グスタヴォ・インファンチ(Gustavo Infante)の『Pássaros』は、ジャズと並んで新世代の活躍が目覚ましいブラジル音楽と、ローファイかつ実験的なギターサウンドを好む音響派の両面から注目を集めています。
Contents
はじめに
グスタヴォ・インファンチはブラジル南東部ミナス・ジェライス州生まれ、同じく南東部サンパウロ州にあるカンピーナス州立大学(Unicamp)大学院(修士課程)出身の音楽家(ギタリスト&SSW)&作曲家。
ナイロン弦のブラジリアンギターとボーカルに加え、テープやエフェクツペダル(エフェクター)を駆使した幻想的なサウンドが特徴的です。
カセットテープのループやマイクロカセットも使った音楽に(果てはギターも使わずテープだけの操作に)至った謎は明かされてないんですが、エクスペリメンタルとかローファイへの憧れではなく、自然に両立しているのは分かりました。非常に興味深い(非)ギタリストです。https://t.co/tUrGR6Yq2k
— Masaaki Hara 原 雅明 (@masaakihara) September 30, 2022
ディスコグラフィ
- EP『Transe』2016年11月17日
- AL『SER』2019年10月18日、Selo Bastet / YB Music
Pássaros
- グスタヴォ・インファンチ:ボーカル、アコースティックギター(ナイロン弦)、エレキベース、テープレコーディング(カセットMTR:TASCAM Portastudio 424、マイクロカセットレコーダー:Panasonic RN-305)、プロセッシング(エフェクツペダル)、作詞(1~4・8・10・12曲目)・作曲
- セルジオ・マシャード(Sergio Machado、Plim):ミックス、マスタリング
- レティシア・ロドリゲス(Letícia Rodrigues):カバー写真
2ndアルバム『Pássaros』(パッサロス、意味:鳥、デジタル:2021年10月1日・Selo Bastet / YB Music、CD・デジタル:2022年9月21日・Think! Records)は、シングル2曲を含む、全14曲・約28分。
ブラジルのミナス音楽、エクスペリメンタル、そのどちらにも奥深い背景がありますが、今回グスタヴォ・インファンチを入り口として聴く場合でも、それぞれの心地よさを存分に堪能することができるでしょう。
- 歌詞:Bandcamp
【1】Maré de caracóis
アルバムタイトルの『Pássaros』は「鳥=映像的な夢の旅」とのことで、「Maré de caracóis」(意味:カタツムリの潮)の歌詞では、「カタツムリの殻の渦巻き」が「潮の満ち引きや太陽の渦巻き」と重なるような詩的な風景が描かれています。
修士論文のテーマに取り上げたという、ブラジル北部バイーア州サルヴァドール出身の歌手&作曲家ドリヴァル・カイミ(Dorival Caymmi、1914年4月30日~2008年8月16日)の影響が感じられるフィンガーピッキングのナイロンギターと、リバーブの効いたボーカルにより、時空を超越した異世界に誘われるようです。
ドリヴァル・カイミ『Caymmi e Seu Violão』
【2】Canoa dança
冒頭のテープ技が光る、第1弾シングル「Canoa dança」(意味:カヌーのダンス、2022年8月17日)。
その曲名と韻を踏むように、アマゾナス州テフェーのカトゥア・イピシュナ保全区(Catuá)、リオデジャネイロのセントロ(中心部)にあるカトゥンビ地区(Catumbi)といったブラジルの地名が歌詞に含まれていて、アマゾン川の支流テフェー川の流れやリオのカーニバルが連想されます。
「A lua virou virou(月が回った)」や「Ventou(風)」、「Azul(青い)」と繰り返す言葉の響きも印象的です。
【3】Pó de estrela
アフロビートのようなポリリズムというか、ブラジル北東部(ノルデスチ)のアフロブラジル系伝統音楽ココ(Coco)の影響が感じられる「Pó de estrela」(意味:星くず)。
疾走感あふれるテープループとギターリフに、曲名の「星くず」のほか「滝、満潮、新月、カタツムリ、自然、風はいい」と絶賛するボーカルなどが幾重にも重なり、深淵なる宇宙観が表現されているようです。
MVでは、カバー写真を撮影したレティシア・ロドリゲスがコンテンポラリーダンスを披露しています。
【4】O que move na maré
第2弾シングル「O que move na maré」(意味:潮の中で動くもの、2022年9月1日)。
「星くず、種、月の塵(ちり)」は「空を動かす以上のもの」であり、「潮の中で動くもの」だといった内容です。
アルバム全曲、テープ(カセットテープ、マイクロカセット、オープンリール)で録音され、ギターにもボーカルにもエフェクト(リバーブ、ディレイ、エコー)がかけられているため、浮遊感あふれる境地に導かれます。
【5】O ar do vento
約1分半のインスト曲「O ar do vento」(意味:風の空気)はボサノヴァ、MPB(エミペーベー、ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ)、ノルデスチなどのブラジル音楽らしさは抑えられ、音楽の三大要素(メロディー、ハーモニー、リズム)より響きを重視する音響派、エクスペリメンタル(実験音楽)、アバンギャルド(前衛音楽)に近いサウンドになっているところが魅力です。
【6】Flechas no coração do mar
「Flechas no coração do mar」(意味:海の中心の矢)の作詞を手がけたのは、ホムロ・フローエス(Romulo Fróes)。
グスタヴォ・インファンチの詩的な世界観を踏襲しつつ、ラブソング的な内容になっているためか、ノスタルジックなフォークソングのような仕上がりです。
【7】Mergulho
