音楽

ファビアーノ・ド・ナシメント&イチベレ・ズヴァルギ・コレクティヴ『Rio Bonito』

『Rio Bonito』はLAの注目ギタリストとブラジル音楽界の重要ベーシスト&作編曲家のコラボ作!
エルメート・パスコアールが掲げる「ユニバーサル・ミュージック」の現在地を訪れましょう。

はじめに

ファビアーノ・ド・ナシメント

  1. Nana
  2. Etude
  3. Tributo

ファビアーノ・ド・ナシメント(Fabiano Do Nascimento)は1983年、ブラジル・リオデジャネイロ出身(父:イタリア人、母:ブラジル人)。
2000年に移住し、米ロサンゼルス(LA)を拠点に活動するギタリスト&作曲家&プロデューサーです。

イチベレ・ズヴァルギ


イチベレ・ズヴァルギ(Itibere Zwarg)は1950年1月24日生まれ、ブラジル・サンパウロ出身、リオデジャネイロのリオ・ボニートを拠点に活動するベーシスト(マルチ奏者)&作編曲家。
1977年からブラジル音楽界の鬼才エルメート・パスコアール(Hermeto Pascoal、1936年6月22日~)のバンドに参加しています。

Rio Bonito


日本オリジナル企画盤『Rio Bonito』(リオ・ボニート、LP:2022年12月3日、デジタル・CD:2022年12月7日、rings)は、デジタルとLPが先行シングル2曲を含む、全10曲・約25分半。
CDはボーナストラック「Theme In C (Full Version)」を含む、全11曲です。

【1】Starfish


第1弾シングル「Starfish」(2022年10月28日)は5/4拍子のリズムに由来して、5本の腕がある「ヒトデ」という意味の曲名がつけられました。
アルバム『Rio Bonito』はコロナ禍の影響により、ファビアーノ・ド・ナシメントがLAで作曲し、ギターを録音。
ブラジル・リオデジャネイロ州にある小さな町リオ・ボニートで、イチベレ・ズヴァルギが編曲、コレチーヴォ・ムジコス・オンラインColetivo Musicos Online)が編曲&演奏、録音するスタイルがとられました。
イチベレの息子でドラマーのアジュリナン・ズヴァルギ(Ajurina Zwarg)、イチベレの娘でフルート奏者のマリアーナ・ズヴァルギ(Mariana Zwarg)も参加しています。
聴きどころは、イチベレ・ズヴァルギの編曲、ファビアーノ・ド・ナシメントのギターとアンサンブルの兼ね合い、エルメート・パスコアールが提唱する「ユニバーサル・ミュージック」の体現です。
オープニングを飾る「Starfish」では、ギターのミニマルなフレーズに対し、カロル・パネッシ(Carol Panesi)のバイオリンを軸としたストリングスアレンジやホーンなどによる展開が印象的に響きます。

【2】Emotivo


ポルトガル語で「感情的」という意味の「Emotivo」。
前半ではギターがリードし、後半からストリングスが重なり、劇的に絡み合う展開がエモーショナルです。

【3】Coletivo Universal


エルメート・パスコアールが提唱し、実践している概念「ユニバーサル・ミュージック」は、「流行やジャンルにとらわれない普遍的な音楽」といったニュアンスです。
「Coletivo Universal」を含め、『Rio Bonito』の収録曲は基本的にブラジル音楽に分類されますが、ジャズ的なアプローチもあり、ミニマルなアンビエントのようでもあり、実験的な要素も感じられるなど、ブラジル音楽の様式美を踏まえたうえでの逸脱が試みられているといえるでしょう。
商業的な成功というエゴから解放された純粋な音楽に心が癒されます。

【4】Strings for My Guitar


ギターとストリングスの響きにフォーカスされた「Strings for My Guitar」。
壮大な自然から地球、宇宙と視野がひろがるような印象を受けるという意味でも、「ユニバーサル・ミュージック」を体現していると考えられます。

