米津玄師さんのデジタルシングル「1991」(読み方:ナインティーンナインティワン)は松村北斗さん(SixTONES)主演、高畑充希さんヒロイン、奥山由之さんが監督を務める劇場用実写映画『秒速5センチメートル』の主題歌として書き下ろされました。
新海誠さん原作・脚本・監督による同名アニメ映画の実写化、その主題歌「1991」の歌詞の意味を考察、解説します。
Contents
米津玄師「1991」ミュージックビデオ・Music Video・MV・PV・YouTube動画
劇場用実写映画『秒速5センチメートル』とは
玉井宏昌さんプロデュース、奥山由之さん監督、鈴木史子さん脚本による劇場用実写映画『秒速5センチメートル』(公開:2025年10月10日、配給:東宝)は、新海誠さん原作・脚本・監督によるアニメ映画『秒速5センチメートル』(公開:2007年3月3日、配給:コミックス・ウェーブ・フィルム)の実写化です。
劇場用実写映画『秒速5センチメートル』|スペシャルメイキングムービー【10月10日(金)公開】
アニメ映画『秒速5センチメートル』はDVD(2007年7月19日)やBD・HD DVD(2008年4月18日、3規格ともコミックス・ウェーブ・フィルム)も発売されました。
新海誠さん自身の著作による『小説・秒速5センチメートル』(KADOKAWA・メディアファクトリー:2007年11月16日、MF文庫:2012年10月25日)および『小説 秒速5センチメートル』(角川文庫:2016年2月25日、Audible:2018年10月5日)のほか、あきづきりょうさんイラストによる小説『秒速5センチメートル』(角川つばさ文庫、2025年9月10日)もあります。
さらに、新海誠さん原作、加納新太さん著作による小説『秒速5センチメートル one more side』(KADOKAWA・エンターブレイン、2011年5月20日)、清家雪子さん作画による漫画『秒速5センチメートル』(講談社、1巻:2010年11月22日、2巻:2011年4月22日)も発売されました。
朗読劇・恋を読むvol.3『秒速5センチメートル』(舞台上演&VOD生配信:2020年10月21〜25日、CSテレビ放送:2021年1月17日〜2021年3月14日)にもなりました。
米津玄師「1991」主題歌スペシャルムービー|劇場用実写映画『秒速5センチメートル』【大ヒット上映中】
1991年3月、東京の小学5年生・遠野貴樹(とおのたかき、松村北斗さん、幼少期:上田悠斗さん、高校生:青木柚さん)は、転校生・篠原明里(しのはらあかり、高畑充希さん、幼少期:白山乃愛さん)と同じクラスになり、出会います。
貴樹も前年に転校してきており、親が転勤族、体が弱い、読書好きという共通点から明里と両思いになりました。
ところが明里は小学校卒業と同時、中学1年生の春から栃木・岩舟へ、貴樹は中学1年生の終わり、中学2年生の春から鹿児島・種子島へ転校し、離れ離れになります。
- 第1話「桜花抄」1991年~1995年3月:小学4年生~中学1年生(実写版:1991年3月~1993年3月:小学5年生~中学1年生)@東京、栃木・岩舟
- 第2話「コスモナウト」1999年:高校3年生(実写版:1997年:高校2年生)@鹿児島・種子島
- 第3話「秒速5センチメートル」2008年(実写版:2008年~2009年3月26日~:29~30歳):社会人@東京
アニメ版、小説版(新海版、加納版)、漫画版、実写版が存在し、それぞれ若干の違いがある『秒速5センチメートル』。
アニメ版(上映時間:63分)では貴樹と明里、初恋同士の時間と距離の変化が時系列順に3部構成で描かれています。
実写版(上映時間:121分)はアニメ版だけでなく小説版(新海版、加納版)や漫画版も踏まえつつ新たなオリジナル要素が追加されており、2009年、30歳になった社会人の貴樹が1991年からの18年間を振り返る構成になっています。
東宝MOVIEチャンネル『秒速5センチメートル』未公開スペシャルインタビュー集【大ヒット上映中】
