音楽

Miyauchi Yuri, KENJI KIHARA(宮内優里、木原健児)『pinch』BGMにもなる実験的なアンビエント~エレクトロニカ

星野源さんともコラボし、NHK Eテレの子ども向けSDGs番組『あおきいろ』の音楽も手がけるMiyauchi Yuri(宮内優里)さん。
SSWでもあるKENJI KIHARA(木原健児)さん。
2人の電子音楽家は2016年からデュオ名義のBGM LAB.を展開し、近年は空間のためのBGM(背景音楽)演奏や制作に注力しています。
今回紹介するコラボアルバム『pinch』は楽器演奏を交えた電子音楽のエレクトロニカ、そのなかでもフォークトロニカ、トイトロニカに振り切ったと思われる実験作。
さまざまな音楽が改めてアンビエントをキーワードにつながる傾向にある2020年代、BGMとして聞き流されることすら本望という静かで穏やか、控えめすぎる実験に耳を傾けましょう。

はじめに

Miyauchi Yuri(宮内優里)


1983年、千葉・稲毛生まれ、四街道在住(2023年末:八街から移住)の音楽作家(電子音楽家&マルチ奏者&作編曲家&プロデューサー)Miyauchi Yuri(宮内優里)さん(父:和太鼓奏者、母:ジャズシンガー)。

宮内優里「読書 (feat. 星野源)」


2006年に石川・金沢のRallye LabelからCDデビューし、4thアルバム『ワーキングホリデー』(2011年7月20日)では高橋幸宏さん、原田知世さん、星野源さんらとコラボ。
映画、テレビ、舞台、CMなどの音楽も手がけています。

【Live 2011】宮内優里「meole」@WOODWORK(御徒町)


サム・ゲンデルSam Gendel)やドミコ、あるいはビートボクサーのようにルーパー、とくにループステーションBOSSLoop Station、RC-50など)を活用してリアルタイムの多重録音で即興演奏する実験的なライブのほか、2016年からゲストハウス、図書館、美術館、書店などでのBGM演奏、公共施設や店舗といった空間のためのBGM制作を中心に活動。
KENJI KIHARA(木原健児)さんとのデュオBGM LAB.(2016年~)、和歌山・田辺のデザイン事務所(映像作家)川嶋鉄工所との映像制作ユニットMIYAGAWATEC(宮川テック、2018年~)、LOG by MIYAUCHI YURI名義で日記のように音楽を記録&配信するプロジェクトLOG(2021年6月~)、デザインスタジオ「余地 | yoti」のデザイナー&コラージュ作家、佐藤洋美(Hiromi SATO)さんのコラージュ作品とのコラボシングル「余地 | yoti」シリーズなど、さまざまな取り組みを展開しています。

KENJI KIHARA(木原健児)


音楽家&サウンドアーティスト(電子音楽家&マルチ奏者&作曲家&SSW)のKENJI KIHARA(木原健児)さん(:デザイナー木原佐知子さん / sunshine to you!)。
https://twitter.com/sphontik/status/1681597675043700736

【Live 2022】KENJI KIHARA / BGM LIVE@LIFE Son national park

  • KENJI KIHARA:アンビエント、エレクトロニカ
  • 木原健児:SSW
  • sphontik(スフォンティック):チルアウト、ラウンジ、ローファイ(ジャズ、ブラジル音楽)

上記のように3つの名義を使い分けています。

KENJI KIHARA / Rainy Loop


Miyauchi Yuri(宮内優里)さんとのデュオBGM LAB.(2016年~)のほか、KENJI KIHARAさん名義のSOOTHE & SLEEPシリーズ(2021年~)、Hayama Ambientシリーズ(2021年~2023年)、nalu名義など、空間BGMの演奏や制作を含め、さまざまに活動しています。
モジュラーシンセ(規格:ユーロラック)を操るモジュリストで、機材のモジュールMake Noiseメイク・ノイズ)のMorphageneモーファジン)、Mutable Instrumentsミュータブル・インストゥルメンツ)のBeadsビーズ)、MIDIコントローラーmonomeモノーム)のgridグリッド)などを使用しているようです。

pinch


2人のコラボアルバム『pinch』(読み:ピンチ、意味:ひとつまみ、2023年12月3日、Miyauchi Yuri / KENJI KIHARA)は、全11曲・30分あまり。
デュオ名義BGM LAB.で演奏を行うなどの交流がある長野・伊那の複合施設、赤石商店に滞在し、自然環境にパソコンなどの機材を持ち出して制作されたそうです。
https://twitter.com/miyauchiyuri/status/1731156092124832198

クレジット

  • Miyauchi Yuri(宮内優里):作曲、プロデュース
  • KENJI KIHARA(木原健児):作曲、プロデュース

【1】pinch 1


アルバムタイトルは『pinch』、全11曲の曲名は番号順なので、意味を考察したい場合は「pinch=ひとつまみ」に頼るしかありません。
その「ひとつまみ」はモジュラーシンセなどの機材の「つまみ」をあらわしているでしょう。
つまり、言葉のある歌もの楽曲のようにメッセージを伝えたいのではなく、音の響きそのものを届けたいことがわかります。
クラシックやジャズが好きだったり、ダンスミュージックで踊り明かした経験があったりすると、ボーカルがないことによって言葉の意味を考えず、音響そのものに浸る醍醐味を体感しているはず。
ただ、例えばJ-POPや邦ロックを好む人が『pinch』を聴くと、「どうしてこうなった?(意味不明)」と取り残された気分になる可能性もありそうです。
その場合、2000年前後ダブのように、2020年代はアンビエントをキーワードにさまざまな音楽がつながっている(アンビエントそのものにさまざまな音楽が内包されている、さまざまな音楽遍歴の果てに改めてアンビエントにたどり着いているところがおもしろい)と捉え、関連するジャンルを分類するとわかりやすいかもしれません。