約1分のインスト曲「Mergulho」(意味:ダイビング)では、ギターの残響音がまるでハープのように響き、幽玄な世界観が醸し出されています。
【8】Canoa de dentro
「Canoa de dentro」(意味:中からカヌー)ではグスタヴォ・インファンチの作詞に戻り、これまでにも出てきた「海、川、空、風」などの自然が紡がれつつ、「カヌーが転覆する」といった展開です。
鳥の鳴き声のような口笛も相まって、雄大な川の流れに浮かぶ感覚に浸ることができるのではないでしょうか。
【9】Passagem
約1分半のインスト曲「Passagem」(意味:通路)ではギター、ボイス、テープ、エフェクトの境が曖昧というか、洞窟内の透明度の高い池に水が滴り、コウモリが超音波で交信するような幻想的な風景が想像できます。
【10】Pássaro azul
「Pássaro azul」(意味:青い鳥)では、調和のとれた美しさに微妙な歪みが混ざりつつ、風の音を彷彿とさせるラストにつながります。
短い夢の断片が連なるような構成になっているため、夢うつつで「青い鳥」になり、時空を飛び回る旅をしている気分に浸ることができるでしょう。
【11】Tormenta
約2分のハミング(スキャット)交じりのインスト曲「Tormenta」(意味:嵐)。
ギターのアルペジオと声が渦を巻くように連動して盛り上がる様子が、まるで「嵐」のようです。
【Live】w/ Sergio Machado (Plim) & Vanessa Ferreira
【12】Amanhã
「明日は青い鳥のように戻ってくる矢」といった内容の「Amanhã」(意味:明日)。
これまでに出てきた言葉が何度も用いられ、時間が行きつ戻りつするような不思議な感覚に陥ります。
【13】Do sol nos olhos
1分半足らずのインスト曲「Do sol nos olhos」(意味:目の中の太陽)。
ザワザワとしたノイズ交じりの美しいサウンドに彩られ、果てしなく瞑想的に広がった夢の旅が、ラストに向かってギュッと一点に集中するような「緩和と緊張」に満ちています。
【14】A vez das vezes
「A vez das vezes」(意味:時代の変わり目)の作詞を手がけたのは、ジュディス・デ・ソウザ(Judith de Souza、Judite De Souza)。
これまでとは異なる不穏な雰囲気が漂ったかと思うと、あまりにも唐突に結末を迎えます。
どうやら夢の途中で目が覚めるところまで、リアルに再現されているようです。
夢にはまだ続きがあったのに、といった余韻と共に現実に引き戻されたのではないでしょうか。
おわりに
- 0:40~:Comedor de Caracóis / SER
- 5:10~:Os Caracóis (Tape loop)
- 6:05~:【4】O que move na maré
- 9:20~:【2】Canoa dança
- 12:40~:【3】Pó de estrela
- 16:35~:【7】Mergulho
- 18:10~:【8】Canoa de dentro
- 22:05~:Casa Branca / SER
- 25:10~:Pássaros (Tape loop)
このライブ映像を観ると「グスタヴォ・インファンチは何をしているのか?」や「エクスペリメンタルとは何か?」がよくわかります。
本日リリースです。
ジョン・フェイヒィ~ジム・オルークの系譜にあるギターミュージックのエクスペリメンタル・サイドとミルトン・ナシメントなどクルビ・ダ・エスキーナの融合。
今もっともブラジルで先鋭的ともいえるミナスの音楽家の2ndアルバムを世界初CD化。https://t.co/9ZeSGIcTX7 pic.twitter.com/onCqv8D9UE
— Think! Records by Diskunion (@think_records) September 21, 2022
ミナス音楽とエクスペリメンタルについてはそれぞれ歴史が深淵なので、ひとまずこちらを押さえておきましょう。
ミルトン・ナシメント&ロー・ボルジェス『Clube da Esquina』
ミナス音楽は、リオデジャネイロ生まれミナス育ちのSSW&ギタリスト(マルチ奏者)ミルトン・ナシメント(Milton Nascimento、1942年10月26日~)とミナス出身のギタリスト&SSWロー・ボルジェス(Lo Borges、1952年1月10日~)のコラボアルバム『Clube da Esquina(街角クラブ~クルビ・ダ・エスキーナ)』(1972年3月、Odeon Records)。
ジョン・フェイヒィ『The Transfiguration of Blind Joe Death』
エクスペリメンタルは、米オレゴン州セイラム出身のギタリスト&作曲家ジョン・フェイヒィ(John Fahey、1939年2月28 日~2001年2月22 日)の4th(5th)アルバム『The Transfiguration of Blind Joe Death』(1965年、Riverboat Records)。
いずれも今後、関連する作品を紹介する際にさらに深めていきましょう。
リンク
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- Tower Records:Gustavo Infante、Pássaros/国内盤CD
- disk union:Gustavo Infante、国内盤CD
- DIW by diskunion:国内盤CD
- OTOTSU by diskunion DIW:国内盤CD
- RECONQUISTA(東京・綾瀬):国内盤CD
- 芽瑠璃堂(埼玉・坂戸):国内盤CD
- Spotify:Gustavo Infante、Pássaros
- Apple Music:Gustavo Infante、Pássaros
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