澄田花苗(森七菜さん)、水野理紗(木竜麻生さん)、久保田邦彦(岡部たかしさん)、大野泰士(蓮見翔さん:ダウ90000)、柴田治(又吉直樹さん:ピース)、大橋純透(佐藤緋美さん:浅野忠信さんとCHARAさんの息子HIMIさん)、輿水美鳥(宮﨑あおいさん)、小川龍一(吉岡秀隆さん)らも出演。
タイトルの「秒速5センチメートル」は「桜の花の落ちるスピード」、明里のセリフとして語られます。
キャッチコピーは「どれほどの速さで生きれば、きみにまた会えるのか」です。
- Wikipedia(ウィキペディア)
- 公式サイト
- X(Twitter):映画公式、奥山由之
- ピクシブ百科事典(pixiv)
米津玄師「1991」歌詞の意味を考察
- リリース:2025年10月13日デジタル配信
- レーベル:Sony Music Labels
- サブスク:Spotify、Apple Music(iTunes)
- カラオケ:DAM、JOYSOUND
- 楽譜・コード譜:U-フレット、楽器.me、RinNe(リンネ)
- Wikipedia(ウィキペディア):米津玄師、1991
- 公式サイト:特設サイト
- X(Twitter):米津玄師、REISSUE RECORDS
- ピクシブ百科事典(pixiv)
曲の構成
- 1番:Aメロ~Bメロ~サビ(Cメロ)~間奏
- 2番:Aメロ~Bメロ~間奏~サビ(Cメロ)~間奏
- 3番:Aメロ
1番Aメロ:シューゲイザーの金字塔も1991年生まれ
君の声が聞こえたような気がして僕は振り向いた
1991僕は生まれた 靴ばかり見つめて生きていたいつも笑って隠した 消えない傷と寂しさを
1991恋をしていた 光る過去を覗くように1991/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師
「1991」は劇場用実写映画『秒速5センチメートル』の主題歌としての役割だけでなく、アーティスト米津玄師さんの自伝も重ねられています。
米津玄師さんはオルタナティブロックのバンド活動、VOCALOIDのプロデューサー(ボカロP)を経て、シンガーソングライター(SSW)として活動するようになりました。
オルタナロック、ボカロのほか、「1991」直前のシングルである、劇場版『チェンソーマン レゼ篇』のエンディングテーマ「JANE DOE」(ジェーン ドウ)も踏まえたサウンドになっているところが自伝的と考えられます。
米津玄師,宇多田ヒカル「JANE DOE」×『チェンソーマン レゼ篇』MV
Yaffle(ヤッフル)さんが共同編曲で参加した、宇多田ヒカルさんとのデュエット曲「JANE DOE」はざっくり3拍子、厳密にいうと6/8(8分の6拍子)の楽曲でした。
「JANE DOE」に続く「1991」は12/8(8分の12拍子)、「(1小節に)3連符が4つ」の「ざっくり4拍子」かつ「(3連符の)シャッフルのリズム」が特徴的です。
シャッフル(スウィング、バウンス)の跳ねるリズムはジャズ、R&B(リズム&ブルース)、ネオソウル、ファンク、ヒップホップなどのブラックミュージックでよく用いられる横ノリ(グルーヴ、ウラ重心)。
宇多田ヒカルさんやYaffleさんが追求し続けているサウンドです。
対する米津玄師さんは盆踊りからJ-POPまで日本で親しまれている表拍重視(オモテ重心)の縦ノリにこだわってきました。
「1991」を「ざっくり4拍子」と捉えた場合、「1番Aメロ」は1拍目と3拍目のアタマ(1・3番目の3連符の最初)にアクセントが置かれているため縦ノリのようですが、3連符そのものは跳ねるリズムの横ノリ。
さらにアクセントの位置が変わったり、キック(バスドラム)が4つ打ちのダンスミュージックのようになったりするパートもあります。
ボカロ、オルタナロック、ブラックミュージック、電子音楽の要素が混在しつつ、そのどれでもないほどジャンルレスな米津玄師節のピアノバラードといえそうです。
※以下、ネタバレを含むため要注意※
さまざまなリスナーの考察どおり、イントロの電子音がモールス信号の「I LOVE YOU」か「君といたかった」なのかは明らかにされていませんが、『秒速』の物語になぞらえると「明里の声が聞こえたような気がして振り向いたのは貴樹」でしょう。
