音楽

なのるなもない x YAMAAN『水月』アンビエントヒップホップの神髄、降臨

アンビエントジャズ、アンビエントR&B、アンビエントフォークのように、アンビエントヒップホップというジャンルが確立しているのかどうかは定かではありませんが、存在するとすれば、なのるなもないさんとYAMAANさんのコラボアルバム『水月』こそ真骨頂のような気がします。

はじめに

なのるなもない


共に早稲田大学ソウルミュージック研究会GALAXYに在籍していた志人シビットSibitt)さん、トラックメイカー&エンジニアのonimasさんらとの2MCヒップホップユニット降神(おりがみ、Origami)の活動でも知られる、1979年生まれのラッパー&スポークンワーズアーティスト、なのるなもない(ナノルナモナイ、Nanorunamonai)さん。

YAMAAN


降神らが在籍するクルー&レーベルTemple ATSのメンバーとして活動を始め、ヒップホップ、ハウス、アンビエントなどを行き来するプロデューサー(トラックメイカー)&映像作家(ビデオテープ、ブラウン管テレビなどを使用)のYAMAAN(ヤマーン)さん。
個人的に現行アンビエントシーンの盛り上がり(リバイバルブームに留まらない進化&深化)に気づくきっかけとなり、当サイトでも紹介したMasahiro Takahashiさんの5thアルバム『Humid Sun』(2023年3月31日、Telephone Explosion)のほか、Lake Of Illusions幻の湖)、道程・Dotei Recordsmediumによる注目のコンピレーションなどにも参加しています。

ind_fris「森」


映像作家としては、愛知・岡崎出身のプロデューサー&レーベルScaffolder recordings主宰者ind_frisインドフリス)さんの6thアルバム『森と雨 (Woods And Rain)』(2023年9月13日、Tealightsound)収録曲「森」のMVも監督しています。

水月


2人のコラボアルバム『水月』(Suigetsu、2023年10月10日、studio melhentrips)は、全8曲・33分あまり。
なのるなもないさんにとっては前作『アカシャの唇』(2013年12月4日FLY N’ SPIN REOCRDS / Flying Books)以来10年ぶり、totoさんとの自主レーベルstudio melhentrips(読み:スタジオメルヘントリプス、意味:夢見る恐竜)の第1弾、これまでにもコラボを重ねてきた、なのるなもないさんとYAMAANさんの2人にとっては初の共作アルバムになります。
ヒップホップ、降神、Temple ATSのファンはもちろん、アンビエントの文脈からたどり着いても心地いい、本質を見極めたメッセージと遊び心の詰まった、箱庭療法の作用も漂う(無意識のストレスが解放されてカタルシスに達する)おもちゃ箱や玉手箱のような作品です。

クレジット

  • なのるなもない:作詞、ラップ、スポークンワード
  • YAMAAN:作曲、プロデュース、ミックス、マスタリング
  • DJ SHUN:作曲(M4)、スクラッチ(M4・7)
  • totoSUIKA):コーラス(M5)
  • studio melhentrips:レコーディング
  • 白水麻耶子:オリジナルアートワーク
  • Takara Ohashi:デザイン

【1】空よりも青く


YAMAANさんが監督を務めたMVが公開されている「空よりも青く」。
「真夏の白昼夢のような歌詞(スポークンワード&ラップ)とニューエイジ・アンビエント的なサウンドの融合」により、アルバムタイトルの「水月=水に映った月、実体のない幻」の世界観へと誘われます。


まず、マリンバとケーナみたいなエキゾチカっぽいイントロが素敵です。
曲名につながる冒頭のスポークンワードは、「く」から始まり「く」で終わる耳心地のよさ。

ドンドンとキック(バスドラム)のビートが入り、「くらくらと~」とラップが始まる展開に心躍ります。
「焦(こ)がれる蜃気楼」と「ゆらめきの向こう」など、さりげなく韻を踏みまくりつつ、「世界の中心、ケセラセラ、ストリートファンタジー、鎌鼬(かまいたち)、マンマミーア」と映画などを連想させる遊び心にも「秘密基地」っぽさが宿っているようです。

