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米津玄師「IRIS OUT」歌詞の意味を考察!劇場版『チェンソーマン レゼ篇』OP主題歌

米津玄師さんの「IRIS OUT」(読み方:アイリスアウト)は劇場版『チェンソーマン レゼ篇』のオープニングテーマとして書き下ろされました。
「解釈の悪魔(と契約したの)では?」と話題になるほど、アニメ映画の主題歌(アニソン)としての解像度が高いだけでなく、ボカロPハチさん時代からのファンや一般的なJ-POPリスナーをも魅了する「IRIS OUT」の歌詞の意味を考察、解説します。

Contents

米津玄師「IRIS OUT」ミュージックビデオ・Music Video・MV・PV・YouTube動画

劇場版『チェンソーマン レゼ篇』オープニングムービー

劇場版『チェンソーマン レゼ篇』とは


劇場版『チェンソーマン レゼ篇』とは、藤本タツキさんの漫画『チェンソーマン』(単行本:5巻・第39話「きっと泣く」~6巻・第52話「失恋・花・チェンソー」)を原作とするアニメ映画(2025年9月19日公開、配給:東宝、監督:原達矢さん)。

漫画『チェンソーマン』は第一部「公安編」全97話が『週刊少年ジャンプ』(集英社)で2019年1号(2018年12月3日)から2021年2号(2020年12月14日)まで連載されました。
単行本は1巻(2019年3月4日)〜11巻(2021年3月4日)です。

第二部「学園編」は『少年ジャンプ+』(集英社)で2022年7月13日から連載中。
単行本は12巻(2022年10月4日)から、2025年9月4日に22巻が発売されました。

米津玄師「KICK BACK」


TVアニメ『チェンソーマン』全12話は2022年10月12日〜12月28日、テレビ東京系列ほかで放送されました(監督:中山竜さん)。

従来の製作委員会方式ではなくMAPPA一社提供、米津玄師さんによるオープニングテーマ「KICK BACK」に対し、全12話で毎回異なるエンディングテーマにも注目が集まりました。

10分で振り返る アニメ『チェンソーマン』/劇場版『チェンソーマン レゼ篇』9.19(金)全国公開 !


単行本の1巻・第1話「犬とチェンソー」から5巻・第38話「気楽に復讐を!」までが描かれた、第1期となるTVアニメ『チェンソーマン』(監督:中山竜さん)の続編が劇場版『チェンソーマン レゼ篇』(監督:原達矢さん)です。

2025年9月、監督が交代し、TVアニメを2部構成に再編集した『チェンソーマン 総集篇』前後篇(監督:原達矢さん)がABEMA、Netflix、Amazonプライム、ニコニコ動画などで配信、アニメ専門チャンネル・アニメシアターX(AT-X)で放送されました。

劇場版『チェンソーマン レゼ篇』原作者 藤本タツキ × 主題歌 米津玄師 対談/Chainsaw Man – The Movie: Reze Arc”

米津玄師「IRIS OUT」歌詞の意味を考察

曲の構成

  • 1番:Aメロ~Bメロ~サビ(Cメロ)
  • 2番:Dメロ~Bメロ~サビ(Cメロ)

1番Aメロ:レゼに溺れるデンジを応援したくなるリズム

駄目駄目駄目
脳みその中から「やめろ馬鹿」と喚くモラリティ
ダーリンベイビーダーリン
半端なくラブ!ときらめき浮き足立つフィロソフィ

IRIS OUT/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師

「駄目駄目駄目」と「ダーリンベイビーダーリン」、「モラリティ」(Morality、意味:道徳、倫理)と「フィロソフィ」(Philosophy、意味:哲学、人生観、世界観)で韻を踏んでいる「1番Aメロ」。

【ネタバレ注意!】チェンソーマン的考察・解釈

劇場版『チェンソーマン レゼ篇』の世界観で考察、解釈すると(※以下、ネタバレありなので要注意!)、公安対魔特異4課のリーダー・マキマ(CV:楠木ともりさん)のことが好きなのに、カフェ二道(ふたみち)のアルバイト・レゼ(CV:上田麗奈さん)と出会い、好きな人が2人になってしまった16歳の少年(チェンソーの悪魔・ポチタと契約し、チェンソーマンに変身する武器人間)デンジ(CV:戸谷菊之介さん)の葛藤が描かれています。

