音楽

arauchi yu『Śisei』ポップバンドceroの作曲家&鍵盤奏者、荒内佑の初ソロ作

cero(セロ)の荒内佑さんによるarauchi yu名義の初めてのソロアルバム『Śisei』(シセイ)。
複雑なのに難解ではなく、聴きやすいけれども不思議な音楽です。
「どうしてこうなった?」という音楽的な謎についてはインタビューなどでたっぷり解明されているので、飛んでいけるようにリンクを張っています。
2021年のリリースからしばらく経つものの、「音楽的な進化、深化はここまできている」という指針になる重要作です。

はじめに


荒内佑さんは1984年10月22日生まれ、東京都立三鷹高等校出身の作曲家&鍵盤奏者。
カクバリズム所属の3人組ポップバンドceroのメンバーとして作詞、作曲、キーボード、サンプラー、コーラスなどを担当し、プロデュース、楽曲提供、リミックスなども手がけています。

Śisei


初のソロ作『Śisei』(デジタル・CD:2021年8月25日、カクバリズム)は、先行シングル2曲を含む、全10曲・34分あまり。

レコードとパンフレット『Śisei book』(2022年2月23日、カクバリズム)もリリースされました。


アルバムタイトルの「Śisei=刺青」は、「今回のアンサンブルに加えられたサンプリング」のこと。
ナイジェリア生まれ、米ロサンゼルスを拠点に活動するビジュアルアーティスト、ジデカ・アクーニーリ・クロスビーNjideka Akunyili Crosby)の「絵画にコラージュを重ねる手法」に触発された荒内佑さんは、「音楽的なコラージュ=サンプリング」をアルバムに取り入れることにしました。
その絵画のなかでも肌の部分のコラージュが刺青に見えたことから、「絵画+コラージュ」→「アンサンブル+サンプリング」→「肌+刺青」とつながったそうです。


アルバムジャケットはジデカ・アクーニーリ・クロスビーの絵画ではなく、ceroの元ドラマーで現在はイラストレーターの柳智之さんがイラストを描き下ろし、アートディレクター&デザイナーの坂脇慶さんがアートディレクションとデザインを手がけました。
参照元のジデカ・アクーニーリ・クロスビーの絵画はこの辺りでしょうか。


総勢11人のラージアンサンブルによるポストクラシカル時代の室内楽(チェンバーミュージック)、印象主義音楽(印象派)、チェンバーポップ、現代音楽、クラブミュージックにもつながるミュジーク・コンクレートミニマルミュージック、ヒップホップ由来のサンプリング手法を取り入れた非ビートミュージックエレクトロニカ、現代ジャズ、アフロブラジル音楽ポストパンクリバイバル……。
どのように聴こえるかはリスナー次第という深く、濃密なサウンドが刻まれています。

クレジット

  • 荒内佑(Yu Arauchi):作曲、編曲、プロデュース、ストリングスアレンジ(M1・2・4・5・8・9)、ホーンアレンジ(M1・3・6~9)、ピアノ(M1・3・4・6~9)、エレクトロニクス(M1~6・8・9)
  • 千葉広樹(Hiroki Chiba):作曲(M10)、編曲、プロデュース、ストリングスアレンジ(M3・4)、ホーンアレンジ(M6)、コントラバス(M1・3・4・6・8・9)、エレクトロニクス(M9・10)
  • ジュリア・ショートリード(Julia Shortreed):作詞&ボーカル(M1・3・4・7)、ボイス(M2)
  • コーリー・キング(Corey King):作詞&ボーカル(M6・8)、作曲(M8)
  • 渡健人(Kent Watari):ドラム(M1・3・4・6・8)
  • 大石俊太郎(Shuntaro Oishi):フルート(M3・7~9)、アルトフルート(M1・8)、クラリネット(M6・7~9)、バスクラリネット(M3・7・9)
  • 田島華乃(Kano Tajima):バイオリン(M1~3・5・8~10)、ビオラ(M1)
  • 須原杏(Anzu Suhara):バイオリン(M2・3・5)
  • 松本有理(Yuri Matsumoto):ビオラ(M2・3・5)
  • 関口将史(Masabumi Sekiguchi):チェロ(M1~5・8・9)
  • 角銅真実(Manami Kakudo):ビブラフォン(M4)

