バッドバッドノットグッド(BADBADNOTGOOD、以下BBNG)の5thアルバム『Talk Memory』(トーク・メモリー)は、ヒップホップをカバーしてきたジャズトリオによるロック?
あるいは電子音楽やアンビエント、ブラジル音楽の要素も混ざった、歌えるジャズフュージョン?それとも人生のサウンドトラック?
ともあれヒップホップのサンプリング文化をきっかけに多様性の極みに達した名盤で、「音楽を演奏したい!」という衝動に駆られます。
Contents
BBNGの経歴
Stream @BadBadNotGood's new album, Talk Memory: https://t.co/alaOEsO2kl pic.twitter.com/8QhFO0HPB5
— CONSEQUENCE (@consequence) October 8, 2021
- 左→右:リーランド、チェスター、アレックス
BBNGは2010年にカナダのトロントで結成された、3人組インストバンドです。
- チェスター・ハンセン(Chester Hansen):ベース、ピアノ、オルガン、シンセ、ギター
- アレックス・ソウィンスキー(Alexander Sowinski):ドラム、パーカッション
- リーランド・ウィッティ(Leland Whitty):サックス(ソプラノ、テナー)、フルート、ギター、ピアノ、シンセ、ベース(2016年1月:加入)
2019年10月に創設メンバーでキーボード&ギターのマシュー(マット)・タヴァレス(Matthew Tavares)が脱退し、Matty名義でソロ活動を始めました。
ディスコグラフィ
- 1stアルバム『BBNG』2011年9月
- ライブアルバム『BBNGLive 1』2011年11月
- ライブアルバム『BBNGLive 2』2012年2月
- 2ndアルバム『BBNG2』2012年4月
- ミックスアルバム『Lex Mix: BADBADNOTGOOD DOOM Mix』2013年8月
- 3rdアルバム『III』2014年5月
- コラボアルバム『Sour Soul』2015年2月:ゴーストフェイス・キラー(Ghostface Killah)
- Easy Feelings Unlimited名義のコラボアルバム『Toon Time Raw!』2016年6月:ジェリー・ペイパー(Jerry Paper)
- 4thアルバム『IV』2016年7月
- ライブEP『Spotify Live』2017年1月
- ミックスアルバム『Late Night Tales: BadBadNotGood』2017年7月
下記のアーティストなど、とくにヒップホップのカバーやコラボが人気です。
- Odd Future(オッド・フューチャー)
- タイラー・ザ・クリエイター(Tyler, The Creator)
- フランク・オーシャン(Frank Ocean)
- フライング・ロータス(Flying Lotus):ジョン・コルトレーン(John Coltrane)の甥
- MFドゥーム(MF DOOM)
- カニエ・ウェスト(Kanye West)
- リトル・シムズ(Little Simz)
- スヌープ・ドッグ(Snoop Dogg)
ジェイムス・ブレイク「CMYK」カバー
他にも多数のアーティストのカバーやコラボ、プロデュースを手がけていて、ジャンルも多岐にわたります。
- ジョイ・ディヴィジョン(Joy Division):ポストパンク
- ジェイムス・ブレイク(James Blake):ポストダブステップ
- マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン(My Bloody Valentine):シューゲイザー
- ケイトラナダ(Kaytranada):電子音楽
- ザ・ビーチボーイズ(The Beach Boys):サーフミュージック
- ブーツィー・コリンズ(Bootsy Collins):ファンク
サンダーキャット「King of the Hill」
ケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)の4thアルバム『DAMN.』(2017年4月)収録曲「LUST.」のプロデューサーとして、第60回グラミー賞(2018年)の最優秀ラップ・アルバム賞を受賞。
また、サンダーキャット(Thundercat)の4thアルバム『It Is What It Is』(2020年4月)収録シングル「King of the Hill」(2018年10月)のプロデューサーとして、第63回グラミー賞(2021年)の最優秀プログレッシブR&Bアルバム賞を受賞しました。
アルバム『Talk Memory』の概要
https://twitter.com/beamsrecords_/status/1446085123477164044
5thアルバム『Talk Memory』は2021年10月8日、イギリスのテクノレーベル<XL Recordings>(XLレコーディングス)からリリースされました。
デジタルは全8曲・42分あまり、フィジカル(CD、LP)は全9曲・46分半ほど、日本盤CDと限定盤はボーナストラック「Stepping Through Stars」が追加された全10曲、そのうちシングルは2曲。
「コラボと即興の魔法」をテーマとした、マット脱退後のBBNG再始動作です。
【1】Signal from the Noise
第1弾シングルかつリード曲の「Signal from the Noise」(2021年7月15日)は、9分におよぶサイケデリックジャズ。
「何のために何をしたいのか?」がまったくわからない「孤独な男」の日常が描かれたMVはやけに哀愁がただようコメディ映画のようで、そのサウンドトラックにも聴こえます。
Sending Signals
イントロの歪んだベースフレーズなど楽譜どおりのパートと、ベースソロなど即興演奏のパートが絶妙に絡み合っています。
共同プロデューサーに電子音楽家フローティング・ポインツ(Floating Points)ことサム・シェパードを迎え、生楽器の演奏音をシンセで操作するアイデアが取り入れられました。
終盤は、ミニマルミュージックの作曲家スティーヴ・ライヒ(Steve Reich)の影響。
