音楽

バターリング・トリオ『Foursome』ネオソウル&イスラエルジャズの最高傑作!

もしかしたらバターリング・トリオ(Buttering Trio)の『Foursome』は、現時点での究極の音楽かもしれません。

はじめに


イスラエル・テルアビブ発の3人組フューチャーソウルネオソウル)バンド、バターリング・トリオ。

メンバーは上から3人ですが、今回のアルバムにはイスラエルのジャズドラマー、アミール・ブレスラーRaw Tapes所属)が参加しています。

ディスコグラフィ

Foursome

4thアルバム『Foursome』(フォーサム、デジタル・輸入盤LP:2022年7月29日、Raw Tapes)は、4曲の先行シングルを含む、全12曲・38分あまり。
国内盤CD(2022年8月3日、rings)は、ボーナストラック「Careful What You Wish For」を含む、全13曲・約41分半です。
「ネオソウルの心地よさ」と「LAビート的な先鋭さを、イスラエルジャズの生音(打ち込みではない)に昇華した緊張感」が絶妙に混ざり合っています。
事前に作詞・作曲せず、2020年に4日間ほどテルアビブのスタジオに入ってジャムセッションレコーディングし、その後ミックスなど1年がかりで仕上げたという最高傑作。
永遠に聴いていられる名盤です。

【1】Good Company


オープニングを飾るのは、第3弾シングル「Good Company」(2022年6月8日)。
「8→7→5→8→5拍子」と展開する変拍子の楽曲ですが、難解な印象は受けず、むしろ心地いいグルーヴを醸し出しています。
ケレンのボーカル、リジョイサーのキーボード、ベノのベース、アミールのドラム、それぞれの音色テクスチャー(組み合わせ)も極上のスイートスポットのみを的確に突いていて、一切の無駄がありません。
初めて聴いても「大正解!」と唸らされるほどの「完璧すぎる空気感」を即興的に作り上げることができたのは、これまでの3枚のアルバムでアブストラクト電子音楽をやり尽くした果ての新境地として「いい仲間=アミール」が加わったからのようです。

【2】Come Hither


続く第2弾シングル「Come Hither」(2022年5月13日)は、軸となるリジョイサーのキーボードによるパターン(5→8拍子)や、ロシアの作曲家ラフマニノフSergei Rachmaninov、1873年~1943年)のアルペジオに影響を受けたというシンセによるループのキラキラ感と、野太いリズム隊の対比が印象的。
曲名の「Hither」は「Here」の古語で、R&Bの様式美ともいえる艶っぽいラブソングになっていますが、アルバム全体の歌詞ではリスナーが気づかない程度に政治や社会問題についても触れられているそうです。

【3】See if It Fits


6拍子のスウィングのリズムがジャジーかつファンキーで、アミールのスネアドラムリムショットが効いている「See if It Fits」。
それぞれパートナーがいるため冗談ですが、ケレンがアミールに対して「合うかどうか試したい。じっと見つめてごめんなさい」と誘うラブソングです。
歌詞に出てくる「スネア(snare)」にはスネアドラムのほかに「誘惑、ワナ、落とし穴」などの意味もあるので、「口説くフリをしつつ、音楽的に合うかどうか確認したい」といったニュアンスも含まれるでしょう。
イスラエルなどの蒸留酒「アラック、アラク(Arak)」という言葉も出てくるので、艶っぽい歌詞の背景を深読みすることもできるかもしれません。

【4】Move In


「Move In」は韻を踏みながらささやいたり鼻で笑ったりする、変幻自在なケレンのボーカルが魅惑的。
「引っ越しておいで。一緒に暮らそう」と誘いながら、「徹夜明けの可能性があるから、朝のコーヒー前に話しかけるのは厳禁」と釘を刺しています。
もしかしたらバターリング・トリオの3人にアミールが加わった、今回のアルバムの編成を表現しているのかもしれません。
その誘いに応じるようなアミールのにぎやかなドラム、妖しげなキーボード、重厚なベースの掛け合いが最高です。

【5】Desert Dream Romance


イスラエル南部にある「ネゲブ砂漠の夢のロマンス(恋物語)」が描かれた、第1弾シングル「Desert Dream Romance」(2021年12月1日)。
一定のリフを繰り返すキーボードやタイトなドラムに対し、低音でうごめくベース、妖しげな高音のフレーズ、「(デザー)ツ、(グラ)ス、(ロマン)ス」などの語尾の摩擦音が絶妙に重なり、不思議な雰囲気を醸し出しています。

【6】When I Face Your Beauty


「When I Face Your Beauty」のドラムは打ち込みではなく、アミールがドラムシンセNord Drum」を用いて生演奏しています。
恋人の美しさに向き合いながら、関係が長続きせず終わることを知っていると嘆くラブソング。
4曲目「Move In」で一緒に暮らそうと誘われ、5曲目「Desert Dream Romance」で砂漠のロマンスを楽しんだと思ったら、早くも不穏な雰囲気が漂っています。
ネオソウルの美しさだけでなく、民俗音楽的な妖しさも入り乱れてきました。