なのるなもない & 大前チズル A Piece of JAZZ quartet「ヒュルリラ」:映画『鎌鼬の瞳』より


「意味はなくていい」とのことですが、「君は誰?」と想像をふくらませるのもおもしろいでしょう。
なのるなもないさんがリスナーに語りかけているようでもあり、ラブソング的でもあり、志人さんやYAMAANさんらとの音楽活動を重ね合わせることもできるかもしれません。
リスナーの一人としては「探されるのはもっと後でいい」という歌詞に甘えるかのように、夏が描かれ、秋にリリースされたアルバムを冬に取り上げることになってしまいました。
そもそも「遅めの新譜紹介」の「遅め」が加速するという込み入った状況ですが、末永く親しまれるアルバム(&記事)になることを願い、「ケセラセラ(スペイン語:なるようになるさ)のせせらぎ(細流:浅瀬や小さい川を流れる水の音)」に身を委ねましょう。

ラストのバースは「た」と「だ」にアクセントが置かれ、「モタモタ~怠惰」と畳みかけつつ、消え入るような余韻を残すところが秀逸です。
「怠惰」を「胎内」と空耳すると、「マンマ(母)の胎内に宿る子供=秘密基地にいる、束の間の自由人」のようでもあり、羊水に浮かぶ胎児に回帰させられるような不思議な感覚に陥ります。

【2】Beacon


死生観の漂う歌詞と躍動感のあるビート」が印象的な「Beacon」(読み:ビーコン、意味:狼煙(のろし)や灯台に由来する、無線通信を利用した情報伝達システム)。

「君といたい」だけだとラブソングかリスナーに語りかけている感じがしますが、「消えた星の光が見える」を「亡くなった人(遠く離れた人)の魂が見える」と解釈すると「君=神聖な存在」となり、「闇のなかでも光と共にありたい」と願い、詩的な「生命についての考察」につながるようです。
「は~」というコーラスやタブラっぽいビートがインド音楽を彷彿とさせ、流れ星みたいにスペイシーなサウンドが入っているところにも宇宙観が感じられます。

「今だけがそこにある」という「時間についての考察」です。
ほとんどの悩みは「過去の後悔」か「未来の心配」なので、「今、この瞬間」に集中し続けていれば、悩まずに済むかもしれません。

曲名の「Beacon」に相当するのは「灯火や方位磁針」でしょう。
「大切なことを道標(ビーコン)として今日を生きよう」というメッセージこそが光や磁力を放つビーコンのようです。

【3】Bloom Rain


ミニマルなサウンド、怒涛のフロウ、曲名のリフレインが心地いい「Bloom Rain」。
2曲目「Beacon」の「雨が降り 風が吹き 種落ち 花咲き 光となる」という歌詞が結実するような包容力があります。

【4】優しくして (feat. DJ SHUN)


Temple ATSのメンバーDJ SHUNさんがスクラッチを披露している「優しくして」。
官能的なディープハウスのようですが、「フリージャズ」などの音楽ジャンル、質量とエネルギーの等価性を示す、アインシュタイン特殊相対性理論の公式、「92の元素」といった表現も出てくるので、平和を願って「音楽のように優しくして」という対話を試みているのかもしれません。

【5】Morse Code


タカツキTakatsuki)さん、ATOMアトム)さん、タケウチカズタケKaztake Takeuchi)さん、高橋結子Yuko Takahashi)さん(2010年:脱退)とのヒップホップクルーSUIKA(スイカ)のMC、totoさんがモールス信号のコーラスで参加している「Morse Code」。

水の音が入ったアンビエント・ドローンに乗せて、優しく語りかけるスポークンワードですが、核心を突いた救助信号のようにも聴こえます。
「目に映る全てに値札の付いたバカ」にはなりたくないものです。

toto『○ to ○(わとわ)』

SUIKA『カッコいい』

【6】Criminal Spirituals


「Criminal Spirituals」は社会的なメッセージを畳みかけるラップとトラップ要素を含むサウンドの組み合わせ。

「誰もが幸せになれる社会主義はなかった」という歌詞から、1曲目「空よりも青く」の「秘密基地にいる束の間の自由人」や5曲目「Morse Code」の「君には自由の匂いがする」の「自由」は、資本主義の原理である「自由競争自由主義、自由経済」を示唆していたのかと気づかされます。
たしかに「心まで叩き売って、がむしゃらにやりくりしても、毎月ギリギリ」というか、どう考えても破綻しているのに生かされているのが不思議な状態です。

