音楽

赤坂陽月&石川泰昭「祈り -般若心経-」ビートボックスとポストクラシカルでゴアトランス?の衝撃

スピリチュアルジャズやニューエイジミュージックを通り越して、宗教音楽、仏教音楽となると抵抗がある人もいるかもしれません。
「このご時世に般若心経はベタでは?」とか、逆に「宗教や仏教に音楽を持ち込むのはいかがなものか?」など、さまざまな思いが巡るでしょう。
宗教や宗派も、精神世界(スピリチュアル)に対する考え方も人それぞれですが、音楽が好きであればひとまず約8分半の「祈り -般若心経-」を聴いてみてください。
筆者自身、ポストクラシカルをフックに聴いてみたのですが、「え?ゴアトランス?」と驚き、何度もリピートせずにはいられなくなりました。
笑えて、泣けて、踊れて、歌えて、癒される名曲です。

赤坂陽月


1982年7月29日、東京生まれの即興音楽家(2005年~、2018年~:ヒューマンビートボクサーハンドパン奏者)&禅宗僧侶(2015年~:岩手・洋野町にある曹洞宗・単立、平成院・副住職)赤坂陽月(Yogetsu Akasaka)さん。

般若心経ビートボックスRemix


2020年5月に公開されたYouTube動画「般若心経ビートボックスRemix」が注目を集めています。

お経×ヒューマンビートボックス【誕生秘話】


20代で音楽活動を始め、30代で一般人から僧侶になった父の跡を継ぐため出家して僧侶になり、それから仏教と融合させるスタイルで音楽活動を再開したという流れです。
ヒューマンビートボックス(略称:ビートボックス)は口、喉(のど)、鼻などの発声器官による音楽表現。
ボイパことボイスパーカッションはアカペラ発祥、ビートボックスはヒップホップ発祥という違いがあり、ビートボックスを奏でるビートボクサー(ヒューマンビートボクサー)はルーパーループステーションBOSS RC-505 Loop Station)などを使ってリアルタイムで多重録音しながら即興演奏し、パフォーマンスを競い合うバトル形式の大会も開催されています。
赤坂陽月さんは日本人初のビートボクサーAFRA藤岡章)さんの影響を受け、独学で技を磨いたとのこと。

般若心経ハンドパンRemix


ハンドパンHandpan)は、2000年にスイスのPANArt社がカリブ海の打楽器(パーカッション)スティールパンに基づき開発したハング(Hang、メーカー非推奨の別名:ハングドラム)に対し、2007年にアメリカのPantheon Steel社がハンドパンと名づけて製造することにより広まった打奏体鳴楽器(パーカッション)。
赤坂陽月さんはタイのMUTA sound sculptures社製を使っているそうです。

般若心経【超テクノ法要】ニコニコ超会議2019


ニコニコ超会議のほか、米テキサスのフェスSXSWSouth by Southwestサウス・バイ・サウスウエスト)にも出演しています。

石川泰昭


愛知県立芸術大学(作曲専攻)卒業、同大学院修了、愛知在住の作曲家&非常勤講師(名古屋芸術大学椙山女学園大学)石川泰昭(Yasuaki Ishikawa)さん。

宮岡瑞樹×石川泰昭「しずくのことば」


「オノマトペによる理想郷」というコンセプトの1stアルバム『onomatopia』(2014年12月3日、Poyari)は坂本龍一さんのラジオ番組『RADIO SAKAMOTO』でも紹介されました。
その収録曲「ぽつん ぽたん ぽたり」は、グラフィックデザイナー&イラストレーター宮岡瑞樹さんが映像、石川泰昭さんが音楽を手がけた映像作品「しずくのことば」として、第19回 文化庁メディア芸術祭 エンターテインメント部門 審査員推薦作品(2015年度)に選出されています。

ミカヅキフタツ×Keishi Kondo×石川泰昭「盲目の魚-The Blind Fish-」


木彫あやつり人形師ミカヅキフタツさんのマリオネット、Keishi Kondoさんの映像、石川泰昭さんの音楽、平井亜矢子さん(いとまとあやこ)の歌による映像&音響作品「盲目の魚-The Blind Fish-」は、第21回 文化庁メディア芸術祭 エンターテインメント部門 新人賞(2018年度)を受賞しました。

Fluttering Flowers Live 20210109


ピアノ、弦楽器、電子音によるポストクラシカル系アーティストとしての活躍は多岐にわたり、オーストリア・リンツのクリエイティブ機関アルスエレクトロニカArs Electronica)による世界的なメディアアートの祭典アルスエレクトロニカ・フェスティバル(Ars Electronica Festival)など、10か国以上で作品が展示されたほか、KinKi Kidsデビュー25周年記念イベント「24451~君と僕の声~」@京セラドーム大阪東京ドーム(2022年7月16日~8月10日)OP、EDの音楽制作も担当。
近年はさまざまな映画音楽を精力的に手がけています。

