音楽

蓮沼執太&ユザーン『Good News』電子音楽&インド音楽の心地いいインストアルバム

蓮沼執太&ユザーン(Shuta Hasunuma & U-zhaan)の『Good News』は、電子音楽インド音楽の融合が心地いい、「言葉のない手紙」のようなインストアルバム
「いいニュース」を待ちわびている人におすすめです。

はじめに


蓮沼執太さんは1983年9月11日生まれ、東京都出身の音楽家、アーティスト
電子音楽家として活動を始め、2006年10月24日にセルフタイトルの『Shuta Hasunuma』でアルバムデビューした後、2014年1月15日に蓮沼執太フィル名義の1stアルバム『時が奏でる|Time plays – and so do we.』をリリースするなど、幅広く活動しています。

  • 左→右:蓮沼執太、ユザーン

ユザーン(本名:湯沢啓紀、ゆざわ ひろのり)さんは1977年10月14日生まれ、埼玉県川越市出身のタブラ奏者北インドの打楽器)。
サイコババPsycho Baba、1999年~)、ASA-CHANG&巡礼(2000年~2010年)のほか、レイ・ハラカミさん大友良英さんBIGYUKIさんなど希代の音楽家とのコラボも多く、2014年10月8日には初のソロアルバム『Tabla Rock Mountain』をリリースしています。


小説家の吉本ばななさんもお気に入りの『Good News』(2022年2月16日)は2人のユニット、蓮沼執太&ユザーン名義の3枚目(10曲・41分あまり)。
電子音楽(アンビエントニューエイジミニマルテクノエレクトロニカ)や現代音楽実験音楽)とインド音楽のクロスオーバーを堪能できる傑作です。

【1】Good News


タイトル曲「Good News」はアルバム唯一のゲスト、サロード奏者バブイ(Babui)を迎えた、インド音楽らしい楽曲。
もともとユザーンさんにオファーが来て、蓮沼執太さんと一緒に作っていた、1分ほどのCM曲(ニュースサイトのウェブ広告用)を再構成したそうです。
2018年の終わりにユザーンさんがインドを訪れた際、蓮沼執太さんから「フィールドレコーディングのようなかたちでいいから、音を録ってきてほしい」と頼まれていたこともあり、東インド・西ベンガル州の州都コルカタ(旧カルカッタ)で友人のバブイにサロードでメロディーを弾いてもらったとのこと。
サロードは北インド古典音楽ヒンドゥスターニー音楽)の弦楽器で、基本のキーはCですが、ユザーンさんの依頼によりAで奏でられています。
西洋音楽の三大要素は「メロディー(旋律)、ハーモニー(和声)、リズム(律動)」ですが、インド音楽にはハーモニーの概念がなく、基本となるのはラーガ(Raga、メロディー)とターラ(Tala、リズム)。
とくに北インド古典音楽は、大まかにメロディーのみのイントロのアラープ(Alap)から、タブラなどのリズムが加わる本編ガット(Gat)へ流れる二部構成です。
そのアラープに相当するバブイの演奏がすばらしかったため、7分あまりの「Good News」のうち、最初の3分半ほどはユザーンさんのタブラのリズムが入らず、サロードのメロディーがフィーチャーされています。
ウサギのもとに届いた「グッドニュース」が、巣ごもりしていた十二支たちに伝わるストーリーのMVには、「バッドニュース」ばかりの状況がどうにか好転してほしいという願いが込められているでしょう。

【2】Go Around


「Go Around」はエレクトロニカとタブラの融合を堪能できる、アップテンポなダンスチューン
蓮沼執太さんがデモを作った際の仮タイトルは「目黒」で、「目黒→巡ろう→Go Around」と変化したそうです。
偉大なタブラ奏者アーメド・ジャン・ティラクワAhmed Jaan Thirakhwa)、アラ・ラカAllah Rakha)、ザキール・フセインZakir Hussain)へのリスペクトが込められています。

Good News Radio #1

【3】6 Perspectives


現代音楽っぽい「6 Perspectives」。
もともと虫の展覧会「虫展 −デザインのお手本−」(21_21 DESIGN SIGHT、2019年7月~11月)のアートディレクター阿部洋介さんによる映像作品「虫のかたち」のために、蓮沼執太さんが書き下ろした楽曲を再構成したそうです。
タイトルは「虫展→6つの視点→6 Perspectives」と変化したとのこと。