【5】Luz das aguas


「水の光」という意味の「Luz das aguas」。
雄大な川などの水辺に、太陽の光が反射するようなきらめきが感じられます。

【6】Theme In C


約3分の「Theme In C」。
ファビアーノ・ド・ナシメントと、LAのギタリスト&作曲家アダム・ラトナーAdam Ratner)のコラボEP『Theme In C』(2022年9月13日、Nascimento Music)では、「Part one」から「Part four」までの4曲に分かれていました。
聴き比べると、よりイチベレ・ズヴァルギの編曲の妙が浮き彫りになるのではないでしょうか。

EP『Theme In C』

サム・ゲンデル『inga 2016』


ちなみにアダム・ラトナーは、LAのサックス奏者&プロデューサー、サム・ゲンデル(Sam Gendel)がソロデビュー前に結成していたトリオバンド、インガ(Inga)のメンバーで(もう1人はドラマーのケヴィン・ヨコタ / Kevin Yokota)、ファビアーノ・ド・ナシメントも参加していました。
その音源は、サム・ゲンデル名義のアルバム『inga 2016』(2021年11月26日、rings)として再発されています。

【7】Just Piano


ベト・コヘアBeto Correa)のピアノがフィーチャーされた「Just Piano」。
穏やかな音色が心に染みわたります。

【8】Strings for My Guitar (Full Band)


第2弾シングル「Strings for My Guitar (Full Band)」(2022年11月30日)は、4曲目「Strings for My Guitar」のフルバンドバージョン。
ホーンやベースが前面に押し出されていて、大地に根ざしたような安心感を覚えます。
アルバム全体が「イントロ→テーマ(4曲目)→ソロ(アドリブ)→テーマ(8曲目)→エンディング」というジャズの楽曲構成のようになっているのかもしれません。

【9】Retratos


「Retratos」は「肖像画」という意味。
ギターを軸に多数の楽器で彩られていて、1人の人間にもさまざまな表情があることが描かれているような気がします。

【10】Kaleidoscope


CD以外のラストを締めくくる「Kaleidoscope」は、「万華鏡」という意味。
1~2分台の楽曲がほとんどのアルバムですが、9曲目の「Retratos」は4分足らず、10曲目の「Kaleidoscope」は約4分半あり、一貫して穏やかながらもカタルシスに達する印象を受けます。
「ヒトデ」から始まり、水辺や宇宙をさまよった果てに、大地に根ざした人間(肖像画)としていまここに存在していることを意識させられる、壮大な「万華鏡」のようなアルバム全体が総括されたといえるでしょう。

おわりに


『Rio Bonito』では「ユニバーサル・ミュージック」の精神が受け継がれつつ、粛々と進化を続けているような印象を受けました。
音楽に対して受け身でいると、膨大な情報を浴びせられるのは商業音楽かもしれませんが、能動的になると「失望しながら商業音楽を聴き続ける必要はない」と勇気づけられるグッドミュージック、リアルミュージックに出会うものです。
ひとたび商業的な成功に左右されない音楽に気づく扉が開かれたら、「失望している暇はない」と本物の音楽の追求に忙しくなるでしょう。
もちろん嬉しい悲鳴を上げながら。
『Rio Bonito』も根源的かつ革新的な音楽体験のひとつになったのではないでしょうか。
ディアンジェロ(D’Angelo)のバンドのベーシスト、ピノ・パラディーノ(Pino Palladino)もリスペクトするエルメート・パスコアール&イチベレ・ズヴァルギという流れで、ネオソウルからブラジル音楽の深みにハマるパターンも考えられます。
ファビアーノ・ド・ナシメントは、サム・ゲンデルの1stアルバム『4444』(2017年11月17日Terrible Records / Inpartmaint)にも参加しているほか、サム・ゲンデルとのコラボ作『Sul』(2013年9月17日)が再発予定
さらに2人のコラボによる新作も計画されているそうなので、こちらも楽しみですね!

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渡辺和歌
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