応援団の337拍子的ドン・ドン・ドン

さらに「駄目・駄目・駄目」と「ダーリン・ベイビー・ダーリン」に象徴されるように、すべて4分の4拍子の頭3拍に強烈なアクセントが置かれています。

これは応援団の337拍子「ドン・ドン・ドン、ドン・ドン・ドン、ドン・ドン・ドン・ドン・ドン・ドン・ドン」が実際には448拍子である(3・7拍子の後に間・休みがある)点と同じです。

そのため「4拍子の4つ打ちなのに、食い気味で前につんのめるような(前ノリの)3拍リズム」ができあがり、「1番・2番Bメロ」の「アイ・リス・アウト」や「1番・2番サビ」の「大・正・解」の「前ノリ・4つ打ち・3拍リズム」で回収される伏線が仕込まれています。

「JANE DOE」の3拍子ともリンク


しかも「IRIS OUT」の「前ノリ・4つ打ち・3拍リズム」は、宇多田ヒカルさんとのデュエットによるエンディングテーマ「JANE DOE」(読み方:ジェーン ドウ)の「後ノリ(レイドバック)とジャスト&前ノリの対比が絶妙な3拍子(4分の3拍子→8分の6拍子)ワルツ」と対になっているようです。

「JANE DOE」については改めて別記事で掘り下げるとして、「IRIS OUT」は藤本タツキさんの「好き」の盛り合わせであるレゼ、そのレゼを好きになるよう心がけた米津玄師さんの「応援団的なリズム」により「デンジの危険な恋の全力応援ソング」になっています。

1番Bメロ:アイリスアウトはトホホ落ち

死ぬほど可愛い上目遣い
なにがし法に触れるくらい
ばら撒く乱心 気づけば蕩尽
この世に生まれた君が悪い
やたらとしんどい恋煩い
バラバラんなる頭とこの身体
頸動脈からアイラブユーが噴き出て
アイリスアウト

IRIS OUT/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師

「上目遣い」(うわめづかい)と「触れるくらい」、「乱心」(らんしん、意味:心が乱れること、狂気)と「蕩尽」(とうじん、意味:財産などを使い果たすこと)、「恋煩い」(こいわずらい、意味:恋に悩み、病気のような状態になること)と「この身体」(このしんたい)など、やたらと韻を踏みまくっている「1番Bメロ」。

頭(精神、意識)では「レゼを好きになってはダメだ」と理性的、道徳的に考えているはずなのに、身体的(フィジカル、肉体的)な反応としては「どうしようもなく好き、好きで仕方がない」と恋の病にかかったような状態になっているデンジが表現されています。

哲学・音楽・アニメそれぞれの心身二元論


「バラバラんなる頭とこの身体」という歌詞は、哲学者デカルトの心身二元論(精神と身体は別物)のようでもあり、音楽における身体性(楽器演奏)の有無(DTM・打ち込みと生演奏の対比)も連想できそうです。

「JANE DOE」の対談で、米津玄師さんが「音楽における身体性」的な話題を投げかけたところ、宇多田ヒカルさんは「打ち込みと生演奏」の二元論ではなく、哲学的な返しをしました。

まるで「デンジ君の知らない事、できない事、私が全部教えてあげる」というレゼのセリフのようでドキッとした人も多いのではないでしょうか。

身体性を伴った現実社会では、人間や動物は物理的に「頭と身体がバラバラ」の状態では基本的に生きられないはず。

ところが頭の中の想像から生み出された漫画やアニメの『チェンソーマン』においては、「頭と身体がバラバラ」の武器人間(契約や移植により、悪魔の心臓を持つ人間)、悪魔、魔人(人間の遺体を乗っ取り、頭が変異した悪魔)が登場しまくります。

レゼのモデルは映画『人狼 JIN-ROH』の赤ずきん


デンジは子犬姿のチェンソーの悪魔・ポチタ(CV:井澤詩織さん)と契約し、チェンソーマンに変身する武器人間になりました。

ネタバレになりますが、カフェ二道のアルバイト・レゼの正体は、爆弾の悪魔・ボムに変身する武器人間。
ソ連のモルモット(実験体)として育てられ、イソップ童話『田舎のネズミと都会のネズミ』を語り、ロシア語の歌「ジェーンは教会で眠った」を歌います。

レゼがチョーカー(首輪)のリング(首の右側についた手榴弾のピンのような金具)を引き抜いてボムに変身するアイデアは、グリム童話などの『赤ずきん』をモチーフとした、押井守さん原作・脚本のアニメ映画『人狼 JIN-ROH』(2000年6月3日:日本公開、配給:バンダイビジュアル、メディア・ボックス、監督:沖浦啓之さん)の「爆弾の運び屋(赤ずきん)の少女の自爆」が元ネタです。

