King Gnu(キングヌー)の井口理(Satoru Iguchi)さんがボーカルで参加した、原摩利彦(Marihiko Hara)さんの「Luminance」(読み方:ルミナンス、意味:輝度、明るさ、輝き、光の量)は、映画『国宝』の主題歌として書き下ろされました。坂本龍一(Ryuichi Sakamoto)さんと矢野顕子(Akiko Yano)さんの娘・坂本美雨(Miu Sakamoto)さんが作詞を手がけた「Luminance」の歌詞の意味を考察、解説します。
Contents
原摩利彦 feat. 井口理「Luminance」Spotify
原摩利彦『国宝 オリジナル・サウンドトラック』Spotify
映画『国宝』とは
原作は芥川賞作家・吉田修一さんの小説『国宝』(朝日新聞出版、2018年9月7日)。李相日(リ・サンイル)監督、奥寺佐渡子さん脚本、吉沢亮さん主演、横浜流星さん共演による映画『国宝』(配給:東宝)は2025年6月6日に公開されました。
立花組組長・立花権五郎(永瀬正敏さん)の息子として長崎の任侠一門に生まれ、美しい顔をもつ立花喜久雄(花井東一郎:吉沢亮さん、少年時代:黒川想矢さん)。産みの母を原爆症で失い、父の再婚相手(後妻)立花マツ(宮澤エマさん)に育てられていましたが、宴会の場で起きた組同士の抗争により父を亡くします。
その場に居合わせた上方歌舞伎の名門当主で看板役者の花井半二郎(渡辺謙さん)に引き取られた喜久雄。半二郎と後妻・大垣幸子(寺島しのぶさん)の息子として歌舞伎の名門に生まれた御曹司・大垣俊介(花井半也:横浜流星さん、少年時代:越山敬達さん)と親友・ライバルになります。
歌舞伎の女形として芸を極めた喜久雄が最終的に人間国宝に選ばれ、喝采(かっさい)を浴びるまでの壮絶な人生が描かれた物語。
Joaquin Phoenix(ホアキン・フェニックス)が演じたダークヒーロー『ジョーカー』(2019年10月4日公開)、陳凱歌(チェン・カイコー)監督の京劇作品(女形の芸道映画)『さらば、わが愛/覇王別姫』(1993年1月1日公開)を彷彿とさせる狂気と美しさなどが話題になっています。
『国宝』公開記念特番
原摩利彦 feat. 井口理「Luminance」歌詞の意味を考察
- リリース:2025年6月6日デジタル配信
- レーベル:Sony Music Labels(OST1~25:Aniplex)
- サブスク・Spotify:OST、Luminance
- Apple Music(iTunes):OST、Luminance
- カラオケ:DAM、JOYSOUND
- Wikipedia(ウィキペディア):原摩利彦、King Gnu、井口理
- 公式サイト:原摩利彦、King Gnu
- X(Twitter):原摩利彦、King Gnu、井口理
曲の構成
- 1番:Aメロ~Bメロ~サビ(Cメロ)
- 2番:Aメロ~Bメロ~サビ(Cメロ)
クレジット
- 原摩利彦(Marihiko Hara):作編曲、ピアノ、シンセサイザー
- 井口理(Satoru Iguchi):ボーカル
- 坂本美雨(Miu Sakamoto):作詞
- 多井智紀(Tomoki Tai):リュート、ビオラ・ダ・ガンバ、チェロ(ソロ)
- 工藤煉山(Lenzan Kudo):尺八
- 岩崎和音(Kazune Iwasaki):サントゥール
- 須原杏(Anzu Suhara):バイオリン(ソロ、1st)
- 千葉広樹(Hiroki Chiba):コントラバス(ソロ)
- Polar M(ポーラーエム):エレキギター
- 花井悠希、伊藤彩、奈須田弦、山本大将、河邊佑里、高橋和葉、白須今、中島優紀、佐藤帆乃佳:1stバイオリン
