音楽

レイ・ハラカミ『lust』唯一無二のハラカミサウンドに追いつこう!

「星野源のおんがくこうろん」でも特集された、レイ・ハラカミ(rei harakami)さんの代表作『lust』を聴いてみましょう!

はじめに


広島市出身、京都を拠点に活動した、電子音楽家レイ・ハラカミ(rei harakami、原神玲)さん(1970年12月10日~2011年7月27日)は、京都芸術短期大学で映像を専攻した流れで、音楽に転向。
ほとんどの楽曲は、MIDI音源モジュールRoland SC-88Pro(通称:ハチプロ)、音楽制作ソフト(シーケンサー)のOpcode EZ Vision(イージービジョン)のみで制作されました。
ライブでは、デジタルMTRRoland VS-2000CDミキサーとして活用していたようです。

星野源のおんがくこうろん:第5回「レイ・ハラカミ」

シーズン1の初回(第1回、2022年2月11日)「ビートの求道者 J・ディラ」で幕を開けた、NHK Eテレの音楽教養番組「星野源のおんがくこうろん」。
シーズン2の初回(第5回、2022年12月3日)は「限られた機材で無限の音を作り出した音楽家 レイ・ハラカミ」でした。

【Live】yanokami with U-zhaan「終りの季節」

  • yanokami indoor festival@LIQUIDROOM:2013年8月30日

【Live】U-zhaan × rei harakami

  • 100%ユザーン vol.2@cape:2011年5月14日

矢野顕子さんとのユニットyanokami、U-zhaan(ユザーン)さんとのコラボでも活躍。

くるり「ばらの花」

remixed by Rei Harakami

UA「閃光」

Instrumental / Rei Harakami Original Mix

サカナクション「ネイティブダンサー」

rei harakami へっぽこre-arrange


リミックスなども多数手がけました。

lust


4thアルバム『lust』(ラスト、CD:2005年5月25日・Sublime Records、再発CD:2020年12月16日・rings、再発LP:2022年12月28日・rings)は全10曲・約52分半。
代表作となった名盤です。

【1】long time


1分あまりのオープニング曲「long time」。
静謐なアンビエントで、ゆったりとした時間が流れます。

【2】joy


レイ・ハラカミさんの代表曲「joy」は10分の長尺。
3秒ほどの不穏な出だしから一転、いかにも楽しげな鍵盤サウンドで和音の伴奏が奏でられたかと思うとリタルダンド……したかのように錯覚させられるマジック!
そこからポリリズムの嵐とテーマが絶妙に絡み合い、「喜び」の渦に巻き込まれます。
クセになるのは、ズズッとつんのめるビート!
ミニマルな展開から後半でブレイクを挟み、不思議な音が浮遊しまくり、鍵盤の和音がきらびやかに解き放たれ、音数が減るにつれベース音が際立ち、カットアウトする流れも最高です。

【Live】TAICO CLUB camps’ 2010

【3】lust


表題曲「lust」は「欲望」という意味。
恋愛になぞらえると、「長い時間」をかけてようやく付き合えるようになり、「喜び」に浸り、「欲望」にふけっている段階でしょうか。
もちろん恋愛に限らず、人生や音楽そのもの、あるいはレイ・ハラカミさんの音楽活動にもさまざまな流れはあったでしょう。
5分のうち、最初の15秒ほどは「ハープのグリッサンドみたいなのにピッチは一定?」とか「ウィンドチャイムにしてはキラキラ感が少なめ?」と謎めいたエフェクト処理が施されています。
そうこうしているうちに、吐息まじりの「欲望」の世界へ。
下世話な印象は皆無なので、安心して心地いいサウンドに没入できます。

【4】grief & loss


「悲しみと喪失」という意味の「grief & loss」。
「欲望」にふけりすぎて失恋したのかもしれませんし、人生の挫折とも解釈できそうです。
逆再生、リズムの錯覚(アクセントの入るタイミングが変わることによって、実際には変わっていないテンポが変わったように感じる)がふんだんに取り入れられています。
交際相手とテンポが合わずにすれ違ったとか、人生の歯車が噛み合わないなど、「欲望の吐息」が「失望のため息」に変わることもあるでしょう。
それでもラストの1音につながるまで、人生を悲劇ではなく喜劇と捉えているようなユーモアが感じられます。