「頸動脈」(けいどうみゃく)とは「心臓から頭へ血液を送る血管」のこと。
そのため「頸動脈からアイラブユーが噴(ふ)き出て」という歌詞は、「恋煩いにより頭と身体がバラバラになるデンジ」の首から血まみれの恋心が噴き出すイメージのようでもあり、首のピンを抜いてボムに変身するレゼを示唆しているようにも解釈できます。

映像・動画表現のアイリスアウト

曲名でもある「IRIS OUT」(アイリスアウト)とは、外から内へ、円形に暗転する映像(動画)のトランジション(場面転換のエフェクト)のこと。
「アイリス」自体はギリシャ語の「虹」に由来し、「花のアヤメ、虹彩(こうさい、目の色のついた部分、中央は瞳孔:どうこう)、カメラの絞り」などの意味があります。

ブラックアウト(暗転、停電、記憶喪失)やホワイトアウト(明転、雪や雲による気象現象)もさまざまな意味がありつつ、映像制作や動画編集でも用いられる用語です。
その効果は大まかに「ブラックアウト=闇落ち、ホワイトアウト=光落ち、アイリスアウト=トホホ落ち(残念、期待外れな結果)」とするとわかりやすいかもしれません。

レゼ篇ラストはアイリスアウト的


『レゼ篇』そのものがマキマの語る「10本に1本くらいしか出会えないおもしろい映画」であり、ラストはカメラワークを含むアイリスアウト的な演出になっています。
後に正体が明らかになるマキマ(支配の悪魔)が能力を発揮して、『レゼ篇』全体を通してデンジを監視中、盗聴中という円形(アイリス)の視点も表現されているでしょう。

ダークでシリアスなのにポップ

米津玄師さんは漫画『チェンソーマン』を読んだとき「ダークでシリアスでありながらも、すごいポップ」と感じたそうです。

たとえば「父殺し」というテーマは、ギリシャ悲劇の『オイディプス王』、精神分析学の創始者フロイトが提唱した「エディプスコンプレックス」という概念、映画『スター・ウォーズ』シリーズの闇落ちなどでダークかつシリアスに扱われてきました。

実はデンジにも「父殺し」という「開けちゃダメ」なドア(扉)があるほど、『チェンソーマン』もダークかつシリアスな内容です。

ただ『チェンソーマン』は藤本タツキさんいわく「邪悪な『フリクリ』(FLCL、ガイナックス・Production I.GによるOVA・メディアミックス)、ポップな『ABARA』(アバラ、弐瓶勉さんの漫画)を目指し、デザイン優先」で描かれています。

そもそもホラー映画『悪魔のいけにえ』の登場人物レザーフェイスが振り回すチェーンソーに着目しつつ、アイリスアウト的なトホホ落ち、つまりコメディタッチ(喜劇風)なポップさ(軽快さ)を心がけている印象です。

レゼ篇のオマージュ作品

さらに『レゼ篇』では青春映画やラブコメと見せかけたホラーアクション作品を好む藤本タツキさんの思惑により、下記など無数の作品がオマージュされています。

  • ベティ・ニールズの恋愛小説『二人のティータイム』
  • 恋愛映画『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)』
  • ソ連(ウクライナ)の反戦映画『誓いの休暇』
  • 青春映画『台風クラブ』
  • サメを巻き上げた竜巻が発生するB級パニック映画『シャークネード』
  • サスペンス・スリラー映画『ノーカントリー』
  • SFロボットアニメ『トップをねらえ!』
  • イギリスの西部劇映画『女ガンマン 皆殺しのメロディ』
  • 西部劇パロディアニメ映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』
  • 不条理ギャグバトル漫画・アニメ『ボボボーボ・ボーボボ』

ラブコメやバトル・アクションが主流の少年漫画の王道『少年ジャンプ』誌で、藤本タツキさんの好みであるB級のエログロナンセンスやホラーを展開するための工夫でもあり、嗜好性が異なる人にまで響く、緻密かつポップな構成になっています。

マキマとデンジの映画館ハシゴデートで語られる「10本に1本しか出会えないおもしろい映画に人生を変えられたことがある」というエピソードも、後の「おもしろくない映画(クソ映画)の必要性」につながる重要な伏線です。

米津玄師さんはこうしたタイアップ作品のニュアンスまで楽曲に落とし込んでいるため「解釈の悪魔(と契約している)」と称されるのかもしれません。
また、ダークでシリアスな現実が横たわっている時代でもあるので、ポップに生き抜くサバイバル能力に共感しやすいとも考えられます。