- 銘苅麻野(Asano Mekaru)、地行美穂、山本理紗、新井桃子、荒井桃子、和泉晶子、加藤由晃、山田拓人:2ndバイオリン
- 角谷奈緒子(Naoko Kakutani)、中田裕一、村田泰子、大辻ひろの、世川すみれ、秀岡悠汰:ビオラ
- 関口将史(Masabumi Sekiguchi)、古川淑恵、河内ユイコ、吉良都、渡邉雅弦:チェロ
- 米光椋:コントラバス
- 原真人(Masato Hara):レコーディング、ミックス
- 川越誠也(Seiya Kawagoe)、安藤翔(Sho Ando):アシスタントエンジニア
1番Aメロ:痛みも恐れもない到達点
ああ ここは
痛みも恐れもないLuminance/作詞:坂本美雨 作曲:原摩利彦
原摩利彦(Marihiko Hara)さんは1983年8月14日生まれ、大阪出身、京都大学卒業・同大学院中退、京都在住の音楽家。
原摩利彦『PASSION』
李相日(リ・サンイル)監督、広瀬すずさん&松坂桃李さん主演の映画『流浪の月』(2022年5月13日公開、配給:ギャガ)などの映画音楽(劇伴、OST)、野田秀樹さん率いるNODA・MAPなどの舞台音楽、ダムタイプなどのインスタレーション作品の音楽のほか、東京2020オリンピック開会式で森⼭未來さんが出演した追悼パートの音楽も手がけました。
原摩利彦『ALL PEOPLE IS NICE』
映画『国宝』では本編の劇伴のみならず、ボーカル入りの主題歌も担当した流れです。原摩利彦さん自身はピアノとシンセサイザーを演奏し、室内楽、フィールドレコーディング、電子音による音響作品などを制作する音楽家なので、「Luminance」でもポストクラシカル、アンビエント(環境音楽)、エレクトロニカなどの雰囲気が漂います。
便宜上「1番〜2番、Aメロ〜Bメロ〜サビ」というJ-POPらしい構成に落とし込みましたが、4分30秒あまりの楽曲のうち最初の40秒以上は「ああ」というコーラスのみ。50秒近く経ってからおもむろに「1番Aメロ」とした歌詞を歌い出す流れです。もしかしたら「ああ」のコーラスのみが1番、歌詞のあるパート全体が2番なのかもしれません。
いずれにしても映画『国宝』のエンディングで流れる主題歌ということで、「痛みも恐れもないここ」とは小説や映画の主人公・喜久雄がたどり着いた人生の到達点と考えられます。
1番Bメロ:歌舞伎の女形にすべてを捧げた
声も愛も記憶も
かすれてLuminance/作詞:坂本美雨 作曲:原摩利彦
この「Luminance」(ルミナンス)という楽曲にたどり着く流れは、吉田修一さんらの小説愛好家、李相日監督らの映画ファン、King Gnu(キングヌー)らの邦ロックリスナー、原摩利彦さんらの室内楽&電子音楽リスナー、歌舞伎ファン、吉沢亮さんや横浜流星さんら俳優推しなど、さまざまでしょう。
とくに上記のどれかには当てはまらないものの、口コミなどで話題なので映画も主題歌も気になっている人も多いようです。要するに、これから映画を観ようと思っているとか、タイミングが合えばそのうち観るといった予備軍も多数いるはず。そのため見出し「映画『国宝』とは」で触れた概要以上のネタバレは避けたほうがいいのかもしれません。
その路線で解釈すると、吉沢亮さん扮する喜久雄は任侠の家に生まれながらも、血筋を重んじる歌舞伎の世界で女形を演じることに人生を捧げました。芸以外をすべて犠牲にしたので、何もかもかすれたと受け取ることができます。
1番サビ:命がけで光を放つ
この身体を ほどいて
あなたのもとへLuminance/作詞:坂本美雨 作曲:原摩利彦
ほどくのが帯であれば色っぽい話になりそうですが、歌舞伎の演目『曽根崎心中』になぞらえると、命がけで身体(からだ)を投げ出す(霊魂みたいな光を放つ)印象を受けます。そのようにして「身体をほどく」のが喜久雄だとすると、すべてを捧げる相手「あなた」は誰なのでしょうか。