【5】owari no kisetsu


レイ・ハラカミさん初のボーカル曲「owari no kisetsu」。
はっぴいえんど解散(1972年12月31日)後にリリースされた、細野晴臣さんの1stアルバム『HOSONO HOUSE』(1973年5月25日、Bellwood Records / KING RECORDS)の収録曲「終りの季節」のカバーです。
その細野晴臣さんバージョンの「終りの季節」は、カントリー&ウエスタン歌手、斉藤任弘さんへの提供曲(アルバム『カントリー・パンプキン1972年1月、Denon)のセルフカバーでした。
さらに、矢野顕子さんの7thアルバム『オーエス オーエス』(1984年6月25日、MIDI)や矢野顕子+TIN PAN名義のライブアルバム『さとがえるコンサート』(2015年3月18日、SPEEDSTAR RECORDS / Victor Entertainment)、yanokamiの1stアルバム『yanokami』(2007年8月8日、YMC)とその英語版『yanokamick -yanokami English version-』(2008年3月12日、YMC)でもカバーされたほか、細野晴臣さんの22ndアルバム『HOCHONO HOUSE』(2019年3月6日、SPEEDSTAR RECORDS / Victor Entertainment)にはインストのニューバージョンが収録されています。

扉の陰で 息を殺した
かすかな言葉は さようなら
6時発の 貨物列車が
窓の彼方で ガタゴト

朝焼けが 燃えているので
窓から 招き入れると
笑いながら 入りこんで来て
暗い顔を 紅く染める
それで 救われる気持

出典:owari no kisetsu/作詞:細野晴臣 作曲:細野晴臣

歌詞は「扉」という開放感のある言葉で始まりますが、その「陰」ということで暗い雰囲気が漂い始め、「息を」にしても「殺した」と畳みかけられ、一気に緊迫した場面になります。
そこで発せられたのが「別れの言葉」。
早朝に駅のホームまで見送りにきた恋人に振られたのでしょうか。
それでも語り手の乗った電車は出発し、「窓」を開けて「朝焼け」を「招き入れる」と、「暗い顔」が「赤く染まった」ので、失恋の悲しみに落ち込むことなく「救われた」のかもしれません。
ただ「貨物列車」に客は乗らず、「窓の彼方(遠く)」を走っているとのことなので、「語り手はどこにいるのか?」があいまいです。
実は、細野晴臣さんのセルフカバー以降は「貨物列車が 窓の彼方で」となっていますが、斉藤任弘さんの原曲は「清里行きが 山の彼方で」でした。
つまり「(山梨県)清里行きの貨物列車が、窓越しの山の遠くで、ガタゴト(走っている)」状況です。
細野晴臣さんが作詞・作曲した「終りの季節」は、松本隆さんが作詞を手がけた、大滝詠一さんの「1969年のドラッグレース」(アルバム『EACH TIME1984年3月21日、Niagara Records / CBS/Sony)と同じく、はっぴいえんどの前身ヴァレンタイン・ブルー結成(1969年9月)直後の1969年10月に、鈴木茂さんを除く3人(細野晴臣さん、大瀧詠一さん、松本隆さん)で出かけたドライブ旅がモチーフとなっています。
「3人で車中泊し、自動車の窓から山の遠くを走る貨物列車が見えた早朝」と解釈するのが妥当なようです。
細野晴臣さんを彷彿とさせる語り手自身が、2人に聞こえないように、自動車のドアの端で「別れの言葉をつぶやいた」のではないでしょうか。
はっぴいえんど結成時のドライブ旅に、解散(終わり)とソロ活動の開始(始まり)を重ねた印象を受けます。
そのうえで失恋ソングとしても解釈できるところが深いですね。