KInd of -Live Set- 20210220


Cycling ’74 MaxMax/MSP)やAbleton Max for LiveM4L)を活用して即興演奏することもあるようです。

祈り -般若心経-


2人のコラボシングル「祈り -般若心経-」(2024年2月22日、赤坂陽月&石川泰昭)は8分38秒。
真言(マントラ)&経題(きょうだい)、本文、真言(繰り返し)、ビートボックス&本文(倍速)、回向文えこうもん)」という構成になっています。

  • 赤坂陽月:読経、ビートボックス
  • 石川泰昭:ピアノ、弦楽器
  • 脇田敬:プロデュース

真言&経題

ピアノと高音コーラスのイントロに続き、般若心経ラストの真言が2回繰り返され、経題(お経の題目)が唱えられます。
まるで頭サビから始まるようなキャッチーな構成。
石川泰昭さんのピアノはゆったりとした4つ打ちビートに徹するかのごとく、エモーショナルなコードをひたすらミニマルに繰り返します。
読経は中音域のメインボーカルに加え、女声に聴こえる高音ハモリと「ボー」という低音ボーカルが入っているようです。
般若心経の正式な経題「般若波羅蜜多心経(はんにゃはらみったしんぎょう)」の前に「仏説(仏の説いた教え)摩訶(偉大な)」とつけることもありますが、ここでは入っていないでしょうか。
その代わりにコーラスと「オリオリ」と聴こえる不思議な声が入り、石川泰昭さんの弦楽器(ストリングス)も少々加わります。
流れ星や鳥の鳴き声のSE(効果音)みたいに響くサウンドは、どうやら石川泰昭さんによる電子音ではなく、赤坂陽月さんによるビートボックスのようです。

本文1

般若心経は4部構成で、その1部は「観音菩薩(観自在菩薩)は『智慧(ちえ)の完成』の修行をしていたときに、五蘊(ごうん、人間存在を構成する5要素)には実体がない(である)と悟った」という導入です。
本格的に読経が始まりましたが、まず「中音域のメインボーカル(女声)、高音ハモリ(女声)、低音ハモリ(男声)の3人がいて、低音男声が赤坂陽月さん?」と思った人も多いのではないでしょうか。
しかし、赤坂陽月さん以外にボーカルやコーラスのクレジットはありません。
つまり、すべては赤坂陽月さんによる読経!
衝撃を受けつつ、倍音の揺らぎやピアノのゆったりとしたリズムと共鳴するグルーヴに癒されているうちに、「プシュー」や「カーン」といった電子音のSEみたいなビートボックスがうっすら入っていることにも気づくでしょう。

本文2

観音菩薩が釈迦(しゃか)の弟子シャーリプトラ(舎利子)に語りかける2部です。
言葉の意味で区切ったり4部に分けたりしていますが、歌詞の譜割りとして考えると小節もパートもまたいでいて、言葉の響き重視になっているところが音楽的。
やはりビートボックスも入っています。

本文3

実体のない「空」についての考え方を深める3部は長いので、さらに3つに分けました。
前パートの終盤「不垢不浄(ふくふじょう)」辺りから、石川泰昭さんのピアノは左手のコードだけでなく、右手でもミニマルなフレーズを奏でています。

「ひとり3声の読経、ビートボックス、ピアノのコード(左手)、ピアノのフレーズ(右手)」という組み合わせが続きます。

経題でもあり、本文に5回出てくる「般若波羅蜜多(はんにゃはらみった)」は「般若智慧(ちえ)」を「波羅蜜多=完成させる(仏になる)修行」すなわち「智慧の完成」という意味。
般若心経を暗記していない人にとっては「羯諦羯諦(ぎゃていぎゃてい)~」の真言や「色即是空(しきそくぜくう)~」、「~無罣礙 無罣礙~(むけいげ むけいげ)」と同じくらい耳に残り、ループする感覚に陥るかもしれません。
その場合、1回目の「般若波羅蜜多」は「~時(じ)」と続き、2・3回目は「依(え)~故(こ)」、4回目は「~、是(ぜ)~」、5回目は「~呪(しゅ)」と整理するといいでしょう。