アナログテープマシンでポリリズムのループを作り、エンジニアがテープ自体を触って音質を劣化させたうえで、フローティング・ポインツがエレクトロニックに仕上げたという手の込みようです。
南ドイツ Rework
BBNGから「Signal from the Noise」のMP3音源と楽譜が送られ、自由にリアレンジするというカバー企画に、日本のアーティスト4組も参加。
第1弾はクラウトロックバンドの南ドイツ(Minami Deutsch)によるカバーでした。
Ovall Rework
<origami PRODUCTIONS>(オリガミ・プロダクション)所属のトリオバンドOvall(オーバル)によるカバーでは、Shingo Suzukiさんがベース・プログラミング・その他の楽器・ミックス、mabanuaさんがドラム、関口シンゴさんがギターを担当しています。
Answer to Remember Rework
millennium parade(ミレニアムパレード、略称:ミレパ)のメンバーでもあるジャズドラマー石若駿(いしわか しゅん)さん率いるAnswer to Remember(アンサー・トゥ・リメンバー、略称:アンリメ)によるカバー。
石若駿さんはドラム・ピアノ・シンセ・ベース、MELRAW(メルロー、安藤康平)さんはソプラノサックスとフルート、佐瀬悠輔(Yusuke Sase)さんはトランペット、マーティ・ホロベック(Marty Holoubek)さんはベースを演奏しています。
TAMTAM Rework
4人組ダブバンドTAMTAM(タムタム)によるカバーには、ピアニスト壷阪健登(Kento Tsubosaka)さんもキーボードで参加。
【2】Unfolding (Momentum 73)
ニューエイジ、アンビエント、ドローンの巨匠ララージ(Laraaji)の電子チターが印象的な「Unfolding (Momentum 73)」。
最初と最後の鳥の鳴き声や波の音、ミニマルな鍵盤とベース、縦横無尽なサックスとドラムが心地よく響くジャズナンバーです。
【3】City of Mirrors
ブラジル音楽の巨匠アルトゥール・ヴェロカイ(Arthur Verocai)がストリングスアレンジ(3~5・8・9曲目)を手がけた「City of Mirrors」。
鍵盤とドラムのスリリングな掛け合いからキャッチーなメロディに戻る流れも、スケボーのMVにマッチしています。
【4】Beside April
第2弾シングル「Beside April」(2021年9月8日)ではアルトゥールのストリングスアレンジのほか、米デトロイト出身のジャズドラマー&ヒップホッププロデューサー、カリーム・リギンス(Karriem Riggins)のパーカッションも加わっています。
リーランドのヘヴィなギターサウンドはフェンダーのテレキャスター、ペダル(ディストーション、ファズ、ディレイ、フェイザー、ワウなど)、マーシャルのアンプによるもの。
ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)、ジミー・ペイジ(Jimmy Page)、ブラック・サバス(Black Sabbath)のトニー・アイオミ(Tony Iommi)、マハヴィシュヌ・オーケストラ(Mahavishnu Orchestra)などに影響を受けているためロック的です。
突然、白馬が疾走するMVは、イギリスの写真家エドワード・マイブリッジ(Eadweard Muybridge)が1878年に撮影した世界初のクロノフォトグラフィ(連続写真)『動く馬』(The Horse in Motion)による世界初の映画上映(1880年)にインスパイアされています。
【5】Love Proceeding
引き続きアルトゥールがストリングスアレンジを手がけた「Love Proceeding」。
兄弟の日常が描かれたモノクロのMVは、荒れつつも愛の絆が垣間見えるエモーショナルな短編映画のようで、サウンドも自転車で走る疾走感や感情の動きと見事にシンクロしています。
【6】Open Channels
「Open Channels」はフィジカルのみでデジタルには収録されていません。
アルバム中もっとも自由度が高いサックスの即興演奏、不穏な鍵盤とベースのリフやドラム、木魚のように響くウッドブロックの音色が特徴的なスピリチュアルジャズです。
【7】Timid, Intimidating
シュールなコラージュで畳みかけるMVに似つかわしいミステリアスなメロディや、ギターとサックス(ベースとドラム)の長尺ソロが印象的な「Timid, Intimidating」。
ディアンジェロ(D’Angelo)の2ndアルバム『Voodoo』(2000年1月)、ロイ・ハーグローヴ(Roy Hargrove)率いるRHファクター(The RH Factor)の1stアルバム『Hard Groove』(2003年5月)などを手がけたエンジニア、ラッセル・エレヴァード(Russell Elevado)のミックスが光ります。
【8】Beside April (Reprise)
「Reprise」(ルプリーズ)は「繰り返し、反復、再現部」を意味するフランス語の音楽用語です。
序盤の4曲目は5分あまりでしたが、終盤の8曲目は1分半あまりと短く繰り返されていて、サウンドでもMVでも、物語が展開しているような映画的な効果が生み出されています。
【9】Talk Meaning
アルトゥールのストリングスアレンジのほか、テラス・マーティン(Terrace Martin)のアルトサックス、ブランディー・ヤンガー(Brandee Younger)のハープも加わった「Talk Meaning」。
3人の少年少女が森の秘密基地に集うMVでは、電源コードを接続した後、どのような結末を迎えたのでしょうか。
もしかしたら張本人の少年が大人になった姿が1曲目のMVに登場した「孤独な男」で、今でも秘密基地を守る意味や記憶を語る(Talk Meaning、Talk Memory)物語だったのかもしれませんね。
おわりに
アルバムリリースに伴って配布されたマガジンならぬポスタージン『The Memory Catalogue』3種には、「Signal From The Noise」「Beside April」「Love Proceeding」の楽譜が掲載されました。
また公式サイトでは「Signal From The Noise」「Beside April」の楽譜が公開されているので、演奏してみてはいかがでしょうか。