今頃は 終りの季節
つぶやく言葉は さようなら
6時起きの あいつの顔が
窓の彼方で チラチラ

朝焼けが 燃えているので
窓から 招き入れると
笑いながら 入りこんで来て
暗い顔を紅く染める
それで 救われる気持

出典:owari no kisetsu/作詞:細野晴臣 作曲:細野晴臣

2番の「窓の彼方で」も、原曲は「山の彼方に」になっています。
ここで気になるのは「あいつとは誰か?」でしょう。
「語り手を振ったばかりの元恋人」や「6時発の貨物列車」、3人のドライブ旅には参加しなかった鈴木茂さんかもしれません。
また、五島勉さんの著書「ノストラダムスの大予言」(1973年11月25日、祥伝社)がベストセラーになるほど終末論が騒がれた時代でもあり、細野晴臣さんもある程度は意識したそうなので、その辺りを読み取ることも可能でしょう。
「失恋、バンドの解散、終末」のいずれにしても、「早起きすれば、暗い顔も明るく照らされる」ことで「救われる気持ち」が表現されていました。
「終りの季節=救われる気持」と韻を踏みながら、「終わり(闇)と始まり(光)はつながっている」ことが体現されたといえるでしょう。
恋愛や人生が描かれた、日本のフォークソングらしい歌詞ですが、レイ・ハラカミさんの歌声とサウンドに包まれると、哲学的な宇宙論にまで発展するような奥行きが感じられます。

細野晴臣「終りの季節」

矢野顕子「終りの季節」

矢野顕子+細野晴臣「終りの季節 (さとがえるコンサート 2014)」

細野晴臣「終りの季節 (New ver.)」

大滝詠一「1969年のドラッグレース」

【6】come here go there


鍵盤、ホーン、ストリングス、木琴、鉄琴、ドラム、パーカッションのようなサウンドと吐息が多層的に重なる「come here go there」。
ミニマルなループのはずなのに、一瞬も同じ模様にならない万華鏡のように「あちこち」飛び交った果てに、虫の音が響く大自然に昇華される印象を受けます。

【7】after joy


ビートレスで残響音がダブっぽい「after joy」。
まさに「喜びの後」のような哀愁が漂います。

【8】last night


「last night」は「昨夜」、それとも「最後の夜」でしょうか。
パーティー(joy)の後のアフターパーティー(after joy)でチルアウトしたのに、また盛り上がろうとした「昨夜」だとすると、何かサスペンス的な出来事が起きたのかもしれません。
不穏な始まりですが、アルバムも終盤に差しかかり、「最後の夜」は盛り上がるしかないと覚悟を決めたかのように、フロア感が増す後半。
ギターのアルペジオと金属的な鍵盤の響きが残り、結局サスペンス的な結末を迎えるのかと思いきや、ドドンと銅鑼が打ち鳴らされます。

【9】approach


アンニュイなミニマルチューン「approach」。
とぼとぼ歩いて何かに「接近」するような雰囲気が漂います。

【10】first period


ラストを締めくくる「first period」。
高音、中音の鍵盤、低音のベースのサウンドが穏やかに浮遊し、ブレイク後、1音にまとまります。
恋愛や人生の浮き沈みから、音楽や宇宙の波動まで、さまざまに感じることができたのではないでしょうか。

おわり


2005年にリリースされた4thアルバム『lust』は、2020年代に聴いても「まだ誰も奏でていない(似たような音楽が他にない)未来の音楽」のような気がします。
そのポイントは次のとおり。

  • 使用機材の少なさ・簡易性に反して、前人未到の豊かな音楽が生み出されている
  • 時代の流れにかかわらず、懐かしさと新しさが共存している
  • 電子音楽なのに温もりがあり、無限の優しさを感じる
  • インスト曲なのに歌物語や情景などが目に浮かぶ
  • カバーの取り組み方が比類ない(他のリミックス作品なども同様)

「first period」として区切りはつけられたものの、4枚のオリジナルアルバムに収まりきらなかった楽曲が『わすれもの』としてまとめられました。
それまでの3枚のオリジナルアルバムなどにも、代表作『lust』につながる片鱗が散りばめられています。
今も未来に生きているようなレイ・ハラカミさんのサウンドに、少しずつでも追いつきたいものですね!

ディスコグラフィ

リンク

ABOUT ME
渡辺和歌
ライター / X(Twitter)
RELATED POST