音楽

オヴァル『ROMANTIQ』グリッチの先駆者による現代版ロマン派エレクトロニカ

ゴリゴリのノイズを敬遠していた人にもおすすめ!
オヴァル(Oval)の『ROMANTIQ』は、心地よさに絶妙な違和感がブレンドされた、ロマンティックなポストクラシカル、アンビエントと捉えることもできそうです。

はじめに


オヴァル(Oval)は1991年にドイツ・ダルムシュタットで結成された4人編成の電子音楽グループでしたが、1993年にホルガー・リンドミュラー(Holger Lindmüller)、1995年にセバスチアン・オーシャッツ(Sebastian Oschatz)とフランク・メッツガー(Frank Metzger)が脱退。
残ったマーカス・ポップ(Markus Popp)のソロプロジェクトとなり、グリッチクリックス&カッツの先駆者として90年代後半のエレクトロニカを牽引し、ベルリンを拠点に活動しています。

ROMANTIQ


18thアルバム『ROMANTIQ』(ロマンティック、2023年5月12日、Thrill Jockey)は、全10曲・約39分。
国内盤CD(HEADZ)は、「Romantic Sketch A」と「Romantic Sketch B」のボーナストラック2曲を含む、全12曲です。
フランクフルトのドイツ・ロマン派博物館Deutsches Romantik-Museum)の開館(2021年9月14日)を記念した、デジタルアーティスト(映像作家)ロベルト・ザイデルロバート・サイデルRobert Seidel)とのコラボから発展して制作されました。

【1】Zauberwort


オープニングを飾る「Zauberwort(ツァオバーヴォルト)」(ドイツ語:魔法の言葉)。
ロマン主義ロマン派音楽:1800年代~1900年代)と対をなす古典主義古典派音楽:1730年代~1820年代)の作曲家モーツァルト魔笛』(Die Zauberflöte)のオペラ歌手によるアリアがサンプリングされているそうです。
その音源は、オヴァルとのコラボによるオーディオビジュアルインスタレーション(博物館を覆う屋外プロジェクション)のために、ロベルト・ザイデルが提供したものとのこと。
プリペアドピアノやオルガンのような音色が印象的で、トロンボーンやギターも入っているようですが、オーガニック(人間の声、生楽器)とエレクトロニック(電子音響)の境は曖昧で、なかなか判別がつきません。

video short

【2】Rytmy


ミニマルに繰り返されるピアノのフレーズが軽快な「Rytmy(リートミー)」(チェコ語:リズム)。
ギター、ボイス、管楽器、弦楽器、オルガンなどの音色が多層的に重なり、浮遊感のあるメロディーが紡ぎ出されています。

【3】Cresta


「Cresta(クレスタ)」(スペイン語、イタリア語:尾根、紋章)では、シンセにチャイムやボコーダーなど不思議な音色が織り交ざり、どこか懐かしい近未来の音楽のような雰囲気が漂います。

【4】Amethyst


グリッチの先駆者としてのオヴァルの本領が発揮された「Amethyst(アメティスト)」(英語:アメジスト、紫水晶)。
ただし風雲急を告げるような不穏なリフさえキャッチーに響き、ノイズがあまり得意ではない人もかろうじて耐え得るぎりぎりのラインを攻めている感じがします。

【5】Wildwasser


「Wildwasser(ヴィルトヴァッサー)」(ドイツ語:急流)では再びグリッチが鳴りを潜め、ピアノ、管楽器、弦楽器によるミニマルな繰り返しから派生するようなドローンが刺激的です。

【6】Glockenton


グロッケンシュピール(鉄琴)やマリンバ(木琴)を元にしたマレット系シンセの音色が印象的な「Glockenton(グロッケントーン)」(ドイツ語:鐘の音)。
さらにフルートや電子音も重なり、心地よさと妖しさが拮抗する不思議なチルアウト、ダウンテンポが展開されています。

【7】Elektrin


「Elektrin(エレクトリン)」(意味:電子)では、カタカタと鳴る硬質なパーカッションサウンド、フルートのメロディー、多彩な電子音が複雑に絡み合います。
淡々と日常生活を繰り返すなか、ふいに宇宙と交信するようなSF的な瞬間を垣間見る感覚を味わえるのではないでしょうか。

video short

【8】Okno


グロッケンシュピールとオーケストラが奇妙に交ざり合う「Okno(オクノ)」(ポーランド語:窓)。
幻想的なミニマルミュージックと壮大な交響曲が時空を超えて邂逅したような、不思議な境地に誘われます。

【9】Touha


『ROMANTIQ』のアートワークも手がけたロベルト・ザイデルが、MVのディレクターも務めた「Touha(トウハ)」(チェコ語:欲望)。
プリペアドピアノのような硬質な響きとストリングス系シンセなどの電子音が繊細に交錯し、凛としたサウンドに心が洗われるような気分になるのではないでしょうか。
ちなみにジュニパー・フォーム(Juniper Foam)監督によるvideo shortは、9曲目「Touha(トウハ)」、7曲目「Elektrin(エレクトリン)」、1曲目「Zauberwort(ツァオバーヴォルト)」の三部作になっています。

video short

【10】Lyriq


国内盤CD以外のラストを締めくくる「Lyriq(リューリク)」(意味:叙情詩、歌詞)。
カリンバやオルゴールにも聴こえる硬質な響きが、懐かしさと新しさ、心地よさと不気味さ(快と不快)の両方を兼ね備えたまま、ほんの少し快適寄りの余韻を残して幕を閉じるような構成でした。

おわりに

不協和音や循環形式の多用はロマン派音楽の特徴ですが、それぞれノイズミューシックやミニマルミュージックなどに発展した流れを読み取ることもできたのではないでしょうか。
ロベルト・ザイデルとのインスタレーションも、アルバム『ROMANTIQ』も、音楽のみならず、建築や美術など、多岐にわたる「ロマン主義」全般を踏まえたようです。
「ロマンティック」という日本語になると恋愛賛美の印象が強いものの、合理的な「古典」ではなく、精神性を重んじた「中世」に憧れを抱く「精神運動」だった点に着目すると、混沌とした「現代」にも通じるような気がします。
「一時的な障害」という意味でのグリッチも、音楽のみならず、電子工学やアートなど、多方面で使われる用語です。
作曲家キム・カスコーンKim Cascone)が論文で「失敗の美学」と称した、エレクトロニカのサブジャンル、グリッチにおいては、もはやオヴァルは古典的な存在になっているかもしれません。
そこで古典的な様式美にこだわるのではなく、自由に発展させたのが『ROMANTIQ』だったのではないでしょうか。
4曲目「Amethyst(アメティスト)」や8曲目「Okno(オクノ)」ではいわゆるグリッチノイズを堪能できますが、全体的にはポストクラシカルやアンビエントの心地よさのほうが際立つ仕上がりになっていました。
コアなノイズファンにとっては物足りなさを感じる可能性もありますが、ロマン派も90年代エレクトロニカも超越した現代的なサウンドと解釈することもできるでしょう。
『ROMANTIQ』を入口として、クラシックやエレクトロニカ、芸術全般の歴史を深めるパターンもあり得そうです。

アルヴァ・ノト『Kinder der Sonne』


いわゆるグリッチノイズをもっと堪能したい場合は、坂本龍一さんとのコラボでも知られる電子音楽家&映像作家アルヴァ・ノトAlva Noto)ことカールステン・ニコライCarsten Nicolai)による演劇作品のサウンドトラック『Kinder der Sonne (From “Komplizen”)』(2023年5月5日、Noton)がおすすめ。
じっくり聴き比べてみてください。

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渡辺和歌
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