音楽

ざきのすけ。『Identification』SANABAGUN.(サナバガン)の大樋祐大プロデュース!

「THE FIRST TAKE」オーディションのファイナリスト、ざきのすけ。さん。
EP『Identification』ではジャズ、ネオソウル、ヒップホップなどのブラックミュージックやロックの要素をポップに昇華した独自のサウンドが展開されています。

はじめに


ざきのすけ。さんは2001年4月16日生まれ、北海道札幌市出身のラッパー兼シンガーです。
https://twitter.com/zakinosuke0416/status/1538821621560922113

セミファイナリスト14組 / THE FIRST TAKE STAGE

  • 2:34~:ざきのすけ。「Feel Like」

ファイナリスト4組 / THE FIRST TAKE STAGE

  • 0:00~:ざきのすけ。「MINT」

YouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」が2021年に開催した一発撮りオーディションプログラム「THE FIRST TAKE STAGE」でファイナリスト4組に選ばれました。

BACKSTAGE vol.1 / 一発撮りオーディションの裏側

  • 14:01~:ざきのすけ。

BACKSTAGE vol.5 / とうとうファイナリスト4組が決定!

  • 1:42~:ざきのすけ。

ゲスト選考委員の亀田誠治さん東京事変)とハマ・オカモトさんOKAMOTO’S)にも絶賛されました。


ざきのすけ。さんは小学生のときに父や祖父の影響でジャズドラムを始め、東京事変やブラックミュージックを好んで聴くようになり、中学生のときにバンド活動(ギター&ボーカル)のかたわら、鎮座DOPENESSさんをきっかけにラップと曲作りを始めたそうです。
amazarashiの影響で近代文学に傾倒し、本名の「山崎」に芥川龍之介さんを彷彿とさせる近代文学的な「のすけ」とポップな句点を加えたアーティスト名になっています。

Identification


1st EP『Identification』(2022年5月25日)は先行シングル2曲を含む、全4曲・約12分半。
和魂洋才」というキャッチコピー(ざきのすけ。さん自身がよく使う言葉から、ゲスト選考委員の2人が命名)がしっくりくる、多彩な4曲を聴いていきましょう。

【1】Bipolar


第1弾シングル「Bipolar」(2022年3月23日)は、イントロのシンセサイザーと吸い込む息から早くも「不安定」な世界観に引き込まれます。

ねぇ、答えてよバイポーラ
なぜ君を見ているんだろう?
ねぇ、教えてよバイポーラ

ねぇ、答えなよバイポーラ
耽美は君を救うのかい?
ねぇ、教えてよバイポーラ

出典:Bipolar/作詞:ざきのすけ。 作曲:ざきのすけ。

冒頭のフック(頭サビ)を聴いて、まず「バイポーラって誰?」と疑問に思ったのではないでしょうか。
語り手の「僕」が「バイポーラ」という名前の女性に「君」と呼びかけている雰囲気も漂いますが、その場合「僕が君を見ている理由を君に尋ねる」のは不思議ですね。
実は、タイトルにもなっている「Bipolar=バイポーラ」とは「双極、対極、二面性」のこと。
電気メス(医療機器)のモノポーラ(単極、メス先の電極が1本)に対するバイポーラ(双極、電極は2本)、トランジスタ半導体デバイス)のユニポーラキャリアが「電子=負」か「ホール=正」のどちらか1種類)に対するバイポーラ(キャリアは正負2種類)、あるいは双極性障害をあらわす言葉などで使われます。
ここで考えられる双極、対極は「表と裏、光と闇、形と影、実像虚像」など。
まるでドッペルゲンガーみたいに「自分の分身(=君、バイポーラ)が見えるのはなぜ?」と混乱しているのではないでしょうか。
芥川龍之介さんのような「耽美主義芸術至上主義」について葛藤するあまり、自我が分裂するという二面性が生じているのかもしれません。

薄膜の中からただ踊る君をみていた
幾度目かのジャメヴ
慣れたモンさ
今となっちゃ君はただ真っ逆さまさ
涙なんてもう、意味はないし

鳴り響く「不安定」でさえ、心地いいんだろ?
はみ出した劣等も享楽へ溶かせるみたいに
ぐるぐる回る磁石みたいだ
寄せて離して
揺さぶりすぎに気をつけて

出典:Bipolar/作詞:ざきのすけ。 作曲:ざきのすけ。

1番のAメロとBメロに相当するバースでは、ボーカルだけでも「オートチューンこぶしがなり声仮声帯発声)、クリーンボイス(通常の歌い声)、巻き舌タングトリル)」など「不安定」な「揺さぶり」が続き、サウンドもジャズの即興のように「ぐるぐる」変化しています。
ジャメヴ=未視感」とは「見慣れたものを見知らぬものに感じること」。
「見知らぬものを見慣れたものに感じること」を意味する「デジャヴ=既視感」の逆です。
「バイポーラ=君」は「僕の分身のようなリスナー、あるいは大切な人」と解釈することもできるかもしれません。
「劣等と享楽」や「僕と君」という「磁石」の「プラス(正)とマイナス(負)」のような双極、対極すら、「耽美」な音楽によって混ざり合いそうです。

ねぇ、答えてよバイポーラ
未だ君は僕をみているの?
ねぇ、教えてよバイポーラ

ねぇ、答えなよバイポーラ
耽美に手を伸ばすのかい?
ねぇ、教えてよバイポーラ

出典:Bipolar/作詞:ざきのすけ。 作曲:ざきのすけ。

冒頭のフックは「僕が君を見ている」状態でしたが、1番のフックでは「君が僕を見ている」状態に変わりました。
お互いに見つめ合っているとすれば矛盾はありませんが、主体と客体が入れ替わったような「不安定」な感覚に陥ります。

