音楽

ハチスノイト『Aura』声のみで魂が揺さぶられるアーティストの世界デビュー!

まだハチスノイト(Hatis Noit)さんを知らない人は、前情報なしで『Aura』を聴いてみてください。
「なんだ、これは!」という衝撃が待ち受けています。

はじめに


上記の動画で『Aura』の衝撃を体験してから、下記を読むことをおすすめします。
よろしいでしょうか。
北海道・知床出身、UKロンドンを拠点に活動する音楽家・ボーカリストのハチスノイトさんは、言葉ではなく(歌詞がない)、声で表現するボーカルパフォーマーです。

アーティスト名の由来

(ハチス:日本の古名)の糸」とも呼ばれる、蓮の茎の繊維から作られる糸「藕絲(ぐうし)」がアーティスト名の由来。
鴨長明さんの仏教説話集「発心集」(1216年頃)などにも記述が見られ、「極楽往生の縁(この世とあの世、現世と精神世界)を結ぶ」といういわれがあります。

バイオグラフィ

ディスコグラフィ

歌唱法・楽曲スタイル

箏曲、雅楽のほか、バレエや演劇の経験もあり、奄美の民謡、インドのラーガを現地に習いに行ったこともあるそうですが、基本的には独学。
クラシックオペラグレゴリオ聖歌ワールドミュージック民俗音楽(日本の古典音楽・民謡、ブルガリアの民謡)、ポエトリーリーディング実験音楽即興音楽など、さまざまな要素が独自に昇華されています。

Aura


世界デビューアルバム『Aura』(アウラ、2022年6月24日、輸入盤CD・LP:2022年7月29日、Erased Tapes)は、全8曲・約48分。
アルバム名は、ドイツの哲学者・思想家ヴァルター・ベンヤミンWalter Benjamin、1892年~1940年)が評論『写真小史』(1931年)や『複製技術時代の芸術作品』(1936年)で提唱した概念「アウラ(崇高な芸術体験やその際の畏怖の念)」に由来します。
一部のフィールドレコーディングを除き、ハチスノイトさんの声のみでオーガニックに制作された『Aura』。
レコーディングは2019年8月~9月に独ベルリンのスタジオで行われましたが、ロンドンのロックダウン(2020年3月~2021年7月:断続的に3回)によりベルリンではミックスできなくなり、改めて2021年6月にイーストロンドンハックニー教会でレコーディング済みの音源をスピーカーから流し、再び録音するリアンプリアンピング)という手法が取られました。
その結果、エフェクターではない、教会という建築物ならではのエコー反響)やリバーブ残響)が効果的に作用し、ベンヤミンが「アウラ」に込めた「時間的・空間的な一回性」が実現されています。
それでは改めて1曲ずつ、神秘的なボーカルパフォーマンスを体験していきましょう。

【1】Aura


アルバムの表題曲「Aura」は、モンゴルの民謡オルティンドーやオペラなどを彷彿とさせる歌唱法ですが、歌詞がなく、言葉ではない声のみのパフォーマンススタイルにより、言語化・理論化されるまえの原初の感覚そのものがダイレクトに伝わってくるのではないでしょうか。
ハチスノイトさんが知床の森で迷子になったときに体感したであろう「死に近づくような恐怖」と「自然の一部になるような崇高さ」が混在しています。
人間の泣き声、鳥の鳴き声、草木が放つ清浄な空気、森の香りや湿気、シダ類・コケ類・菌類の胞子が飛ぶ様子、巨木や岩の圧倒的な存在感などが想像できるかもしれません。

【2】Thor


「Thor」(トール、またはソー)という曲名は、北欧神話の雷神・農耕神「トール」のことでしょうか。
あるいは「ポリネシア人のルーツは南米」という仮説を実証するため、古代ペルーのイカダ「コンティキ号」で太平洋を横断し(1947年)、『コン・ティキ号探検記』(1948年)にまとめたノルウェーの人類学者トール・ヘイエルダール(Thor Heyerdahl、1914年~2002年)も重なるかもしれません。

【3】Himbrimi


「Himbrimi」(ヒンブリミ)とは、アイスランド語で渡り鳥「ハシグロアビ」のこと。
アイスランドのSSWビョークBjörk)のリミックスやプロデュースも手がけた、米ボルチモアの電子音楽デュオ、マトモスMatmos)が、EP『Illogical Dance』収録曲「Illogical Lullaby (Matmos Edit)」にリミックスで参加していたり、バックコーラスを務めたヨンシー&アレックスのヨンシーはアイスランドを代表するポストロックバンド、シガー・ロスSigur Rós)のボーカル&ギターだったりするので、ハチスノイトさんはアイスランドの音楽とも縁があるのかもしれません。