本文4:真言

前パートのラスト「故説 般若波羅蜜多呪(こせつ はんにゃはらみったしゅ)」は「それゆえ般若波羅蜜多(智慧の完成)の呪文(真言)を説く」、続く「即説呪曰(そくせつしゅわつ)」は「すなわち呪文(真言)を説いて言うには~」という意味です。
「羯諦(ぎゃてい)」は「行く」、「波羅(はら)」は「向こう岸=彼岸」、「菩提(ぼじ)」は「悟り」、「薩婆訶(そわか)」は「呪文(真言)の最後に添える円満・成就の言葉」。
真言「羯諦羯諦~菩提薩婆訶」の訳は諸説ありますが、中村元さんと紀野一義さんの訳註による『般若心経・金剛般若経』(岩波文庫、1960年7月25日)には下記のように記されています。

往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、
彼岸に全く往ける者よ、さとりよ、幸あれ

出典:般若心経・金剛般若経/訳註:中村元、紀野一義

真言(繰り返し)

「経題~般若心経」が実際の般若心経ですが、「祈り -般若心経-」では冒頭で頭サビのように真言が2回繰り返され、さらに1回読経が終わった後で大サビのように真言が4回繰り返され、再び「般若心経」で締めくくられます。

ビートボックス&本文(倍速)


「ここで終わり?」と思うタイミングが2回ありましたが、むしろ「ここから始まり!」といわんばかりに赤坂陽月さんのビートボックスが鋭く切り込んできます。
「流れ星などのSEっぽいサウンドは電子音、女声2人と男声1人による読経」と勘違いしていた人は、「低音パートだった赤坂陽月さんがいよいよ本領発揮!」とか「ゆったりとした読経&ピアノのグルーヴに身を委ねるうちにビートボックスの存在をすっかり忘れていた」などと驚いたのではないでしょうか。
しかも「ブスカットゥク、ブスブス、ア~」というビートボックスは「仏教的に大丈夫?(R&Bやゴスペルなどのフェイクのようで尖りすぎ、攻めすぎでは?)」と心配になるほど音楽的な響きを重視しているようです。
石川泰昭さんのピアノによるゆったりとした4つ打ちコードはそのままに、弦楽器が本格的に盛り上がるなか、般若心経の本文がこれまでの倍速で繰り返されます。
赤坂陽月さんはテクノやサイバーパンクと表現しているものの、ループステーションやハンドパンだけでなく弦楽器ツィターの一種オートハープを使うこともある点はララージLaraaji)や野流のアンビエントを彷彿とさせ、モンゴルの喉歌(のどうた)ホーミーや口琴(Jew’s Harp、Jaw Harp)を駆使するときもある点はヒンドゥー教をモチーフにした1990年代のゴアトランスや2000年代のサイケデリックトランスと通じる気もします。
レイヴのリバイバルブーム、ニューレイヴネオトランスともシンクロするでしょうか。
仏教の禅を体現しながら音楽と融合させる赤坂陽月さんと美しいポストクラシカルを奏でる石川泰昭さんがコラボすることにより、なぜか進化した2020年代日本版ゴアトランスのように響くと驚き、笑い、泣き、踊り、歌いたくなり、癒される始末です。

回向文


これほど癒され、盛り上がったのでそろそろ終わるだろうと油断していると、「願わ(く)ば~」と畳みかけられ、驚きが止まりません。
ただし、これは読経などで積んだ功徳(善行)を他の人に回し向けるために最後に唱える回向文えこうもん)。
流れ星のビートボックスにも込められた祈りに気づいたところでようやく終わります。

おわりに


混沌とした時代なので音楽に癒しを求める人は増えていると思われますが、音楽家も、あるいは音楽家こそ大変な状況に陥っているとも考えられます。
そこで癒しの専門家である宗教家が宗教の違いという垣根すら越え、音楽を通じて祈りを捧げることは意義深いでしょう。
さらに般若心経は1400年もの歴史がある王道のお経で、言葉の響きを音楽的に聴くだけでも心地いい大ヒットソングのようです。
カラオケで歌いたい(ブスカットゥクと言いたい)と思った人もたくさんいるはず!
ただ、赤坂陽月さんが注目を集めたきっかけは動画で、そもそもビートボックスはHIKAKINさんによってより一般的になった側面もあるので広まり方はYouTuber的(実際、見応え、聴き応えのある動画が多数アップされています)、石川泰昭さんはアカデミックな方面で活躍。
そのためBandcampとカセットテープ、LP、CDのリリースを中心に活動する電子音楽家、アンビエント作家などのリスナーとはお互いにすれ違っているかもしれません。
それぞれ別のフィールドに足を踏み入れてみるのもおもしろいのではないでしょうか。

ディスコグラフィ:赤坂陽月

ディスコグラフィ:石川泰昭

リンク

ABOUT ME
渡辺和歌
ライター / X(Twitter)
RELATED POST