鼻歌交じりのステップで
燻らせた心痛もうとも
のらりくらりとかわして
踊る美しい君をただまた見ていたんだ
ニーチェの残した言葉みたいにさ

鳴り響く「不安定」でさえ心地いいんだよ
はみ出した劣等も享楽へ溶かしたみたいに
くるくる回り踊り出せば
巻き戻しみたい
膜の向こう音が聞こえて、君はみていた

出典:Bipolar/作詞:ざきのすけ。 作曲:ざきのすけ。

2番のAメロとBメロに相当するバースでは、裏声やラップ調も混ざります。
「耽美主義」の双極、対極が「ニーチェ」の実存主義という位置づけでしょうか。
網膜を彷彿とさせる「膜」あるいはステージと客席のあいだの「幕」を隔てて、「音を奏でる側の僕」と「踊る側の君」が入れ替わる(溶け合う)物語に「巻き戻る」ような展開がおもしろいですね。

ねぇ、答えてよバイポーラ
なぜ君は僕を見るの?
ねぇ、教えてよバイポーラ

ねぇ、答えなよバイポーラ
耽美が僕ら繋ぐのかい?
ねぇ、教えてよバイポーラ

出典:Bipolar/作詞:ざきのすけ。 作曲:ざきのすけ。

ラストのフックでは「僕」と「君」の自我が統合されようとしています。
「耽美」は「音楽や映像に酔いしれること」とか「音楽や映像」そのものに置き換えられるかもしれません。
EPのタイトル『Identification』には「身元」のほか「同一であること(の確認や証明)」という意味もあります。
「不安定な状況でも、音楽や映像によってつながる喜び」を堪能したいですね。

【2】CASSIS


第2弾シングル「CASSIS」(2022年4月27日)のサウンドは「耽美」なR&Bですが、歌詞では「カシスを飲む君に惑わされる僕」というすれ違いの恋愛が描かれています。

よくあるような
口説き文句を運命と勘違った
寂しさを埋めるためなら
他のひとにしてくれりゃよかったのに
僕の気持ちに気づいてた癖に

君は全然なんもわかってない
僕をまったくもってわかってない
なのに簡単に手玉にとってさ
余裕そうにカシスなんて飲んでさ
その気にくわない態度も
やけに色っぽくて
好きだよ?ってまた惑わしてさ
余裕ありげにまた微笑んでさ
あーあ

出典:CASSIS/作詞:ざきのすけ。 作曲:ざきのすけ。

ざきのすけ。さんは2022年4月16日に21歳になったのでお酒は飲めますが、まだ大人っぽくなろうとして背伸びしている段階なのかもしれません。
せっかく「音楽」でつながることができても、孤独を埋めるための「恋愛ごっこ」になるようでは「何もわかっていない」という話でしょう。
ただ、1曲目「Bipolar」の仕掛けを踏まえると、「手玉にとられている」のは本当に「僕」なのか、それとも「君=リスナー」なのかと深読みすることもできそうです。
これから「リスナーがわかっていないざきのすけ。さん」が出てくるという伏線のようにも受け取れます。

【3】Launch


ハードロックっぽいダークなバンドサウンドにシャウト&ラップの「Launch」(ローンチ)が打ち上げられました。
1曲目「Bipolar」と2曲目「CASSIS」を聴いてざきのすけ。さんのことがわかった気になり、「耽美」な雰囲気に浸っていたリスナーはハッとしたはず。
ざきのすけ。さんとともに、8人組ジャズ&ヒップホップチームSANABAGUN.サナバガン)のキーボーディスト大樋祐大おおひ ゆうだい)さん(2019年2月加入)がプロデューサーを務めている点も、骨太サウンドが実現した大きな要因でしょう。
さて「手玉にとられていた」のは「僕と君」のどちらでしょうか。

SANABAGUN.「SNB. Blues」

【4】Finger Magic


ラストの「Finger Magic」はジャジー&ブルージーなミドルチューン。
グリム童話などで知られる『ハーメルンの笛吹き男』がモチーフとして取り上げられています。
2曲目「CASSIS」では「僕を残し、君はいなくなってほしい」と願っていましたが、ざきのすけ。さん自身は「笛吹き男が鳴らす笛の音につられて街から消えた子ども」と「街に残る大人」の両方の気分を味わっているようです。
1曲目「Bipolar」で仕掛けられた「主客の逆転」というトリックが効いていて、「不安定」な自我が消滅するというか、3曲目「Launch」にもあったように「ネガティブさえ燃やす」ことができたのではないでしょうか。
もしかしたら「Finger Magic」は「手玉にとる・とられる」の区別がなくなる魔法なのかもしれません。

おわりに

ざきのすけ。さんのことを知らなかったリスナーに対して、身分証明書や名刺代わりになる1st EP『Identification』でした。
顔見世的にブラックミュージック(ジャズ、R&B、ソウル、ヒップホップ)、ロック、ポップというジャンルの幅広さを提示したのでしょう。
ジャズドラムの演奏がルーツにありつつ、J-POPにも通じる和心を忘れない「和魂洋才」ぶりはKing Gnuの挑戦に近い気もします。
むしろJ-POPというより歌謡曲といいたくなる歌詞は、初期の椎名林檎さんに通じるところがあるかもしれません。
ブラックテイストのボーカルやサウンドが心地いいうえに、隠し玉のように炸裂させるラップが真骨頂というスタイルもおもしろいですね。
「ブラックミュージック&J-POP」の新解釈はじわじわ盛り上がっているので、ざきのすけ。さんの活躍も楽しみです。

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渡辺和歌
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