音楽

ブラッド・メルドー『Your Mother Should Know: Brad Mehldau Plays The Beatles』ビートルズのピアノカバー

ブラッド・メルドー(Brad Mehldau)のソロピアノによるザ・ビートルズThe Beatles)とデヴィッド・ボウイDavid Bowie)のカバーアルバムは、普遍的な音楽の力を再認識する至極の時間を提供してくれます。

はじめに


1970年8月23日、米フロリダ州ジャクソンビル生まれ、コネチカット州ウェストハートフォード育ち、ニューヨーク(NYC)のニュースクール大学出身、ロサンゼルス(LA)を経てNYCを拠点に活動するジャズピアニスト&作編曲家ブラッド・メルドー。

LongGone


ジャズサックス奏者ジョシュア・レッドマン(Joshua Redman)、ジャズギタリストのパット・メセニー(Pat Metheny)、ソプラノ歌手ルネ・フレミング(Renee Fleming)、メゾソプラノ歌手アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(Anne Sofie von Otter)など、多数の作品に参加。

Mehliana: Taming The Dragon


リーダー作やソロ作でビートルズ、レディオヘッド(Radiohead)、マッシヴ・アタック(Massive Attack)などをカバーし、ジャズドラマーのマーク・ジュリアナMark Guiliana)とのエレクトリックデュオ、メリアナMehliana)名義などのコラボ作、映画のサウンドトラックも手がけています。

Finding Gabriel


ジャズを軸に、クラシック、ポップ、ロック、プログレ、電子音楽といったジャンルを自在に行き来。
ジャズピアニストのアート・テイタム(Art Tatum)、オスカー・ピーターソン(Oscar Peterson)、フィニアス・ニューボーン(Phineas Newborn Jr.)のように、「右手はメロディー、左手はハーモニー」という定石を覆す、左手の複雑な指さばきが特徴的なグラミー賞受賞者です。

Your Mother Should Know: Brad Mehldau Plays The Beatles


『Your Mother Should Know: Brad Mehldau Plays The Beatles』(2023年2月10日、Nonesuch)は、先行シングル2曲を含む、全11曲・約48分半(ビートルズのカバー10曲、デヴィッド・ボウイのカバー1曲)。
国内盤CD(ユア・マザー・シュッド・ノウ:ブラッド・メルドー・プレイズ・ザ・ビートルズ、Warner Music Japan)は、ボーナストラック「Maybe I’m Amazed / 恋することのもどかしさ」を含む、全12曲・約52分です。
2020年9月19日~20日にフィラルモニ・ド・パリPhilharmonie de Paris)で録音された、ソロピアノによるライブアルバムを聴いていきましょう。
https://twitter.com/bradmehldau/status/1624058009168105472

【1】I Am The Walrus


第2弾シングル「I Am The Walrus」(アイ・アム・ザ・ウォルラス、2023年1月10日)は、ビートルズの9thアルバム『Magical Mystery Tour』(マジカル・ミステリー・ツアー1967年11月27日、Parlophone・Capitol・Odeon)収録曲のカバー。
教科書に載るほど古典的なポップロックのFab4(ファブフォー)ことビートルズのなかでも、この奇妙な曲で幕を開けるという選曲に胸が躍ります。

Brad Mehldau Discusses and Plays

ビートルズ「I Am The Walrus」

【2】Your Mother Should Know


表題曲かつ第1弾シングルの「Your Mother Should Know」(ユア・マザー・シュッド・ノウ、2022年12月1日)も『Magical Mystery Tour』収録曲のカバー。
原曲の歌詞は「君のお母さんが生まれるまえに流行った曲だけど、お母さんは知っているはず。一緒に踊ろう。もう一度歌って」といった内容です。
アルバムに収録されているビートルズのカバー10曲のうち9曲の作詞・作曲は、ジョン・レノン(John Lennon)とポール・マッカートニー(Paul McCartney)の2人によるレノン=マッカートニーの共同名義。
そのなかでもブラッド・メルドーはポール・マッカートニーの曲作りに着目し、「悲しい、幸せ」といった感情が入れ替わるおもしろさに魅かれて、この曲を表題曲に選んだそうです。