横浜流星さんが演じた歌舞伎の名門生まれのライバル俊介、それとも永瀬正敏さんが扮した喜久雄の父・組長の権五郎、あるいは舞踊家(ぶようか)田中泯(たなかみん)さんによる人間国宝の歌舞伎役者(女形)万菊(まんぎく)。
歌舞伎や芸の神を超越するほどの美しさを体現することで、任侠の血筋に帰ったというか、殺された父の復讐を成し遂げたのかもしれません。
2番Aメロ:何ものにも代えがたい喜び
こだまする 喝采と
祝祭の音色が
こんなにも 柔らかく
響いているLuminance/作詞:坂本美雨 作曲:原摩利彦
歌舞伎・日本舞踊の演目『鷺娘』(さぎむすめ)も映画『国宝』の重要なモチーフになっています。人間の男性に恋をした鷺の精が人間の娘に姿を変えて思いを伝えるものの、成就できない恋に苦しみながら鷺の精に戻り、雪の降るなか息絶える物語です。
『鷺娘』の鷺の精は、梨園の生まれではないにも関わらず人間国宝になった五代目 坂東玉三郎さんの当たり役のひとつ。玉三郎さんは喜久雄のモデルのような感じもします。芸の道に生きた喜久雄は孤独だったと思われますが、それでも舞台上で受けた「喝采と祝祭の音色」は何ものにも代えがたい喜びだったのではないでしょうか。
2番Bメロ:光に溶けるほど透きとおる美しさ
ああ 透きとおる
光に溶けてく
触れられない
あなたとひとつにLuminance/作詞:坂本美雨 作曲:原摩利彦
井口理さんは東京藝術大学・音楽学部・声楽科卒業のテノール歌手。
- ソプラノ:女声・高音
- アルト:女声・低音
- テノール:男声・高音
- バス:男声・低音
ソプラノ音域の高音で歌うことも多く、見た目は男性なのに、声は女性と錯覚するようなボーカリストです。男性が女性を演じる、歌舞伎の女形と通じるところもあるでしょうか。歌舞伎の演技や舞踊も、歌唱も、光に溶けるほど透きとおる美しさ(Luminance=ルミナンス)を放つ芸術といえるでしょう。
父の死に美しさを見出す感性や芸で果たす復讐は狂気なのでしょうか。あるいは芸術至上主義なのかもしれません。才能と血筋というお互いにないもので苦しみ合うライバル同士の喜久雄と俊介、その化け物みたいに美しい邂逅も重なるようです。
2番サビ:永遠に満ち足りた喜びの果て
そう 永遠に
ただ 満ち足りて
今 喜びの 果てまでLuminance/作詞:坂本美雨 作曲:原摩利彦
作詞を担当した坂本美雨さんは、坂本龍一さんと矢野顕子さんの娘。2014年3月に34歳でブックディレクター&編集者の山口博之さんと結婚し、2014年7月に35歳で娘を出産しました。
音楽家・芸術家の血を受け継ぎ、親の背中を見て育った子ども自身も親になるという経験もしています。実体験としては映画『国宝』と重なる部分も異なる点もありつつ、「永遠に満ち足りた喜びの果て」という壮大な結末に落とし込んだのかもしれません。
おわりに
映画『国宝』は壮絶な美しさが描かれた芸術作品だけれども、歌舞伎を知らない人も楽しめるエンタメにもなっているところが右肩上がりの大ヒットにつながったようです。「Luminance」という楽曲も、井口理さんの美しい歌声と原摩利彦さんの美しいサウンドが惜しみなく融合しています。
ただ、なぜこのサウンドを作ったのが常田大希さんではなかったのでしょうか。ミレパことMILLENNIUM PARADE(ミレニアムパレード)がこの路線になる予想(あるいは期待)をしていたのに、まさかの井口理さんがこちら側へいらっしゃった印象です。
いっそのことKing Gnu(キングヌー)がアンビエントやポストクラシカル方向に舵を切り、王道のJ-POP・邦ロックシーンで爆売れする世界線もあり得るのかもしれません。何卒よろしくお願いします。