【1】Two Shadows


3人組エレクトロユニットBlack Boboiブラックボボイ)のメンバーでもあるSSWジュリア・ショートリードさんの作詞&ボーカル曲。

In the land of blue
Under the daylight
Two shadows on the sand
Stepped onto a hidden road
Two shadows dance
Your voice, my toes move on
Like we,
we know where we wanna go

I’ll take you to the seashore
You’ll see the sky
that you’ve been looking for

Tides rise Your eyes
Sound of the sea waves
Two birds are flying
The cold air passed by,
They turned my pages
Two shadows dance
Your heart my mind will go on
Like we, we know
where we should go and see

I’ll take you to the seashore
You’ll see the day
that you’ve been looking for

Two shadows slowly fading out
into the horizon
They then soaked
through into the night
Just as they were

出典:Two Shadows/作詞:Julia Shortreed 作曲:Yu Arauchi

「私たちは行くべき場所も見るべきものも知っている」ということで、語り手に海辺へと連れて行かれたリスナーは、2つの影が踊り、2羽の鳥が飛ぶ様子を見ることになります。
「sea(海)」と「see(見る)」で韻を踏むなど言葉の響きも美しく、心地いい違和感を覚えながら不思議な世界へと誘われるでしょう。

【2】Arashi no mae ni tori wa


3曲目「Petrichor」のためのインタールード「Arashi no mae ni tori wa」では、「嵐の前に突然、鳥が飛び立つ光景」が表現されています。
ジュリア・ショートリードさんの「Suddenly, birds」というボイスは、カーペンターズ(Carpenters)の「(They Long To Be) Close To You」(遙かなる影、1970年5月20日、A&M Records)の冒頭の歌詞に由来するとのこと。

【3】Petrichor


元のミニマルなフレーズがコントラバス、バスクラリネット、フルートに分割されたという「Petrichor」も、ジュリア・ショートリードさんの作詞&ボーカル曲。

Wind sways the curtains,
The clouds hid the sun
I looked out of my window and
breathed in the scent of rain
You brought me
back to the old days

I was walking down the street
on a highly humid day
I was walking without knowing
a storm was getting close
You brought me an unknown scent

Rain is knocking on my window
Rain is knocking
Rain is knocking on my roof
Rain is knocking

Wind sways the curtains,
The clouds hid the sun
I looked out of my window and
breathed in the scent of rain
You brought me
back to the old days

出典:Petrichor/作詞:Julia Shortreed 作曲:Yu Arauchi

曲名の「ペトリコール」は「雨が降ったときに地面から立ち上る匂い」のことで、嵐が近づく日に、雨の匂いを吸い込む様子が表現されています。

【4】Whirlpool


先行シングル「Whirlpool」(2021年7月30日)には、打楽器奏者&SSWの角銅真実さんがビブラフォンで参加しています。

Buds are unfolding themselves
Water overflows
Dreams come and go frame by frame
Touching the falling ash

Water flowing out
Fragmented memories
Made the antwerp blue lake on this land

Uncontrollable plain flight
They saw a falling star
A clear flame lit up
The prayers on the wall

Water flowing out
Fragmented memories
Made the antwerp blue lake in my hand

Thousands of parts are flowing
Now mixed, Now one by one apart
They show us who we are
Swimming in the whirlpool of our mind

Thousands of parts are flowing
I see a junction of the rivers
That brings us together
Swimming in the whirlpool of our mind

出典:Whirlpool/作詞:Julia Shortreed 作曲:Yu Arauchi

「水が流れ出てアントワープの青い湖となり、流れ星を見たり、澄んだ炎が灯ったり、壁に祈ったりして、心の渦(ワールプール)で泳ぐ」という不思議な物語が紡がれています。

【5】Lovers


同じく先行シングルの「Lovers」(2021年7月30日)。
ダムタイプ古橋悌二さんのインスタレーション「LOVERS-永遠の恋人たち」(1994年9月~10月)にインスパイアされたインストで、「5拍子、2拍子、たまに7拍子、3拍子にも聴こえる」というポリリズムになっています。

【6】Clouds


「Clouds」はトロンボーン奏者&SSWコーリー・キングさんの作詞&ボーカル曲。
印象主義音楽の影響を受けつつ「移調の限られた旋法(移高が限られた旋法)」を提唱したフランスの作曲家オリヴィエ・メシアン(Olivier Messiaen)などにインスパイアされながらも、結果的に現代ジャズのようになったそうです。

Light the fire
The chosen one
And retire reservations
Spread your wings
Know your calling
Hear the wind
It will catch you
My love
Don’t despair
Don’t my love
Ride the wind