Brad Mehldau Discusses and Plays

ビートルズ「Your Mother Should Know」

【3】I Saw Her Standing There


1stアルバム『Please Please Me』(プリーズ・プリーズ・ミー1963年3月22日、Parlophone)収録曲のカバー「I Saw Her Standing There」(アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア)。
ここでビートルズ初期のブギウギが入ってくるのは意外な流れのような気もしますが、バラエティに富んだ演出を心がけたのかもしれません。

Vinyl Unboxing

ビートルズ「I Saw Her Standing There」

【4】For No One


「For No One」(フォー・ノー・ワン)は、7thアルバム『Revolver』(リボルバー1966年8月5日、Parlophone・Capitol・Odeon/EMI)収録曲のカバー。
そもそもメロディーもハーモニーも秀逸な名曲中の名曲ですが、ブラッド・メルドー節全開のアレンジが加わりつつ、原曲らしく着地する展開に圧倒されます。

ビートルズ「For No One」

【5】Baby’s In Black


4thアルバム『Beatles For Sale』(ビートルズ・フォー・セール1964年12月4日、Parlophone・Odeon/EMI)収録曲のカバー「Baby’s In Black」(ベイビーズ・イン・ブラック)。
ビートルズ初期のブルースやカントリーを彷彿とさせるフォークロックも意外な選曲でしょうか。

ビートルズ「Baby’s in Black」

【6】She Said, She Said


「She Said, She Said」(シー・セッド・シー・セッド)は『Revolver』収録曲のカバー。
ジョン・レノンとブラッド・メルドー、それぞれの物語が静謐な響きに昇華されています。

ビートルズ「She Said, She Said」

【7】Here, There And Everywhere


「Here, There And Everywhere」(ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア)も『Revolver』収録曲のカバー。
マイルス・デイヴィス(Miles Davis)のバンドにも参加したハービー・ハンコック(Herbie Hancock)のように、原曲と異なるハーモニーが加わりつつ、元のメロディーとつながる即興的なアレンジが魅力です。

ビートルズ「Here, There and Everywhere」

【8】If I Needed Someone


6thアルバム『Rubber Soul』(ラバー・ソウル1965年12月3日、Parlophone・Capitol・Odeon/EMI)収録曲のカバー「If I Needed Someone」(恋をするなら)。
ビートルズのカバー10曲のうち唯一ジョージ・ハリスン(George Harrison)が作詞・作曲したインド音楽調のフォークロックですが、シューベルトの調べのようにも聴こえます。

ビートルズ「If I Needed Someone」

【9】Maxwell’s Silver Hammer


「Maxwell’s Silver Hammer」(マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー)は、12thアルバム『Abbey Road』(アビイ・ロード1969年9月26日、Apple)収録曲のカバー。
6 分半あまりの長尺で、軽快なサウンドと物騒な歌詞の原曲から遠く離れたオリジナル曲のようになりつつ、やはり戻る展開に引き込まれます。

ビートルズ「Maxwell’s Silver Hammer」

【10】Golden Slumbers


「Golden Slumbers」(ゴールデン・スランバー)も『Abbey Road』収録曲のカバー。
オリジナルではメドレーで次の「Carry That Weight」(キャリー・ザット・ウェイト)につながる子守歌のようなバラードが、祈りのこもった癒しの曲となり、心の浄化を促しています。

Brad Mehldau Discusses and Plays

ビートルズ「Golden Slumbers」

【11】Life On Mars?


デヴィッド・ボウイの4thアルバム『Hunky Dory』(ハンキー・ドリー1971年12月17日、RCA)収録曲のカバー「Life On Mars?」(火星の生活)。
フランク・シナトラ(Frank Sinatra)「My Way」(マイ・ウェイ、1969年3月)のパロディとして知られるグラムロック・バラードの原曲でピアノを奏でていたのは、元イエス(Yes、在籍:1971年9月~1974年5月)のリック・ウェイクマン(Rick Wakeman)でした。
グラムロックやプログレとジャズの融合も、ブラッド・メルドーらしいサプライズ的なアンコールといえるでしょう。

デヴィッド・ボウイ「Life On Mars?」

おわりに


ビートルズやデヴィッド・ボウイの楽曲をジャズのスタンダードのように捉えた、ブラッド・メルドーならではのソングブックに仕上がっていました。
ピアノを演奏する人にとっては新しい教科書のようなアルバムで、ビートルズなどのロック、ポップファンもジャズファンも聴き惚れる魅力が詰まっていたのではないでしょうか。

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渡辺和歌
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