1番サビ:解釈の悪魔または解釈マン爆誕

一体どうしようこの想いを
どうしようあばらの奥を
ザラメが溶けてゲロになりそう
瞳孔バチ開いて溺れ死にそう
今この世で君だけ大正解

IRIS OUT/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師

「1番Aメロ」の「脳みそ」(のうみそ)から既に「意味と韻」の両方で伏線は張られていたのでしょうか。
「1番Bメロ」で「蕩尽」(とうじん)と「頸動脈」(けいどうみゃく)が続き、「1番サビ」で「どうしよう」の2連発から「瞳孔」(どうこう)に結実しました。

「瞳孔バチ開いて溺れ死にそう」は映像効果としても、目の虹彩(アイリス)の伸び縮みにより開いたり閉じたりする瞳孔という意味でも、「アイリスアウト」そのもの。
デンジとレゼのラブコメ的な「夜の学校デート」後の「お祭りデート」での衝撃的な「花火キス」による「トホホ落ち」も連想できます。

「溺れ死にそう」は瞳孔がバチバチに(激しく)開くほど、デンジがレゼを好きになって恋に溺れるだけでなく、夜に学校のプールでレゼがデンジに泳ぎ方を教えるシーンから、レゼがボムに変身した後の海での戦闘シーンまで表現しているようです。

エンディングテーマ「JANE DOE」の読み方は「ジェーン ドゥ」ではなく「ジェーン ドウ」。

もしかしたら「どうしよう→瞳孔(どうこう)バチ開いて→IRIS OUT(アイリスアウト)」という流れと韻を踏んでいるのか、日本語がわからない外国のリスナーにも「IRIS OUT」の「どうしよう&瞳孔」の響きが「JANE DOE」から連想しやすいようになっているのかもしれません。

米津玄師、チェンソーマン劇場版主題歌「IRIS OUT」制作秘話を明かす「ボンとかバンとかばっちりハマって」


米津玄師さんは「IRIS OUT」の制作秘話を明かす動画で「予告編のボンとかバンとかの音源をそのまま使わせてもらった」と語っています。
「ゲロになりそう」と「瞳孔バチ開いて」の間に効果音が入っていて、レゼがボムに変身した様子が目に浮かびます。

ano「ちゅ、多様性。」


「あばらの奥をザラメが溶けてゲロになりそう」という歌詞は、まず『チェンソーマン』の元ネタのひとつ、弐瓶勉さんの漫画『ABARA』(アバラ)へのオマージュでしょう。

そもそも「あばら」は「あばら骨、肋骨(ろっこつ)」のことなので、「あばらの奥」にあるのは「この想い」つまりデンジのレゼへの恋心であり、なおかつ「デンジの心臓となったチェンソーの悪魔・ポチタ」も連想できます。

「ザラメ」は「粒の目が粗い砂糖、粗目(あらめ)」のこと。

「甘い恋心で胸がいっぱいになり、吐きそう」という表現ですが、TVアニメ『チェンソーマン』第7話「キスの味」のエンディングテーマ、あのちゃんの「ちゅ、多様性。」でも表現された、公安対魔特異4課に所属するデビルハンター姫野先輩による「ベロチュー」ならぬ「ゲロチュー」を示唆しているでしょう。

父の残した多額の借金を返し、ヤクザにだまされながら、普通の生活を夢見る16歳の少年デンジ。

姫野先輩との「ゲロチュー」だけでなく、レゼとの「ベロチュー」までトラウマ級の出来事(エログロナンセンスまたはバイオレンス)になりますが、それでもポップに生き抜く(しかない)ところがある意味、現代社会を象徴しているとも考えられます。

「JANE DOE」との対比表現は偶然


「IRIS OUT」の歌詞「今この世で君だけ大正解」と「JANE DOE」の歌詞「この世を間違いで満たそう」が形容矛盾のような対になっている点は米津玄師さん自身、意図していなかったそうです。

歌詞を解釈するのはリスナーなので「解釈の悪魔」はリスナーではないか、という米津玄師さんの解釈まで含めて、米津玄師さん自身が「解釈の悪魔」というより、「解釈の悪魔」と契約し、「解釈の悪魔」の心臓を持つ武器人間・解釈マンなのかもしれません。