【4】Septem


北インド古典音楽の7拍子のリズム、ルーパック(Rupak)のタブラソロを軸に、ミニマルテクノっぽいアンビエントが心地よく響く「Septem」。
タイトルはラテン語で「7」という意味だそうです。

Good News Radio #2

【5】Guess Who


「Guess Who」は4拍子と5拍子のポリリズムがおもしろい、アンビエントっぽいナンバーです。
蓮沼執太さんは「Guess Who」というコーラスの入った30年代ソウルをサンプリングしてデモを作っていたものの、コーラスそのものは結局カットしたとのこと。

【6】Dawning


『Good News』がアナログ盤になった場合、「Dawning」からB面ということで、「日が昇る」という意味のタイトルがつけられました。
アナログシンセの音色が80年代のニューエイジっぽく響きます

Good News Radio #3

【7】Mister D


「Mister D」ではタブラのリズムだけでなく、ユザーンさんがアルトホルンでメロディーも奏でています
もともとユザーンさんが書いた歌詞がついていて、「何かを逃した」ときの「Missed」というタイトルの曲だったものの、インスト化するにあたり、「Missed→ミスド→ミスタードーナツ→Mister D」と変わったそうです。

【8】NWF


現代音楽やアンビエントっぽいアプローチのシンセの音色が印象的な「NWF」。
タイトルはプロレス団体やCADソフトのファイル形式ではなく、楽曲制作時にWi-Fi環境がなくて困ったエピソードに基づく仮タイトル「No Wi-Fi」から転じました。

Good News Radio #4

【9】Overtakes


「Overtakes」はユザーンさんがダノンのヨーグルト、オイコスのウェブCM用に作った曲の再構成。
左右にパンニングするタブラとシンセの音色が心地よく、水や鳥、ユザーンさんがオイコスのパッケージを開ける音(2:49)などのサンプルも楽しめます。
「追い越す」という意味のベンガル語(東インドの西ベンガル州とトリプラ州の公用語)のタイトルを英語に改めたそうです。

【10】Door


ユザーンさんがインド・コルカタに滞在した際、エアビーAirbnb)で借りた家の建て付けが悪いドアの音が気になり、坂本龍一さんがナビゲーターを務めるJ-WAVEのラジオ番組「RADIO SAKAMOTO」(レディオ・サカモト)用に録音していたものをサンプルとして使ったという「Door」。
一方、蓮沼執太さんはフルクサスのメンバー塩見允枝子さんとコラボしたこともあり(2013年7月)、ハプニング的、実験音楽的なニュアンスも感じられます。
アルバム全体のドアが閉まるようなアウトロです。

Good News Radio #5

おわりに


4年がかりで制作されたアルバム『Good News』のリリースを記念した、Spotifyのポッドキャスト『Good News Radio』を併せて聴くと、制作秘話から2人の和やかなやりとりまで楽しめます。
現代的な電子音楽と伝統的なインド音楽のクロスオーバーは、たとえ世の中がどのような状況であっても、「いいニュース」が届いてほしいと願う人々の心を癒し続けるのではないでしょうか。

蓮沼執太フィル「ニュースLIVE! ゆう5時」テーマ

2022年4月4日から、NHK総合「ニュースLIVE! ゆう5時」(月~木17:00~17:57)のテーマ曲などの音楽全般を蓮沼執太さん(演奏:蓮沼執太フィル)が担当しています。
『Good News』というタイトルを名づけたのは、ジャケットのアートワークを手がけたグラフィックデザイナーの長嶋りかこさんvillage®)だったそうですが、「いいニュース」の連鎖が起きているのかもしれませんね。

U-zhaan × mabanua「Fluffy」


ユザーンさんは、origami PRODUCTIONSオリガミ・プロダクション)所属のプロデューサーで、Ovallオーバル)のドラマーのmabanuaマバヌア)さんとコラボした1stシングル「Fluffy」(読み:フラッフィー、意味:ふわふわ)をリリース(2022年4月6日)。
レイ・ハラカミさんの一言がきっかけで結成された10年来のユニットで、こちらも心地いいので、ぜひ!

U-zhaan × 阿寒湖アイヌコタン 唄い手・踊り手


2022年2月に北海道の阿寒湖アイヌコタンで開催された「ウタサ祭り」のライブ映像です。
祭りや音楽、踊りの原点に触れることができます。

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渡辺和歌
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