ただ「1991年に恋をしていた」のは『秒速』の貴樹と明里ですが、「1991年に生まれた」のは米津玄師さんと実写版の監督・奥山由之さん。
つまり「1991年に生まれて、振り返った僕」は「アニメ原作の新海誠さんが生み出した貴樹というキャラクターを自分のことのように感じた米津玄師さん(と奥山由之さん)」であり、「君」は『秒速』そのもの、あるいは新海誠さん、そして貴樹でもあるという何重構造にもなっていると思われます。
さらに「2009年3月26日に地球に衝突する可能性が指摘されつつ、衝突しなかった」という実写版オリジナル設定の架空の小惑星1991EVの元ネタは、1991年に発見された小惑星1991BA。
そして1977年に打ち上げられた宇宙探査機ボイジャー1号・2号に搭載された地球外生命宛ての『ボイジャーのゴールデンレコード』を聴くという実写版オリジナル演出でも、壮大なすれ違いとそれでも届く声が描かれていると考えられます。
My Bloody Valentine『Loveless』
「靴ばかり見つめて生きていた」という歌詞から連想されるのは、1980年代中後期のイギリスを起源とする音楽ジャンル、シューゲイザー(シューゲイズ)。
アイルランド出身のオルタナロックバンド、マイブラことMy Bloody Valentine(マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン)の2ndアルバム『Loveless』(ラヴレス、1991年11月4日、Creation Records)がシューゲイザーの金字塔と称されます。
このアルバムも1991年生まれ(1991年リリース)なのは偶然でしょうか。
足元のエフェクター(ペダル)を多用するあまり「靴を見つめる人」と揶揄されたシューゲイザー。
転校続きだったり過去の初恋にとらわれたりして下を向いて(遠くを見つめて)生きていた貴樹、あるいは下を見て歩くためダンゴムシを見つけるのが得意な子どもだった新宿・紀伊國屋書店の店長・柴田治(又吉直樹さん)、そしてシューゲイザーを含むオルタナロックもルーツのひとつである米津玄師さんが重なります。
1番Bメロ:歌詞で秒速、サウンドでボカロっぽさを表現
ねえ こんなに簡単なことに気づけなかったんだ
優しくなんてなかった 僕はただいつまでも君といたかった1991/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師
2009年、30歳になった貴樹は、1991年(小5の春)に出会い、1993年(中1の冬)に最後に会った明里がかけてくれた言葉を思い出し、16年間(出会いからは18年間)引きずっていた初恋への未練を断ち切り、前を向くことができました。
これが実写版『秒速』の概要ですが、そもそも『秒速』は恋愛を題材とした「時間と空間(距離)の伸縮性」の物語。
SFやファンタジー要素を排除しつつ、マクロな宇宙とミクロな日常の対比によって時間や空間が伸び縮みする感覚に着目すると、初恋をこじらせたアラサー男子のこっぱずかしさから解放されるかもしれません。
劇中歌「One more time, One more chance」スペシャルリリックビデオ|劇場用実写映画『秒速5センチメートル』【10月10日(金)公開】
さらに「ねえ」から「こんなに」にかけて、「優しくなんて」の「や」から「さ」にかけての激しい音程差はバーチャルシンガーの初音ミクを彷彿とさせるボカロっぽさを醸し出しています。
「君といたかった」の部分はラジオボイス、ラジオから聴こえるようなノイズ混じりのこもった音になるエフェクトがかかっています。
おもに音響機器やソフトのイコライザー(EQ)で低音域と高音域をカット(ローカット、ハイカット)して作成するものですが、こちらの処理もボカロ的といえるかもしれません。
「いつまでも明里と一緒にいたかった貴樹」が歌詞、「いつまでも初音ミク(ボカロ)と一緒にいたかった米津玄師さん」がサウンドによって表現されており、それぞれの時間的・空間的な伸び縮みが感じられるようです。