5曲目「Morse Code」の「目に映る全てに値札の付いたバカ」が、多数決の原理で成り立つ民主主義社会において「切り捨てられた 少数以下同文」みたいに「電卓 かき乱す」しかない「円都」(Yen Town、イェンタウン)の「鳥獣戯画」(日本最古の漫画)のような住人につながったようです。
皮肉っぽいテイストでも映画や漫画を連想させる「死亡遊戯、マトリックス、ネクロマンシー」、「我愛你」(中国語:ウォーアイニー、愛している、I Love You)と空耳することも可能な「War I need」といった遊び心のある表現が散りばめられていて、降神の狂気性を好むリスナーにも「愛し合い、理解し合う精神性の大切さ」を伝えようともがいている気がします。

【7】VIBLE (feat. DJ SHUN)


4曲目「優しくして」に続き、DJ SHUNさんのスクラッチが冴え渡る「VIBLE」。

アルバムを通して語りかけている「君」は、まだワガママな自我が発達していない「乳飲み子」だった頃の「小さな小さな君」のようです。

「ご破算で願いましては」というそろばんの掛け声のような「平和の願い」は、6曲目「Criminal Spirituals」の「電卓をかき乱す円都の住人」にも向けられているでしょうか。
この包容力に涙が止まりません。

スピリチュアルな童話のような語り口ですが、童心に返ると、いつのまにか真っ当な精神性を失った大人になっていることに気づかされます。
ラストのDJ SHUNさんのスクラッチでカタルシスに達するはず。

【8】物語をはじめよう


水の音が印象的に響く「物語をはじめよう」。
「童話のように甘くはない」と断りつつ、「眠れない子供たちの傍で 物語を読んでくれる人」の役割を担い、「夢を覚まさずに目を覚まして、現実の物語を始めよう」と促してくれたようです。
「川なのに晴れた夜の空に浮かぶ天の川」のような幻想的で遊び心にあふれた「水月」の世界観を堪能できたのではないでしょうか。

【LIVE】なのるなもない × YAMAAN(サイトウケイスケ生誕祭2023)

おわりに


ラッパーのアンドレ3000André 3000)がラップをせずにフルートを演奏するアルバム『New Blue Sun』(2023年11月17日EpicSony)のほか、逆にジャズトランペット奏者のクリスチャン・スコット(Christian Scott)ことチーフ・アジュア(Chief Adjuah)がトランペットを吹かずに歌ったりパーカッションを奏でたりするアルバム『Bark Out Thunder Roah Out Lightning』(2023年7月28日、Ropeadope / Inpartmaint)のように、ジャンルやスタイルにとらわれない根源的な変化が起きているように感じます。
長い付き合いのなのるなもないさんとYAMAANさんが初のコラボアルバム『水月』をリリースしたことも、穏やかでありながら革新的な出来事といえるのではないでしょうか。

ブレンドン・モーラー『Pathways』


南アフリカ・ヨハネスブルグ出身、米NYのプロデューサー、ブレンドン・モーラーBrendon Moeller)のアンビエント・ダブテクノ作『Pathways』(2023年9月26日Constellation Tatsu)の心地よさは、YAMAANさんのトラックと通じるところもあるかもしれません。

iu takahashi『Sense/Margin』


神奈川・横浜出身のボーカリスト&作曲家&サウンドアーティスト、iu takahashi高橋イウ)さんのアンビエント・ドローン作『Sense/Margin』(2023年12月14日、LAAPS)は、儚げなボイスやフィールドレコーディングによる湖、海、雨などの水の音も印象的に響きます。

ディスコグラフィ:なのるなもない

ディスコグラフィ:降神

ディスコグラフィ:YAMAAN / Mirage Area

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