2番Dメロ:弱点を貫くラップパート

ひっくり返っても勝ちようない
君だけルールは適用外
四つともオセロは黒しかない
カツアゲ放題
君が笑顔で放ったアバダケダブラ
デコにスティグマ 申し訳ねえな
矢を刺して 貫いて ここ弱点

IRIS OUT/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師

2人でプレイするボードゲームのオセロの場合、「表と裏」が「黒と白」の石を使用し、相手の石を挟めば自分の石になる(ひっくり返る)ルールです。
「四つともオセロは黒しかない」は「8×8の盤の4隅(角)のマスすべてを黒が取ったので、白は勝ちようがない」という意味でしょうか。

あるいは「君だけルールは適用外」とすると「相手と自分の石の表と裏、4つとも黒なので、黒(君=レゼ)しか勝たん=カツアゲ(喝上げ=恐喝+巻き上げる)放題」とも考えられます。

レゼとデンジの一騎打ちでは、ソ連のモルモット(実験体)として育てられ、爆弾の悪魔・ボムに変身する武器人間・レゼのほうが圧倒的に有利です。
こうしたバトルをオセロになぞらえたのでしょう。

「アバダケダブラ」(アバダ ケダブラ)は小説・映画『ハリー・ポッター』シリーズの「死の呪い、死の呪文」、「デコ」は「おでこ、額(ひたい)」、「スティグマ」は「烙印(らくいん)、焼印(やきいん)」。

ハリー・ポッターのおでこには、闇の魔法使いヴォルデモートが放った死の呪文「アバダケダブラ」を跳ね返し、弱体化させた際についた稲妻型の傷があります。
このヴォルデモートによる襲撃はハリー・ポッターが1歳のときの出来事で、両親ともに亡くなりましたが、その直前にかけた母の愛の魔法に守られたという経緯です。

レゼが笑顔で放ったベロチュー(舌噛み切りキス)をヴォルデモートによる死の呪文「アバダケダブラ」になぞらえると、デンジはハリーのごとく、おでこに傷を負うくらいで生還。
逆に、水に濡れると爆発できないレゼ(爆弾の悪魔・ボム)の弱点に気づき、成長し、力を応用します。

もしかしたらラップは米津玄師さんにとっての弱点かもしれませんが、デンジみたいに誰かに支配されたりしつつも、ハリーのように愛で守られ、映画のタイアップ曲で別の映画をオマージュするという本歌取りに挑戦したのかもしれません。

2番Bメロ:偽物でも構わない

死ぬほど可愛い上目遣い
なにがし法に触れるくらい
ばら撒く乱心 気づけば蕩尽
この世に生まれた君が悪い
パチモンでもいい何でもいい
今君と名付いてる全て欲しい
頸動脈からアイラブユーが噴き出て
アイリスアウト

IRIS OUT/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師

「2番Bメロ」が「1番Bメロ」と異なるのは「パチモンでもいい何でもいい 今君と名付いてる全て欲しい」の部分。

「1番Bメロ」の「やたらとしんどい恋煩い バラバラんなる頭とこの身体」は、恋するデンジもレゼも「悪魔の心臓を持つ武器人間」という、ある意味「頭と身体がバラバラ」の存在であることが示唆されていました。

「2番Bメロ」の「パチモン」は「偽物」(にせもの)のこと。
レゼの正体が爆弾の悪魔・ボムであり、ソ連のモルモット、つまり「JANE DOE」(ジェーン ドウ)こと「名無しの権兵衛」(ななしのごんべえ)だとわかっても、あるいは似たような境遇だからこそ、デンジの恋心は爆発したままトホホ落ちという結末です。

偽物でも構わないほどレゼを好きになるデンジを表現するために、米津玄師さんとしては弱点や偽物と感じるラップに挑戦したのかもしれないという進化や応用も感じられます。

2番サビ:大正解なのはレゼかビームか米津玄師か

一体どうしようこの想いを
どうしようあばらの奥を
ザラメが溶けてゲロになりそう
瞳孔バチ開いて溺れ死にそう
今この世で君だけ大正解

IRIS OUT/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師

「2番サビ」は「1番サビ」と同じ歌詞ですが、その後に続く、歌詞としては表記されていない「ダーリン」の連呼の音程が少々変わり、ラストはパンクっぽい「ラ~」というがなり声で締めくくられます。

「1番Bメロ」の「アイリスアウト」が「2番Bメロ」ではリズムや音程の異なる「アアアア、アイリスアウト」を2回挟むとか、パンチラインのひとつ「ザラメが溶けてゲロになりそう」の常軌を逸した音程や濁音&衝撃的な言葉遣いなどは非常にボカロ的。