【7】Air in Rest


メロディは静と動の空気の冒険」という「Air in Rest」。
そもそも「」は「空気の振動(音波)」であり、「空気感」や「タイム感」が重要といったニュアンスが、「ビーズのひもを編んでいる」とか「ハイ&ロー(高音と低音)の共依存」といった詩的な歌詞で表現されているようです。
この楽曲全体が「静止している空気」つまり「休符、無音、空白」あるいは「前後のつなぎ」のような位置付けになっていますが、だからこそ必要という意味合いが込められているとも考えられます。

【8】Keep It Simple


「Keep It Simple」では、不穏な雰囲気からシンプルに心地いいネオソウルへと戻っていく過程が絶妙に表現されています。
適度な違和感を含むキーボード、野太いベース、淡々としたドラムによる浮遊感がクセになるはず。

【9】Don’t Book Me


リジョイサーの弟でマルチ奏者&プロデューサーのノモックNomok、Noam Havkin、Raw Tapes所属)がローズピアノで参加し、ケレンのサックスも唸る「Don’t Book Me」。
あまりにも心地いいネオソウルが続くと眠たくなってしまいますが、全12曲中9曲目で「目を覚まして!」の掛け声とともに濁音始まりの強い否定形で「私を予約しないで!」と叩き起こされる構成になっている点も圧巻です。

【10】Succulent for Valentine


「Succulent for Valentine」は「バレンタイン多肉植物が欲しい」とおねだりするラブソング。
バレンタインデーといえば、日本では女性が男性にチョコレートを贈る習慣がありますが、キリスト教圏では性別にかかわらず、花などを贈るのが一般的です。
ただしイスラエルの宗教は、ユダヤ教が約75%、イスラム教が約18%、キリスト教は約2%と少数派なので花ではなく、砂漠に生育するサボテンなどの多肉植物を望むという話でしょう。
また、イスラエルは欧米や日本と同じく北半球にあるので、バレンタインの季節は冬になりますが、2月の平均気温は最高気温が18度、最低気温が10度と涼しいです。
「(欧米より)暖かい冬の多肉植物に、水をやりすぎないで!」という願いにも、社会問題的なニュアンスが含まれているのかもしれません。

【11】Close to You


「あなたの近くにいたい」と願う、第4弾シングル「Close to You」(2022年7月13日)。
ベースのアルペジオ、キーボードのリフ、スネアドラム、ハミング(鼻歌)のイントロから早くも完璧です。
引き算とミニマルの美学により、立体音響的にも「距離が近いサウンド」のように感じられます。

【12】Dancing With Insomnia


ラストを締めくくる「Dancing With Insomnia」には、イスラエル出身のジャズピアニスト&作曲家ニタイ・ハーシュコヴィッツNitai Hershkovits1988年生まれ)がローズピアノ、テルアビブを拠点に活動するマルチ奏者&プロデューサーのヨギiogi、Yogev Glusman、Raw Tapes所属)がバイオリンで参加し、ドラムは入っていません。
曲名は「不眠症(インソムニア)で踊る」という意味で、歌詞は「夢見がちな眠りから覚めたのに、休んでいない気がする。ストレスを和らげる月明かりを探している。眠らなくてもいい」といった内容です。
夢見がちな眠りに誘われるほど心地いいネオソウルでありながら、イスラエルジャズ、民俗音楽、電子音楽などの要素が的確に混ざることにより、ヒーリングミュージックやダンスミュージックとして楽しむこともできたのではないでしょうか。

おわりに


マルチ奏者&プロデューサーのリジョイサーは、2009年にテルアビブでレーベルRaw Tapesを設立し、2011年に独ベルリンでバターリング・トリオを結成。
コロナ禍の影響はあるものの、テルアビブと米ロサンゼルス(LA)を拠点としています。
メンバーそれぞれのソロ、ユニット、コラボ、プロデュース作なども多数あり、UKサウスロンドンの新世代ジャズとともに、イスラエルジャズとして注目度が高まっているシーンです。
バターリング・トリオはオーストラリアのハイエイタス・カイヨーテHiatus Kaiyote)の系譜に連なるフューチャーソウルバンドでありつつ、多様性を極めた果ての唯一無二の空気感を醸し出しています。
とくにドラマー、アミールが加わった『Foursome』は、音楽通から一般的なリスナーまで心地いい違和感を堪能できる、現時点での最高傑作といっても過言ではないかもしれません。
「複雑な社会背景を、音楽に昇華する醍醐味」に胸が打たれます。

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渡辺和歌
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