1番サビ:うるさいシンセが代弁する言葉
雪のようにひらりひらり落ちる桜
君のいない人生を耐えられるだろうか1991/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師
小6の春、明里は「ねぇ、秒速5センチなんだって。桜の花の落ちるスピード。秒速5センチメートル。雪みたい」と語り、貴樹は「そうかなぁ」と返します。
さらに明里は「来年もさ、一緒に桜見れるといいね」と踏切越しの貴樹に笑みを浮かべますが、親の転勤により明里は栃木・岩舟の中学校に通うことになり、願いは叶いません。
中1の冬、親の転勤により中2の春から鹿児島・種子島の中学校へ転校することが決まった貴樹は、大雪のため電車が大幅に遅延するなか岩舟にたどり着き、明里と再会します。
その夜、貴樹と明里は桜の木を見に行きましたが、降っているのは雪にも関わらず、2人が木を見上げた俯瞰のショットのみ桜の花が舞う演出でした。
新海誠監督がアニメ版でも意図したものの、なかなか伝わらなかったため小説版で補完した「美しい風景と一体化する登場人物も美しさの一部」という肯定的なメッセージが見え隠れします。
「明里のいない人生を耐えられるだろうか」と自問する貴樹、あるいは「共同編曲者のいない編曲を耐えられるだろうか」と自問する米津玄師さんに呼応するように続く、ノイジーなシンセのフレーズが「1991」の軸です。
「劇場用実写映画『秒速5センチメートル』とは」の見出しで紹介した「東宝MOVIEチャンネル『秒速5センチメートル』未公開スペシャルインタビュー集」で、米津玄師さん自身「(今まで)言葉とメロディー(歌)で表現していたものを、(今回は)シンセに代弁してもらうという作り方をした」と語っています。
この「うるさいシンセ」フレーズはかろうじて「ダ・イ・ジョ・ウ・ブ・ダ・ヨ(大丈夫だよ)」と聴こえる音割れしたボーカルチョップのようにも空耳できるかもしれません。
「大丈夫」はもともと貴樹が明里に向けて発した言葉でしたが、最後に会ったとき明里は貴樹に「大丈夫」の言葉を返していて、その思い出を日常として生きてきた明里、最後の言葉「大丈夫」を思い出し、30歳になってようやく前向きに進むことができた貴樹の心象風景が重なります。
その30歳の貴樹がプラネタリウムのある科学館の館長・小川龍一(吉岡秀隆さん)に促され、人が一生のうちに出会う5万語の中から選び、ピンク色の付箋に書いた「宇宙に残したい言葉」はおそらく「大丈夫」だったでしょう。
宇多田ヒカル「君に夢中」
「1番Bメロ」の過剰にエフェクトがかかったラジオボイスや、「1番サビ」の延長線上かつ「1番と2番の間奏」でもある音割れした「うるさいシンセ」のフレーズは米津玄師さん自身の編曲によるもの。
2025年にリリースされた米津玄師さんのシングル5曲「Plazma」「BOW AND ARROW」「IRIS OUT」「JANE DOE」「1991」のうち、唯一、直前の「JANE DOE」のみ、共同編曲としてYaffleさんが参加しています。
過剰なエフェクトや音割れ、そしてYaffleさんや宇多田ヒカルさんといえばハイパーポップが連想できますが、米津玄師さんは短編アニメ映画『ほしのこえ』(2002年2月2日公開)における新海誠監督やボカロPの「1人作業」に自身を重ねたようです。
ハイパーポップは2010年代、イギリスで発祥した音楽ジャンル、およびLGBT+と関連深いムーブメント。
「電子音楽+ヒップホップ+ダンスミュージック」により、「ポップ+アバンギャルド(前衛音楽)」を融合するサウンドです。
始祖は、宇多田ヒカルさんの「One Last Kiss」(2021年3月9日)、「君に夢中」(2021年11月26日)、「Gold 〜また逢う日まで〜」(2023年7月28日、いずれもEpic Records Japan)で共同プロデューサーを務めたA.G. Cook(A・G・クック)。