ただダークでシリアスなのに、あるいはエログロ&バイオレンスなのにポップかつナンセンスな『チェンソーマン』の世界観を踏襲しているため、「IRIS OUT」は非常にキャッチーです。

嘔吐しそうな歌詞なのに、なぜかTVドラマ『アンナチュラル』の主題歌として大ヒットした「Lemon」並みのポップさ、切なさすら兼ね備えている不思議。
今この世で大正解なのは米津玄師さんなのかもしれません。

デンジにとって大正解なのはレゼ

もちろん、大前提となるのは「デンジにとって大正解なのはレゼ」という解釈です。
雨宿りのために入った電話ボックスで、タバコの吸い殻入りの缶コーヒーを飲もうとするデンジを見て、後から入ってきたレゼは涙を流しました。

この2人の出会いのシーンで、最初にレゼがデンジの心臓を奪わなかったのは「台風の悪魔による雨のため爆弾の悪魔・ボムに変身しても爆発できなかった」、「タバコ入りのコーヒーを飲もうとするほど貧しいデンジの境遇を見抜き、レゼ自身の過酷な生い立ちと重ねた」などが考えられます。

デンジがゲロ(嘔吐)する真似をして、募金のお礼にもらったガーベラの花(アイリス=アヤメではない)を口から出してプレゼントすると、レゼは手品みたいだと喜びました。
頬を染め、上目遣いで、ゲロチューならぬゲロ花を受け取るレゼ。

「俺のこと好きなんじゃね?」と思わせるあざとかわいい態度がソ連の訓練による嘘(ハニートラップ)だとしても、デンジにとってはレゼが「今この世で君だけ大正解」に違いありません。

ビームにとってはデンジが大正解


マヂラブことマヂカルラブリーの野田クリスタルさんも大絶賛されましたが、『レゼ篇』ではサメの魔人・ビーム(CV:花江夏樹さん)とデンジのバディぶりも大正解でしょう。

マキマに導かれ、民間から公安のデビルハンターになったデンジ。
バディとなった血の魔人・パワー(CV:ファイルーズあいさん)は「血の悪魔が人間の遺体を乗っ取った魔人」で、血を吸いすぎると悪魔の力が強まるため、定期的に「血抜き」をする必要があり、『レゼ篇』ではほぼ不在でした。

パワーの血抜き中、デンジのバディを務めたのがビーム。
ビームはサメの魔人なのに、デンジはナポレオンの肖像画(ジャック=ルイ・ダヴィッド『サン=ベルナール峠を越えるボナパルト』)の構図で、チェーンを手綱(たづな)に見立て、馬のようにまたがりました。

デンジにまたがられたビームによる「チギャウ……チギャウ……」(違う、違う)からの「正解!!正解!!正解!!正解!!」のくだりで、ビームの目がハートになる劇場版オリジナル演出も話題です。

となると「ザラメが溶けるとサメになるのでは?」と深読みしたくなる始末。
結果、本人が意図していない偶然まで生まれるほど、リスナーを解釈の悪魔化させる米津玄師さんこそ大正解なのではないでしょうか。

おわりに

米津玄師さんは1991年3月10日生まれ、『チェンソーマン』などの漫画家・藤本タツキさんは1992年10月10日生まれ、2学年差の同世代です。
小学校時代に漫画家を志していた米津玄師さんにとって、同世代で刺激を受けた漫画家作品のアニメ化に主題歌で関われるのは至福に違いありません。

しかも、B級映画を好みながら王道の『少年ジャンプ』で連載する藤本タツキさんは、ボカロP出身で朝ドラ主題歌まで手がけるJ-POPのシンガーソングライター米津玄師さんと通じるところがありそうです。

強火の漫画・アニメファン、ボカロ界隈、J-POPリスナー、それぞれに深く刺さるポイントが盛り込まれつつ、全体的にポップでわかりやすい点が「IRIS OUT」大ヒットの要因といえそうです。

米津玄師「1991」


宇多田ヒカルさんとのデュエットによる劇場版『チェンソーマン レゼ篇』のエンディングテーマ「JANE DOE」に続き、劇場用実写映画『秒速5センチメートル』の主題歌「1991」も2025年10月13日に配信リリースされました。

TVアニメ『メダリスト』の主題歌「BOW AND ARROW」の歌詞にあるように「追いつけない速度で飛ぶ」ように名曲のリリースが加速しています。
「JANE DOE」と「1991」、遅ればせながらの考察、解説記事もお楽しみに!

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