音楽

David Edren & H.Takahashi『Flow | 流れ』ベルギーの電子音楽家と日本のアンビエント作家のコラボ作

『Flow | 流れ』は日常的な環境やさまざまなシチュエーションになじむアンビエント。
ずっと聴いていられて、なぜか作業がはかどる気がします。

はじめに

David Edren


David Edren(デヴィッド・エドレン)はベルギー・アントウェルペン(Antwerpen)の電子音楽家、作曲家、アーティスト(写真、グラフィックデザイン、映像など)。
DSR Lines名義やデュオ名義Spirit & Formなどでも活動しています。

H.Takahashi


H.Takahashi(Hiroki Takahashi、高橋博輝)さんは1986年、東京・三軒茶屋生まれ。
日本大学芸術学部、小川晋一都市建築設計事務所(2009年~2012年)を経て、建築事務所H.Architecture(2018年~)とレコードストアKankyō Records(2021年11月~)を運営するアンビエント作家、作曲家、建築家です。

UNKNOWN ME / LIVE @ DOMMUNE 27.06.2016


やけのはらさんらとの4人組アンビエントユニットUNKNOWN ME(作曲3人:P-RUFFさん、グラフィックデザイン&映像1人:Yudai Osawaさん)、電子音楽ユニットAtorisKohei Oyamadaさんkengoshimizさん、Yudai Osawaさん)などでも活動しています。

Flow | 流れ


コラボアルバム『Flow | 流れ』(2023年2月10日、Aguirre Records)は、全7曲・約38分。
お互いにファンで、David EdrenとBent Von Bentによるデュオ名義のセルフタイトルアルバム『Spirit & Form』(2020年2月22日Jj Funhouse)に、H.Takahashiさんがリミックスで参加したことがきっかけとなり、アントウェルペンと東京で音源をやり取りしながら制作されました。
色即是空の「接続性因果性縁起)と無常」のような概念がテーマという瞑想的なアンビエントに浸りましょう。

クレジット

【1】Dusk Decorum | 黄昏 礼節


闇夜の迫る黄昏時が目に浮かぶ、ゆったりとしたシンセで幕を開ける「Dusk Decorum | 黄昏 礼節」。
日没時の赤い夕焼けを経て、日没後のマジックアワーにはオレンジに染まる地平線とブルーモーメントという現象による青空が溶け合います。
さらに藍色が深まる逢魔時(おうまがとき)に礼節(礼儀と節度)をわきまえるイメージでしょうか。
約7分半の長尺のうち、1分を過ぎたあたりから管楽器とウィンドチャイム、しばらくして木琴のようなサウンドが加わり、星が瞬き始めた印象を受けます。
4拍子と16拍子のリズムが混在することで、「昼と夜、光と闇、永遠と刹那、美しさと妖しさ」などが混ざり合う不思議な感覚に導かれるでしょう。
後半のチェンバロっぽいシンセの盛り上がりとカタルシスに達する展開は、クラブミュージックの文脈からも楽しめます。

【2】Cascade | 滝


リバーブの効いた浮遊感ただようシンセ音(ドローン的)に、ごつごつした岩を連想するベース音(4拍子)が重なり、跳ね回る木琴っぽいサウンド(16拍子)が水しぶきをあらわしているような「Cascade | 滝」。
4拍子と16拍子のリズムの混合にブレイクが挟まったり、ドローンっぽいサウンドが強調されたりすることで、「滝の流れは一定ではなく、変化する」と再認識させられます。
最後は蝉しぐれのようでもあり、悠久の時が一瞬に集約されるような、あるいは雄大な川の流れが一滴の水に回帰するような「時空の超越」を読み取ることができるかもしれません。

【3】Ghost Count | 木霊数え


英語の「Ghost」の場合は「幽霊、亡霊」、日本語の「木霊」だと「精霊」のニュアンスが強く、反響現象の「こだま、やまびこ」も含まれます。
実際に「Ghost Count | 木霊数え」を聴くと、宮崎駿監督のジブリ映画『もののけ姫』(1997年7月)に登場する精霊の一種「コダマ(木霊)」を連想できるでしょうか。
室町時代の「コダマ」が昭和30年代の「トトロ」になったという設定もあるそうなので、楽曲自体はジブリ作品とは関係ありませんが、何となく親しみやすいというか、童心にかえって精霊と戯れたくなるのではないでしょうか。
ミニマルに積み重ねられた音魂が、最後にほんの少しだけ羽目を外すような茶目っ気も感じられます。