こうした流れを踏まえると、米津玄師さんが1人で編曲することにこだわった「1991」の3連符4つ、12/8拍子によるシャッフルのリズムは、ブラックミュージック由来の横ノリというより、雪や桜がブレイク混じりにひらひら舞う、ボカロ由来の和風なノリのように感じられます。
さだまさし「短い生命を生きる蛍」
また、実際の桜と雪の落下速度は無風状態で秒速1〜2メートル程度であり、秒速5センチメートル(=時速180メートル)はあり得ないくらい遅いというか、秒速95〜195センチメートル程度の上昇気流が必要なようです。
さだまさしさんのステージトーク「短い生命を生きる蛍」(1993年7月21日@大阪フェスティバルホール、ステージトーク集『さだまさし トークベスト Vol.1』2006年2月15日、U-CAN)やエッセイ『本気で言いたいことがある』(新潮社、2006年4月20日)によると、無風状態で桜・ぼたん雪・蛍の舞う速度は秒速50センチメートルとのこと。
秒速5センチは秒速50センチの間違いなのか、実際の桜や雪の落下速度より遅い人生の歩みを表しているのか、いずれにしてもセンチメンタルを彷彿とさせるセンチメートルを含むタイトルからして、時空の伸び縮みが示唆されているようです。
2番Aメロ:小さく揺らぐリズムと音程
どこで誰と何をしていてもここじゃなかった
生きていたくも死にたくもなかったいつも遠くを見ているふりして 泣き叫びたかった
1991恋をしていた 過ぎた過去に縋るように1991/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師
「2番Aメロ」の「どこで~死にたくもなかった」では、ボーカルのリズムが「小さく揺らいだ」かたちになります。
12/8拍子のリズムを「3連符×4」の「ざっくり4拍子」とみなした場合、アクセントの位置は「1番Aメロ」では「1・3拍目(1・3番目の3連符)」でしたが、「どこで~」の部分では「2・4拍目(2・4番目の3連符)」。
続く「いつも遠くを〜過ぎた過去に縋るように」では、「1番Aメロ」と同じ「1・3拍目(1・3番目の3連符)」にアクセントが置かれています。
また「1991恋をしていた」は「1番Aメロ」と同じ歌詞ですが、「2番Aメロ」ではボーカルの音程が「小さく揺らいだ」かたちになりました。
Radiohead「Thinking About You」
小中学生時代の貴樹と明里は心理的な距離が近くなったのに、物理的な距離は遠く離れてしまいました。
その後、貴樹は別れによって傷つきたくないあまり、心理的な距離を縮めることを回避するようになります。
高校時代の貴樹と花苗も、社会人になってからの貴樹と水野も、物理的な距離は近いのに心理的な距離は縮まりません。
それは貴樹が「遠く(宇宙)を見ているふりして、靴(ここじゃない過去)ばかり見つめて生きていた」からでしょう。
実写版で追加された明里のセリフによると「人と人が出会う確率は0.0003%」だそうです。
まるで奇跡みたいに出会えた明里のほか、花苗や水野を含むまわりの人々に対して「優しくなんてなかった」ことに「気づけなかった」と「気づいた」貴樹。
「小さく揺らぐリズムと音程」によって「時空の揺らぎ」が表現され、気づきを得て救われる心が感じられるようです。
2番Bメロ:宇宙と音楽のゆらぎ
ねえ 小さく揺らいだ果てに僕ら出会ったんだ
息ができなかった 僕はただいつまでも君といたかった1991/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師
1981年、宇宙物理学者の佐藤勝彦さんとAlan Guth(アラン・グース)がそれぞれ提唱したインフレーション理論による「宇宙の始まり」の進化モデルは、「量子ゆらぎ(=無:体積ゼロ・エネルギーゼロ・量子ゆらぎ存在)>インフレーション(指数関数的膨張)>宇宙の晴れ上がり(38万年)>最初の星の誕生(4億年)>ビッグバン膨張(137億年)」。
宇宙は「無」から始まりましたが、その「無」は体積もエネルギーもゼロにも関わらず、ゆらぎはあったと考えられています。
BUMP OF CHICKEN「銀河鉄道」
