがたいこの音色こそが好みです。

【5】mirage


「mirage」(読み:ミラージュ、意味:蜃気楼)は、序盤のムギュムギュ感&キラキラ感の対比、中盤の静寂感、終盤の解放感が美しいです。

【6】tinnitus


途切れながらも持続するドローンフレーズの2本立てで始まったかと思いきや、多層的になり、それぞれ自由に飛び跳ねる「tinnitus」(読み:ティニタス、意味:耳鳴り)。
うたた寝して眠りに落ち、蜃気楼の夢を見るうちに耳鳴りがしてきたとすると、そろそろ目を覚ますころでしょうか。
こうした物語的な構成かどうかは定かではなく、仮にそうだったとしてもやはり「曲先」なので後づけでしょう。
いずれにしてもエクスペリメンタル(実験音楽)やノイズ的な手法が用いられているため、「耳鳴り」を意味する曲名がつけられたのかもしれません。
それでも難しすぎず、穏やかに感じるのはかわいい音色のおかげ。
個人的に、この「かわいい音色+α」の組み合わせが2020年代アンビエントを象徴するひとつのような気がして魅かれていますが、いかがでしょうか。

【7】spots


ラストの「spots」(読み:スポッツ、意味:斑点)。
序盤と終盤の「水が滴る音」のようなミニマルサウンドに挟まれ、中盤では「光が差すようなキラキラ音」と「点が線になるようなシンセフレーズ」が展開され、「雨→晴れ→天気雨」といった物語をイメージしたくなります。
1曲目「stream」が「川の流れ=線」だったとすると、7曲目「spots」で「雨=点」となり、大河の一滴として循環するのかもしれません。
ただ、すべては筆者の想像にすぎないので、リスナーそれぞれに「音の質感」から自由にイメージできる余白をお楽しみください。

おわりに

ルーツは現代音楽やクラブミュージックではなくクラシック、タブレットとアプリを駆使するDTMer、フィジカルリリースはコンピレーションのみで音楽配信代行サービスBIG UP!などを活用(6thアルバム時点)といった特徴があるtohmaさん。
音楽を基礎から学びながらもブランクがあり、現在のスタイルでDTMを始めたのは2020年代に入ってからにもかかわらず『Medium Ambient Collection 2023』に参加し、ソロでもユニットでもリリースを重ねています。
過去作を順に聴くと、成長の振り幅が著しく大きいことが感じられるでしょう。
Tomotsugu Nakamura(中村友胤)さん『Moon Under Current』の記事で、宇川直宏(Ukawa Naohiro)さんがDOMMUNE(ドミューン)で語った「2020年代のアンビエントの強度」について紹介しましたが、その肝は「コロナ禍による空間の捉え方の再定義」と思われます。
そこで、リバーブ、立体音響といった空間表現がハイテク方向に進化するのは自明の理。
逆に「全人類が気軽に会えない体験を共有したので、ローテク方向のDIY音楽制作が充実した」とも考えられるかもしれません。
空間表現そのものにおいては真逆の方向性ですが、改めて2020年代にアンビエントを聴きたい理由は穏やかな気分になりたいからではないでしょうか。
つまり「穏やかな音楽=かわいい音色のアンビエント」。
もちろん、それだけとは限りませんが、一気にそこにたどり着いた感じのするtohmaさんの今後の活動も大いに気になります。

ディスコグラフィ:tohma

ディスコグラフィ:tohk

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渡辺和歌
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