【4】Canter and Gallop | 駈歩と襲歩


馬の歩法(歩き方、走り方)は大まかに4種類あり、「常歩(なみあし、Walk)→速歩(はやあし、Trot)→駈歩(かけあし、Canter)→襲歩(しゅうほ、Gallop)」の順に速くなります。
つまり曲名の「Canter and Gallop | 駈歩と襲歩」は「3種類の歩き方のうち最も速いキャンターと全速力で走るギャロップ」という速いほうの2つです。
2頭の馬がそれぞれ「キャンターとギャロップ」で並走しているとすると、ギャロップのほうが先に行ってしまいそうな気がします。
ところがなぜか足並みはそろっているというか、むしろギャロップのほうが休んだり迷走したりして、ゴールにたどり着くまで長く時間がかかったようです。
ウサギとカメ」の童話や童謡を連想したり、人生を重ねたりすることもできるかもしれません。

【5】Stalactime | 鍾乳石時計


曲名の「Stalactime | 鍾乳石時計」は鍾乳洞の「鍾乳石(Stalactite)+時計(Time)」の造語でしょう。
場所によって違いはあるものの、鍾乳石は100年に1cm程度しか伸びないそうです。
成長の速度が恐ろしく遅く、果てしなく長生きしていることになります。
「ウサギとカメ」になぞらえると、4曲目「Canter and Gallop | 駈歩と襲歩」がウサギ、5曲目「Stalactime | 鍾乳石時計」がカメに相当するでしょうか。
ただし、長寿の象徴とされるカメは1万年生きることはなく、長寿記録は152歳
「鍾乳石時計」には、動物と大自然のスケールの違いに圧倒されるほどの悠久の時が刻まれているようです。

【6】Light Blue & Plink | ベイビーブルー & プリンク


「ベイビーブルー(Light Blue)」は「淡い青、水色」、「プリンク(Plink)」は「楽器などをポロンと弾く」ことです。
「Light Blue & Plink | ベイビーブルー & プリンク」には、ふと見上げた青空の美しさに魅せられていると「この空はどこまでも広がっている」と改めて認識させられ、大自然の広大さや果てしないつながりを一気に体感するようなざわめきがあります。
「昼と夜」や「空間と時間」は表裏一体で、星々の瞬きや宇宙という大自然と交感するようなイメージもわいてくるかもしれません。

【7】Shift Register | シフトレジスタ


シフトレジスタ(Shift Register)」は「入力されたデータがレジスタ(フリップフロップ、記憶装置)をシフト(移動)するように作られたデジタル回路」をあらわすIT用語、半導体用語です。
「記憶装置の移動」と解釈すると、アルバム全体や過去の思い出、壮大な歴史を振り返るようなノスタルジックな雰囲気も漂いつつ、新たな体験を重ねてまだ見ぬ現実を生み出す近未来的な感覚に浸ることもできるでしょう。
寄せては返す波を彷彿とさせるミニマルなシンセ、光や音の粒子がキラキラ反射する映像が浮かぶ金属的な音、伸びやかなストリングスの音色など、多層的に展開されるサウンドで大団円を迎えます。

おわりに

David Edrenはアーティスト、H.Takahashiさんは建築家やレコード店主でもあるので、そうした機微がサウンドにも落とし込まれているように感じました。
とくに環境音楽(アンビエント)として日常生活に溶け込みつつ、気がつくと心身が癒され、心地いい一歩を踏み出す感覚になるのは、衣食住やアート、音楽のつながりを宇宙規模で全体的に捉えているからなのかもしれません。
『Flow | 流れ』には穏やかでも退屈しないおもしろさが詰まっているので、刻一刻と移ろいゆく人生に寄り添ってくれる一枚になるのではないでしょうか。

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渡辺和歌
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