音楽

テイラー・デュプリー(Taylor Deupree)『Sti.ll』電子音楽の名盤『Stil.』をアコースティック演奏で再解釈

坂本龍一さんとのコラボでも知られる米NYの電子音楽家、12kレーベル主宰者テイラー・デュプリー(Taylor Deupree)が、自身の代表作のひとつ『Stil.』(2002年)のアコースティックバージョン『Sti.ll』をリリース。
米NYのマルチ奏者、Greyfadeレーベル主宰者ジョセフ・ブランチフォルテ(Joseph Branciforte)がアコースティックアレンジを担当し、クラリネットなどのアコースティック楽器で演奏されています。

はじめに


1971年4月30日生まれ、米NY在住のサウンドアーティスト(電子音楽家)、写真家、グラフィックデザイナー、マスタリングエンジニア(2008年~)、12kレーベル主宰者(1997年~)、テイラー・デュプリー(Taylor Deupree)。

  • 左→右:ベン・モンダー、テイラー・デュプリー、マディソン・グリーンストーン

Ryuichi Sakamoto & Taylor Deupree『St John’s Sessions x Boiler Room Live Set』


米NYの旧Instinct Records(2003年~:Knitting Factory Records)のアートディレクターのほか、テクノトリオPrototype 909(1993年~)、アンビエントのソロプロジェクトHuman Mesh Dance(1993年~)、ギリシャ・アテネ出身の電子音楽家サヴァス・イサティスSavvas Ysatis)とのデュオSETI(1993年~1996年)、Futique(1996年~)、Arc(1996年~)、Skai(1998年)といったさまざまなプロジェクトを経て、本名名義でソロ活動を展開。
坂本龍一さん、米サンフランシスコ在住の電子音楽家、ギタリスト、映像作家、非営利団体Envelop共同設立者&ディレクター、クリストファー・ウィリッツChristopher Willits)など、多数のアーティストとコラボしています。

Sti.ll


アルバム『Sti.ll』(2024年5月17日、Nettwerk / Greyfade / 12k)は、先行シングル2曲を含む、全4曲・1時間1分あまり。
テイラー・デュプリー初期の名盤『Stil.』(2002年10月1日、12k)のリワークです。

Stil.


現代美術家、杉本博司Hiroshi Sugimoto)さんのモノクロ写真シリーズ『海景』にインスパイアされたという2002年の『Stil.』は、テイラー・デュプリーによる電子音楽。
おもに下記の機材やソフトが使用されました。

2024年の『Sti.ll』は、そのアコースティックバージョン。
米NYのマルチ奏者、作曲家、プロデューサー、レコーディングエンジニア、プログラマー、デザイナー、Greyfadeレーベル主宰者(2019年~)ジョセフ・ブランチフォルテ(Joseph Branciforte、1985年生まれ)がトランスクリプション(採譜)、アレンジ(編曲)、プロデュースを担当し、テイラー・デュプリーを含む計7人がクラリネット、フルート、ギター、ビブラフォンなどの生楽器で演奏しました。

クレジット

  • テイラー・デュプリー:作曲、演奏、編集&ミックス&マスタリング@12k Mastering、写真(Greyfade FOLIO)
  • ジョセフ・ブランチフォルテ:トランスクリプション(採譜)&アコースティックアレンジ、プロデュース、演奏、レコーディング&編集&ミックス@Greyfade Studio、ブックインテリアデザイン&レイアウト(Greyfade FOLIO)
  • ローラ・コックス(Laura Cocks):演奏
  • マディソン・グリーンストーン(Madison Greenstone):演奏
  • クリストファー・グロス(Christopher Gross):演奏
  • サム・ミナイエ(Sam Minaie):演奏
  • ベン・モンダー(Ben Monder):演奏
  • マーカス・フィッシャー(Marcus Fischer):アートワーク
  • ジェイソン・ブーハー(Jason Booher)@ペンギン・ランダムハウス(Penguin Random House):ブックカバーデザイン(Greyfade FOLIO)

【1】Snow/Sand (For Clarinets, Vibraphone, Cello & Percussion)

  • テイラー・デュプリー:スネアドラム、紙、ベル
  • ジョセフ・ブランチフォルテ:ビブラフォン、紙、スナップ
  • マディソン・グリーンストーン:クラリネット、バスクラリネット、コントラバスクラリネット
  • クリストファー・グロス:チェロ