【4】A Caso


曲名の「A Caso」は、イタリア語では「ランダム、たまたま、行き当たりばったり」といった意味です。
1600年頃にイタリアで発祥したオペラと即興の融合が感じられます。

【5】Jomon


ハチスノイトさんは芸術家の岡本太郎さん(1911年~1966年)が好きだそうです。
その岡本太郎さんは東京国立博物館で縄文土器を見て「なんだ、これは!」と驚き(1951年)、評論・エッセイ「四次元との対話 縄文土器論」(美術雑誌『みずゑ』1952年→『日本の伝統』>「二 縄文土器」光文社・知恵の森文庫、2005年)を発表するなど、縄文文化に多大な影響を受けました。
「Jomon」(縄文)では、稲作が始まった弥生時代よりまえの、狩猟採集による激しく躍動感あふれる自然のエネルギーとパワー、人々による祝祭と祈りが表現されています。

【6】Angelus Novus


EP『Illogical Dance』収録曲「Angelus Novus」の再録。
曲名はラテン語で「新しい天使」という意味で、ベンヤミンの遺稿『歴史の概念について(歴史哲学テーゼ)』(未來社、2015年)の第9テーゼ(命題)「歴史の天使」(Angel of History)で取り上げられている、スイスの画家パウル・クレー(Paul Klee、1879年~1940年)の絵画「新しい天使」(1920年)に由来します。
その「歴史に抗って飛ぶ天使」のイメージと、ハチスノイトさんの個人的、あるいは社会的な葛藤(イギリスで暮らす日本人としての疎外感など)が共鳴し、最終的に内面の癒しにたどり着く展開です。


MVは、AI人工知能)アーティストの岸裕真Yuma Kishi)さんがAIを用いて監督。
撮影は写真家のYunosuke Nakayama中山祐之介)さん、プロデューサーはPERIMETRONペリメトロン)の西岡将太郎Shotaro Nishioka)さんが務めました。
出演はモデルのイシヅカユウYu Ishizuka)さん、UKロンドンを拠点に活動する4人組サイケロックバンドBo Ningen棒人間)のボーカル&ベースTaigen Kawabe川辺大元)さん、ハチスノイトさん。
3人の境界線は流動的で、最終的に溶け合う様子が描かれています。

『Illogical Dance』Version

A Take Away Show

New Sounds In-Studio

Hatis Noit & NYX

【7】Inori


<Erased Tapes>10周年記念のコンピアルバム『1+1=X』(2018年6月29日)収録曲「Inori」の再録。
ハチスノイトさんの声のみで制作されたアルバム『Aura』のなかで、唯一フィールドレコーディングで録音された音源が使われています。
それは2017年3月、原発事故による避難指示解除の式典でパフォーマンスするために、ハチスノイトさんが福島県の飯舘村や富岡町を訪れた際、福島第一原発から1kmの海辺で録音したという海の音(波の音、鳥の鳴き声、護岸工事の音を含む)。
政治的なメッセージは地元の人々の心情にそぐわないと判断し、「故郷や故人への愛情や記憶」あるいは「海の記憶」といった「人間的・根源的な部分」を大切にしながら「祈り」が捧げられています。

『1+1=X』Version

ハチスノイト×浅井信道「INORI」

【8】Sir Etok


ラストを飾る「Sir Etok」(シリエトク)の曲名はアイヌ語で「大地の突端」という意味で、「知床」の語源です。
圧倒的な「天と地の狭間」で道に迷った果てに、動物として生きる本能が呼び覚まされたような気がします。

おわりに


言葉の意味や物事の仕組み、歴史、背景などを知るとわかった気分になりがちですが、根源的な事象は科学的、論理的には解明されにくいものかもしれません。
とくに精神的な愛や祈りについてはデリケートな側面もあるものの、ハチスノイトさんのボーカルパフォーマンスには音楽理論が積み重ねられる以前の「根源的な音楽体験」が感じられます。
原始の森や海に導かれ、「生と死のあいだ」をさまよいながら、圧倒的な「生きる喜び」に感謝することができたのではないでしょうか。

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渡辺和歌
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