Open wide
your heart of gold
Feel the snow
Beneath your soles.
Spread your wings
Know your calling
Hear the wind
It will catch you
My love
Don’t despair
Don’t my love
Ride the wind

Angel fly high
Your wings will go wide
My love
Don’t you despair
Please don’t
Despair
Angel fly high
Your wings go wide
My love
Don’t you despair
Please don’t
Despair
My love

出典:Clouds/作詞:Corey King 作曲:Yu Arauchi

「絶望しないで。風に乗ろう」と愛を語りかけています。

【7】Understory


ジュリア・ショートリードさん作詞&ボーカル曲の「Understory」。
荒内佑さんが10年ほど前に作ったときはディスコ調だったそうですが、ブラジルのクラリネット奏者&SSWジョアナ・ケイロス(Joana Queiros)の影響を受けて、大幅にアレンジを変えたとのこと。

The town falls silent
in the shade of the night
The moon climbs high up
makes a hole in the sky
They start growing
while we’re dreaming
From deep down in the soil,
from the deep sea

Through the high buildings
Over the bridge
To breathe, to see
To breathe, to see

They can not be seen,
They’re glowing
Slowly, brightly
with the night dew
Like they know my sorrows,
are listening to our heart
From deep down in the soil,
from the sea

出典:Understory/作詞:Julia Shortreed 作曲:Yu Arauchi

アルバムの1曲目からざっくりと「海→鳥→雨→渦(嵐)→愛→雲」という流れになっていて、7曲目で地底や深海に潜り、深層心理に働きかけ、悲しみに寄り添ってくれているようです。

【8】Protector


「Protector」ではコーリー・キングさんが作詞&ボーカルのほか、作曲にも加わりました。

Found me
Hiding
Under a cold rain
Will you
Teach me
How to see your way ×4

Will you
Teach me
How to see your way ×2

No you
will not take me down
Will not take me ×8

出典:Protector/作詞:Corey King 作曲:Yu Arauchi・Corey King

冷たい雨のなかで隠れていた私を見つけたあなたに「道を見つける方法を教えてほしい」とお願いしつつ、「あなたは私を連れて行かないだろう」と否定しています。
1曲目「Two Shadows」から描かれてきた物語をさまざまに解釈できる余白が残されているようです。

【9】Śisei (of Taipei 1986)


表題曲の「Śisei (of Taipei 1986)」。
ceroの台湾公演(2016年10月14日)で実際に訪れた台北と、ヨーヨー・マが劇伴を務めたエドワード・ヤン監督の台湾映画『台北ストーリー』(1985年)などで受けた「アジアと欧米の関係性」の印象の違いがクラシカルな曲調とつながり、曲名に反映されたそうです。
千葉広樹さんはアルコ奏法(弓弾き)のコントラバスのほか、モジュラーシンセも担当しています。

【10】Summerwind and Smoke


ラストを飾る「Summerwind and Smoke」の曲名に由来する作品は2つあります。
1つは、無調音楽に対する作曲技法「十二音技法」を体系化した新ウィーン楽派の作曲家アントン・ウェーベルンアントン・ヴェーベルン、Anton Friedrich Webern)初期の管弦楽作品「Im Sommerwind夏風の中で)」(1904年)。
もう1つは、テネシー・ウィリアムズTennessee Williams)の戯曲「Summer and Smoke夏と煙)」(1948年)です。
戯曲は映画化もされましたが、舞台の「すれ違う男女2人の生活が並列的に両側で展開される手法」が、ジュリア・ショートリードさん(女性、おもにアナログ盤A面)とコーリー・キングさん(男性、B面)の作詞&ボーカルによって紡がれた「2つの影」の物語やアルバム全体のサウンドとリンクするのかもしれません。

おわりに


インタビューによると、荒内佑さん自身はアーサー・ラッセル(Arthur Russell)やジュリアス・イーストマン(Julius Eastman)にシンパシーを感じているそうです。

  • Bandcamp:ジュリアス・イーストマン『Femenine』(1974年11月6日、リマスター:2022年6月19日・frozen reeds)


祖母が音楽の教師という背景はあるものの、独学で楽理音楽学音楽理論楽典)を学び、譜面を書いてアルバムを制作した荒内佑さん。
「音楽の知の巨人」と呼びたくなるほど美しい情報が詰まっているので、関連記事などもじっくりご堪能ください。

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