オリジナルの「Snow/Sand」はシンセドローンのループ、クリック音、グリッチなどによる瞑想的な電子音楽ですが、今回のリワークではマディソン・グリーンストーンのクラリネット、ジョセフ・ブランチフォルテのビブラフォン、クリストファー・グロスのチェロ、テイラー・デュプリーとジョセフ・ブランチフォルテのパーカッション(スネアドラム、紙、ベル、スナップ)による室内楽に生まれ変わりました。
雪のようになめらかなミニマルループも、砂のようにざらざらとした突発的なグリッチも、すべてアコースティック楽器(フィジカルな非楽器を含む)で演奏されていて、電子音楽として認識していたサウンドがアンサンブルの身体性を伴うという不思議な感覚に見舞われます。
クラリネットの息づかいや指づかいでノイズが表現され、パーカッションのスネアドラムと紙はブラシで演奏されたそうです。
白銀の世界でゆらゆらと眠りに落ちそうになるところを、かわいらしい高音のベルの反復や砂まじりのノイズでかろうじて覚醒を保つようなまどろみを体感できるでしょう。

Snow/Sand

【2】Recur (For Guitar, Cello, Double Bass, Flute, Lap Harp, & Percussion)

  • テイラー・デュプリー:グロッケンシュピール、ラップハープ
  • ジョセフ・ブランチフォルテ:ビブラフォン、ラップハープ
  • ローラ・コックス:フルート
  • クリストファー・グロス:チェロ
  • サム・ミナイエ:ダブルベース
  • ベン・モンダー:アコースティックギター

「Recur」はベン・モンダーによるアコースティックギター、クリストファー・グロスによるチェロ、サム・ミナイエによるダブルベース、ローラ・コックスによるフルート、テイラー・デュプリーとジョセフ・ブランチフォルテによるラップハープとパーカッション(ビブラフォン、グロッケンシュピール)のアンサンブルで再解釈されました。
チェロとフルート(高周波のビープ音)がメロディー、ギターがコード、ダブルベースとラップハープがリズムを担い、「再発」を意味する曲名どおり、呼応するやまびこ(こだま)のようなフレーズがループしながら刻々と変化する構成に魅せられます。
拍子やテンポが独特で、何か不穏な出来事が起きそうなエキゾチックな雰囲気も漂いつつ、どうにか最悪な事態には陥らないで済む安心感も同時に味わえるという、催眠術や魔法のようなサウンドです。

Recur

【3】Temper (For Clarinets & Shaker)

  • マディソン・グリーンストーン:クラリネット、バスクラリネット、コントラバスクラリネット、シェイカー

「Temper」はマディソン・グリーンストーンのクラリネットとシェイカーのみで演奏されました。
ドスンというバスドラのような重低音も、パチパチという低音も、高音のビープ音も、すべてクラリネット。
とくにパチパチというホワイトノイズは、横になってマウスピースから水を絶えず押し出すという方法で奏でられたそうです。
テイラー・デュプリーによるオリジナルはグリッチまじりのシンセドローンですが、その電子音楽らしさを損なわずにアコースティック楽器で再現できる奇跡に痺れます。
また、楽器演奏バージョンを聴くと、オリジナルの電子音楽のおもしろさを再認識することにもつながるのではないでしょうか。

Temper

【4】Stil. (For Vibraphone & Bass Drum)

  • ジョセフ・ブランチフォルテ:ビブラフォン、バスドラム

タイトル曲「Stil.」は、ジョセフ・ブランチフォルテによるビブラフォンとバスドラムで再現されました。
オリジナルのドローンを聴くと、アコースティック楽器では演奏できそうもないと思われますが、ジョセフ・ブランチフォルテはビブラフォンのピッチを変えず、マレットの重さやマイクの位置などを微妙に変化させることによって表現したそうです。
これは音楽なのか、洞窟のなかで聴こえる反響なのか、宇宙や異次元の音響なのか、とまどうほど美しい代物であることは間違いないでしょう。

Stil.

おわりに


1990年代のエレクトロニカの時代から電子音楽やアンビエントに取り組んできたテイラー・デュプリーが、2020年代に過去の代表作のアコースティックアレンジを展開するのは非常に意味深いことでしょう。
カナダ・トロントの作家、ブロガー、ラジオ司会者The Modernsによる、テイラー・デュプリーとジョセフ・ブランチフォルテの対談動画もご参照ください。

  • 左→右:ジョセフ・ブランチフォルテ、テイラー・デュプリー、ローラ・コックス

米NYのラジオ番組New Soundsでは、「#4885, Acoustic Versions of Electronic Music」(電子音楽のアコースティックバージョン、2024年5月22日)という特集で「Recur」が紹介されました。
アーカイブを聴くことができます。

ブライアン・イーノ『Thursday Afternoon』


ブライアン・イーノBrian Eno)のアルバム『Thursday Afternoon』(1985年10月E.G. / Polydor)は、テイラー・デュプリーのお気に入りとのこと。
下記のテイラー・デュプリーのディスコグラフィと共に、改めてアンビエントの歴史をたどってみてはいかがでしょうか。

ディスコグラフィ:Taylor Deupree

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渡辺和歌
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