「僕はただいつまでも君といたかった」は「1番Bメロ」と同じ歌詞ですが、「2番Bメロ」では音程が「小さく揺らいだ果てに」ラジオボイスではなく、感情を爆発的に膨張させるビッグバン的(激しい音程差のボカロ的)な歌い方になっています。
宇宙の誕生までさかのぼってマクロな視点で考えると、すべての出会いは奇跡的。
貴樹が明里と再会できなくても大丈夫になるためには、いったん感情を吐露する必要があったのでしょう。
時間芸術である音楽のグルーヴ(ノリ)は「時間のゆらぎ」によって生まれるもの。
そう考えると「JANE DOE」における「縦ノリと横ノリの邂逅(かいこう、出会い)」は奇跡中の奇跡だったのかもしれません。
『チェンソーマン』のデンジ(米津玄師さん:縦ノリ)がレゼ(宇多田ヒカルさん:横ノリ)と「ただいつまでも一緒にいたかった」と叶わぬ夢を見ているみたいな、米津玄師さんが藤本タツキさん(1992年10月10日生まれ)やYaffleさん(1991年3月3日生まれ)とのコラボを回想しつつ、『秒速』の「1991」へと歩を進めたような深読みをしたくなります。
2番サビ:ピークを過ぎた淡々としたサビ
雪のようにひらりひらり落ちる桜
君のいない人生を耐えられるだろうか1991/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師
「2番サビ」は「1番サビ」と同じ歌詞ですが、サビの後だけでなく、サビの前後に「大丈夫だよ」と空耳したくなる「うるさいシンセ」の間奏が挟まっているところが異なります。
米津玄師「地球儀」
SFとファンタジーの要素を排し、淡々とした日常を描いた『秒速』の世界観を歌詞とサウンドで表現した「1991」のもっとも盛り上がる部分は、「2番Bメロ」の「君といたかった」。
貴樹の明里への思いを反映したような米津玄師さんのボーカルでカタルシスを迎えますが、「うるさいシンセ」の間奏が続くことによって、明里との再会が叶わなくても「大丈夫だよ」という過去に交わした言葉が蘇るようです。
貴樹にとって、中1の冬、桜の木の下で明里と交わしたキスが「人生のピーク」のような美しい出来事だったでしょう。
その「人生のピーク」のような「桜の木の下のキス」と「楽曲のピーク」みたいな「2番Bメロ」の「君といたかった」が重なり、過去の思い出「大丈夫だよ」の言葉が日常と化したような間奏が軸となり、ピークを過ぎたサビは粛々と展開されます。
3番Aメロ:前向きな結末
1991僕は瞬くように恋をした
1991いつも夢見るように生きていた1991/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師
「1991」(ナインティーンナインティワン)のリズムが小さく揺らぐ「3番Aメロ」。
出発点のAメロに戻り、堂々巡りのようにループするのではなく、同じことの繰り返しのような日常でも、小さな変化が訪れ、「大丈夫」と安心しながら前へ進む結末を迎えたようです。
米津玄師「海の幽霊」
「1991」のジャケットは実写版『秒速』の監督・奥山由之さんによる写真が使われました。
米津玄師さんが自らジャケットの絵を描かなかったのは劇場アニメ『海獣の子供』(2019年6月7日、配給:東宝映像事業部)の主題歌「海の幽霊」(2019年6月3日、Sony Music Records / MASTERSIX FOUNDATION、原作漫画家・五十嵐大介さんによる描き下ろしイラスト)、アニメ映画『君たちはどう生きるか』の主題歌「地球儀」(2023年7月26日、Sony Music Labels、宮崎駿監督による絵コンテ)、そして「1991」の3曲だけです。
しかもジャケットが写真なのは初とのことで、米津玄師さん自身、「1991」を特殊な曲と位置づけています。
縦ノリ文化の日本で縦ノリのリズムにこだわりつつ横ノリとも邂逅し、自ら編曲も手がける1人作業に回帰した米津玄師さん。
横ノリのリズムがなかなか根づかないJ-POPですが、「縦か?横か?」だけではない、斜め上を行く発想を生み出してくれるのが米津玄師さんなのかもしれません。
おわりに