必ずしも上記のように分類できるとは限りませんが、ざっくり理解するために整理してみました。
そのなかで『pinch』は「電子音楽>実験音楽」、あるいは「エレクトロニカ>フォークトロニカ>トイトロニカ」、機材が限られている点は「ローファイ」といえるでしょう。
こうした背景を踏まえて「pinch 1」を聴くと、ころころ玉が転がるような、あるいはグリッチ交じりのマリンバのトレモロみたいなかわいい音色と、静かに鼓動が高鳴るような低音ドローンの組み合わせがおもしろいです。

【2】pinch 2


「pinch 2」では電子音にギターが交ざり、フォークトロニカのようになっています。

【3】pinch 3


焚き火のまきがはぜるようなグリッチ、フィールドレコーディングと思われる水流音、逆回転テープか足踏みオルガン(リードオルガンハーモニウム / ハルモニウム)のようなサウンドがそれぞれループするなか、微妙に変化するシンセドローンが穏やかさを醸し出している「pinch 3」。
ノイズ的な手法が用いられた実験音楽でありながら、難解すぎず癒しのBGMにもなるところが2020年代のアンビエントらしいと感じます。

【4】pinch 4


「pinch 4」では蒸気機関車(SL)のブラスト音(蒸気の排出音)っぽいシューシューというサウンドがインダストリアルもしくはスチームパンク感を漂わせています。

【5】pinch 5


ジージーという虫の音とチューニングのずれたラジオの雑音みたいなノイズが響くなか、即興演奏のようなシンセが呼応する「pinch 5」。
電子音ながらもノスタルジックな雰囲気が感じられます。

【6】pinch 6


音響そのもののおもしろさ全開の「pinch 6」。
レトロアニメのロボットの足音みたいなサウンド、マリンバのような木の音、タブラを彷彿とさせるドゥンという低音、花火っぽい爆発音などがミニマルに散りばめられ、これぞトイトロニカといった仕上がりになっています。

【7】pinch 7


「pinch 7」にはリバーブの効いたボイスサンプルが入っているでしょうか。
やはりかわいらしい音色で、浮遊感のある残響を堪能できます。

【8】pinch 8


点描みたいなシンセと線描みたいなシンセがそれぞれミニマルに繰り返されるなか、心地いいグリッチが飛び跳ねる「pinch 8」。
北欧エレクトロニカのモチーフにもなる北欧神話の妖精(エルフ)が森で遊んでいるような想像が膨らみます。

【9】pinch 9


立体的に空間を駆け巡る音の渦に巻き込まれる「pinch 9」。
例えば脳内マッサージされつつ無重力の宇宙に浮かぶとか、大人のまま胎児に回帰するといった、ミクロとマクロが共存するSF的な時空感覚に魅せられます。

【10】pinch 10


「pinch 10」でもリバーブの効いたボイスサンプルが使われているでしょうか。
教会音楽パイプオルガン民族音楽バグパイプみたいに神聖なシンセドローンのようにも聴こえます。

【11】pinch 11


ラストの「pinch 11」で陽だまりのような温もりに包まれます。

おわりに


「クラシック~現代音楽」の系譜にあるジョン・ケージ(John Cage)らによる実験音楽は1950年代、ブライアン・イーノBrian Eno)らによる環境音楽(アンビエント)は1970年代、吉村弘さんなど日本の環境音楽は1980年代、オウテカAutechre)らによるエレクトロニカは1990年代に盛り上がりましたが、2020年代に改めて「エクスペリメンタルなアンビエント~エレクトロニカ」が進化している現象が興味深いです。
とくに『pinch』はこうして音楽性を掘り下げることも、何も考えずBGMとして流しておくこともできます。
Miyauchi Yuri(宮内優里)さんとKENJI KIHARA(木原健児)さん各々あるいは2人で尽力しているBGM作品は、さらに生活に溶け込む優しい音楽。
能動的に音楽を聴くことにも疲れたときなど、下記のディスコグラフィやリンクを参考にお楽しみください。

ディスコグラフィ:Miyauchi Yuri(宮内優里)

ディスコグラフィ:ディスコグラフィ:余地|yoti

ディスコグラフィ:LOG by MIYAUCHI YURI

ディスコグラフィ:MIYAGAWATEC

ディスコグラフィ:KENJI KIHARA、木原健児

ディスコグラフィ:sphontik、nalu

ディスコグラフィ:SOOTHE & SLEEP

ディスコグラフィ:Hayama Ambient

ディスコグラフィ:BGM LAB.

リンク

ABOUT ME
渡辺和歌
ライター / X(Twitter)
RELATED POST