米津玄師さんが手がけた主題歌としては「エログロバイオレンスの『チェンソーマン』からのセンチメンタルな初恋物語『秒速』の振り幅よ」とゆらぎの激しさにクラクラした人も多いのではないでしょうか。
ただ、どちらのタイアップ作品もアクションや恋愛ものといったジャンルではカテゴライズしきれないテーマやモチーフを内包しています。
そのため主題歌もさまざまな考察、解釈ができるはず。
映画『平場の月』予告
とくに実写版の『秒速』は人生の折り返し地点として、30歳の社会人が18年前の初恋から人生を振り返る構成になっていましたが、長寿時代なので「第1話:~30歳、第2話:~60歳、第3話:~90歳」を目安とした3部構成のほうが現実的かもしれません。
その第1話を『秒速』と仮定すると、第2話として堺雅人さん主演、井川遥さん共演の映画『平場の月』(2025年11月14日公開、配給:東宝)を思い浮かべる人もいるでしょう。
主題歌は星野源さん「いきどまり」(2025年11月14日、SPEEDSTAR RECORDS・Victor Entertainment)です。
江﨑文武『劇場用実写映画「秒速5センチメートル」オリジナルサウンドトラック』
ちなみに、実写版『秒速』の劇伴(OST、オリジナルサウンドトラック、2025年10月8日、Victor Entertainment)を手がけたのは、江﨑文武(Ayatake Ezaki)さん(1992年11月19日生まれ)。
4人組エクスペリメンタル・ソウルバンド、WONK(ウォンク)の鍵盤奏者です。
King Gnu「白日」
江﨑文武さん(卒業)は、King Gnu(キングヌー)の常田大希(DaikiTsuneta)さん(1992年5月15日生まれ、中退)、ジャズドラマーの石若駿(Shun Ishiwaka)さん(1992年8月16日生まれ、卒業)と東京藝術大学の同級生。
King Gnu「白日」のMVでは、ボーカル井口理(Satoru Iguchi)さん(1993年10月5日生まれ、卒業)とドラム勢喜遊(Yu Seki)さん(1992年9月2日生まれ)、それぞれの右手奥でピアノを演奏しています。
millennium parade × Belle(中村佳穂)「U」
細田守監督のアニメ映画『竜とそばかすの姫』(2021年7月16日公開、配給:東宝)のメインテーマとして、ミレパことmillennium parade(ミレニアムパレード)と主人公すず&ベル(Belle)役の中村佳穂さんがコラボした「U」(2021年7月12日、Ariola Japan・Sony Music Labels)では、常田大希さんが作詞・作曲・ビートプログラミングなどを手がけ、江﨑文武さんがピアノとシンセ、石若駿さんがティンパニ、スネアドラムライン(マーチングスネアドラム)、マリンバ、グランカッサ(コンサートバスドラム)&シンバルを担当しました。
米津玄師「感電」
坂東祐大(Yuta Bandoh)さん(1991年1月25日生まれ、東京藝術大学卒業)が共同プロデュース&共同編曲を務めた、綾野剛さんと星野源さんダブル主演のTVドラマ『MIU404』(2020年6月26日~9月4日)の主題歌として書き下ろされた、米津玄師さんの「感電」(2020年7月6日、SME Records・Sony Music Labels)には石若駿さんがドラムで参加。
MVの監督は実写版『秒速』の奥山由之さんが務めました。
米津玄師「KICK BACK」
さらに奥山由之さんがMV監督を務めた米津玄師さんの楽曲といえば、常田大希さんが編曲・ギター・ベース、石若駿さんがドラムで参加した、TVアニメ『チェンソーマン』2022年10月12日~12月28日)のオープニングテーマ「KICK BACK」(2022年10月12日、Sony Music Labels)。
こうした流れを踏まえると、「1991」で米津玄師さんが映画の主題歌でありつつ、自伝的にならざるを得なかった理由が深まるのではないでしょうか。
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